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2014/05/10

He's back...

幼いころ、我が家には、居間にカラーテレビが1台、食堂に白黒テレビが1台あった。

大晦日になると、確か夕方あたりにテレビ東京かどこかのチャンネルで『ゴジラ』シリーズの映画を放映していて、居間では大人が他のチャンネルをつけていたから、ぼくは食堂の白黒テレビで一人、ゴジラを見ていた覚えがある。だが、第一作のゴジラを始めて見たのは中学生の時、それも新宿の高層ビルで行われた『ゴジラ展』の会場でのことだった。

幼いころに見ていたゴジラは、キングギドラと闘い、地球を守る人間の味方であった。だが、昭和29年(1954年)に上映された第一作の『ゴジラ』は、核兵器によって生み出された「災い」であり、人間にとって恐ろしい天災や人災を象徴するものであった。

それ以来、ぼくのなかには第一作の『ゴジラ』だけが本物のゴジラであり、それ以外のゴジラは子どものおもちゃのようなものだと思うようになった。平成に入って、新作のゴジラが作られ、上映されたが、そのいずれも、ぼくにとっては「おもちゃのゴジラ」の続きでしかなかった。勿論、それぞれの映画が力を入れてつくられたのであろうとは思うが、それでもやはり、子ども受けするような要素が見え隠れして、ぼくのなかでは第一作の『ゴジラ』を超えることはなかった。

第一作の『ゴジラ』は、人々にひたすら恐怖を与える理不尽な存在であった。第二次世界大戦/太平洋戦争終戦から9年しか経っていない当時の日本では、核兵器に対する脅威はまだ生々しく残っていたはずだし、昭和29年3月1日に、アメリカが太平洋マーシャル諸島ビキニ環礁でおこなった水爆実験では第5福竜丸が被災し、核兵器が恐怖の対象としていっそうリアリティを持った時代だったはずだ。

第一作の『ゴジラ』の中には、母親の死体にすがりついて泣く子どもや、重傷を負って病院に運び込まれる人々の姿が描かれている。消防車が横転し、乗っていた消防士たちが投げ出されたり、放送塔でゴジラが接近する様子を生中継していたラジオアナウンサーが、ゴジラによって塔が壊され、墜落する様子も描かれている。白黒の映像であるからなおさらかもしれないが、まるで戦争で被災した風景のドキュメンタリー映像を見ているかのような気にさせられる。だが、それ以降のゴジラではそうした生々しい「死」や「悲しみ」は描かれていない。おそらくそれが、『ゴジラ』と「おもちゃのゴジラ」の違いなのだろう、と思う。

もうすぐ、ハリウッドでリメイクした"Godzilla"がアメリカで公開され、日本でも7月25日に公開される。東日本大震災や原発事故もモチーフとして組み込まれているらしい。まだ震災からの復興も実現せず、原発の問題も全く解決していない今の日本にとって、この映画はひょっとしたら傷口をえぐるような存在になるのなのかもしれない。だが、昭和29年に『ゴジラ』を観た人々が戦争の記憶を引きずりながらもこの映画を受け入れ、何かを感じ取ったのと同じように、ぼくらは"Godzilla"から何かを感じ取り、学ばねばならないのだと思う。

第1作『ゴジラ』
http://t.co/xuZ6vdLSlr

"Godzilla"日本版サイト
http://t.co/TmsF8Zo6FP

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