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2013/12/31

2013 / 2014

いよいよ2013年もあと10分ほど。

今年も本当にお世話になりました。

コレステロールと中性脂肪以外は特に大きな健康問題もなく(笑)、どうにか毎日元気で仕事をしながら暮らすことができたのも、皆様のおかげだと思っています。

年末年始は今年も実家でのんびり過ごし、4日からの講習会に備えて英気を養います。

先ほど、紅白で泉谷しげるさんが歌っていた『春夏秋冬』の歌詞。

 今日で全てが終わるさ
 今日で全てが変わる
 今日で全てが報われる
 今日で全てが始まるさ

年を越す、というのは一つの大きな区切りではありますが、毎日が終わりであり、始まりです。

昨日よりも今日。

今日よりも明日。

前を向いて歩き続けたいと思います。

2014年もよろしくお願いいたします。

2013/12/30

ご献本、ありがとうございます。

ご献本、ありがとうございます。
ご献本、ありがとうございます。
約1週間ぶりに帰宅したら、あちこちから、書類やら原稿の依頼やら何やらたくさん届いていた(笑)。

そのなかに、教学社さんからの献本として、二冊の新刊参考書(問題集)があった。

・小倉弘『体系英作文』
・小貝勝俊『体系英語長文』

『体系英作文』は、文法項目別に短い和文を英文に訳すところからはじめて、徐々に長めの和文を英訳するように問題が構成されている。最終的にはテーマ別の自由英作文や要約型の英作文にまで至るので、志望校やレベルに応じた学習ができる。

『体系英語長文』は、いわゆる英文解釈(和訳問題)と長文読解の両面について学習するための本で、レベルはやや高めに設定されているが、単語の細かなニュアンスなどへの言及もあり、難関大学対策問題集として手頃だと言えよう。

赤本の執筆も、来年度に向けていよいよ動き出した。ぼくはこれまで小論文担当だったが、来年度は英語もあわせて執筆することになり、かなり分量が増えた。
( ̄▽ ̄;)

これまでは〆切ギリギリのことが多かったから、来年度は早め早めの進行でどんどん処理していけるように、怠惰なじぶんを変えねば、と思う。

2013/12/29

Hope goes well...

今日で、河合塾でのぼくの年内の授業は終了。受講生ならびにスタッフの皆様、お世話になりました♪


そして、ぼくは今日で2013年の仕事納め。あっという間の一年間。

今年は、11年続けてきた塾を春に閉め、河合塾、能開予備校、創志学園高校の授業と、様々な原稿の仕事に追われた一年だった。

毎年、じぶんの名前で本を書きたいという目標だけが達せられないままに過ぎて行く。忙しさにかまけて、ついつい先送りにしてしまうが、それではダメなのだ。来年こそは…。

2013/12/27

( ´∀`)タハー

( ´∀`)タハー
本日の衣装w
( ̄▽ ̄;)

2013/12/26

Strange shape...

Strange shape...
Strange shape...
サンタは北の国に帰り、今日は魔法使いが現れた…((((;゜Д゜)))

夕方、呉の空にかかっていた不思議なかたちの雲。

2013/12/23

Get ready!!

Get ready!!
広島から岡山に戻り、フォーエルで買い物→ドンキで買い物→餐休で早めの夕食→フォーエルに服の直しを取りに、という感じの一日。
( ̄▽ ̄;)

明日からは広島と呉の往復が始まる。

いよいよ今年も大詰めだ。

2013/12/22

Thanks a lot!!

河合塾広島校での冬期講習会、第3ターム終了!\(^o^)/

受講生ならびにスタッフの皆様、お世話になりました!(*´ω`*)

明後日からまた広島校と呉の現役生教室で講習会。今度は高2(広島)→高3(呉)→高1(呉)と全学年の授業。

初日はクリスマスイブ。

赤い使徒が広島と呉に出没するか…?
( ̄▽ ̄;)

2013/12/20



魚祭りー!\(^o^)/@魚籠(びく)

2013/12/19

You should know better...

You should know better...
また都知事選か。選挙だって金がかかるんだから、今度こそまともな知事を選んでほしいもんだ…。

もっとも、候補者に適切な人材がいなければどうにもなりゃしないのだが。

Hansen's disease

岡山県瀬戸内市邑久(おく)町虫明(むしあげ)の長島には、ハンセン病患者(正確には「元」患者)のための二つの国立療養所が存在する。

一つは島の西側にある邑久光明園( http://www.komyoen.go.jp/ )。もう一つが島の東側にある長島愛生園( http://www.aisei-rekishikan.jp/ )。

ハンセン病は、かつては「癩(らい)」と呼ばれていた。

この病気は、らい菌による感染症で、菌の感染力じたいはきわめて弱く、よほど多量の菌を吸い込まない限りは感染しないものの、治療法が確立していなかったり、早期に適切な治療を受けなかった場合、重症となり皮膚に重度の変形が生じるなどの後遺症が残ったため、外見上の差異から患者は忌避され、差別の対象となった。現在では治療法も確立され、日本では新規の患者数はほぼゼロに近い。邑久光明園のホームページには以下のような記載がある。

「ハンセン病については、別なページでより詳しく説明いたしますが、簡単に述べますと、らい菌によって引き起こされる慢性の感染症です。 この菌は神経組織との親和性が高く、末梢神経がおかされることによって生ずる神経障害がもっとも重要な症状です。 現在では、抗生剤を中心とする治療法が確立されており、完治する疾病です。 1943年までは有効な治療法がなかったため、現在当園に入所しておられる方々の大部分は、重複した障害を後遺症として残してしまいました。 早期診断と早期治療が重要で、最近診断される新しい患者さんのほとんどは、障害を残さずに治癒しておられます。 」

過去には、ハンセン病の感染力が強いものだと誤解され、かつ、遺伝するとも考えられていたため、明治時代以後、患者はこうした療養所に隔離され、さらに断種・不妊手術を受けさせられるなど非人道的な扱いを受けた。この長島の二つの療養所も、元々は患者を隔離するためにつくられたものである。ちなみに、開園以来90年以上、医療関係者でハンセン病に罹患した人は一人もいないという。このことからも感染力は極めて弱いということがわかるのだが、かつては外見上の差異からも必要以上に恐れられ、忌避されていたのだ。

戦後、ハンセン病の特効薬が日本でも導入されたが、下の記事(※1)によれば、当時、ハンセン病治療に関して大きな力を持っていた光田健輔( http://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%85%89%E7%94%B0%E5%81%A5%E8%BC%94 )という学者が強硬に隔離政策や断種・不妊手術を主張したとされている(もっとも、これについては上記のWikipediaにあるように異論もあり、一方的に彼を責めることはできないのかもしれないが)。

※1:元ハンセン病患者が語る激動の半生とジブリ作品に込められた宮崎駿の想い(日刊サイゾー 2012年3月28日 16時00分/2012年4月27日 10時01分 更新)
http://www.excite.co.jp/News/society_g/20120328/Cyzo_201203_post_10252.html

先日、畏友・木下先生と虫明に牡蠣を食べに行った際、帰りに邑久光明園に立ち寄り、資料館を見学した。この写真はその際に撮影したものである。

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冒頭に記したように、長島には邑久光明園と長島愛生園の2つの療養所がある。この島にはもともと長島愛生園しかなかったが、大阪府西淀川区中島にあった「第三区府県立外島保養院」が1934年の室戸台風による高潮で壊滅したため、長島の西側に邑久光明園として移転してきた。(※詳しい歴史はこちらを参照。 http://www.komyoen.go.jp/sanatorium/history/index.html )

この島にはかつて橋が架かっていなかったため、本土に渡るためには潮の流れの速い海峡を舟で越えねばならなかったが、1988年5月6日に邑久長島大橋が完成した。その後、1996年に「らい予防法」が廃止され、それまでは「患者」と呼ばれ施設から自由に出ることができなかった人々は「入所者」となり、自由に施設を離れることができるようになった。

本土側から邑久長島大橋を渡り、島に入るとすぐのところに小さな事務所と公衆トイレがあり、そこでパンフレットをもらえる。なお、島の奥(東側)には長島愛生園があるが、部外者は長島愛生園には勝手に入ることができない(※事前に予約すれば見学も可能である http://www.aisei-rekishikan.jp/guide.html )。

邑久長島大橋のたもとには、「となりのトトロ」のイラストが描かれた看板が立てられていた。最初は不思議に思ったのだが、先ほどの記事(※1)で宮崎駿監督がハンセン病患者への支援を行っていると知り、納得した。

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「普通に見たらわからないかもしれませんが、包帯でぐるぐる巻きの描写や、名前を取られてしまうといった設定はハンセン病患者そのものなんです。宮崎さんは記念碑や保育園を作ったときにもここに来ていただきましたし、寄付をいただいたこともあります。周囲に子どもがいるとサインをねだられて大変なんですよ」
( http://www.excite.co.jp/News/society_g/20120328/Cyzo_201203_post_10252.html?_p=3 )
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現在ここで暮らしているのは「元」患者であり、かつてここに隔離された人々がそのまま暮らし続けている。先述のように、日本国内で新規の患者が出ることはほぼ皆無であり、仮に罹患しても完治可能なのだが、治療法が確立する1940年代以前に罹患して重篤な状態になった人々がここに収容されているため、入所者の平均年齢は80歳を超え、おそらくはここを終の棲家とせざるを得ないのであろう。

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ハンセン病療養所にはまだ患者さんがいるのですか:
 ほとんどいません。ハンセン病は治っています。現在日本には15のハンセン病療養所があり、約2,200人の元患者さんが生活しています。平均年齢は82歳ですが、後遺症による身体障害や加齢も加わって、介護を必要とする人が多くいます。
( http://idsc.nih.go.jp/disease/leprosy/page01.html )
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そういうわけで、この長島の二つの療養所は、入所者にとって「世界」そのものであり、この小さな島で一生を終えざるを得なかった。かつては島内の患者の火葬も本土では引き受けてくれず、島内に火葬場が設置されていた。

資料館の展示品の中に、篤志家から寄贈された望遠鏡があった。そこには「この島から出ることができなかった子どもたちは、この望遠鏡で星空を眺め、何を思ったのでしょうか」という趣旨のコメントが書かれていた。

あと何十年かすれば、今入所している患者さんも亡くなり、この療養所も役目を終えてしまうのかもしれない。だが、日本という国が、そして日本の社会が彼らを忌避し、差別してきた歴史を決して忘れ去ってはならないのだ。

ハンセン病についてさらに詳しく知りたい方は以下のページをご参照ください。

▼国立ハンセン病資料館
http://www.hansen-dis.jp/

▼日本ハンセン病学会
http://www.hansen-gakkai.jp/

▼厚生労働省「わたしたちにできること~ハンセン病を知り、差別や偏見をなくそう」
http://www.mhlw.go.jp/houdou/2003/01/h0131-5/histry.html

2013/12/17

(^_^)

(^_^)
(^_^)
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畏友・木下先生が岡山に来られて、日曜日から今日まで岡山の美味いもの巡りw

そして、明日からぼくは広島で講習会。講習会の期間は普段は会えない先生方とも会えるから、きっとまた祭りが始まるんだろうなw
( ̄▽ ̄;)

2013/12/15


遠方より友来る。


そして、肉祭りwww
((o(^∇^)o))

2013/12/14

q(^-^q)

q(^-^q)
q(^-^q)
今夜は村上啓介さんのライブ。

以前は前座として出させていただいたが、今回は前座なしの完全ソロライブで、ぼくはPA担当。

プロのPAをさせていただくのは本当に緊張するが、いい勉強をさせていただいている。
(^_^)

…って、ぼくはPAのプロになる予定はないのだが。
( ̄▽ ̄;)

でも、こうやって勉強したことを高校の軽音部の生徒さんに伝えられれば、と思う。何事も経験だ。

2013/12/13

\(^o^)/

創志学園高校での冬期講習が終了。あっという間の3日間だった。

今日は夜に能開予備校岡山校で高2レギュラー授業が終了。といっても明後日から冬期講習なのだが。

この3日間は朝からだったので、せめて今夜はゆっくり寝たい…( ; ゜Д゜)

2013/12/12

\(^o^)/

\(^o^)/
\(^o^)/
\(^o^)/
肉祭り〜♪
( ^-^)ノ∠※。.:*:・'°☆

2013/12/11

Contradiction...

【1】学校や、予備校・塾などの教育産業に限らず、ものを教えるという仕事は本質的に矛盾をはらんでいる。最近、そのことをとみに意識するようになった。

【2】教える側は当然、教わる側よりもその分野に秀でていなければならない。だが同時に、教える側の最終目標は、教わる側が自分と同じことができるようにすること、つまり、その分野について、自分と同等の知識や見識、思考力を持ってもらうことである。

【3】たとえば教わる側が試験を受けたとき、教わった通りの方法を使えるようになっていなくてはならない。いわば、教える側の脳がそっくりそのまま教わる側に移植された状態になっていなくてはならないのだ。仮にこれが実現すれば、最終的には教える側は不要ということになる。

【4】少し妙なたとえかもしれないが、教える側は、教わる側に対して、自らを倒す武器を与えているようなものかもしれない。教える側が〈克服すべき壁〉となってそびえ立ち、教わる側は与えられた武器を使ってそれに挑む。

【5】壁が低ければ容易く乗り越えられてしまうが、かといってだれも乗り越えられないほどの高すぎる壁では意味がない。たとえ教える側が超絶技巧を持っていても、それが共有されなければ単なる〈芸術鑑賞〉で終わってしまうのだ。それでは教える仕事は成り立たない。

【6】教える側は常に自己研鑽を積み、より高い壁にならねばならない。だが同時に、その壁を乗り越える方法も教わる側に提示しなければならない。まるでマッチポンプのようだ。

【7】もちろん教わる側は、誰に教わるかに関係なくみずから主体的に学べば良いし、実際、一人の人間だけを完璧に模倣することはありえない(人がただ一人の人間からしかものを教わらない、ということはあり得ない)のだから、一人から教わったこと「だけ」で試験に臨むことはない。

【8】しかし、ものを教えることを生業とする以上、教える側は教わる側を出来るだけ高いレベルにま導けるよう、じぶんじしんが高みを目指さねばならないし、同時に教わる側が自分と同じところまで達するにはどうすれば良いのかにも腐心しなければならない。そんなことをぼんやり思う師走。

2013/12/09

No ( ) than forty days left...

今日は能開予備校福山校で年内最後の授業。次に福山校で授業をするのは年明けになる。

今日でセンター試験まであと40日。

No more than 40 days left.なのか、No less than 40 days left.なのか。

40日しかない、と焦りを感じる受験生も多いだろうけれど、40日と言えばほぼ夏休み一つ分に匹敵する。もちろん、学校の授業やら何やらあるかもしれないが、まだそれだけの時間があるのだから、悔いの残らぬようにやれることを確実にやっておこう。

2013/12/08

He's on the way...

He's on the way...
He's on the way...
He's on the way...
歌も上手いしギターも上手い、その上トークも面白い。

なのに売れないミュージシャン。
( ̄▽ ̄;)

彼の名は、「みほりょうすけ」。

日本全国津々浦々、ギター片手に回っている。

数年前、ガナリーズで彼がライヴをしたとき以来の付き合いで、さだまさしファンということで意気投合し(笑)、岡山でライヴをするときには極力見に行っている。

とても良い歌を書くシンガーソングライターで、ギターだけでなくピアノの弾き語りもする。

しかし、なかなか売れない。

もちろん、そういうミュージシャンは掃いて捨てるほどいる。彼だけが特別なわけではない。だが、何かきっかけがあって火がつけば、本来優れたものを持っているのだから、きっとブレイクできるのではないか、と信じている。

頑張れ!みほりょうすけ!

『スタバ』
https://www.youtube.com/watch?v=J4LlNruRNTs&feature=youtube_gdata_player

『結び音』
https://www.youtube.com/watch?v=jUF_9lp2mPs&feature=youtube_gdata_player

みほりょうすけライヴ
https://www.youtube.com/watch?v=MK0ROIf_9mc&feature=youtube_gdata_player

2013/12/07

Rock 'n' Roll!!

ゆうべ、Twitterで

「うちの父親が来年ツアーのバンドメンバーを募集します。
ギター、ベース、ドラマ各一名づつ
オーディションで決めるそうです。」

って投稿があって、「へぇ~、おもしろいことするお父さんだな」って思ってよく見たら…

Σ(・ω・ノ)ノ!

続きを読む "Rock 'n' Roll!!" »

2013/12/06

失望

特定秘密保護法が参議院本会議を通過した。

国家の重要機密を保護する必要性があることは十分理解できる。東アジアの緊張が高まっていることも理解できる。法案の重要性を与党が説明しようと思えば、「仮想敵国」を想定したうえでの話にならざるを得ず、それによって特定の国々を刺激することにもなりかねない、ということも想像に難くない。

だが、不透明で玉虫色の法律を、強行採決というだまし討ちで拙速に成立させたことで、この法律が「正当な方法では成立しえないもの」だということは火を見るより明らかである。

ぼくの生徒さんの一人が、こんなことを言っていた。

「政治家はよく言い合いしているのがニュースで流れているけれど、人のあげあしを取り合う印象しかない。小学生のころから。だから、ニュースで政治の話になったらいやな気分になる。」

これはぼくも同感だ。そして、今回もこの生徒さんをより一層嫌な気持ちにさせてしまったことは間違いない。

2013/12/05

Look at yourself.

昨日は河合塾広島校での2学期レギュラー授業最終日。次に広島に行くのは18日からの冬期講習会だ。

今日は昼に広島校に顔を出し、昨日回収したテストと添削課題の採点をしてから岡山に戻り、夕方から能開予備校岡山校で授業。

夕方、Twitterで特定秘密保護法案が参議院の委員会で強行採決されたことを知る。やはり、ではあるが、やり方があまりにも見苦しい。 台湾や韓国の議会での乱闘騒ぎがたまにテレビやネットで報じられて笑いのネタにされているけれど、理不尽な法律を強行採決する日本の政治家連中だって同じようなものだ。

そんなに成立させたい重要な法案なら、なぜ国民に広くその意義を伝えようとしないのか。やはり、岸信介の孫。安保のときと同じことをやっているわけだ。

こんな暗澹たる未来を子どもたちに引き継がねばならないとは、恥ずかしくてたらまなくなる。

2013/12/03

(*^-^*)

(*^-^*)
晩飯@三冠王
\(^o^)/

村上啓介ライブ@あたらし屋(岡山市表町2丁目)

村上啓介ライブ@あたらし屋(岡山市表町2丁目)
12月14日(土)、村上啓介さんのライブが岡山市表町2丁目の「あたらし屋」さんで行われます!

今回、ぼくは前座での出演はなく純粋に観客として楽しむ予定で……あ、いや、違った、PA担当だったw
(;゜∇゜)

皆様、是非お越しを!
\(^o^)/

2013/12/02

Special thanks!!!!

先週の金曜日、高校での授業のこと。

午前中、2年生の教室に入り、礼をして授業を始めようとしたら…

「せんせー、お誕生日おめでとう!」
\(^o^)/\(^o^)/\(^o^)/

…と最前列の生徒さんが一斉にクラッカーを鳴らして祝福してくれた。それから、寄せ書きの色紙と、これまでに撮った写真を張り合わせた記念パネルのプレゼント。

Σ(・ω・ノ)ノ!

試験前で忙しいのに、わざわざ作ってくれたんだねぇ。ありがとう。
(´;ω;`)


午後からの1年生の授業。

教室に入ると、いつもと違い、みんな、行儀よく席についてにやにやしている。

壁には折り紙の輪っかの飾り付け。

黒板に何やら頭の体操のような問題が書いてあり、それを解けという。

わからなかったので、ヒントをもらいながらなんとか正解。

すると、「せんせー、ごほうびあげるー!お誕生日おめでとう!」と色紙とプレゼントが…。
\(^o^)/\(^o^)/\(^o^)/

包みを開けると、なんと、トトロのネクタイ+ネクタイピン…
Σ(・ω・ノ)ノ!

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それにしてもまあ、こんな高価なものを…みんなでお金を出し合って買ったらしいのだが…まことに申し訳ない。
(;´Д`)

で、どちらのクラスでも「これだけ素敵なプレゼントを頂いたのですから、来る前期中間試験では、全身全霊を込めて皆さんのために問題を作ります!」と宣言したところ、ドン引きwww

そんな冗談はともかく、こんな風に祝ってもらえるってのは本当に嬉しいことだ。早速、寄せ書きの色紙と写真のパネルは事務所に飾らせてもらうことにした。

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ありがとう!!!!
( ;∀;)


2013/12/01

Run!?

師走…

走れない…(´Д`)

肥満児は辛いよwww

今日は一日中、後期の中間試験作成に追われていて、まだ終わらない…。

あうあうあうあう…(;´Д`)

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