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2013/12/11

Contradiction...

【1】学校や、予備校・塾などの教育産業に限らず、ものを教えるという仕事は本質的に矛盾をはらんでいる。最近、そのことをとみに意識するようになった。

【2】教える側は当然、教わる側よりもその分野に秀でていなければならない。だが同時に、教える側の最終目標は、教わる側が自分と同じことができるようにすること、つまり、その分野について、自分と同等の知識や見識、思考力を持ってもらうことである。

【3】たとえば教わる側が試験を受けたとき、教わった通りの方法を使えるようになっていなくてはならない。いわば、教える側の脳がそっくりそのまま教わる側に移植された状態になっていなくてはならないのだ。仮にこれが実現すれば、最終的には教える側は不要ということになる。

【4】少し妙なたとえかもしれないが、教える側は、教わる側に対して、自らを倒す武器を与えているようなものかもしれない。教える側が〈克服すべき壁〉となってそびえ立ち、教わる側は与えられた武器を使ってそれに挑む。

【5】壁が低ければ容易く乗り越えられてしまうが、かといってだれも乗り越えられないほどの高すぎる壁では意味がない。たとえ教える側が超絶技巧を持っていても、それが共有されなければ単なる〈芸術鑑賞〉で終わってしまうのだ。それでは教える仕事は成り立たない。

【6】教える側は常に自己研鑽を積み、より高い壁にならねばならない。だが同時に、その壁を乗り越える方法も教わる側に提示しなければならない。まるでマッチポンプのようだ。

【7】もちろん教わる側は、誰に教わるかに関係なくみずから主体的に学べば良いし、実際、一人の人間だけを完璧に模倣することはありえない(人がただ一人の人間からしかものを教わらない、ということはあり得ない)のだから、一人から教わったこと「だけ」で試験に臨むことはない。

【8】しかし、ものを教えることを生業とする以上、教える側は教わる側を出来るだけ高いレベルにま導けるよう、じぶんじしんが高みを目指さねばならないし、同時に教わる側が自分と同じところまで達するにはどうすれば良いのかにも腐心しなければならない。そんなことをぼんやり思う師走。

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