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2013/09/04

Panopticon

このところ、立て続けに飲食業界で「バイトテロ」「一般客テロ」と呼ばれる迷惑行為が頻発している。

こうした迷惑行為自体は厳しく対処すべきであり、かつ、今後のことを考えて、厳しく対処した結果を各企業は公表すべきであろう。損害賠償請求を行う場合も、いくら請求したのかを公表するなど、軽率な行為がいかに大きな代償を払うことになるのかを知らしめるべきだと思う。

だが、ぼくじしんは、そうした迷惑行為に対する憤りと同時に、〈ネット社会=一億総監視社会〉の息苦しさのようなものも感じている。

もちろん、迷惑行為は行うべきではないし、こうした迷惑行為を行った者をかばうつもりも毛頭ない。

ただ、おそらく誰しもが「若気の至り」と言えるような浅はかなふるまいを一つや二つはしてきたことがあるであろうし、仮にそれがネットに流れたとしたら、じぶんじしんも「迷惑行為者」になる可能性が無きにしも非ずなのだ。

たとえば、以前、渋谷駅前に噴水があった時、某大学では野球大会の後、応援に行った学生がその噴水に飛び込むのが恒例行事であった。もしいま、それが行われていて、「水浴びなう」などとツイートしたら、たちどころにリツイートされ、「迷惑行為」(といってもこの場合、被害の主体は明確ではないが)になってしまうかもしれない。

かつて、「裸の大将」こと故・山下清画伯が放浪生活を行っていた時、GHQからの指示である新聞社(確か、毎日新聞か朝日新聞)が山下画伯を探している旨の記事を出したところ、鹿児島で発見され、八幡学園に連れ戻された。

そのとき彼は「もうるんぺんはしません」と誓約書を書いたが、またすぐに出奔してしまった。しかし、彼のことが新聞で報じられていたために、その2日後には横浜にいたところを発見され、また連れ戻されてしまった。

彼はただ、寒い時には暖かいところに、暑いときには涼しいところに、花火大会があるときにはその場所に行って好きな景色を頭に焼き付けたかっただけである。にもかかわらず、いち「るんぺん」から「山下清画伯」へと変貌を遂げたため、彼は自由に放浪ができなくなった。いわば、日本全体が彼を監視する監視装置になってしまったのだ。

もちろん、これは特異な例であるかもしれない。だが、ネット社会が発達し、誰もが手軽に発信者になっただけでなく、お互いを監視・通報しあうことが可能になったことで、常に「他者の目」を意識して生きざるを得なくなったことも確かなのかもしれない。

いわば、ネットは「パノプティコン(一望監視施設)」の働きをしているのだ。一昔前は、メディアが監視装置/権力装置となった。だが、現代社会においては、インターネット上の大衆が監視装置/権力装置となったと言えるのではないか。

人間である以上、羽目を外すこともあれば、馬鹿をしたくなることもあるし、それを吐露したくなることもある。誰もが聖人君子や石部金吉金兜のように生きることはできないのだから。しかし、ネットとその向こうにいる無数の大衆という監視装置/権力装置によって、それは許されざることとなった。

それはおそらく、Michel Foucaultが近代社会に対して感じていた息苦しさに似ているのではないだろうか。

「個人が自己を道徳的な振る舞いの主体として構成するべく要請される様式の歴史。それは自己に対する諸関係の設定や展開、自己への反省や自己に対する自己自身による認識や吟味や解読、更には、自己自身における遂行を模索する様々な変容のために提起される歴史である。」
 ―Michel Foucault『快楽の活用』

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