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2013/09/30

Why doesn't it work well?

日曜日からTwitterの調子がおかしい。メール通知機能がまったく正常に機能しなくなった。

なんとも腹立たしい…
(#`皿´)

2013/09/29

I finally managed to install it!!

お恥ずかしながら、先日、やっと購入。

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最強の辞書・"Oxford English Dictionary [Second Edition] on CD-ROM"

いわゆるOED。

書籍だと20巻組のものがCD-ROMだとたった2枚。なぜそんな大著なのかというと、一つの単語について徹底的に解説が書かれており、一つの単語がどのような歴史的変化を遂げて来たのか、どんな文献に何年に登場したのかまで書かれている。

たとえば、childの複数形はchildrenだが、じゃあ、childsとは言わないのか?というと、950年の『リンディスファーン福音書』(Lindisfarne Gospels)の中にchildasという表記があり、また、1460年の『タウンリー聖史劇』(Towneley Mysteries)でもchildesという表記が見られる、と書かれている(もっとも、すべて英文で書かれているうえに、今は見かけない古い綴りが多く、おまけに略号もビシバシ使われているから、OEDを読むための辞書が必要になるw)。

こうやって語源や変遷を調べるのは面白いのだが、日常的に使う頻度はあまり高くなかったから、どうしても必要な時は図書館や予備校の資料室で閲覧したけれど、パソコンにインストールすれば常に手元で使えるのだ!!
( *´艸`)

…が、インストールに四苦八苦…
(;´Д`)

CD-ROMを入れてインストールすると、一応はインストール成功の表示が出るのだが、アイコンをクリックしても立ち上がらない…。Windows 8にまだ対応していないらしい。

仕方なくネットでググって方法を探してみたところ、Amazonの英語版のページのReviewのところにWindows 8へのインストールに成功した人のコメント(英文)が書かれており、「インストール用CDを入れたままアイコンをクリックしてソフトを再起動するとうまくいく」とのこと。

一度目は失敗したが、二度目で成功www

いまは休止しているが、ここ3年ほど断続的に続けているメルマガ『語彙力補完計画~接頭辞・語根・接尾辞~』の原稿をさらに充実させるためにも、OEDを活用したいと思う。

2013/09/28

Dark tourism

27年後。2040年。

その頃ぼくは69~70歳。生きていれば、の話だが。

27年前。1986年。

その頃ぼくは15~16歳。高校1年生。たしか、ぼくたちの入学式の当日か直後かに、アイドルの岡田有希子さんが投身自殺した(4月8日)のが教室で話題になった。

そして、1986年4月26日。

旧ソ連のチェルノブイリ原子力発電所で大規模な爆発が起こった(現・ウクライナ共和国)。だが、ぼくを含めて、日本人にとってきっとそれはどこか遠い国の出来事に過ぎなかったと思う。

その後、日本でも原子力関連の事故が何度か発生し、1999年の東海村JCO臨界事故のように死者が出た事故もあったが、それでもまだ「チェルノブイリ」は「対岸の火事」だった。

2011年3月11日までは。


最近、「ダークツーリズム」ということばをよく見かけるようになった。このことばじたいは1990年代前半ごろから登場したようだが、おそらくこの本がきっかけで、近頃広く知られるようになったのではないか。

東浩紀(編) 『チェルノブイリ・ダークツーリズム・ガイド(思想地図beta 4-1)』(genron、2013)

「ダークツーリズム(dark tourism)」とは、本書の定義によれば「広島やアウシュヴィッツのような、歴史上の悲劇の地へ赴く新しい旅のスタイル」のことである。「新しい」とあるが、こうした悲劇の地への観光はこれまですでに行われてきたことであり、おそらく、観光学における概念としての新しさのことだと言えよう。

本書は、ぼくたちに、絶望と希望の両方を示す。

この本で初めて知った事だが、チェルノブイリ原発はいまも操業しているらしい。ただしそれは、原子力発電を行うためではなく、周囲の地域に送電するための拠点として、である。

チェルノブイリ4号機が爆発し、ホウ素や鉛などで爆発校をふさぎ、コンクリートで覆い固めた「石棺」(詳しくはこのドキュメンタリー映画『チェルノブイリ・クライシス』を参照。 http://youtu.be/G8E13GEk6yU なお、4分40秒あたりからの映像には中性子線によってフィルムに白い斑点が残るさまがうかがえる)の耐久年数はおよそ30年と計算されていた。

だが、それを待たずにすでにあちこちにほころびが出てきており、現在、石棺を丸ごと覆うための新しい石棺を建造中だという。本書にもその写真が掲載されていた。一時期は資金繰りに苦労したが、皮肉なことに福島第一原発の事故があってから、この新石棺づくりに投資が集まりだしたらしい。

そして、現在のチェルノブイリ周辺は、チェルノブイリ原発30km以内の「ゾーン」と呼ばれる区域で、ウクライナ政府の許可に基づいて見学を受け入れており、元住民らによるガイドも行われているということだ。本書では、その見学ツアーに参加したルポを中心としている。

本書を読んでいてやはり考えてしまうのは、これが27年後の福島の姿になるのかもしれない、ということだ。そして、27年前に大量の放射性物質を至近距離で浴びた建設資材は、手の付けようがなく今日も野ざらしになっている。ぼくが高校1年生だったときと変わることなく。

本書は、読んでいて心が浮き立つ類のものではない。とりあえず石棺で覆い、さらにまたいっそう巨大な新石棺で覆うよりほかに、現段階では方法がない。また、4号機内部には逃げ遅れた職員がいて、遺体の回収もままならないまま27年間が過ぎている。

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事故後、放射能汚染により人が立ち入ることができなかったことから、原発事故の直撃を受けた職員の遺体が搬出されなかった。事故直後に無防備のまま炉の中に入った数名の作業者の行方が未だ分からず、現在も石棺の中に数名の職員の遺体が残っているものと思われるが、彼らの遺体を搬出できるようになるまでには数世紀に亘る長い時間がかかると見られている。
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%81%E3%82%A7%E3%83%AB%E3%83%8E%E3%83%96%E3%82%A4%E3%83%AA%E5%8E%9F%E5%AD%90%E5%8A%9B%E7%99%BA%E9%9B%BB%E6%89%80%E4%BA%8B%E6%95%85
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ちなみに、先述したドキュメンタリー映画『チェルノブイリ・クライシス』には。26分ごろからチェルノブイリにかかわった人々の事故後の行動についての報告会がおさめられている。ある共産党員が災害の中、任務を捨てて逃げだしたことに対する糾弾風景もおさめられている。爆発後に原子炉から500キロ逃亡した技師も糾弾されている。「臆病者の居場所はここにはない」と。それはまるで戦時中に「非国民」と罵られた人々のようである。

27年の時を経ても、チェルノブイリは終わっていない。現在進行形の問題である。だとすれば、これと同等、いや、これ以上の事故と言われる福島第一原発も、当然、27年後には現在進行形で収束作業を進めているはずだ。

もちろん、福島とチェルノブイリとでは、状況も時代もテクノロジーも異なるかもしれない。だが、27年後の福島第一原発のありかたの一つの姿を想像させてくれるという点で、本書はいま、読む意義のある本だと言えるし、これをきっかけにチェルノブイリについて調べたり、福島第一原発について調べたりする人々が増えれば、これからぼくたちはどう生きるべきなのかを考えることにつながっていくのではないだろうか。

奇しくも、7年後に東京オリンピックが開催されることとなった。安倍首相は汚染水について「アンダー・コントロール」だと述べたが、政治家の「大丈夫」ということばは、チェルノブイリの時にも事態を悪化させるきっかけとなったことを忘れてはならない。

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2011年の回想によれば、共産党中央委員会政治局会議(当時のソ連の最高意志決定機関)で原発担当大臣が書記長などに対し「大丈夫です」と述べたため対策が遅れた。真相は現地の関係者からの知らせによって分かったという[42]。 
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%81%E3%82%A7%E3%83%AB%E3%83%8E%E3%83%96%E3%82%A4%E3%83%AA%E5%8E%9F%E5%AD%90%E5%8A%9B%E7%99%BA%E9%9B%BB%E6%89%80%E4%BA%8B%E6%95%85==========

福島第一原発周辺地域がチェルノブイリと同様にダーク・ツーリズムの対象となる可能性があることは、本書を読めば明らかである。ダーク・ツーリズムは、観光客が見たがっているから成立するというものではなく、悲劇を伝えたいという当事者たちの想いがあってこそ成立する。

その意味で、本書は「希望」の書でもある。

福島第一原発の事故で疎開を余儀なくされた人々、それまでの生活をすべて失った人々の想いをどのように伝えていけば良いのか、そのモデルケースを提示していると言えるからだ。

つい先日、宮城県南三陸町の防災庁舎を解体することが正式に表明された。もし保存されれば、津波の被害の記憶を伝える重要な遺構となったはずだが、保存費用が数億円かかるとされ、小さな町の予算を逼迫し復興の妨げとなるから、ということで取り壊しを決定したようだ。また気仙沼市の漁船「第18共徳丸」の解体も始まった。

http://www.sankeibiz.jp/express/news/130927/exc1309270937000-n1.htm
http://www.yomiuri.co.jp/feature/20110316-866918/news/20130923-OYT1T00563.htm?from=blist

こうした震災遺構は、残せるものであれば残すべきだとも思うが、福島第一原発はこれらの震災遺構とは決定的に性質が異なる。第一に、即座に解体が不可能であり、残さざるを得ないということ、第二に、っ純粋に津波に「巻き込まれた」だけでなく、施設の老朽化や防災体制の不備、指令系統の問題、政治的問題などの人為的問題により被害が深刻化したことが挙げられる。チェルノブイリ原発の事故は自然災害とは無関係であるが、複数の人為的問題(設計ミス、準備不足、操作ミスなど)が原因とされている。いわば、人間の愚かさ、科学技術への過信の象徴なのである。

本書で紹介されていた「チェルノブイリ博物館」には、事故で被爆した子どもたちの顔写真がパネルとなってずらりと並んでいる。無邪気に微笑みかける子どもたちに対して、恥じぬ未来を作ってあげられるのか。そんな問いを突き付けられた。

2013/09/27

Look real!!

今日は創志学園高校の体育祭@岡山ドーム。

諸々の事情で(苦笑)、仮装競争に出場することとなり、昼前に現地に向かった。

この仮装競争は生徒さんがリレー形式で教員に衣装を着せていくもので、ぼくは…


マリオwww

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帽子と手袋だけは生徒さんが手配して、あとの衣装は自前w

ヒゲもすでに生えているのでうってつけwww

久しぶりに体を動かしたので、かなり疲れたけれど、体を動かすのが心地よいとも感じた。

ただ、ある先生から「来年はリレーにも出てください」と言われたのが心配なんだが…www

2013/09/25

What the drama suggested to me...

今日は河合塾広島校で授業。浪人生の授業のあと、いったん校舎を出てホテルの引っ越し。今夜泊まる宿は駅の近くで便利なのだが、着いてみたら「空調が故障中」とのこと。
(#`皿´)

夜になれば修理は終わるということだが、こっちはシャワーを浴びて着替えてから夕方の授業に向かいたいのだ。外の方がよほど涼しい。

とはいえ、背に腹は代えられず、仕方なく蒸し暑い部屋でシャワーを浴びて着替えた。

ニュースを見ようとテレビをつけたら『抱きしめたい!』という昔のドラマをやっていた。1988年のドラマで、主演は「W浅野」とうたわれた浅野温子・浅野ゆう子の両名。どうやら続編を放映するための宣伝らしい。

25年前のドラマで、出演者が若いのは当たり前だし、現代から見たらいろいろ違和感も感じられたが、なかでももっとも目についたのは「煙草」である。

浅野温子さん扮する主人公も、その相手役の石田純一さんも、煙草をスパスパふかしている。浅野さんに至っては毎回流れるオープニングのラストで、浜辺で煙草に火をつける場面(正確には浅野ゆう子さんに火をつけてもらう場面)が流れているから、彼女の役には煙草がつきものという印象が形成されることになる。

それから、想定されうる視聴者層も異なるように思える。ぼくの記憶が確かなら、高校生の頃、このドラマを見た覚えはないし、学校で話題になった覚えもない(1988年当時、ぼくは高校3年、昭和天皇が病に倒れ、「自粛」の空気が日本全体を包んだ年だ)。

ジャニーズのタレントが出ているわけでもなく、たぶん、ターゲットは社会人か大学生だったのだろうな、などと考えたりもした。

2013/09/24

How delicious!!

How delicious!!
以前から無性に食べたくて、先日ようやく作った「ヴィシソワーズ」。じゃがいもの冷たいポタージュスープだ。

これを作るためにわざわざハンドミキサーまで買ってしまったwww

今回は男爵を使用。じゃがいもと玉ねぎをぶつ切りにしてバターで炒め、水と固形コンソメを加えて煮る。

柔らかくなったらハンドミキサーでペースト状にして、牛乳と生クリームを加え、塩コショウで味を整える。

粗熱をとったら冷蔵庫で冷やして完成。パセリを散らして食す。

美味ーし!
♪ヽ(´▽`)/

2013/09/23

…(^_^;)

今日は能開福山校で授業。

終わってから岡山に戻ったが、眠くて眠くてたまらない。明日の準備もせにゃならぬのに。

CPAPのおかげで安眠しているはずなのだが…

Synchronicity

強引な見解だけど…『ノルウェイの森』と『エヴァンゲリオン』って物語の構造が共通しているような気がした…。

シンジーアスカーミサトーレイ ーカヲル
 |   |   |   |   |
トオルー直子 ー 緑 ーレイコーキズキ

主人公はどちらも凡庸で内省的な男で、二人の女に翻弄される。

直子の激しさはアスカと似ている。壊れてしまうところも。直子は拠り所となるキズキを喪い、アスカは拠り所となる母を喪った。

緑は差し詰め、ミサトの役割ではないか。

すべてをわかっているレイコは、レイ(=ユイ)と符合する。

そして、彼岸の存在としてのキズキとカヲル。

なんとなく、そんな気がした。

2013/09/22

Speech Act Theory

「センテンスの機能分析」

~「私はキツネ」という言葉はどんな意味なのか?~

「言語行為論(speech act theory)」という学問分野があります(正確には言語学の中の「語用論」の一部)。

言語学の分野では、人が何らかの言葉を発するとき、それは「事実の描写」だと考えられてきました。たとえば、「今、お金がない」と言うとき、それはただ単に、いま自分には所持金が無いということを述べているにすぎません。

しかし、日常生活において「今、お金がない」という発言をするのはいったいどういう場面でしょうか。

たとえば、こんな状況ではないでしょうか。

A: 「映画を見に行かない?」
B: 「今、お金がないんだ」

この場合、Bの「今、お金がないんだ」という発言は、ただ単に「所持金が無い」ということを意味しているだけではありません。

この場面では、Aの「映画を見に行かない?」という〈提案〉に対して、〈拒否〉を示していることになります。

つまり、「今、お金がないんだ」という発言には、単に「所持金が無い」という事実の描写以上の内容(ここでは「提案への拒否」という行為)が含まれていることになります。

このように、ある言葉を発することによって、単なる事実の描写以上の「行為」が行われることを、「言語行為」と言います(正確には「発語内行為」:ジョン・L・オースティン『言語と行為』(大修館書店)を参照)。

たとえば、冒頭の「私はキツネ」という表現も、それだけでは何の意味なのかさっぱりわかりませんが、次のようなやり取りの中にある場合、どうでしょうか。

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A: 「ご注文は?」
B: 「私はキツネ。」
C: 「俺、月見。」
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そう、「うどん店で注文している」ということがわかるはずです。これはもちろん、「私はキツネである」という〈事実〉を述べているわけではありません(私=キツネではないので)。この発話によって、Bは「私はキツネうどんを〈注文する〉」という〈行為〉を行っているわけです。

さて、こんな理屈が受験英語にどう結び付くのか?

たとえば、2013年度センター試験追試験の第3問A問題(語義推測問題)では、まさにこの「言語行為」が問題となります。

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A 次の問いの英文を読み、[  ]内の語句の意味を文章から推測し、( 27 )に入れるのに最も適当なものを、下の①~④のうちから一つ選べ。

問1
Richard: Hi, Diane, I heard that you moved to a new apartment.
Diane: Yes, I did. I just couldn't stand living in the old one anymore.
Richard: What was wrong with it? It seemed very convenient.
Diane: Where do I begin? The neighbors upstairs were ridiculously loud. Then there were the mice and spiders everywhere. But [the last straw] for me was the maintenance man. He was so rude and not helpful at all. It took him almost a week to fix my kitchen sink and it still leaked!

 In this situation, [the last straw] means the final ( 27 ).
  ① chance to do something enjoyable
  ② reason for a person to give up
  ③ stage of a difficult project
  ④ warning that something will happen
==========

【和訳】
リチャード:やあ、ダイアン。君、新しいアパートに引っ越したって聞いたよ。
ダイアン:うん、そうなの。古いアパートに住むのがこれ以上耐えられなかったのよ。
リチャード:何が問題だったの?便利そうに見えたのに。
ダイアン:どこから始めようかな。上の階の住民がものすごくやかましかったの。それから、いたるところにネズミやクモがいたの。でも、私にとって[the last straw]は、管理人よ。彼はとても失礼だし、全くの役立たずだったの。キッチンのシンクを直してもらうのにほぼ一週間かかったし、それでもまだ漏れていたのよ!


【解説】
この問題のポイントは、[the last straw]の「意味」を知っているかどうかではなく、このやり取りでいかなる行為が行われているのかを分析することです。注目すべきは、Richardの2回目の発話にある"What was wrong with it?"(それのどこがおかしかったの?)です。

この文は、文字通りとらえれば「何が間違っていたのか/おかしかったのか」を尋ねているだけですが、これは、Dianeがアパートを引っ越したことへの「理由」を尋ねていると解釈することができるはずです。

そして、Dianeの"The neighbors upstairs were ridiculously loud."(上の階の住人が非常にやかましかった)と"Then there were the mice and spiders everywhere."(それから、至る所にネズミやクモがいた)という発話は、単にそれらの〈事実〉を述べているのではなく、それによって、「アパートを引っ越した理由を答える」という行為を行っていると考えられます。

そして、
理由その①:上の階の住人がうるさかった。
理由その②:至る所にネズミやクモがいた。
ときて、「"the last straw"は管理人だった」と述べているのですから、この"But the last straw for me was the maintenance man"という文は、「引っ越した理由その③を答える」という行為だと考えられます。

そこで選択肢を見ると、
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In this situation, [the last straw] means the final ( 27 ).
(この状況で、"the last straw"が意味しているのは、最終的な( 27 )だ。)
 ① chance to do something enjoyable
 (何か楽しいことをするチャンス)
 ② reason for a person to give up
 (人があきらめた理由)
 ③ stage of a difficult project
 (難しいプロジェクトの段階)
 ④ warning that something will happen
 (何かが起こるという警告)
==========
となっており、「理由」をあらわしているのは②だけなので、②が正解だとわかります。

近年、センター試験に限らず、大学入試の英文ではいわゆる「テクスト分析」の手法を使って英文を分析させる問題が増加しているように思います。つまり、ただ単に単語・熟語・文法(構文)の知識を問うのではなく、長文の中におけるセンテンスの「機能(役割)」を問う、というものです。

「対比・対立」「因果関係」「言い換え」といった英文の〈つながり〉を読む際に、連結表現(cohesive devicesまたはdiscourse markers)に注目することが重要だとよく言われますが、実際には、連結表現が無くてもそうした〈つながり〉が存在しています。連結表現がなくても〈つながり〉を読み解くために、上述したような「言語行為」を意識したり、段落におけるセンテンスの「機能/役割」を意識する必要があるのです。

2013/09/21

I'm ashamed of myself...

詳細は割愛するが、先日、仕事に関して、人生初のありえないような失敗をおかし、様々な方にご迷惑をお掛けして、かなり落ち込んでいる。

とはいえ、過ぎてしまったことはどうにもならず、挽回するには、よりいっそう仕事に身を入れるしかないともわかっている。

幸か不幸か、その件で咎め立てする人は誰一人おらず(表立っては、であるが…)、かえってご心配をお掛けすることにもなり、恐縮している。

きっと、数年後には笑い話にでもなっているとは思うが、たぶん、だれよりもショックを受けているのはじぶんじしんだ。

そして同時に、こんなじぶんを心配してくださった方がたくさんいたことが、何より嬉しく、有り難いことだ。その方たちの信頼をこれ以上裏切ることがないように、精一杯気を付けていかねば、と思う。

2013/09/20

Can you see?

Buivni7cqaaezhn

中秋の名月。

君も、見ましたか?

2013/09/19

疲れたぁ…

\(^o^)/

2013/09/17


今日は河合塾呉現役生教室で授業。その後、広島のホテルにチェックイン。

先週はお好み焼きを食べなかったので、ホテルに行く前に駅前のいつもの店で食べようかと思いきや…

「ただいま、焼くのに30分以上かかります…」

とのこと。

店内はほぼ満席。皆、野球観戦の帰りらしい。そういえば、さっき講師室でN先生が「おおっ!!サヨナラホームラン!!」と叫んでいたwカープが逆転勝利をおさめたらしい。まあ、それなら仕方ない。祝杯をあげたくなるのも当たり前だ。

しかし、お好み焼きは食べたいwww

そこで、ホテルにチェックインしてから他の店へ。こちらもしょっちゅう食べに行くところだ。

いつものメニューは「イカ天そばダブル」。

店に入り、注文しようとオヤジさんの顔を見たら…


「ゴメーン、今日はもう、そばダブルができない」

Σ( ̄□ ̄;)え。

「じ…じゃあシングルでいいです…」
orz

出鼻をくじかれたが、そんなこんなでようやくありつけた…
(;つД`)

さて、いまからホテルで明日の準備+原稿だ!!

(;つД`)

(;つД`)
原稿書かなきゃいかんのに…。

コンビニで見かけて、つい買って読みはじめてしまった…
(^_^;)

原稿書くために、手塚先生のエネルギーを分けてもらうということでwww

2013/09/15

Deja-vu

台風が、東海地方に接近している。

http://www.jma.go.jp/jp/typh/1318l.html

この進路を見ていてふと、「そういえば以前、これと同じような進路の台風に出くわしたな」と思い出した。

ブログをさかのぼって調べたところ、一昨年の9月20日から21日にかけてのことであった。

この時は秀英予備校の授業があって名古屋にいたのだが、20日は休講となり、翌21日には浜松で授業があったので念のために移動したが、台風は見事に浜松を直撃し、結局、この日も休講となった。

以下、その日記をコピペ。

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2011/09/20
"It's no use making a fuss."

名古屋は朝からバケツをひっくり返したような雨が断続的に降っている。

今朝は、今日〆切の原稿を書き上げてメールで提出し、朝食のあとホテルの部屋で少し眠り、13時半に昼食を食べに外出した。

ホテルを出た時は雨がほとんど降っていなかったのに、5分ほどコンビニで買い物をして出てみたら土砂降り。

コンビニと同じビルにある店で食事をして、その後、喫茶店で原稿を書いたり予習したりしていると、名古屋校から電話が入り「今日は高校も授業を切り上げて自宅待機の指示が出ているので、休講にします」とのこと。

まあこればかりはジタバタしても始まらない。部屋に戻り、ニュースを見ていると、あちこちで浸水との報道。

台風本体は21日の15時に名古屋のあたりを直撃しそうだ。明日は浜松に移動&夕方から授業なのだが、どうなることやら…。

愛知・岐阜・三重には竜巻注意報も出ている。

まだ被害は拡大しそうだ。

http://ses.txt-nifty.com/yamazoe/2011/09/its-no-use-maki.html


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2011/09/21
"Play tag."

昨夜は突発的寿司祭り@丸八寿司。たまたま某氏が名古屋に来られるということで、急遽決定。
(^^;)


問題は今日の移動。


朝、7時に起きて台風の状況を見たら、まだ潮岬の南にいた。予定より遅いらしく、これなら新幹線が動いているうちに浜松に移動した方が賢明だと判断し、荷物をまとめ、朝食を済ませてからタクシーで名古屋駅へ。

「無線でひっきりなしに春日井方面に呼ばれていますが、手が一杯なのと渋滞でそちらにはなかなか行けないみたいなんですよ…」と運転手さん。

地下鉄は動いているが、中央線は始発から名古屋〜釜戸間で運転見合わせなので、春日井方面はかなり混乱しているようだった。

名古屋から「こだま」で浜松へ。車内で今朝〆切の原稿を仕上げて送信。

浜松駅には定刻の到着。駅前には名古屋と同様にテレビ局のスタッフがカメラを携えてニュース用の取材準備をしていた。

ホテルに着いたはいいが、傘が途中で壊れてしまった。荷物を置いて、壊れた傘でごまかしつつ、近くのコンビニで昼飯を調達。

それから5時間ほどロビーで外を眺めつつ、原稿を書きながら15時のチェックインを待った。

13時前に電話があり、休講が決定したとのこと。まあ、仕方があるまい。
(-_-;)

暴風雨が激しさを増した頃、一人の男性がずぶ濡れになって飛び込んできた。宿泊客かと思ったら、彼はフロントに「タクシーを呼んで下さい」と頼んでいたので、単なる通りすがりの雨宿りであった。フロントの係員さんは嫌な顔一つせずタクシー会社に電話を入れた。

ところが、暴風雨がピークを迎えていた時間帯だったので「配車の受付ができない」とのこと。

彼は憮然とした表情でロビーの椅子に腰掛けた。言葉のイントネーションとタクシーの予約のために名乗った名前からすると中国系らしい。

「おさまるまでまだ1時間以上かかると思いますよ」とぼくが言うと、彼は「でも、タクシーさっき走っていたよ」と納得できない様子だった。

ぼくは近くにあったホテルのパソコンで台風の進路予想図を出して彼に見せた。彼はそれを見て納得したようだった。台風が浜松を直撃するということを知らなかったらしい。

その後、彼はじぶんでパソコンを操りなにやら調べていた。

ぼくが外の様子を何気なく眺めていると、たまたま「空車」表示のタクシーが近くに止まった。ぼくはあわてて彼に「空車だ!!」と告げ、外に出て運転手さんに呼びかけた。すると、「了解」とのこと。

彼はどうにかそのタクシーに乗って行った。

その後は15時までロビーでだらだらとパソコンに向かって原稿を書き、チェックインした。

部屋に入って1時間ほど仕事の続きをして、昼寝(?)をした。

19時前に目覚めたら、台風はもう宇都宮にいた。

その後、部屋でニュースを見ながら仕事をして、いまはなぜか「てりーずてりー」にいるというオチ(爆)。

まあ、たまにはこんな日があってもいいか、とは思うが…、被害が拡大しないことを祈るばかりだ。

http://ses.txt-nifty.com/yamazoe/2011/09/play-tag.html
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今回の台風はまさにこの時と同じ進路をたどっている。予報図だと明日の昼に浜松を直撃する可能性がある。

何事もなく通過してくれればよいのだが。

台風の進路上におられる皆様のご無事を祈ります。

2013/09/14

(^q^)

(^q^)
(^q^)
肉祭り♪

2013/09/13

( ゚Д゚)

今日は朝から高校で45分×7コマ→能開岡山校で120分という過酷な1日。

「過酷」といっても、階段の上り下りが大変なだけで(笑)、授業そのものは全く問題ない。

高校は休み時間も短く、印刷もじぶんですべてしなければならないのだが、印刷室は2階、非常勤講師室は3階、教室は4階なので、その都度行ったり来たり…。

「運動になっていいじゃないか」という意見もありそうだが、それ以前に膝と腰に負担が来て、足腰が壊れてしまうwww

とりあえず、今週も授業が無事に終了。

そして、この週末は原稿三昧の予定…
( ゚Д゚)

(^_^;)

(^_^;)
洗濯なう…(;つД`)

2013/09/12

A long but short, and pleasant day...

今日は朝から河合塾広島校で授業。

宿が連泊できなかったので、昼過ぎに宿の引っ越しw

といっても、100mも離れていないのだがwww

夕方からまた校舎に戻って授業。

そして、定例会へwww

今日も長くて短くて楽しい一日だった。
(((^_^;)

2013/09/10

It won't work...

今日は河合塾呉現役生教室で授業。

昼過ぎに岡山を出て新幹線で広島へ。先週と同じで、荷物をホテルに置く暇もなく、そのまま荷物をもって呉へ。

使わなくなったレーザープリンターを宅急便で呉の校舎に送っていたので、その接続をしようと思ったら、どういうわけかプリンターが起動しない。

「D0302」という表示が出たっきりでどのボタンを操作しても全くダメ。

数年間使わずに放置していたからなのか…。せっかく送ったのに…。

エプソンの製品なので、後日、サービスセンターに電話して訊ねようと思う。

はぁ…
(´Д`)

2013/09/09

We can no more believe in him...

さっそくこれかよ…
(´・ω・`)

==========

東電:汚染水、首相の「完全にブロック」発言を事実上否定

毎日新聞 2013年09月09日 21時07分(最終更新 09月09日 21時56分)

 福島第1原発の汚染水問題をめぐり、安倍晋三首相が五輪招致のプレゼンテーションで「完全にブロックされている」「コントロール下にある」と発言したことについて、東京電力は9日の記者会見で、「一日も早く安定させたい」と述べ、首相発言を事実上否定した。政府に真意を照会しているといい、政府と東電の認識の違いが出たと言えそうだ。

 防波堤に囲まれた港湾内(0.3平方キロ)には、汚染水が海側に流出するのを防ぐための海側遮水壁が建設されているほか、湾内に広がるのを防ぐために「シルトフェンス」という水中カーテンが設置されている。

 東電によると、フェンス内の海水からは、これまでに最大でストロンチウムなどベータ線を出す放射性物質が1リットル当たり1100ベクレル、トリチウム(三重水素)が同4700ベクレル検出されている。東電は「フェンス外の放射性物質濃度は内部に比べ最大5分の1までに抑えられている」と説明したが、フェンスは水の出入りまで遮断できない。また、フェンス内と港湾内、外海の海水が1日に50%ずつ入れ替わっていることが知られており、トリチウムは水と似た性質を持つため通過する。

 現在、外海とつながる港湾口や沖合3キロの海水の放射性物質濃度は検出できないほど低いが、専門家は「海水で薄まって拡散しているため」とみる。

 また、汚染水は1日400トンの地下水が壊れた原子炉建屋に流れ込み、溶けた核燃料に接触して増え続けている。水あめ状の薬剤「水ガラス」で壁のように土壌を固める改良工事を実施したが、壁の上を越えて海洋流出している事態も収束していない。地上タンクから漏れた汚染水約300トンの一部は、海に直接つながる排水溝に到達したとみられ、東電は港湾外に流出した可能性を否定していない。「何をコントロールというかは難しいが、技術的に『完全にブロック』とは言えないのは確かだ」(経済産業省幹部)との声も出ている。

( http://mainichi.jp/select/news/20130910k0000m040073000c.html )
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この記事の「事実上否定」というのは記者の憶測かもしれないが、東電側からすれば首相が「大丈夫」と高らかに宣言したのを聞いて「こりゃまずい」と思ったのは間違いないのだろうな、と思う。

そもそも、放射能による人体への影響はまだ未知数のことが多い。

たとえば、昨年、広島の原爆で被爆した人々の子ども、つまり「被爆二世」と呼ばれる人々の中に白血病の発症率が高いことが判明した。原爆投下から67年も経過してようやく判明したことなのだ。

いま、海に徐々に放出されている放射性物質が、今後、魚介類にどう影響し、それが人体にどう影響するのかもまったくわかっていない。土壌に降り注いだものについてもしかり。いくら「除染」しても、完璧ということはあり得ないであろうし、そもそも、放射能は目に見えない以上、濃度が高いかどうかをいちいち測定しなければわからないのだから、気づかぬうちに高濃度の放射能を浴びている人もいるかもしれない。しかし、それが人体にどう影響するのかはわからないし、たとえば癌や白血病になったとしても、それが福島第一原発のまき散らした放射性物質によるものであるかどうか、その因果関係はわからない。

そんな「わからぬこと」づくめの現状なのだ。専門家ですら意見が分かれる。まして、素人ならなおさらのこと。

恐怖心をあおることは避けるべきだが、「安全だ」「安心だ」「大丈夫だ」などといわれても到底、信じることはできまい。

7年後の東京オリンピックの時点までに事態が終息するかどうかもわからない。いや、恐ろしいのは、時間の経過とともにうやむやにされてしまうことだ。

そのころには首相も交替している可能性が高い。「私が全責任を取ります」などと軽々しく発言したが、仮に「大丈夫」でなかったらどう責任を取るつもりなのか。そうしたことが具体的に示されていない以上、安倍首相の発言を信じることはできないし、そんな発言をしたことで、少なくとも、安倍首相に対する信頼は全くなくなったと言える。

2013/09/08

I don't feel like saying "Congratulations."

2020年に行われるオリンピック/パラリンピック(以下、同大会と略記)の開催地が東京に決定した。

リアルタイムでその発表を見ていて、その瞬間は鳥肌が立ったが、それでもやはり手放しでは喜べず、複雑な気持ちだ。

第一に、東京で同大会を開催する意義が全く感じられないのだ(ちなみに、そもそも今回の東京での同大会誘致を言い出したのは、石原前都知事である)。

イスタンブールとの決選投票になったが、もしトルコで開催されることになれば、初のイスラム教圏での開催となり、大きな意義があったはずだ。プレゼンテーション動画にしても、東京のものはテレビの解説で「場面転換が非常に短いですが、これは若い人にウケるように作られていますね」と語られていたように、一つ一つのシーンが短くて何だかせわしなく、「ごった煮」のように感じられた。もっとも、そもそも東京というまち自体がそういう場所であるのだが。
http://youtu.be/6tvPubeNjmI

これに対してイスタンブールの動画は、自然、歴史、文化、宗教を前面に出して伝えようという意図が感じられた。確かに情勢が不安定であるという大きな懸念材料はあったが、東京がイスタンブールに対して圧勝できる要素は見当たらなかったように思えるのだ。強いて挙げれば、経済的な問題や施設の問題がそうであるのかもしれないが、東京とて1,300億円かけて国立競技場を改装するなど、現状の施設では不十分だということを明らかにしているのだから。
http://youtu.be/J7SyYVaprVQ

第二に、同大会にかかる莫大な予算を本当に捻出できるのか、という心配がある。

猪瀬都知事はプレゼンで「私たちには45億ドルある。それも現金で!」と叫んでいたが、それを同大会に費やしたとき、いったいどれくらいの収入が見込めるのか?

また、東京という日本のいち都市の行うイベントに莫大な国家予算が投じられることにも疑問が残る。国立競技場の改修費として1,300億円もの金額を国が負担するそうだが、その費用を回収するのに果たして何年かかるのか?いや、そもそも費用対効果など考えていないのではないか、と思ってさえしまう。

ちなみに、日本が戦後初の赤字国債を発行するようになったのは1965年。1964年の東京オリンピックの翌年である。東京オリンピックで一時的に景気が良くなったものの、公共投資の増加と、好景気の反動で景気が低迷し(証券不況 http://ja.wikipedia.org/wiki/%E8%A8%BC%E5%88%B8%E4%B8%8D%E6%B3%81 )、赤字国債という禁断の果実に手を付けることになった。それ以降、赤字国債の発行が常態化し、借金大国になったことは言うまでもない。

第三に、原発の問題である。

安倍首相は"under control"(制御下にある)と言い切り、汚染水も問題ない、と述べた。「ヘッドライン(報道)よりも事実を信じろ」とも。つまりは、「報道は嘘だ」ということだ。

だが、福島第一原発は事故発生以来、「事実」が錯綜して本当のことなど全くわからない。汚染水についても、地下水に浸透している可能性があるとつい先日も報じられたばかりだ。それを信じるな、と言われても、それではいったい何を信じればいいのか。だいいち、今もまだ避難している福島の人々がいる以上、「制御下にある」などと唱えてもにわかには信じがたい。

第四に、中央(=東京)と地方の格差の問題がある。

確かに、東京は日本の首都である。だが、日本全体からすれば東京だけが異常に突出した特殊なまちであることも確かだ。

確かに、同大会は東京に大きな富をもたらすかもしれない。しかし、その経済効果が日本全体に波及する保証はない。むしろ、中央と地方の格差をさらに拡大するだけではないのだろうか。もちろん、東京に来たついでに、他の道府県を見て回る観光客も増えるであろう。

安倍首相は決定後の会見で「東日本大震災からの復興を見事に成し遂げた日本の姿を、世界の中心で活躍する日本の姿を、世界中の人々に向け力強く発信していく」と述べたが、あとわずか7年で、東北地方が見事に復興を成し遂げることができるのか。復興を成し遂げられるのは「日本」ではなく「東京」だけではないのか。

テレビのニュースの中で、"Tokyo"と発表された後の大歓声が何度も映し出される。だが、大都会岡山(笑)に住むじぶんとしては、「何だかなあ」と白けた気分にもなってしまう。

ちなみに、昼のNHKニュース、岡山ローカルでは同大会の話題は岡山駅前で号外が配布されたことと、数名へのインタビューだけ。その後の「津山じゃあじゃあ麺」の話題の方が長い時間報じられていた。

地方からすれば、そんなものなのだ。

さて、こんな風にネガティブなことばかり書いていると、まるでオリンピック/パラリンピックに反対しているかのように思われるかもしれないが、むしろ逆で、単にお祭り騒ぎが好きなぼくとしては、同大会が開催されることは決して悪いことではない。

問題は、克服すべき課題が多すぎて手放しで喜べない、ということだけだ。

決まってしまった以上、後戻りはできない。

今回選ばれなかった他の都市・国にも配慮し、その人々から「やはり東京で開催してよかった」と思わせるような大会にしてほしい。

政府も自治体も、税金の無駄遣いや不正使用がなきよう厳しく監視してもらいたい。

安倍首相は世界に向けて「私が責任を取る」と公言した以上、その言葉を守っていただきたい。仮に今後、退陣するようなことがあったとしても、である。そして国民は、世界に向けてこのような宣言をした首相を厳しく見守る必要がある。

各道府県は、2020年に向けて海外からの観光客を誘致する体制を整えねばならない。この好機を逃してはならないのだ。

そしてなにより、大きな事故や問題がなく、つつがなくオリンピック/パラリンピックが成功に終わり、その後の日本の発展(とりわけ経済発展)にうまくつなげていかねばならない。

そうした見通しが立って初めて、ぼくは「東京オリンピック/パラリンピックおめでとう」と心から言えるであろう。

How can I be pleased?

珍しく、2日間更新を休んでしまった。

もっとも、Twitterでは何回かつぶやいていたし、特に更新に問題があったわけではないのだが、金曜日は忙しく、土曜日はその反動でぐったりしていた、というのが正直なところだw

さきほど、IOC総会のオリンピック開催地決定プレゼンテーションで安倍首相は「汚染水による影響は、福島第一原発港湾内の0.3平方キロメートル以内で完全にブロックされています」と語った。

仮にオリンピック開催地が東京に決定したのちに、これが嘘・誤りだと判明した場合、オリンピックをボイコットする国が出てきたり、場合によっては開催地の権利を返上しなければならないのではないか。

もしそうなったら、その損失は誰が補填するのか?

そんなモヤモヤを残した状態では、たとえ東京に開催地が決定しても、手放しで喜ぶことはできない。

2013/09/05

You had better not do it...

オリンピック誘致に成功するより、原発事故の完全解決策を実現したほうが世界から尊敬を集められると思うのだが(もっとも、いまの技術だけでそんなことが実現できる可能性は低いのかもしれないが)。

だいいち、放射能に汚染された水を大平洋に流しつつ、日本に金を落としに来てくれなどと外国に向けて発信したところで、いったい誰がホイホイと金を出すというのか。

それに、東京オリンピックは既に一度行ったのだから、誘致するならばせめて復興策の一環として、仙台を中心とした東北オリンピックを誘致したほうが、よほど東北のためになるのではないか、と単純に思ってしまう。

もっとも、1964年の東京オリンピックが日本の赤字の出発点だ、という説もあるようだから、そもそも「オリンピックで稼げる」などという甘い考えを捨てるところから始めるべきなのであろう。

2013/09/04

A regular meeting!!

016

後期第1回目の定例会@三国団!
(*´ω`)

Panopticon

このところ、立て続けに飲食業界で「バイトテロ」「一般客テロ」と呼ばれる迷惑行為が頻発している。

こうした迷惑行為自体は厳しく対処すべきであり、かつ、今後のことを考えて、厳しく対処した結果を各企業は公表すべきであろう。損害賠償請求を行う場合も、いくら請求したのかを公表するなど、軽率な行為がいかに大きな代償を払うことになるのかを知らしめるべきだと思う。

だが、ぼくじしんは、そうした迷惑行為に対する憤りと同時に、〈ネット社会=一億総監視社会〉の息苦しさのようなものも感じている。

もちろん、迷惑行為は行うべきではないし、こうした迷惑行為を行った者をかばうつもりも毛頭ない。

ただ、おそらく誰しもが「若気の至り」と言えるような浅はかなふるまいを一つや二つはしてきたことがあるであろうし、仮にそれがネットに流れたとしたら、じぶんじしんも「迷惑行為者」になる可能性が無きにしも非ずなのだ。

たとえば、以前、渋谷駅前に噴水があった時、某大学では野球大会の後、応援に行った学生がその噴水に飛び込むのが恒例行事であった。もしいま、それが行われていて、「水浴びなう」などとツイートしたら、たちどころにリツイートされ、「迷惑行為」(といってもこの場合、被害の主体は明確ではないが)になってしまうかもしれない。

かつて、「裸の大将」こと故・山下清画伯が放浪生活を行っていた時、GHQからの指示である新聞社(確か、毎日新聞か朝日新聞)が山下画伯を探している旨の記事を出したところ、鹿児島で発見され、八幡学園に連れ戻された。

そのとき彼は「もうるんぺんはしません」と誓約書を書いたが、またすぐに出奔してしまった。しかし、彼のことが新聞で報じられていたために、その2日後には横浜にいたところを発見され、また連れ戻されてしまった。

彼はただ、寒い時には暖かいところに、暑いときには涼しいところに、花火大会があるときにはその場所に行って好きな景色を頭に焼き付けたかっただけである。にもかかわらず、いち「るんぺん」から「山下清画伯」へと変貌を遂げたため、彼は自由に放浪ができなくなった。いわば、日本全体が彼を監視する監視装置になってしまったのだ。

もちろん、これは特異な例であるかもしれない。だが、ネット社会が発達し、誰もが手軽に発信者になっただけでなく、お互いを監視・通報しあうことが可能になったことで、常に「他者の目」を意識して生きざるを得なくなったことも確かなのかもしれない。

いわば、ネットは「パノプティコン(一望監視施設)」の働きをしているのだ。一昔前は、メディアが監視装置/権力装置となった。だが、現代社会においては、インターネット上の大衆が監視装置/権力装置となったと言えるのではないか。

人間である以上、羽目を外すこともあれば、馬鹿をしたくなることもあるし、それを吐露したくなることもある。誰もが聖人君子や石部金吉金兜のように生きることはできないのだから。しかし、ネットとその向こうにいる無数の大衆という監視装置/権力装置によって、それは許されざることとなった。

それはおそらく、Michel Foucaultが近代社会に対して感じていた息苦しさに似ているのではないだろうか。

「個人が自己を道徳的な振る舞いの主体として構成するべく要請される様式の歴史。それは自己に対する諸関係の設定や展開、自己への反省や自己に対する自己自身による認識や吟味や解読、更には、自己自身における遂行を模索する様々な変容のために提起される歴史である。」
 ―Michel Foucault『快楽の活用』

2013/09/03

A little disgusting...

以前、永谷園のお茶漬けのCMで、男性が無心にお茶漬けをむさぼる場面が流されたが、このCMは、食品のCMにある「契機」をもたらした。

それは、「食べる音」である。

そばやうどん、ラーメンなど、一部の食べ物を除き、本来、食べるときに音を立てるのはマナー違反であり、CMでも食べる音はあまり流されなかった。

だが、このお茶漬けのCMでは、BGMもない状態でただひたすら男性がお茶漬けをすすり、貪り食う音だけが響いた。

そして、これをきっかけに、食品のCMで食べる音を意図的に流すものが一気に増加したといえる。

だが、なんでもかんでも音を立てれば良い、というものでもない。

以前から、味の素のCook Do!のCMを見ていて、どうも違和感というか、不快感を覚えていた。

先ほどもたまたま回鍋肉のCMが流れていたが、料理を口にするときに、非常に大きな音でほおばっているのだ。

もしこれが、そばやうどんなどのCMであれば気にはならなかったかもしれない。

だが、回鍋肉を食べるのに、あんなに大きな音をたてることはあり得ないし、あったとすればそれは明らかにマナー違反であるのだ。

このCMでは、わざわざスローにしてほおばっているので、余計に音だけが目立ち、いったん気になりだすと、画像ではなくついつい音声の方に意識が向いてしまうのだ。

料理をしているときの中華鍋の音は問題ない。だが、まるで涎でも啜っているかのように回鍋肉を食べる大きな音をたてるのは、かなり不快ですらある。

こうしたCMの作り方は、間違いなく「お茶漬けCM」の影響であろう。その意味でも、あのCMの功罪は大きいと思う。

2013/09/02

Thanks a lot!!

2013年9月1日:村上啓介ライブ@AJobe
 オープニングアクト・See Ya!(アンプラグド)

ご来場、ありがとうございました!

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2013/09/01

The live!!

The live!!
The live!!
今日は村上啓介さんのライブでの前座出演。

今日も楽しいライブだった。

明日からはいよいよ本格的に新学期始動!今日のライブでもらった元気を生徒の皆さんにぶつけるぞ!!www
o(^o^)o

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