« 2013年8月 | トップページ | 2013年10月 »

2013/09/30

Why doesn't it work well?

日曜日からTwitterの調子がおかしい。メール通知機能がまったく正常に機能しなくなった。

なんとも腹立たしい…
(#`皿´)

2013/09/29

I finally managed to install it!!

お恥ずかしながら、先日、やっと購入。

Dsc_0235

最強の辞書・"Oxford English Dictionary [Second Edition] on CD-ROM"

いわゆるOED。

書籍だと20巻組のものがCD-ROMだとたった2枚。なぜそんな大著なのかというと、一つの単語について徹底的に解説が書かれており、一つの単語がどのような歴史的変化を遂げて来たのか、どんな文献に何年に登場したのかまで書かれている。

たとえば、childの複数形はchildrenだが、じゃあ、childsとは言わないのか?というと、950年の『リンディスファーン福音書』(Lindisfarne Gospels)の中にchildasという表記があり、また、1460年の『タウンリー聖史劇』(Towneley Mysteries)でもchildesという表記が見られる、と書かれている(もっとも、すべて英文で書かれているうえに、今は見かけない古い綴りが多く、おまけに略号もビシバシ使われているから、OEDを読むための辞書が必要になるw)。

こうやって語源や変遷を調べるのは面白いのだが、日常的に使う頻度はあまり高くなかったから、どうしても必要な時は図書館や予備校の資料室で閲覧したけれど、パソコンにインストールすれば常に手元で使えるのだ!!
( *´艸`)

…が、インストールに四苦八苦…
(;´Д`)

CD-ROMを入れてインストールすると、一応はインストール成功の表示が出るのだが、アイコンをクリックしても立ち上がらない…。Windows 8にまだ対応していないらしい。

仕方なくネットでググって方法を探してみたところ、Amazonの英語版のページのReviewのところにWindows 8へのインストールに成功した人のコメント(英文)が書かれており、「インストール用CDを入れたままアイコンをクリックしてソフトを再起動するとうまくいく」とのこと。

一度目は失敗したが、二度目で成功www

いまは休止しているが、ここ3年ほど断続的に続けているメルマガ『語彙力補完計画~接頭辞・語根・接尾辞~』の原稿をさらに充実させるためにも、OEDを活用したいと思う。

2013/09/28

Dark tourism

27年後。2040年。

その頃ぼくは69~70歳。生きていれば、の話だが。

27年前。1986年。

その頃ぼくは15~16歳。高校1年生。たしか、ぼくたちの入学式の当日か直後かに、アイドルの岡田有希子さんが投身自殺した(4月8日)のが教室で話題になった。

そして、1986年4月26日。

旧ソ連のチェルノブイリ原子力発電所で大規模な爆発が起こった(現・ウクライナ共和国)。だが、ぼくを含めて、日本人にとってきっとそれはどこか遠い国の出来事に過ぎなかったと思う。

その後、日本でも原子力関連の事故が何度か発生し、1999年の東海村JCO臨界事故のように死者が出た事故もあったが、それでもまだ「チェルノブイリ」は「対岸の火事」だった。

2011年3月11日までは。


最近、「ダークツーリズム」ということばをよく見かけるようになった。このことばじたいは1990年代前半ごろから登場したようだが、おそらくこの本がきっかけで、近頃広く知られるようになったのではないか。

東浩紀(編) 『チェルノブイリ・ダークツーリズム・ガイド(思想地図beta 4-1)』(genron、2013)

「ダークツーリズム(dark tourism)」とは、本書の定義によれば「広島やアウシュヴィッツのような、歴史上の悲劇の地へ赴く新しい旅のスタイル」のことである。「新しい」とあるが、こうした悲劇の地への観光はこれまですでに行われてきたことであり、おそらく、観光学における概念としての新しさのことだと言えよう。

本書は、ぼくたちに、絶望と希望の両方を示す。

この本で初めて知った事だが、チェルノブイリ原発はいまも操業しているらしい。ただしそれは、原子力発電を行うためではなく、周囲の地域に送電するための拠点として、である。

チェルノブイリ4号機が爆発し、ホウ素や鉛などで爆発校をふさぎ、コンクリートで覆い固めた「石棺」(詳しくはこのドキュメンタリー映画『チェルノブイリ・クライシス』を参照。 http://youtu.be/G8E13GEk6yU なお、4分40秒あたりからの映像には中性子線によってフィルムに白い斑点が残るさまがうかがえる)の耐久年数はおよそ30年と計算されていた。

だが、それを待たずにすでにあちこちにほころびが出てきており、現在、石棺を丸ごと覆うための新しい石棺を建造中だという。本書にもその写真が掲載されていた。一時期は資金繰りに苦労したが、皮肉なことに福島第一原発の事故があってから、この新石棺づくりに投資が集まりだしたらしい。

そして、現在のチェルノブイリ周辺は、チェルノブイリ原発30km以内の「ゾーン」と呼ばれる区域で、ウクライナ政府の許可に基づいて見学を受け入れており、元住民らによるガイドも行われているということだ。本書では、その見学ツアーに参加したルポを中心としている。

本書を読んでいてやはり考えてしまうのは、これが27年後の福島の姿になるのかもしれない、ということだ。そして、27年前に大量の放射性物質を至近距離で浴びた建設資材は、手の付けようがなく今日も野ざらしになっている。ぼくが高校1年生だったときと変わることなく。

本書は、読んでいて心が浮き立つ類のものではない。とりあえず石棺で覆い、さらにまたいっそう巨大な新石棺で覆うよりほかに、現段階では方法がない。また、4号機内部には逃げ遅れた職員がいて、遺体の回収もままならないまま27年間が過ぎている。

==========
事故後、放射能汚染により人が立ち入ることができなかったことから、原発事故の直撃を受けた職員の遺体が搬出されなかった。事故直後に無防備のまま炉の中に入った数名の作業者の行方が未だ分からず、現在も石棺の中に数名の職員の遺体が残っているものと思われるが、彼らの遺体を搬出できるようになるまでには数世紀に亘る長い時間がかかると見られている。
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%81%E3%82%A7%E3%83%AB%E3%83%8E%E3%83%96%E3%82%A4%E3%83%AA%E5%8E%9F%E5%AD%90%E5%8A%9B%E7%99%BA%E9%9B%BB%E6%89%80%E4%BA%8B%E6%95%85
==========

ちなみに、先述したドキュメンタリー映画『チェルノブイリ・クライシス』には。26分ごろからチェルノブイリにかかわった人々の事故後の行動についての報告会がおさめられている。ある共産党員が災害の中、任務を捨てて逃げだしたことに対する糾弾風景もおさめられている。爆発後に原子炉から500キロ逃亡した技師も糾弾されている。「臆病者の居場所はここにはない」と。それはまるで戦時中に「非国民」と罵られた人々のようである。

27年の時を経ても、チェルノブイリは終わっていない。現在進行形の問題である。だとすれば、これと同等、いや、これ以上の事故と言われる福島第一原発も、当然、27年後には現在進行形で収束作業を進めているはずだ。

もちろん、福島とチェルノブイリとでは、状況も時代もテクノロジーも異なるかもしれない。だが、27年後の福島第一原発のありかたの一つの姿を想像させてくれるという点で、本書はいま、読む意義のある本だと言えるし、これをきっかけにチェルノブイリについて調べたり、福島第一原発について調べたりする人々が増えれば、これからぼくたちはどう生きるべきなのかを考えることにつながっていくのではないだろうか。

奇しくも、7年後に東京オリンピックが開催されることとなった。安倍首相は汚染水について「アンダー・コントロール」だと述べたが、政治家の「大丈夫」ということばは、チェルノブイリの時にも事態を悪化させるきっかけとなったことを忘れてはならない。

==========
2011年の回想によれば、共産党中央委員会政治局会議(当時のソ連の最高意志決定機関)で原発担当大臣が書記長などに対し「大丈夫です」と述べたため対策が遅れた。真相は現地の関係者からの知らせによって分かったという[42]。 
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%81%E3%82%A7%E3%83%AB%E3%83%8E%E3%83%96%E3%82%A4%E3%83%AA%E5%8E%9F%E5%AD%90%E5%8A%9B%E7%99%BA%E9%9B%BB%E6%89%80%E4%BA%8B%E6%95%85==========

福島第一原発周辺地域がチェルノブイリと同様にダーク・ツーリズムの対象となる可能性があることは、本書を読めば明らかである。ダーク・ツーリズムは、観光客が見たがっているから成立するというものではなく、悲劇を伝えたいという当事者たちの想いがあってこそ成立する。

その意味で、本書は「希望」の書でもある。

福島第一原発の事故で疎開を余儀なくされた人々、それまでの生活をすべて失った人々の想いをどのように伝えていけば良いのか、そのモデルケースを提示していると言えるからだ。

つい先日、宮城県南三陸町の防災庁舎を解体することが正式に表明された。もし保存されれば、津波の被害の記憶を伝える重要な遺構となったはずだが、保存費用が数億円かかるとされ、小さな町の予算を逼迫し復興の妨げとなるから、ということで取り壊しを決定したようだ。また気仙沼市の漁船「第18共徳丸」の解体も始まった。

http://www.sankeibiz.jp/express/news/130927/exc1309270937000-n1.htm
http://www.yomiuri.co.jp/feature/20110316-866918/news/20130923-OYT1T00563.htm?from=blist

こうした震災遺構は、残せるものであれば残すべきだとも思うが、福島第一原発はこれらの震災遺構とは決定的に性質が異なる。第一に、即座に解体が不可能であり、残さざるを得ないということ、第二に、っ純粋に津波に「巻き込まれた」だけでなく、施設の老朽化や防災体制の不備、指令系統の問題、政治的問題などの人為的問題により被害が深刻化したことが挙げられる。チェルノブイリ原発の事故は自然災害とは無関係であるが、複数の人為的問題(設計ミス、準備不足、操作ミスなど)が原因とされている。いわば、人間の愚かさ、科学技術への過信の象徴なのである。

本書で紹介されていた「チェルノブイリ博物館」には、事故で被爆した子どもたちの顔写真がパネルとなってずらりと並んでいる。無邪気に微笑みかける子どもたちに対して、恥じぬ未来を作ってあげられるのか。そんな問いを突き付けられた。

2013/09/27

Look real!!

今日は創志学園高校の体育祭@岡山ドーム。

諸々の事情で(苦笑)、仮装競争に出場することとなり、昼前に現地に向かった。

この仮装競争は生徒さんがリレー形式で教員に衣装を着せていくもので、ぼくは…


マリオwww

Bvjv27ocyai8ssh


Bvjrtqtceaa108s_3


帽子と手袋だけは生徒さんが手配して、あとの衣装は自前w

ヒゲもすでに生えているのでうってつけwww

久しぶりに体を動かしたので、かなり疲れたけれど、体を動かすのが心地よいとも感じた。

ただ、ある先生から「来年はリレーにも出てください」と言われたのが心配なんだが…www

2013/09/25

What the drama suggested to me...

今日は河合塾広島校で授業。浪人生の授業のあと、いったん校舎を出てホテルの引っ越し。今夜泊まる宿は駅の近くで便利なのだが、着いてみたら「空調が故障中」とのこと。
(#`皿´)

夜になれば修理は終わるということだが、こっちはシャワーを浴びて着替えてから夕方の授業に向かいたいのだ。外の方がよほど涼しい。

とはいえ、背に腹は代えられず、仕方なく蒸し暑い部屋でシャワーを浴びて着替えた。

ニュースを見ようとテレビをつけたら『抱きしめたい!』という昔のドラマをやっていた。1988年のドラマで、主演は「W浅野」とうたわれた浅野温子・浅野ゆう子の両名。どうやら続編を放映するための宣伝らしい。

25年前のドラマで、出演者が若いのは当たり前だし、現代から見たらいろいろ違和感も感じられたが、なかでももっとも目についたのは「煙草」である。

浅野温子さん扮する主人公も、その相手役の石田純一さんも、煙草をスパスパふかしている。浅野さんに至っては毎回流れるオープニングのラストで、浜辺で煙草に火をつける場面(正確には浅野ゆう子さんに火をつけてもらう場面)が流れているから、彼女の役には煙草がつきものという印象が形成されることになる。

それから、想定されうる視聴者層も異なるように思える。ぼくの記憶が確かなら、高校生の頃、このドラマを見た覚えはないし、学校で話題になった覚えもない(1988年当時、ぼくは高校3年、昭和天皇が病に倒れ、「自粛」の空気が日本全体を包んだ年だ)。

ジャニーズのタレントが出ているわけでもなく、たぶん、ターゲットは社会人か大学生だったのだろうな、などと考えたりもした。

2013/09/24

How delicious!!

How delicious!!
以前から無性に食べたくて、先日ようやく作った「ヴィシソワーズ」。じゃがいもの冷たいポタージュスープだ。

これを作るためにわざわざハンドミキサーまで買ってしまったwww

今回は男爵を使用。じゃがいもと玉ねぎをぶつ切りにしてバターで炒め、水と固形コンソメを加えて煮る。

柔らかくなったらハンドミキサーでペースト状にして、牛乳と生クリームを加え、塩コショウで味を整える。

粗熱をとったら冷蔵庫で冷やして完成。パセリを散らして食す。

美味ーし!
♪ヽ(´▽`)/

2013/09/23

…(^_^;)

今日は能開福山校で授業。

終わってから岡山に戻ったが、眠くて眠くてたまらない。明日の準備もせにゃならぬのに。

CPAPのおかげで安眠しているはずなのだが…

Synchronicity

強引な見解だけど…『ノルウェイの森』と『エヴァンゲリオン』って物語の構造が共通しているような気がした…。

シンジーアスカーミサトーレイ ーカヲル
 |   |   |   |   |
トオルー直子 ー 緑 ーレイコーキズキ

主人公はどちらも凡庸で内省的な男で、二人の女に翻弄される。

直子の激しさはアスカと似ている。壊れてしまうところも。直子は拠り所となるキズキを喪い、アスカは拠り所となる母を喪った。

緑は差し詰め、ミサトの役割ではないか。

すべてをわかっているレイコは、レイ(=ユイ)と符合する。

そして、彼岸の存在としてのキズキとカヲル。

なんとなく、そんな気がした。

2013/09/22

Speech Act Theory

「センテンスの機能分析」

~「私はキツネ」という言葉はどんな意味なのか?~

「言語行為論(speech act theory)」という学問分野があります(正確には言語学の中の「語用論」の一部)。

言語学の分野では、人が何らかの言葉を発するとき、それは「事実の描写」だと考えられてきました。たとえば、「今、お金がない」と言うとき、それはただ単に、いま自分には所持金が無いということを述べているにすぎません。

しかし、日常生活において「今、お金がない」という発言をするのはいったいどういう場面でしょうか。

たとえば、こんな状況ではないでしょうか。

A: 「映画を見に行かない?」
B: 「今、お金がないんだ」

この場合、Bの「今、お金がないんだ」という発言は、ただ単に「所持金が無い」ということを意味しているだけではありません。

この場面では、Aの「映画を見に行かない?」という〈提案〉に対して、〈拒否〉を示していることになります。

つまり、「今、お金がないんだ」という発言には、単に「所持金が無い」という事実の描写以上の内容(ここでは「提案への拒否」という行為)が含まれていることになります。

このように、ある言葉を発することによって、単なる事実の描写以上の「行為」が行われることを、「言語行為」と言います(正確には「発語内行為」:ジョン・L・オースティン『言語と行為』(大修館書店)を参照)。

たとえば、冒頭の「私はキツネ」という表現も、それだけでは何の意味なのかさっぱりわかりませんが、次のようなやり取りの中にある場合、どうでしょうか。

==========
A: 「ご注文は?」
B: 「私はキツネ。」
C: 「俺、月見。」
==========

そう、「うどん店で注文している」ということがわかるはずです。これはもちろん、「私はキツネである」という〈事実〉を述べているわけではありません(私=キツネではないので)。この発話によって、Bは「私はキツネうどんを〈注文する〉」という〈行為〉を行っているわけです。

さて、こんな理屈が受験英語にどう結び付くのか?

たとえば、2013年度センター試験追試験の第3問A問題(語義推測問題)では、まさにこの「言語行為」が問題となります。

==========
A 次の問いの英文を読み、[  ]内の語句の意味を文章から推測し、( 27 )に入れるのに最も適当なものを、下の①~④のうちから一つ選べ。

問1
Richard: Hi, Diane, I heard that you moved to a new apartment.
Diane: Yes, I did. I just couldn't stand living in the old one anymore.
Richard: What was wrong with it? It seemed very convenient.
Diane: Where do I begin? The neighbors upstairs were ridiculously loud. Then there were the mice and spiders everywhere. But [the last straw] for me was the maintenance man. He was so rude and not helpful at all. It took him almost a week to fix my kitchen sink and it still leaked!

 In this situation, [the last straw] means the final ( 27 ).
  ① chance to do something enjoyable
  ② reason for a person to give up
  ③ stage of a difficult project
  ④ warning that something will happen
==========

【和訳】
リチャード:やあ、ダイアン。君、新しいアパートに引っ越したって聞いたよ。
ダイアン:うん、そうなの。古いアパートに住むのがこれ以上耐えられなかったのよ。
リチャード:何が問題だったの?便利そうに見えたのに。
ダイアン:どこから始めようかな。上の階の住民がものすごくやかましかったの。それから、いたるところにネズミやクモがいたの。でも、私にとって[the last straw]は、管理人よ。彼はとても失礼だし、全くの役立たずだったの。キッチンのシンクを直してもらうのにほぼ一週間かかったし、それでもまだ漏れていたのよ!


【解説】
この問題のポイントは、[the last straw]の「意味」を知っているかどうかではなく、このやり取りでいかなる行為が行われているのかを分析することです。注目すべきは、Richardの2回目の発話にある"What was wrong with it?"(それのどこがおかしかったの?)です。

この文は、文字通りとらえれば「何が間違っていたのか/おかしかったのか」を尋ねているだけですが、これは、Dianeがアパートを引っ越したことへの「理由」を尋ねていると解釈することができるはずです。

そして、Dianeの"The neighbors upstairs were ridiculously loud."(上の階の住人が非常にやかましかった)と"Then there were the mice and spiders everywhere."(それから、至る所にネズミやクモがいた)という発話は、単にそれらの〈事実〉を述べているのではなく、それによって、「アパートを引っ越した理由を答える」という行為を行っていると考えられます。

そして、
理由その①:上の階の住人がうるさかった。
理由その②:至る所にネズミやクモがいた。
ときて、「"the last straw"は管理人だった」と述べているのですから、この"But the last straw for me was the maintenance man"という文は、「引っ越した理由その③を答える」という行為だと考えられます。

そこで選択肢を見ると、
==========
In this situation, [the last straw] means the final ( 27 ).
(この状況で、"the last straw"が意味しているのは、最終的な( 27 )だ。)
 ① chance to do something enjoyable
 (何か楽しいことをするチャンス)
 ② reason for a person to give up
 (人があきらめた理由)
 ③ stage of a difficult project
 (難しいプロジェクトの段階)
 ④ warning that something will happen
 (何かが起こるという警告)
==========
となっており、「理由」をあらわしているのは②だけなので、②が正解だとわかります。

近年、センター試験に限らず、大学入試の英文ではいわゆる「テクスト分析」の手法を使って英文を分析させる問題が増加しているように思います。つまり、ただ単に単語・熟語・文法(構文)の知識を問うのではなく、長文の中におけるセンテンスの「機能(役割)」を問う、というものです。

「対比・対立」「因果関係」「言い換え」といった英文の〈つながり〉を読む際に、連結表現(cohesive devicesまたはdiscourse markers)に注目することが重要だとよく言われますが、実際には、連結表現が無くてもそうした〈つながり〉が存在しています。連結表現がなくても〈つながり〉を読み解くために、上述したような「言語行為」を意識したり、段落におけるセンテンスの「機能/役割」を意識する必要があるのです。

2013/09/21

I'm ashamed of myself...

詳細は割愛するが、先日、仕事に関して、人生初のありえないような失敗をおかし、様々な方にご迷惑をお掛けして、かなり落ち込んでいる。

とはいえ、過ぎてしまったことはどうにもならず、挽回するには、よりいっそう仕事に身を入れるしかないともわかっている。

幸か不幸か、その件で咎め立てする人は誰一人おらず(表立っては、であるが…)、かえってご心配をお掛けすることにもなり、恐縮している。

きっと、数年後には笑い話にでもなっているとは思うが、たぶん、だれよりもショックを受けているのはじぶんじしんだ。

そして同時に、こんなじぶんを心配してくださった方がたくさんいたことが、何より嬉しく、有り難いことだ。その方たちの信頼をこれ以上裏切ることがないように、精一杯気を付けていかねば、と思う。

2013/09/20

Can you see?

Buivni7cqaaezhn

中秋の名月。

君も、見ましたか?

« 2013年8月 | トップページ | 2013年10月 »