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2013/09/08

I don't feel like saying "Congratulations."

2020年に行われるオリンピック/パラリンピック(以下、同大会と略記)の開催地が東京に決定した。

リアルタイムでその発表を見ていて、その瞬間は鳥肌が立ったが、それでもやはり手放しでは喜べず、複雑な気持ちだ。

第一に、東京で同大会を開催する意義が全く感じられないのだ(ちなみに、そもそも今回の東京での同大会誘致を言い出したのは、石原前都知事である)。

イスタンブールとの決選投票になったが、もしトルコで開催されることになれば、初のイスラム教圏での開催となり、大きな意義があったはずだ。プレゼンテーション動画にしても、東京のものはテレビの解説で「場面転換が非常に短いですが、これは若い人にウケるように作られていますね」と語られていたように、一つ一つのシーンが短くて何だかせわしなく、「ごった煮」のように感じられた。もっとも、そもそも東京というまち自体がそういう場所であるのだが。
http://youtu.be/6tvPubeNjmI

これに対してイスタンブールの動画は、自然、歴史、文化、宗教を前面に出して伝えようという意図が感じられた。確かに情勢が不安定であるという大きな懸念材料はあったが、東京がイスタンブールに対して圧勝できる要素は見当たらなかったように思えるのだ。強いて挙げれば、経済的な問題や施設の問題がそうであるのかもしれないが、東京とて1,300億円かけて国立競技場を改装するなど、現状の施設では不十分だということを明らかにしているのだから。
http://youtu.be/J7SyYVaprVQ

第二に、同大会にかかる莫大な予算を本当に捻出できるのか、という心配がある。

猪瀬都知事はプレゼンで「私たちには45億ドルある。それも現金で!」と叫んでいたが、それを同大会に費やしたとき、いったいどれくらいの収入が見込めるのか?

また、東京という日本のいち都市の行うイベントに莫大な国家予算が投じられることにも疑問が残る。国立競技場の改修費として1,300億円もの金額を国が負担するそうだが、その費用を回収するのに果たして何年かかるのか?いや、そもそも費用対効果など考えていないのではないか、と思ってさえしまう。

ちなみに、日本が戦後初の赤字国債を発行するようになったのは1965年。1964年の東京オリンピックの翌年である。東京オリンピックで一時的に景気が良くなったものの、公共投資の増加と、好景気の反動で景気が低迷し(証券不況 http://ja.wikipedia.org/wiki/%E8%A8%BC%E5%88%B8%E4%B8%8D%E6%B3%81 )、赤字国債という禁断の果実に手を付けることになった。それ以降、赤字国債の発行が常態化し、借金大国になったことは言うまでもない。

第三に、原発の問題である。

安倍首相は"under control"(制御下にある)と言い切り、汚染水も問題ない、と述べた。「ヘッドライン(報道)よりも事実を信じろ」とも。つまりは、「報道は嘘だ」ということだ。

だが、福島第一原発は事故発生以来、「事実」が錯綜して本当のことなど全くわからない。汚染水についても、地下水に浸透している可能性があるとつい先日も報じられたばかりだ。それを信じるな、と言われても、それではいったい何を信じればいいのか。だいいち、今もまだ避難している福島の人々がいる以上、「制御下にある」などと唱えてもにわかには信じがたい。

第四に、中央(=東京)と地方の格差の問題がある。

確かに、東京は日本の首都である。だが、日本全体からすれば東京だけが異常に突出した特殊なまちであることも確かだ。

確かに、同大会は東京に大きな富をもたらすかもしれない。しかし、その経済効果が日本全体に波及する保証はない。むしろ、中央と地方の格差をさらに拡大するだけではないのだろうか。もちろん、東京に来たついでに、他の道府県を見て回る観光客も増えるであろう。

安倍首相は決定後の会見で「東日本大震災からの復興を見事に成し遂げた日本の姿を、世界の中心で活躍する日本の姿を、世界中の人々に向け力強く発信していく」と述べたが、あとわずか7年で、東北地方が見事に復興を成し遂げることができるのか。復興を成し遂げられるのは「日本」ではなく「東京」だけではないのか。

テレビのニュースの中で、"Tokyo"と発表された後の大歓声が何度も映し出される。だが、大都会岡山(笑)に住むじぶんとしては、「何だかなあ」と白けた気分にもなってしまう。

ちなみに、昼のNHKニュース、岡山ローカルでは同大会の話題は岡山駅前で号外が配布されたことと、数名へのインタビューだけ。その後の「津山じゃあじゃあ麺」の話題の方が長い時間報じられていた。

地方からすれば、そんなものなのだ。

さて、こんな風にネガティブなことばかり書いていると、まるでオリンピック/パラリンピックに反対しているかのように思われるかもしれないが、むしろ逆で、単にお祭り騒ぎが好きなぼくとしては、同大会が開催されることは決して悪いことではない。

問題は、克服すべき課題が多すぎて手放しで喜べない、ということだけだ。

決まってしまった以上、後戻りはできない。

今回選ばれなかった他の都市・国にも配慮し、その人々から「やはり東京で開催してよかった」と思わせるような大会にしてほしい。

政府も自治体も、税金の無駄遣いや不正使用がなきよう厳しく監視してもらいたい。

安倍首相は世界に向けて「私が責任を取る」と公言した以上、その言葉を守っていただきたい。仮に今後、退陣するようなことがあったとしても、である。そして国民は、世界に向けてこのような宣言をした首相を厳しく見守る必要がある。

各道府県は、2020年に向けて海外からの観光客を誘致する体制を整えねばならない。この好機を逃してはならないのだ。

そしてなにより、大きな事故や問題がなく、つつがなくオリンピック/パラリンピックが成功に終わり、その後の日本の発展(とりわけ経済発展)にうまくつなげていかねばならない。

そうした見通しが立って初めて、ぼくは「東京オリンピック/パラリンピックおめでとう」と心から言えるであろう。

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