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2013/09/28

Dark tourism

27年後。2040年。

その頃ぼくは69~70歳。生きていれば、の話だが。

27年前。1986年。

その頃ぼくは15~16歳。高校1年生。たしか、ぼくたちの入学式の当日か直後かに、アイドルの岡田有希子さんが投身自殺した(4月8日)のが教室で話題になった。

そして、1986年4月26日。

旧ソ連のチェルノブイリ原子力発電所で大規模な爆発が起こった(現・ウクライナ共和国)。だが、ぼくを含めて、日本人にとってきっとそれはどこか遠い国の出来事に過ぎなかったと思う。

その後、日本でも原子力関連の事故が何度か発生し、1999年の東海村JCO臨界事故のように死者が出た事故もあったが、それでもまだ「チェルノブイリ」は「対岸の火事」だった。

2011年3月11日までは。


最近、「ダークツーリズム」ということばをよく見かけるようになった。このことばじたいは1990年代前半ごろから登場したようだが、おそらくこの本がきっかけで、近頃広く知られるようになったのではないか。

東浩紀(編) 『チェルノブイリ・ダークツーリズム・ガイド(思想地図beta 4-1)』(genron、2013)

「ダークツーリズム(dark tourism)」とは、本書の定義によれば「広島やアウシュヴィッツのような、歴史上の悲劇の地へ赴く新しい旅のスタイル」のことである。「新しい」とあるが、こうした悲劇の地への観光はこれまですでに行われてきたことであり、おそらく、観光学における概念としての新しさのことだと言えよう。

本書は、ぼくたちに、絶望と希望の両方を示す。

この本で初めて知った事だが、チェルノブイリ原発はいまも操業しているらしい。ただしそれは、原子力発電を行うためではなく、周囲の地域に送電するための拠点として、である。

チェルノブイリ4号機が爆発し、ホウ素や鉛などで爆発校をふさぎ、コンクリートで覆い固めた「石棺」(詳しくはこのドキュメンタリー映画『チェルノブイリ・クライシス』を参照。 http://youtu.be/G8E13GEk6yU なお、4分40秒あたりからの映像には中性子線によってフィルムに白い斑点が残るさまがうかがえる)の耐久年数はおよそ30年と計算されていた。

だが、それを待たずにすでにあちこちにほころびが出てきており、現在、石棺を丸ごと覆うための新しい石棺を建造中だという。本書にもその写真が掲載されていた。一時期は資金繰りに苦労したが、皮肉なことに福島第一原発の事故があってから、この新石棺づくりに投資が集まりだしたらしい。

そして、現在のチェルノブイリ周辺は、チェルノブイリ原発30km以内の「ゾーン」と呼ばれる区域で、ウクライナ政府の許可に基づいて見学を受け入れており、元住民らによるガイドも行われているということだ。本書では、その見学ツアーに参加したルポを中心としている。

本書を読んでいてやはり考えてしまうのは、これが27年後の福島の姿になるのかもしれない、ということだ。そして、27年前に大量の放射性物質を至近距離で浴びた建設資材は、手の付けようがなく今日も野ざらしになっている。ぼくが高校1年生だったときと変わることなく。

本書は、読んでいて心が浮き立つ類のものではない。とりあえず石棺で覆い、さらにまたいっそう巨大な新石棺で覆うよりほかに、現段階では方法がない。また、4号機内部には逃げ遅れた職員がいて、遺体の回収もままならないまま27年間が過ぎている。

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事故後、放射能汚染により人が立ち入ることができなかったことから、原発事故の直撃を受けた職員の遺体が搬出されなかった。事故直後に無防備のまま炉の中に入った数名の作業者の行方が未だ分からず、現在も石棺の中に数名の職員の遺体が残っているものと思われるが、彼らの遺体を搬出できるようになるまでには数世紀に亘る長い時間がかかると見られている。
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%81%E3%82%A7%E3%83%AB%E3%83%8E%E3%83%96%E3%82%A4%E3%83%AA%E5%8E%9F%E5%AD%90%E5%8A%9B%E7%99%BA%E9%9B%BB%E6%89%80%E4%BA%8B%E6%95%85
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ちなみに、先述したドキュメンタリー映画『チェルノブイリ・クライシス』には。26分ごろからチェルノブイリにかかわった人々の事故後の行動についての報告会がおさめられている。ある共産党員が災害の中、任務を捨てて逃げだしたことに対する糾弾風景もおさめられている。爆発後に原子炉から500キロ逃亡した技師も糾弾されている。「臆病者の居場所はここにはない」と。それはまるで戦時中に「非国民」と罵られた人々のようである。

27年の時を経ても、チェルノブイリは終わっていない。現在進行形の問題である。だとすれば、これと同等、いや、これ以上の事故と言われる福島第一原発も、当然、27年後には現在進行形で収束作業を進めているはずだ。

もちろん、福島とチェルノブイリとでは、状況も時代もテクノロジーも異なるかもしれない。だが、27年後の福島第一原発のありかたの一つの姿を想像させてくれるという点で、本書はいま、読む意義のある本だと言えるし、これをきっかけにチェルノブイリについて調べたり、福島第一原発について調べたりする人々が増えれば、これからぼくたちはどう生きるべきなのかを考えることにつながっていくのではないだろうか。

奇しくも、7年後に東京オリンピックが開催されることとなった。安倍首相は汚染水について「アンダー・コントロール」だと述べたが、政治家の「大丈夫」ということばは、チェルノブイリの時にも事態を悪化させるきっかけとなったことを忘れてはならない。

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2011年の回想によれば、共産党中央委員会政治局会議(当時のソ連の最高意志決定機関)で原発担当大臣が書記長などに対し「大丈夫です」と述べたため対策が遅れた。真相は現地の関係者からの知らせによって分かったという[42]。 
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%81%E3%82%A7%E3%83%AB%E3%83%8E%E3%83%96%E3%82%A4%E3%83%AA%E5%8E%9F%E5%AD%90%E5%8A%9B%E7%99%BA%E9%9B%BB%E6%89%80%E4%BA%8B%E6%95%85==========

福島第一原発周辺地域がチェルノブイリと同様にダーク・ツーリズムの対象となる可能性があることは、本書を読めば明らかである。ダーク・ツーリズムは、観光客が見たがっているから成立するというものではなく、悲劇を伝えたいという当事者たちの想いがあってこそ成立する。

その意味で、本書は「希望」の書でもある。

福島第一原発の事故で疎開を余儀なくされた人々、それまでの生活をすべて失った人々の想いをどのように伝えていけば良いのか、そのモデルケースを提示していると言えるからだ。

つい先日、宮城県南三陸町の防災庁舎を解体することが正式に表明された。もし保存されれば、津波の被害の記憶を伝える重要な遺構となったはずだが、保存費用が数億円かかるとされ、小さな町の予算を逼迫し復興の妨げとなるから、ということで取り壊しを決定したようだ。また気仙沼市の漁船「第18共徳丸」の解体も始まった。

http://www.sankeibiz.jp/express/news/130927/exc1309270937000-n1.htm
http://www.yomiuri.co.jp/feature/20110316-866918/news/20130923-OYT1T00563.htm?from=blist

こうした震災遺構は、残せるものであれば残すべきだとも思うが、福島第一原発はこれらの震災遺構とは決定的に性質が異なる。第一に、即座に解体が不可能であり、残さざるを得ないということ、第二に、っ純粋に津波に「巻き込まれた」だけでなく、施設の老朽化や防災体制の不備、指令系統の問題、政治的問題などの人為的問題により被害が深刻化したことが挙げられる。チェルノブイリ原発の事故は自然災害とは無関係であるが、複数の人為的問題(設計ミス、準備不足、操作ミスなど)が原因とされている。いわば、人間の愚かさ、科学技術への過信の象徴なのである。

本書で紹介されていた「チェルノブイリ博物館」には、事故で被爆した子どもたちの顔写真がパネルとなってずらりと並んでいる。無邪気に微笑みかける子どもたちに対して、恥じぬ未来を作ってあげられるのか。そんな問いを突き付けられた。

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