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2013/08/31

On bass!!

On bass!!
今日はガナリーズ10周年記念パーティー。

ぼくは珍しくベースで参加。
o(^o^)o

2013/08/30

Whose hands are they?

Whose hands are they?
さて、誰の手でしょう?
(  ̄▽ ̄)ニヤリ

2013/08/29

A souvenir from Miyazaki...

A souvenir from Miyazaki...
今日は昼から事務所で原稿。2日と4日に〆切の原稿がある上に、今週から能開予備校のレギュラー授業が始まっており、来週からは河合塾と高校のレギュラー授業が始まるため、その準備もしなければならない。

おまけにこの土日はガナリーズ10周年記念パーティーと、村上啓介さんのライブでの前座出演もあって忙しいので、今日明日じゅうに仕事に目処をつけておかないとエライことになる…。
(;つД`)

今日の昼食は事務所で飯を炊き、宮崎で買ってきた「冷や汁」を作った。既に味のついた汁がパックに入っているので、それを冷蔵庫で冷やし、胡瓜、茗荷、大葉を刻み、木綿豆腐を手で潰して冷えた汁とともに器に入れ、刻んだ野菜を浮かべる。

そして、熱々の飯に冷たい汁をぶっかけて流し込む。食欲があまりないときでも、この冷や汁なら食べやすい。

冷や汁を喰らい、原稿と格闘し、シャワーを浴びて、夕方から能開予備校岡山校の授業。

終わってからコインランドリーで洗濯しつつ、喫茶店でまた原稿。←今ここ

さて、ぼちぼち洗濯物が仕上がるかな…。畳んだらまた事務所でひと仕事せねば…。
(^_^;)

2013/08/28

What upset me was...

先週の土日に24時間テレビが放映されたようだが、24時間テレビと言えば、何年か前、うちのバンドに「24時間テレビのイベントに出てほしい」と依頼があり(どういう経緯かは忘れたが)、岡山のRNC(西日本放送)の中庭のステージで演奏したことがある。

だが、これはあまり良い思い出とは言えない。

事前にワンステージ●分、ただし変更あり、と知らされてはいたので、まあ仕方がないとは思ったものの、ぼくらの演奏が始まり、たしか、2曲目の途中で日本テレビからの中継が入るからと演奏の最中に中断、そこからは中継が終わるまでなにもすることがなく、結局、中継が終わっても演奏を再開することもなく終了した。
(;つД`)

なんのためにスタジオで練習し、炎天下の中、機材を運んできたのか?わざわざこのために時間を割いたのに、と馬鹿馬鹿しくなった。もちろん、ぼくらはプロではないが、所詮アマチュアの演奏だからと軽んじられている気がした。

例の黄色いTシャツを貰って弁当も支給されたが、考えたらこの費用も番組から出されているわけで、チャリティー番組なのにそれもどうなのかと複雑な気持ちになったのも確かだ。

そしてなにより、ローカル局のスケジュールがすべて、中心である東京のテレビ局の都合に左右されるのがもっとも腹立たしかった。番組の性質上仕方がないとはいえ、〈中央と地方〉の権力関係、〈東京〉の傲慢さををまざまざと見せつけられた思いがして、情けなくなった。

もっともこれは、24時間テレビに限ったことではない。地元の放送局を悪く言うつもりはないが、そもそも岡山の放送局で製作した番組で、定期的に全国ネットで放映されているものは無い。

せめて『水曜どうでしょう』や『ノブナガ』のような番組がひとつでもあれば、と思うのだが…。

2013/08/27

みほりょうすけライブ@ガナリーズ

みほりょうすけライブ@ガナリーズ
最後の二曲だけだけど…(;´д`)

2013/08/26

Autumn has come!!

Autumn has come!!
Autumn has come!!
空模様ってのはさ、実に正直だな、って思うんだ。

つい二、三日前までカンカン照りの夏の空だったのに、もう秋の空。空気もひんやりしてきた。

いい季節になってきたね。

2013/08/25

(´Д`)


稿

終わらない…

(´ρ`)

(´ρ`)
(´ρ`)
シャブ!www

2013/08/22

100 km...

100 km...
一昨年購入したエヴァのカーナビ。

100 km以上走ると渚カヲルがナビゲーターに加わるということだったのだが、この「100 km以上」というのがどういう意味なのかがはっきりしなかった。

最初は、「累積で100 kmか?」と思ったが、そうではなかった。

だとしたら、一度に100 km以上走ることになるのだが、ふだん、岡山で運転しているときは一度に100 km走ることなどない。

広島まで車でいけば確実に100 kmを越えるが、そんな時間的余裕はない。

で、先日、北海道にいったときのこと。あらかじめ母から「札幌から富良野まで車で移動する」と聞いていたので、カーナビを持参したwww

ところが、行きはカーナビのオートON・OFF機能をオンにしていたのがまずかった。

エンジン停止に連動してカーナビもOFFになり、エンジンをかけて再起動すると、そこまでの距離は除外され、その地点からの距離しか計算されないため、100 kmに満たなくなってしまったのだ。

そこで帰りはオートON・OFF機能を停止し、エンジンを停止してもカーナビはOFFにならないようにした(もっとも、ACアダプターの接触が悪くてなかなか充電されず、非常にやきもきしたが…)。

で、札幌に戻ったが、目的地についてもなんともならない。「何がまずかったんだろうか…?」と悩んだがわからない。結局、その日は諦めた。

で、翌日、再起動させたら…


ご覧の通り、カヲル君登場である。
(;´д`)

マニュアルにもっと詳しく書いてくれたらよかったのに。
(*`Д´)ノ!!!ゴルァ

つまり、①100 km以上離れた目的地を設定し、②そこに着くまでカーナビのスイッチを切らず、③目的地に着いて案内が終了したら、再起動させる、ということだったのだ。

その後は消えることもなく、ふつうにナビゲーターに加わっている。

やれやれ…
┐('〜`;)┌

My nose keeps running...

今日までの3日間、朝から夜まで授業で慌ただしく、おまけに今日は夜の授業で突然鼻水が止まらなくなるという非常事態が発生…(;´д`)

前半の教室では何ともなかった(ただし、休憩時間に珍しくくしゃみが出た)が、後半の授業で別の教室に入って授業を始めたら次第に悪化し、壊れた蛇口のように鼻水が止まらなくなった。

これほどまでにひどいのは間違いなくアレルギー性鼻炎であろう。ぼくはハウスダストがダメなので、おそらく教室のエアコンから出た埃が原因ではないだろうか。

その証拠に、授業が終わって講師室に戻ったらだいぶおさまってきた。

明日から土曜日までは夜の授業だけなのだが、明日からはマスク着用で授業かな…。
(;´д`)

2013/08/20


2013/08/18

村上啓介ライブ in Ajobe(岡山):前座に出演のお知らせ

▼我等がSee Ya!、急遽、前座を務めさせていただくことが決定!(なぜそうなったのかについては、きっと当日のMCでメンバーがしゃべるでしょうw)ぼくはアコースティックギターを弾きます。

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『村上啓介 LIVE in 岡山』
 オープニングアクト/See ya!
 9月1日(日)開場18:00、開演18:30
 会場/Ajobe(アジョビ)
  岡山市北区中央町1-6 野上ビル2F(086)238-8308
  3000円(別途ドリンク代500円)
  問い合わせ/Ajobe(086)238-8308

http://9018.teacup.com/youcandothat/bbs
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是非来てくださいね~!
(*´ω`)

2013/08/17

It shoule be abolished!!

今日の昼、Twitterでつぶやいたことへの補足を。

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野菜嫌いの子どもが「ナスとキュウリとピーマンから一つ選べ」と強制的に食わされて「味はどう?」と尋ねられ、「不味かった」と答えたら叱られるから仕方なく「美味しかった」と答えたら、「どこがどう美味しかったの?具体的に」と突っ込まれて答に困る…これが「読書感想文」ってやつだ。
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このツイートは、何人かの方にリツイートやお気に入り登録をしていただいた。

先日、息子の高校の宿題で出されている読書感想文の指定図書を買いに行った。確か、3冊の候補があり、その中から息子が選んだ1冊を買った。どうやら文科省後援の「青少年読書感想文全国コンクール」に提出することを前提としているようで、その指定図書であったのだが、ここでふと考え込んでしまった。

なぜ、この本が課題図書なのか?と。

もちろん、その本じたいに罪はない。ふつうに読めば面白そうな本だ。だが、その本を読んで原稿用紙4~5枚分もの感想文とやらを書かねばならないというのは苦痛以外のなにものでもないのではないか、と思うのだ。むしろ、この本が課題図書に指定されたことで、「無理矢理読まされて、嫌々ながら感想文を書かされた」という嫌な思い出が形成されてしまう可能性のほうが大きいのではないか、と。

そもそも「感想文」とはいったいなんであるのか?

感動した気持ちを書けばいい、というものかもしれないが、さきのツイートでも述べたように、感想なんぞせいぜい「面白かった」程度で済んでしまうはずだ。それを長々と書き連ねなくてはならないのはなぜなのか?だいいち、この本を選んだコンクールの審査員は、果たしてこの本で原稿用紙4~5枚の感想文を書けるのか?もし書けないとすれば、じぶんたちにできないことを子どもにやらせることに何の意味があるのか?

じぶんが好きな本を読み、感動を覚えたのであれば、いくらでも言葉は出てくるかもしれない。しかし、限られた、きわめて狭い選択肢の中から読まされても、感動など湧き上がっては来ないのだ。ひょっとしたら、出版社とコンクール主催者や文科省の間に癒着でもあるのではないか、と勘繰ってしまいたくもなる。何しろ、課題図書に指定されれば売れることは間違いないのであるから。

そして、出版社は課題図書として認めてもらえるような「教育的」な本を出すことに専念する。そこには当然ながら、エロもグロもナンセンスもなく(笑)、ただあたりさわりのない「教育的」な綺麗ごとしか書かれていない。いや、別にエロ・グロ・ナンセンスが入った本を読めと言っているわけではない。だが、人間の社会は決して綺麗ごとではない。若いうちにドロドロとした厳しい現実を見せておくべきではないのか。

本来、本を誰かに読んでもらうということは、じぶんがその本を読んで激しく心を揺さぶられたからこそ、「これ、いいよ!」と言えるのである。果たして課題図書にえらばれている本に、それだけの力があるのか?

学校の教師にしても「感想文」の書き方を果たして教えられるのか?「受けの良い感想」の書き方を教えることはできたとしても、それでは生徒の本音を押し潰してしまうことになる。それが本当に教育と言えるのか?ひょっとしたら、学校の国語教師は何も考えずにただ安直に「課題をじぶんで考えるのが面倒だから」という理由で読書感想文を宿題として課しているのではないか?

そもそも「感想」の表し方を型にはめ込んでしまってもいいのであろうか?たとえば、本を読んでそのインスピレーションを絵にしたり、音楽にしたり、あるいは彫刻にしてもいいじゃないか。アニメを作ってもいいだろうし、劇を作ってそれをビデオにとってもいい。感想が自由であるのと同様に、その表現方法も自由であってしかるべきではないか。

このコンクールの主催団体のホームページには「年々作品の応募数も増え、第45回の読書感想文コンクールでは、ついに427万編を越えました」( http://www.j-sla.or.jp/contest/youngr/ )
とあるが、その陰でどれだけ多くの子どもが、わけのわからない拷問のような宿題を課されて本嫌い・作文嫌いになったかと思うとぞっとしてしまう。そして、ぼくのように、課題図書だからと仕方なく本を買わされて腹立たしく思っている親がどれほどいることかと。

感性を豊かにすること、感受性をはぐくむことが悪いこととは言わない。だが、日本の学校教育では作文や感想文ではなくむしろ論文教育を重視すべきである。みずから問題設定をして、必要な情報を探し、レポートや論文のかたちにまとめて論理的にじぶんの考え方を提示する能力こそ、生きるために必要な力なのだから。

2013/08/16

What do they intend to do?

今日からは能開予備校岡山校にて夏期講習会。

初日はいつもバタバタしているが、今日も例のごとくバタバタで、あっという間に終わってしまった…。
(´Д`)

明日の授業の準備をしがてらネットでニュースをチェックしていたら、こんな記事があった。ともに原爆関連の記事だ。

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イスラエル高官、原爆式典「うんざり」書き込み

【エルサレム=井上亜希子】広島、長崎への原爆投下について、イスラエル政府の高官が自らのフェイスブックに「日本の侵略の当然の結果だ。(平和祈念式典は)独り善がりで、うんざりしている」などと書き込み、現地の日本大使館がイスラエル外務省に抗議していたことが、15日分かった。

 この高官は、広報・離散民省幹部のダニエル・シーマン氏。8日に書き込みを行ったとみられている。地元紙ハアレツなどによると、同氏は近く、首相府のインターネット広報部門の責任者に就任する予定だったが、14日から停職処分になっている。

 同氏は「日本が追悼すべきなのは、中国や韓国の侵略犠牲者だ」とも書き込んだ。書き込みは、すでに削除されている。首相府の広報部門は、「(書き込みの内容は)受け入れがたいものであり、政府の立場を表したものではない」としている。

(2013年8月16日20時50分 読売新聞)
( http://www.yomiuri.co.jp/world/news/20130816-OYT1T00950.htm?from=main3 )
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「はだしのゲン」子どもの閲覧を制限する市教委

 漫画家・中沢啓治さんの代表作「はだしのゲン」の描写が過激だとして、松江市教委が、子どもが閲覧する際は教員の許可が必要な「閉架」にするよう全市立小中学校(49校)に要請していたことがわかった。

 文部科学省は「こうした例は聞いたことがない」としている。

 市教委によると、昨年度で39校が図書室に所蔵。作品には、旧日本軍が人の首をはねたり、女性に乱暴したりする場面があることから、市民から撤去を求める声が上がり、市教委が昨年12月、全校に要請した。

 古川康徳・副教育長は「立派な作品だが、表現が教育上、不適切。平和学習に使う場合は教員が解説を加えるべきだ」としている。

 出版社「汐文社」(東京都)の政門一芳社長は「一場面を取り上げて過激だとせず、本質を見てほしい。天国の中沢さんも悲しんでいるはず」と話している。

(2013年8月16日20時41分 読売新聞)
( http://www.yomiuri.co.jp/national/culture/news/20130816-OYT1T00913.htm?from=main4 )
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最初の記事に関しては、〈首相府の広報部門は、「(書き込みの内容は)受け入れがたいものであり、政府の立場を表したものではない」としている〉とあるが、そもそも原爆を開発したのは
〈ナチス・ドイツが先に核兵器を保有することを恐れた亡命ユダヤ人物理学者レオ・シラードらが、1939年、同じ亡命ユダヤ人のアインシュタインの署名を借りてルーズベルト大統領に信書を送ったことがアメリカ政府の核開発への動きをうながす最初のものとなった〉( http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%9E%E3%83%B3%E3%83%8F%E3%83%83%E3%82%BF%E3%83%B3%E8%A8%88%E7%94%BB )とされており、これ以外にもロバート・オッペンハイマーらユダヤ系の物理学者たちが加わっているのだから、彼らの立場からすれば「ドイツの同盟国たる日本に原爆を落としたのは当然だ」という思いが根底にあるのではないだろうか。

今回はインターネットという「バカ発見器」によって書き込みが表に出たわけだが、おそらくこう思っているユダヤ人も多いのではないだろうか。そうでなければ、政府高官になどそもそも選ばれてはいないであろうから。

今は亡き杉原千畝氏が彼の書き込みを目にしたらどう思ったであろうか…。

二番目の記事に関しては、先日も書いた「歴史外在的な批判」によるものだと言えよう。『はだしのゲン』は、確かに原爆への批判が中心であるが、そもそもその根底にあるのは「反戦の想い」であり、旧日本軍の残酷さ(あるいは、特高警察による拷問など)を描くこともいわば「戦争を遂行した愚かな国家」への戒めである。

「市民から撤去を求める声」とあるが、果たしていったい何人の市民から、どのような根拠で撤去を求められたというのか。そして、松江市教育委員会は『はだしのゲン』に通底する「反戦の想い」を読み取ることすらできていなかったのか…?

ふと思い出したことがある。ぼくが小学生のころ、『アサヒグラフ』だったか何かの写真雑誌でベトナム戦争についての特集が組まれていて、それが学校の図書館には普通に置かれていた。その中には実際の遺体の写真など生々しい写真もあり、中には興味本位で見ていた級友もいたが、戦争の悲惨さを幼心に植えつけられた。

反戦教育をするのであれば、残酷な描写を避けて通ることはできないであろう。もちろん、賛否両論あるかもしれないが、綺麗ごとでは済まされないのだから。

2013/08/15

What the day means to me is...

What the day means to me is...
今日の午後に東京を出て、夕方に岡山に戻った。8月5日から数えて11日目にしてようやく自宅で寝られる。
( ̄▽ ̄;)

もっとも、この間、5日から10日の朝までと12日から14日の朝まではホテル暮らしだったからむしろ快適ではあったのだが。

今日は8月15日。

「終戦記念日」とは呼ばれているが、あくまでも昭和天皇が降伏を宣言した日に過ぎず、正式には1951年9月8日にサンフランシスコ講和条約が締結されて初めて戦争が終了したことになる(条約発効は1952年4月28日)。

だが、いまのぼくにとって8月15日は、祖母の命日という意味の方が大きい。

6年前に87歳で亡くなった祖母は、1945年当時27歳。61年後のその日がじぶんの命日になるなんて想像もしていなかったであろう。その日、祖母はいったいどんな想いで玉音放送を聴いていたのであろうか。

東京の実家に帰ると、ぼくはたいてい、かつて祖母が生活していた部屋に泊まる。昔、ぼくの部屋だった場所はリフォームされて父の書斎になっている(と言っても、寝る空間は十分にあるから、そこに泊まることもあるのだが)。

昨夜も祖母の部屋で寝た。そこは6年前まで祖母が暮らしていた場所であり、病院で息を引き取ったあと、祖母の亡骸を寝かせた場所である。置かれている品は変われど、部屋の佇まいはいまも変わらないままだ。

おかしな話かもしれないが、ぼくはじぶんの家族が亡くなることは想像できなかった。いや、想像したくなかったというほうが正しいのかもしれない。

ぼくが生まれてから同居していた家族は、両親と父方の祖父母だったが、祖父はぼくが小学1年生のとき、脳出血で亡くなった。悲しかった覚えはあるけれど、幼かったから祖父との思い出はほとんど記憶に残っていない。

それ以来30年間、同居している家族は誰も欠けることはなかったから、なんだかまるでぼくの家族は永遠にこのまま生き続けるんじゃないかと錯覚すらしていたように思えるのだ。

もちろん、そんな虫の良い話があるはずもなく、祖母は亡くなった。だから、ぼくにとって祖母の死は「永遠に続く終わりなき日常という幻想」を打ち砕く、あまりにも大きな出来事だったのだ。

この数日間、久しぶりに両親と二人の息子とともにゆっくり過ごすことができた。母のたっての願いであった北海道旅行にも行けた。もっとも、母は小言ばかりでしょっちゅうぼくや父と言い争いになっていたが、これは昔からのことだし、それができるのが家族ってものだろうと思っているが。

いずれは、父も母もこの世から姿を消す。ぼくだっていつかは消えて行く。その時を迎えるまで、十全に生きていこう。そのあたりまえのことを噛み締める日、それがぼくにとっての8月15日だ。そして、今年はその象徴的な日を両親と二人の息子とともに過ごせた。これはきっと、とても幸せなことなのだろうと思う。

ありがとう。

2013/08/14

I can't make out what they mean...

ぼくの修士論文のテーマは「日本近代化過程と知的障害者の人権に寄せて~異人・山下清~」だった。

端的に言えば、明治政府樹立と日本近代化の過程において、知的障がい者に対する人々のまなざしや制度・処遇がどう変化したのかということについて論じたもので、いま読み返すとあまりにも稚拙でお恥ずかしいものなのだが、これを執筆していた時に指導教官から何度も言われたことがある。

「歴史について論じるときは、必ずその時代に内在した批判をすること。」

過去をふりかえるとき、ぼくたちはどうしても「いま」をものさしとしてすべてを判断してしまう。だから、「過去」はつねに野蛮で遅れていて、「いま」は啓蒙され、洗練された時代なのだ。これは時代に「外在的な」批判、いわば「後出しじゃんけん」のようなものだ。だからこそ、過去のある時代を分析するときには、「いま」の価値基準を適用するのではなく、その時代の「常識」を背景とした批判(=分析)を展開しなければならないのだ。

たとえば手塚治虫などの古い漫画作品が復刊されたとき、「本作品のなかには、現代からすると差別的な表現がありますが、原作者の意思を尊重し云々」と但し書きがなされるが、これもこうした「外在的な」批判の結果(あるいは、そうした「外在的な」批判を受ける可能性への予防線)だといえよう。

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日本禁煙学会 「風立ちぬ」喫煙場面に苦言「子どもに影響与える」

スポニチアネックス 8月14日(水)15時37分配信

 NPO法人「日本禁煙学会」が公開中の映画「風立ちぬ」(監督宮崎駿)の中のタバコの描写について苦言を呈している。

 製作担当者に送付した要望書を公式サイトにアップ。「教室での喫煙場面、職場で上司を含め職員の多くが喫煙している場面、高級リゾートホテルのレストラン内での喫煙場面など、数え上げれば枚挙にいとまがありません」と問題視した。

 「特に、肺結核で伏している妻の手を握りながらの喫煙描写は問題です」と指摘し「夫婦間の、それも特に妻の心理を描写する目的があるとはいえ、なぜこの場面でタバコが使われなくてはならなかったのでしょうか。他の方法でも十分表現できたはずです」と疑問を呈している。

 また学生の“もらいタバコ”のシーンもあり「未成年者の喫煙を助長し、国内法の『未成年者喫煙禁止法』にも抵触するおそれがあります。事実、公開中のこの映画には小学生も含む多くの子どもたちが映画館に足を運んでいます」と主張した。

 作品は関東大震災から太平洋戦争に突き進む激動期の日本が舞台。主人公は零式艦上戦闘機(ゼロ戦)の設計者・堀越二郎をモデルにした青年で、美しい飛行機をつくる夢を追った半生を描く。

 時代が時代だけに「過去の出来事とはいえ」としながらも「さまざまな場面での喫煙シーンが子どもたちに与える影響は無視できません」と警告している。

 最後に「なお、このお願いは貴社を誹謗中傷する目的は一切なく、貴社がますます繁栄し今後とも映画ファンが喜ぶ作品の制作に関わられることを心から希望しております」と“注意書き”し、要望書送付の意図を説明。「どうぞその旨をご理解いただき、映画制作にあたってはタバコの扱いについて、特段の留意をされますことを心より要望いたします」と締めくくっている。
( http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20130814-00000101-spnannex-ent&1376466966 )
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ぼくは愛煙家だが、煙草の害は理解しているし、日本禁煙学会がこうした申し入れをする気持ちはわからなくはない。だが、これはやはり「外在的な」批判なのだ。たとえば、『はだしのゲン』など戦後の混乱期を描いた漫画の中では子どもが煙草を吸う場面やヒロポン(=覚醒剤。考えたらこれも戦前は合法だったわけで、新聞広告にも「ヒロポン」は堂々と掲載されていたのだ)を使用する場面などが出てくるが、それはその時代では「常識」であり、それを「いま」の価値基準に合わせて描けば逆にリアリティはなくなる。それでは歴史を正しく描いたとは言えないはずだ。

ついでに言えば、この映画を見て子どもや未成年が煙草を吸うようになるとも到底思えない。

「なぜあなたは煙草を吸い始めたの?」
「『風立ちぬ』を見たのがきっかけで。もらい煙草、カッコよかったから。」

…などということが生じるとは思えないのだ(もっとも、ぼくはまだこの映画を見てはいないのだが)。このあたり、暴力的なゲームや番組への批判とも重なる部分があると言える。「暴力的なゲーム/番組が暴力を誘発するから、そうしたゲームや番組は廃止すべきだ」という主張の妥当性は疑われてしかるべきであり、この「煙草を吸う場面を見たら煙草を誘発するから」という主張も妥当性に乏しい。

だとすれば、この団体はきわめてヒステリックに、いま話題の映画にケチをつけることによってじぶんたちの存在をアピールし、支持を集めようとしているのではないかとさえ思ってしまうのだ。

世間はどんどんおおらかさをなくし、ぎすぎすしていくように思える。そう考えると、「いま」は啓蒙されたわけでも洗練されたわけでもなく、ただ単にヒステリックに自己主張をするだけの社会なのではないか、とも思う。

2013/08/12

Sold in Hokkaido alone...

Sold in Hokkaido alone...
Sold in Hokkaido alone...
Sold in Hokkaido alone...
今朝、羽田を出て千歳空港へ。久しぶりの北海道。しかも、久しぶりの仕事抜きの旅行。

じつは、あまりこうした旅行をする余裕はないのだが(精神的にも時間的にも)、日頃、蔑ろにしている親と息子へのせめてもの罪滅ぼしということで…。
(;´д`)

千歳空港から札幌駅まで電車で移動し、父の運転するレンタカーで苫小牧市のノーザンホースパークへ。

結局、千歳市→札幌市→千歳市→苫小牧市というじつに非合理的な移動になってしまったが、千歳空港でレンタカーを借りられなかったのだから仕方がない。
(;´д`)

ノーザンホースパークで遊んだあと、夕方、札幌に戻り、宿にチェックインしてから札幌在住の両親の知人とともに夕食。北海道の幸を堪能した。

写真はあちこちで見かけた北海道限定品。「限定」の文字に弱いのだwww

ということで、明日も引き続き北海道の旅である。
( ̄▽ ̄;)

2013/08/11

Close to you...

Close to you...
Close to you...
今日は朝からお墓参りと祖父母の法事。

この猛暑のなかの墓参は罰ゲームか拷問である。
(;´д`)

まあ、久しぶりに従弟たちとも会えて元気な顔を見られたのは良かったが。

読経を聞いている間、いろいろと考えた。普段は離れて暮らしているが、将来はじぶんがこうして法事を取り仕切ることになるであろうし、墓の維持にかかる費用も捻出しなければならない。

時おり「亡くなった親を放置して逮捕された」というニュースが報じられるが、そんなニュースを聞くたびに他人事ではないなあ、と身につまされる。

弔うにも金がかかるし、墓にも金がかかる。「地獄の沙汰も金次第」と言われるが、現世に残された人間の方が、亡き者のための金で苦労するのだ。

そう考えると、既に墓があるだけまだありがたいなあ、と思うのだが、それにしたところで寺に払う墓の維持費もバカにならないわけで、うーむ、と考え込んでしまった。

ぼくは一人っ子だから、すべてじぶんにのし掛かってくるわけで、じぶんの根っ子があるのは有り難い反面、辛いなあ、とも思うのだ。

ともあれ、お盆である。祖父母の思い出に浸りながら、飯を食い、酒を飲もう。

2013/08/10

What does my dad want my son to be?

What does my dad want my son to be?
What does my dad want my son to be?
What does my dad want my son to be?
今朝、呉を出て広島へ。そこから新幹線で岡山へ。一旦帰宅して、子どもを連れて東京の実家に帰省。

高校でバイオリンを弾き始めた長男に、父からバイオリンのプレゼント…

あれ?
(・・;)

え!?
(((・・;)


(((((((・・;)

…って、なぜ白木!?
Σ( ̄□ ̄;)!!

父いわく「この上にじぶんでニスを塗るんだ」。

はぁ!?
(・_・;

どうやらそういうキットらしいんだが、親父は孫をバイオリン職人にでもしたいつもりなのだろうかwww
( ̄▽ ̄;)

その後、近所の回転寿司屋へ。いつも混んでいるのだが、今日も26組待ち…結局1時間近く待った。

まあ美味いから良いのだが…土瓶蒸しも食べられたし。
(  ̄▽ ̄)ニヤリ

明日は法事。墓参り。天気予報では、明日も今日と同じくらい暑くなるんだと。

殺す気かー!!
(*`Д´)ノ!!!

2013/08/09

I'm going back home...

今日で呉での夏期講習会、ぼくの授業は終了。受講生並びにスタッフの皆様、ありがとうございました!

明日は岡山へ。いったん帰宅し、息子を連れて東京の実家に帰省。

さて、5日分の荷物をまとめて、明日に備えねば…。

2013/08/08

What they tell us is...

呉での授業、4日目が終了。

今日は大和ミュージアムへ。何度か訪れたことがあるので、どうしようかと迷ったが、特別展として大和の艦橋の一部を再現しているというので見に行った。

戦争を賛美するつもりはないが、大和ミュージアムを訪れるたびに思うのが、この博物館は立派だ、ということだ。

これは何も、施設のことではない。その姿勢についてだ。

海外の戦争に関する博物館は、誰かの愚行を「責める」ために存在している。

だが、この大和ミュージアムは、誰かを「責める」ために存在しているわけではないし、かといって「英霊賛美」や「旧日本軍の正当化」あるいは「戦争礼賛」を目的としているわけではない。

ただ淡々と、大和を造った技術を示し、呉というまちが歩んだ歴史を展示している。その潔い姿勢が立派だ、と思うのだ。

そんなことをあらためて思わされた大和ミュージアム再来訪であった。

2013/08/07

The third day in Kure...

今日で呉での講習会も3日目。折り返しを過ぎ、いよいよあと2日だ。

1日目は、たまたま現代文のD先生が広島に来ておられたので、授業の後、広島まで出て飲み会に参加。

広島から呉までタクシーで帰る覚悟でいたが、結局、D先生とM先生の3人で二次会に行き、4時前まで飲んでいたので、その後、広島駅前のネットカフェで始発まで待ち、始発電車に乗って呉に戻ったw

8月6日の朝を広島で迎えたというのはなんだか象徴的だ。

昨日はホテルの清掃中に呉の町を歩いてきた。

「レンガ通り」と呼ばれるアーケード街が中心市街地だということで、炎天下の中、駅前からそこまで1.5km程の道のりを歩き、町を散策した。

アーケード北側の入口から入り、南側まで路地も含めてジグザグに歩き回り、ホテルに戻ってTシャツを絞ったら、汗が滴り落ちるほどだった。

少し話には聞いていたが、やはりかなりさびれている様子であった。とりわけ北側は平日の昼間なのにほとんどの店のシャッターが閉まっており、おそらくはシャッター通りになっているのであろうと思われた。

映画『海猿』のロケでも使われたアーケードの内部は、そこそこ人通りもあったが、うらぶれた感じは否めなかった。

このアーケードの両側に夜の繁華街も点在している様子であったが、思っていたほど店の数も多くなく、船乗りが集まる町にしては寂しい感じもした。

今日は〆切の原稿もあったので、ホテルに部屋の清掃を頼んで校舎近くの洋食店でカレーを食べた後、近くの喫茶店に移動して仕事をし、ホテルに戻って支度してから授業へ。

昨日の晩飯は近くの中華料理店でガッツリ食った(というか、食いすぎたw)が、今日はおとなしくコンビニ弁当で済ませる。

呉の夜の街の散策は明日かな…w

2013/08/06

(^q^)



























2013/08/05

Why am l here?

Why am l here?
Why am l here?
今日から河合塾の呉現役生教室夏期講習での授業。

写真は生徒さんから頂戴したお土産の「子午せん」。明石のお菓子だとか。子午線をかたどった模様が入っている。別の生徒さんが「フォッサマグナみたい」って言ってたw
( ̄▽ ̄;)


授業のあと、携帯を見たら現代文の土井先生からメールが届いていた。今日から3日間だけ広島校に出講しているとのこと。

そして何故か、いま広島駅前の居酒屋にいるんだがwww

2013/08/04

There must be something interesting to be found!!

明日から5日間、河合塾呉現役生教室で授業。

ぼくの担当は17:40〜19:10の高3センター英語と19:30〜21:00の高1ハイレベル英語。

この2コマだけなのだが、さすがに毎日、岡山から通うわけにもいかず、呉で泊まることにした。

どうやらこれまで呉で宿泊した講師はいなかったようで、「えっ!?呉に泊まるんですか」とみんなに驚かれた(笑)。

広島に泊まってもよかったのだが、①呉線が万が一止まったり遅れたりしたら困る(単線で、よく遅延が発生する)、②在来線で移動に往復2時間以上かかるため、座って仕事ができる保証がない(まして観光シーズンだし)、③呉のまちをゆっくり歩いてみたい、④移動が少ないぶん、心身ともに余裕ができるし、ホテルで原稿にも専念できる、 ⑤呉の美味いものを堪能したいwといった理由から、呉に宿を手配してもらった。

「呉は何にも無いですよ」とある知人に言われたが、むしろ「何にも無い」とされるところでおもしろいものを探したがるのがフィールドワーカーの習性なので(笑)。
(  ̄▽ ̄)ニヤリ

時間が許せばレンタカーを借りて江田島のほうに足を伸ばしてみたい気もするが、さすがにそれは難しいかな…。
(^_^;)

2013/08/03

I'll never forgive you!!

昼過ぎに広島を出て岡山へ。2時に火災報知器の点検に立ち会わねばならなかったので、着いたらマンションに直行。

ナポリタンと揚げだし茄子を作って喰らう。美味し!!

その後、ついウトウトして気づけば夕方…(^_^;) ようやく原稿に取りかかり、今に至る…。ぼちぼち風呂入って帰宅するかw

今日の岡山は「うらじゃ」と花火。マンションのベランダから少しでも見えないかと覗いたが、淡い期待は脆くも打ち砕かれ、音だけが遠くに虚しく響いていた…(T_T)

2月に最初にこの物件の案内をホームズのホームページで見たら「南向き」と書かれていて、「やった!!花火見える!!」と喜んだが、蓋を開ければじつは西向きだったというあのいい加減な不動産屋、やはり絶対許せん(怒)。
(*`Д´)ノ!!!

まあ、たった一日だけの花火大会のために南向きの高層階が空くのを待つのも無理だし、20階以上で空いていた2LDKはこの部屋だけだったから、不承不承受け入れたのだが。

2013/08/02

Completed!!

今日で河合塾広島校での夏期講習会、ぼくの授業は終了!

明日は岡山に帰るぞー。
(^^)

2013/08/01

After work...

After work...
After work...
4日目、終了!

終わってから、秀英予備校で一緒だった石田さん、岩間さんと「流川洋食酒場ぶると味」にて洋食祭り!!
♪ヽ(´▽`)/

牛タンシチューとハンバーグ、美味し!!
(*^^*)

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