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2013/08/14

I can't make out what they mean...

ぼくの修士論文のテーマは「日本近代化過程と知的障害者の人権に寄せて~異人・山下清~」だった。

端的に言えば、明治政府樹立と日本近代化の過程において、知的障がい者に対する人々のまなざしや制度・処遇がどう変化したのかということについて論じたもので、いま読み返すとあまりにも稚拙でお恥ずかしいものなのだが、これを執筆していた時に指導教官から何度も言われたことがある。

「歴史について論じるときは、必ずその時代に内在した批判をすること。」

過去をふりかえるとき、ぼくたちはどうしても「いま」をものさしとしてすべてを判断してしまう。だから、「過去」はつねに野蛮で遅れていて、「いま」は啓蒙され、洗練された時代なのだ。これは時代に「外在的な」批判、いわば「後出しじゃんけん」のようなものだ。だからこそ、過去のある時代を分析するときには、「いま」の価値基準を適用するのではなく、その時代の「常識」を背景とした批判(=分析)を展開しなければならないのだ。

たとえば手塚治虫などの古い漫画作品が復刊されたとき、「本作品のなかには、現代からすると差別的な表現がありますが、原作者の意思を尊重し云々」と但し書きがなされるが、これもこうした「外在的な」批判の結果(あるいは、そうした「外在的な」批判を受ける可能性への予防線)だといえよう。

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日本禁煙学会 「風立ちぬ」喫煙場面に苦言「子どもに影響与える」

スポニチアネックス 8月14日(水)15時37分配信

 NPO法人「日本禁煙学会」が公開中の映画「風立ちぬ」(監督宮崎駿)の中のタバコの描写について苦言を呈している。

 製作担当者に送付した要望書を公式サイトにアップ。「教室での喫煙場面、職場で上司を含め職員の多くが喫煙している場面、高級リゾートホテルのレストラン内での喫煙場面など、数え上げれば枚挙にいとまがありません」と問題視した。

 「特に、肺結核で伏している妻の手を握りながらの喫煙描写は問題です」と指摘し「夫婦間の、それも特に妻の心理を描写する目的があるとはいえ、なぜこの場面でタバコが使われなくてはならなかったのでしょうか。他の方法でも十分表現できたはずです」と疑問を呈している。

 また学生の“もらいタバコ”のシーンもあり「未成年者の喫煙を助長し、国内法の『未成年者喫煙禁止法』にも抵触するおそれがあります。事実、公開中のこの映画には小学生も含む多くの子どもたちが映画館に足を運んでいます」と主張した。

 作品は関東大震災から太平洋戦争に突き進む激動期の日本が舞台。主人公は零式艦上戦闘機(ゼロ戦)の設計者・堀越二郎をモデルにした青年で、美しい飛行機をつくる夢を追った半生を描く。

 時代が時代だけに「過去の出来事とはいえ」としながらも「さまざまな場面での喫煙シーンが子どもたちに与える影響は無視できません」と警告している。

 最後に「なお、このお願いは貴社を誹謗中傷する目的は一切なく、貴社がますます繁栄し今後とも映画ファンが喜ぶ作品の制作に関わられることを心から希望しております」と“注意書き”し、要望書送付の意図を説明。「どうぞその旨をご理解いただき、映画制作にあたってはタバコの扱いについて、特段の留意をされますことを心より要望いたします」と締めくくっている。
( http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20130814-00000101-spnannex-ent&1376466966 )
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ぼくは愛煙家だが、煙草の害は理解しているし、日本禁煙学会がこうした申し入れをする気持ちはわからなくはない。だが、これはやはり「外在的な」批判なのだ。たとえば、『はだしのゲン』など戦後の混乱期を描いた漫画の中では子どもが煙草を吸う場面やヒロポン(=覚醒剤。考えたらこれも戦前は合法だったわけで、新聞広告にも「ヒロポン」は堂々と掲載されていたのだ)を使用する場面などが出てくるが、それはその時代では「常識」であり、それを「いま」の価値基準に合わせて描けば逆にリアリティはなくなる。それでは歴史を正しく描いたとは言えないはずだ。

ついでに言えば、この映画を見て子どもや未成年が煙草を吸うようになるとも到底思えない。

「なぜあなたは煙草を吸い始めたの?」
「『風立ちぬ』を見たのがきっかけで。もらい煙草、カッコよかったから。」

…などということが生じるとは思えないのだ(もっとも、ぼくはまだこの映画を見てはいないのだが)。このあたり、暴力的なゲームや番組への批判とも重なる部分があると言える。「暴力的なゲーム/番組が暴力を誘発するから、そうしたゲームや番組は廃止すべきだ」という主張の妥当性は疑われてしかるべきであり、この「煙草を吸う場面を見たら煙草を誘発するから」という主張も妥当性に乏しい。

だとすれば、この団体はきわめてヒステリックに、いま話題の映画にケチをつけることによってじぶんたちの存在をアピールし、支持を集めようとしているのではないかとさえ思ってしまうのだ。

世間はどんどんおおらかさをなくし、ぎすぎすしていくように思える。そう考えると、「いま」は啓蒙されたわけでも洗練されたわけでもなく、ただ単にヒステリックに自己主張をするだけの社会なのではないか、とも思う。

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