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2013/02/15

They are not worth your life.

今日は昼から河合塾に出向き、打ち合わせや質問対応ののち、夕方から授業。今日と明日は90分授業×1日2コマで、英文読解の直前講習。

休み時間にネットで「ロシアに隕石落下」の報を知る。

http://blog.livedoor.jp/dqnplus/archives/1750878.html

予想していたほど巨大なものではなかったが、それでも隕石が中生代の生物を死滅させたという説もあるし、1908年にロシアに落下した隕石は、東京都と同じくらいの面積に被害を出したということだから、やはり恐ろしいことにかわりはない。

今日、気になったもう一つのニュース。

http://blog.livedoor.jp/dqnplus/archives/1750837.html

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14日午後4時25分ごろ、大阪府大東市野崎1のJR片町線野崎駅構内で、線路内に立ち入った男児が同志社前発宝塚行き下り快速電車(7両編成)にはねられ即死した。府警四條畷署によると、同市内に住む市立小学校5年生の男児(11)で、自殺とみられる。現場近くには、男児が通う学校の統廃合中止を求める遺書らしきメモが残されており、同署や市教委で詳しい動機などを調べる。

同署やJR西日本によると、男児は制服姿で、ホームから飛び込むのを運転士が目撃。非常ブレーキをかけたが間に合わなかった。ホームには男児のものとみられるリュックサックが残され、中に塾の教材が入っていたという。遺書らしきメモはリュックのそばに置かれていた。

市教委によると、市立小学校統合実施計画に基づき、同校は今年4月、近くの学校に統合され、3月17日に閉校式の予定だった。遺族によると、遺書らしきメモには「どうか一つのちいさな命とひきかえに、とうはいごうを中止してください」と記されていた。

また、男児は13日、「閉校式を止めることができないか」「学校がつぶされるのに僕たちの気持ちを誰も聞いてくれない」と話していたという。

母親(47)の携帯電話には自殺直前、「今までありがとう。みんな大好きだよ」とメールがあったといい、「息子の思いに気付いてやれなかったのが悔しい。自殺というやり方で世の中が変わると他の子が思わないでほしい」と話した。

この事故で、JR片町線は上下32本が運休するなど約1万4000人に影響した。

http://mainichi.jp/select/news/20130215k0000e040176000c.html
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ぼくにも同い年の息子がいるから、余計に身につまされるニュースだ。

母親が「自殺というやり方で世の中が変わると他の子が思わないでほしい」とコメントしているが、おそらく、今後、こうした「命を賭して訴える」という連鎖が出てしまうのではないだろうか、と思う。

そもそも、桜宮高校で自殺者が出たことをきっかけに橋下市長が入試を中止したことが契機の一つになっているようにも思う。これによって「死ねば大人は言うことを聞いてくれる」という風潮が子どもの間に蔓延するのではないか、という気もするのだ。もっとも、桜宮高校の抱えている構造的な問題(体罰を容認する風潮や運動部の成果至上主義など)は解決すべきことではあるし、死者が出る前に問題を解決しなかった高校側と教育委員会に最大の非があることは間違いないが。

ただし、桜宮高校の自殺と、今回の自殺は、同じ自殺であっても方向性が異なるとも考えられる。

桜宮高校の場合、体罰とことばの暴力による精神的な苦痛から逃れるための自殺、つまり〈逃げる〉ための自殺であったと言えるが、今回の自殺は、じぶんの希望を受け入れさせるための、いわば〈闘う〉ための自殺であったと言えよう。

前者は逃げ方を間違えているし、後者は闘い方を間違えている。

前者に関しては、明らかに殴った側に非があり、指導力不足を暴力でカバーしようとする無能な人間のために死を選ぶことほどバカバカしいことは無い、と教えるべきである。また、逃げ場所を用意し、〈逃げ方〉を教えることも必要だ。

後者に関しては、人が一人死んだくらいでは物事は変わらず、世の中にはじぶんの思い通りにならないことがたくさんある、という社会のしくみを幼いうちからきちんと伝えることが必要であろう。

今回亡くなった子どもさんに鞭打つわけではないが、「どうか一つのちいさな命とひきかえに、とうはいごうを中止してください」という表現からすると、この子どもさんは思い込みが激しく、妙な使命感に駆られ、ヒロイズムに酔っていたのではないか、と思うのだ。そして、年齢的にも精神的にも幼いために他の選択肢を知る由もなく、自殺という道を選んだ、いわば、「中二病」ならぬ「小五病」とでも言うべきなのかもしれない。もちろん、学校の統廃合ごときで小学生が死を選ぶなどという前代未聞の事件であるから、その背後にどのような影響があったのかを検証する必要はあるが。

いずれにせよ、暴力教師も学校の統廃合も、じぶんの命を賭けてまで逃げたり闘ったりするほどの価値はない。そのことを知っておいてほしいと思う。

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