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2012/10/31

I've had enough...

今日は朝から創志学園高校で授業。終わってから、現代文の佐々木先生と一緒にダントツラーメンでランチ。

今日は並盛り+肉増し+野菜2倍盛りプ+魚粉にしたが、もう腹一杯で、じつは今日はこの一食しか食べていないにも関わらず、いまもまだ腹が減っていない…。
(;゜∇゜)

佐々木先生を岡山駅へ送り届け、一旦帰宅して仮眠。なにしろゆうべも原稿に追われて4時間ほどしか寝られなかったので…。
(;´д`)


夕方から能開予備校岡山校で授業。

じつは、ダントツラーメンでにんにくをがっつり喰らってしまい、歯磨きすれば大丈夫だろうとたかをくくっていたのだが、それでもかなり匂ったため、マスクをして授業をした。それでも臭かったかもしれない…ごめんね…( ´△`)
orz

休み時間に生徒さんからリスニングとセンター対策の質問を受けたので、せっかくだからと後半は予定を変更してその話にかなりの時間を割いた。この授業は難関国公立二次・私大対策なので、平常時は基本的にセンター対策を扱う必要がないため(センター対策については別途、映像授業などが存在するので)新鮮だったようだ。

その後、某国立大学医学部の推薦入試を受験する生徒さんの小論文・志望理由書個別指導。志望理由書については、今日が初めてだったのだが、行き詰まっていたようで、あるアドバイスをしたところ顔つきがパッと明るくなり、方向性を見いだせたようだった。〆切が近いので、間に合うと良いのだが…。

それから喫茶店で少し仕事をして帰宅。本当は、mixiとFacebookのたまりにたまったコメントへのお返事を書かねばならないのだが、明日も朝から授業があり、体力が厳しいので、明日、高校の授業が終わってから書かせていただきます。

明日の創志学園高校の授業は、文化祭の準備のために1・2時限目のみ。15時から16時まで軽音楽部のリハのお手伝い。能開予備校は休みなので、夜は広島に直行して金曜日の授業に備える。3日の大阪でのライブの準備もして、機材やら何やらをホテルに送らねば…。
(;゜∇゜)

2012/10/30

I hope everything will go well...

I hope everything will go well...
今日は昼から創志学園で授業。階段を上って三階の講師室にたどり着くと、ギターのソフトケースを持った女の子が鬼気迫る表情で走り寄ってきた。

「ちょうどよかった!!センセー、ギター教えて!!」
( ̄□ ̄;)!!

彼女は看護コースの1年生なので、ぼくは普段受け持っていないのだが、ぼくのところに来たのは「軽音楽部に出入りする怪しい先生」という評判が定着しているためだろうかw

なんでも、初心者なのだが文化祭でコブクロの曲を弾きたいという。コードは比較的簡単であったが(正確には、カポタストを2フレットに装着すれば簡単になる、というべきだったが)、それでも初心者には難しいことに変わりはない。

まして、今日は10月30日。

文化祭は11月2日・3日www


無 理 だ w

その時は授業の時間が迫っていたので、とりあえず次の休み時間にその生徒さんの教室に赴き、演奏してみた。

その演奏を聴いて、いかに無謀なことかを悟ったようでw、彼女の代わりに、同じクラスの軽音楽部所属の男の子に教えることになった。

彼は少しギターが弾けるようで、放課後の教室で、周囲が文化祭の準備を賑やかにしているのを横目にひたすらコードを書いて教えた(カポタストをつけた関係でコードが変わるのだが、コードの押さえかたそのものは覚えていないようだった。おそらくタブ譜だけで演奏していたんだろうな…)。

幸い、メインの伴奏はピアノでするとのことなので、サビだけでもギターが弾けるように教えた。

ギターが好きだったり、興味があったりする生徒さんは結構いるはずだ。ただ、きちんと指導できる人がいないので「憧れ」だけで終わってしまうんじゃないか、と思う。そういうのってもったいないし、悲しいよね。ぼくは顧問でもコーチでもないし、時間的に正式にコーチに就任できる余裕はないから、たまに様子を見に行くことぐらいしかできないけれど、こんな大人も必要じゃないか、って思うんだ。

夕方から能開予備校での授業があり、その準備のためにあまり時間がとれなかったけれど、とりあえず最低限必要なコードは教えたので、あとは彼がこの2日間でどれだけ一生懸命練習するか、だな。

残念ながらぼくは2日も3日も見に行けないけれど、うまくいくといいね。

2012/10/29

See to it that they can help themselves.

今日はSESの授業。生徒さんの一人がある国立大学の医学部検査技師学科の推薦入試を受験するとのことで、志望理由書の添削を頼まれた。

で、やはり思ったのは「じぶんにしか書けない答案」を書くことの重要性と、いかにしてそれを引き出すかの難しさだ。

小論文でも同じだが、万人向けの模範解答などない。「これを書けば合格」などというものもない。だから、「これを書きなさい」とは指導しない。かわりに、もっと具体化すべき点や疑問点を指摘し、その文章を書く本人がそれについて調べて考えることを促している。

文体についても、あまりにひどい場合を除いて最低限の指摘に留めるようにしている。というのも、生徒さんが使いなれない文体で全面的に直すと、仮にあとから生徒さんがじぶんで修正した場合、文体の統一性が損なわれる可能性があるからだ。

とりあえず、今日、指摘すべきことを指摘したので、書き直した原稿を読むのが楽しみだ。

2012/10/28

A fish story...

ぼくは、人付き合いが苦手だ。

こんなことをいうと驚くかもしれないが、じつは昔からどちらかというとひとりでいる方が楽で、仲間と一緒にチームで行動する、ということがあまりなかった。いまでもこうして一匹狼を気取り、自由気ままに仕事をしている。たぶん、この業界には同じような人が多いと思う。

ただ、そのくせ、寂しがり屋でもある。じぶんのペースを乱されるのは好きではないが、信頼のおける人と話をしたり酒を飲んだりするのは好きだ。そして、人を寄せ付けない雰囲気を持ってる(らしい)のだが(笑)、じぶんのことを理解して欲しい、という想いはかなり強い方だと思う。そうでなければ、こうして毎日ブログの更新をしたりはしないだろう(ブログの更新を原則として毎日続けているのは、ずぼらなじぶんを少しでも鍛え直し、書くことを習慣付けるための修行の一貫でもある)。

そういう意味では、ぼくはとてもわがままだし、気むずかしいのだと思う。もちろん、外見上は人当たりが良いように思われてはいるが(笑)、ぼくと長続きする人間関係を結ぶのは難しいのではないか、と思う。

誰かと話していても、仕事のことが頭に引っ掛かっていたり、原稿の案が浮かんだらすぐにでも忘れぬうちに記録しておきたい。いまのぼくにとっては、仕事こそが、じぶんを支える全てなのだ。だからどうしても、濃密な人間関係をずっと続けるのが難しくなる。たまに冗談で「『あたしと仕事、どっちをとるの?』って漫画とかドラマでよくありますが、ぼくなら0.2秒で『仕事!』って答えます」と言うことがあるが、これはかなり本音であるw

先日、「有能な秘書が欲しい」とブログに書いたが、ぼくのこうした性格をきちんと理解してくれて、かつ、仕事を円滑にサポートしてくれる人でなければ、たぶん、つとまらないであろう。もっとも、その前に、ぼくの仕事の全貌を把握することがかなり大変だろうし、大前提としてぼくが秘書に仕事を引き継ぐ段取りが面倒だwそれに、守秘義務のある仕事も含まれているから、口が固くなくてはならない。

ついでにいえば、秘書を雇えるだけの稼ぎがぼくになくてはならないので、さらに仕事をせねばならないのだがwそうなるといったいなんのために働いているのかと小一時間じぶんを問い詰めたくもなるw


ひとつ、ホラを吹こう。


年収が2倍…とまでいかなくても、1.5倍になったら、会社をおこしたいと思う。じぶんや、じぶんと同じように一匹狼で仕事をしている仲間たちが少しでも働き続けられるように。イラストが得意ならイラストを武器に、音楽が得意なら、音楽で、料理でもいい。映像でもいい。彫刻でもいい。それらを組み合わせて何かをつくったり、表現したりする。

ぼくのまわりにいる愉快な(そして大切な)仲間たちが、じぶんたちの才能と武器を持ち寄って、なにかを創造する。別に、学習教材コンテンツ作成や受験産業にこだわる必要はない。形態としては株式会社ではなく、LLP(有限責任事業組合)が適しているだろう。会社組織という堅苦しいものではなく、所属している仲間たちのなかでプロジェクトを作り、コラボする。まだ、漠然としかイメージはわかないけれど、そんなことができたら、生きるのがまた楽しくなるだろうな、と思う。大学に入ったもと教え子たちがアルバイト先がなくて困っていたら、そこで働けばいい。もちろん、お金を払う以上、きちんと働いてもらう。ただし、そこでさまざまなスキルを学んで(その意味ではインターンシップのようなものかもしれない)、その後の社会生活で役立ててくれればいい。

そんなアホみたいなホラ話を、じつは結構大真面目に考えている。


そして、そのためにも、ぼくは人付き合いを良くして、金を稼がねばならないwww


さて、仕事に戻るか。

2012/10/27

Here comes the god!!

いま、某社のセンター対策問題集の執筆中で、オリジナルの長文読解問題を3問ほど作成することになっているのだが、そのテーマを決めるのにかなり苦労した(いつものことだが)。

苦労「した」と書いているということは、ようやくテーマが見つかったという意味である。あとはひたすら書くだけだ。

なにしろ、英文は設問も含めて、全てぼくが書き起こさねばならないのだが、そのテーマにかなり制約があるため、普段の生活のなかで常にあれこれ考えて、ネットであちこち飛び回り「神」が降臨するのを待たねばならないw

そして、ついに神が来たwww

さあ、書くぞ!!
((φ( ̄ー ̄ )

2012/10/26

What I'm looking for is...

What I'm looking for is...
今日は朝から河合塾広島校で授業。いつものように浪人生2コマが終わり、久しぶりにモンテビアでランチ。450gのハンバーグ定食www

その後、校舎に戻り、講師室で睡魔と戦い(時折、敗北し)ながら(苦笑)、授業の準備と原稿。

金曜日の河合塾の授業が終わると「ああ、週末だ」と実感がわいてくる。もっとも、原稿が山ほどあるのと、11月3日の大阪でのライブの準備もあるので、明日・明後日も慌ただしい一日になるが。

来週は1日の木曜日に創志学園高校の軽音部のセッティングとリハの手伝いもある。1日は能開予備校福山校の授業はないが、2日は広島校で朝から浪人生の授業があるので、1日の夜に広島に移動。2日に広島から大阪に移動だが、3日のためにあらかじめギターと機材を大阪に送らにゃならん。今回はどうやらギターが2本必要になりそうだから、せめてハードケースのギターだけでも送っておけば少しは楽だろう…。
(;´д`)

嗚呼…有能な秘書が欲しい…。
(´;ω;`)

2012/10/25

As usual...

今日は創志学園高校で授業→某社へ原稿提出と打ち合わせ→能開予備校福山校で授業→広島へ移動。

昼飯は学食でカレーライス。
(o^−^o)

相変わらずのばたばたした一日…。
(;´д`)

2012/10/24

What's wrong with me?

今日は朝から創志学園高校で授業。夕方からは能開予備校岡山校で授業。

明日〆切の原稿を抱えて、いまは某所で作業中…。
(;´д`)


この原稿が終わったら、少しは楽に…ならないw

今度は8日〆切の原稿。冬期講習会の教材、レギュラーの教材、メルマガ…。
(´;ω;`)

要領が悪いのか、不器用なのか、こだわりが強いのか…。

たぶん、全部だw

2012/10/23

Grumbling... (# ̄З ̄)

1日が短い…(;´д`)

24時間しかないのは理不尽だwww

でもたぶん、48時間あっても「48時間しかないのは理不尽だ」ってぶつぶつ言うんだろうなwww
(# ̄З ̄)


今日は午後から創志学園で授業、夕方からは能開予備校岡山校で高2の授業。

能開予備校の冬期講習会の予定もようやく出たが、12月24日から29日までなので、クリスマスイブの名古屋での飲み会は参加できないことが確定…。
(´;ω;`)

現段階で確定している冬期講習会の予定は以下の通り。

▼12月18日−12月22日:河合塾広島校
▼12月24日−12月29日:能開予備校岡山校
▼1月7日−1月9日:能開予備校福山校

さらにこの合間にSESの冬期授業と、年内の午前中には創志学園高校の冬期講習会が入る。

貧乏暇なし、だな…。
(´;ω;`)

2012/10/22

On the notion of ffentlichkeit...

今日の授業で「公(public)と私(private)」について説明していたとき、ふと思い出してユルゲン・ハーバーマスの『公共性の構造転換』について言及した。いわゆる「公共圏」について論じたものだ。

ぼくたちは、「私」と「公」を対立したものととらえ、「公」=「国家」だと考えているが、ハーバーマスによれば、「私(=生活世界)」と「国家(=システム)」の中間に「公共圏」が存在する可能性があり、過去においてその萌芽がいくつか見られたものの(イギリスのコーヒーハウスなど)、結局、国家と資本主義経済によってその芽が成長することはなかった、というものだ。

公共圏とは、あらゆる権力や肩書きから自由になり、理性を持った市民がお互いに自由闊達な議論を展開できる場のことである。既存のマスメディアでは、当然ながらそれは実現できない。テレビやラジオや新聞でも、結局、国家やスポンサーのしがらみから抜け出せはしないのだから。

あるいは、インターネットが公共圏に近いかもしれない(じつは、赤本で、ぼくがある大学の小論文の解答例を書いたときに、その事について言及した)。もっとも、結局のところ、オンラインでの発言もかなりオフラインのしがらみにさゆうされてしまうのだが。

ハーバーマスはあくまでも「理念型」としての公共圏を提唱しているだけで、実際にこんな公共圏がありました、と言っているわけではない。そういう意味では、公共圏とは「努力目標」に過ぎないのかもしれない。また、議論を行う市民が「理性」を持っていることが大前提になるため、「理性」がないと判断された人々は公共圏から排除される可能性がある。

ハーバーマスはその後、『コミュニケイション的行為の理論』で「システムによる生活世界の植民地化」という有名な危機について論じ、そこでも公共圏概念を持ち続けたまま「了解に基づく相互行為」を目指すことを説いている。

こんな話をしたのは(といっても、ここまで詳しく述べてはいないが)、今日読んだ文章のなかに「市民としての責任を考える必要性」とか「道徳的問題について活発な議論の必要性」といった話がたまたま登場したためなのだが、ふともう一度、ハーバーマスの理論について勉強し、考えてみたいと思うようにもなった。

2012/10/21

As a way of reducing stress...

今日は名古屋のホテルに13時過ぎまで滞在し、岡山に戻った。本当は鈴蘭南座で行われている劇団大川の公演を観に行きたかったが、岡山に戻ってからやることがあったり、原稿のこともあり、時間的にも精神的にも余裕がなく、断念した。

岡山に戻り、あれこれ用事を済ませたが、いまひとつ気が張れない。ふとギターを思いっきり爆音で弾きたくなり、 いつものスタジオで2時間ほどギターを弾いたりドラムを叩いたりして気を紛らした。

明日からまた一週間が始まる。今週末に〆切の原稿を書いて、さらに、その後に〆切が来る原稿の原案を考えねばならない(実はこれが結構大変で、アイディアが浮かぶまでが一苦労なのだ)。

でもまあ、仕事があるのはありがたいことだし、仕事(特に授業)をしている限り、余計なことは考えずに済む。

ふむ。そう考えるとぼくにとって仕事はストレス解消の方法なのだなwww

2012/10/20

I wonder whether I can see the play...

I wonder whether I can see the play...
愛知学院大学・秋のオープンキャンパスでの講演が終了。

大勢のかたにご来場たまわり、誠にありがとうございました!

愛知学院大学の推薦入試まであと1ヶ月弱、今日の話をもとに最後まで諦めず粘り強く学び続けましょう!!
o(*⌒O⌒)b


…そして、畏友・木下先生と反省会。
(*´∇`*)


明日は岡山へ帰る…前に観劇できるかな!?
(;´д`)

2012/10/19

I have no alternative to give it up...

今日は朝から河合塾広島校で授業。昨夜はいつもとは違う宿だったので、チェックアウト時に荷物を預けず(定宿では荷物を預けて、夜の授業が終わってから帰り際に荷物を取って帰る)校舎まで持ち込んだ。

その様子を目撃していた生徒さんがいたらしく、「大荷物でしたね」と出席カードにコメントが書いてあったw

浪人生の授業のあと、質問対応などをして食事へ。今日は駅前のビルの6階にあるお好み焼きの店へ。

校舎に戻り、夕方からの授業の準備をして(途中、30分ほど机に向かったままうとうとしてしまったけれど)、2週間ぶりのグリーンコースの授業。

終わってから新幹線で名古屋へ。いまは車中だが、あと数分で到着する。

今宵は駅前のホテルに宿泊。本当は千種のジョージ家さんにも行きたかったが、明日のことと宿の場所を考えると、今回は断念せざるを得なかった…。
(´;ω;`)

明日は11時に愛知学院大学に集合。ちなみに今回はおとなしめの衣装だwww

2012/10/18

I feel as if it had been long years ago...

今日は朝から創志学園高校で授業。久しぶりに学食で昼食をとり、プリントの印刷をしてから帰宅して、夕方は能開予備校福山校で授業。

明日は朝から河合塾広島校で授業だが、明後日が愛知学院大学で講演のため、明日のうちに名古屋入りすることになる。

明日の夜は当然…定例会www
♪ヽ(´▽`)/♪ヽ(´▽`)/♪ヽ(´▽`)/

名古屋に行くのは7月末以来ほぼ3か月ぶり。去年は毎週通っていたのに、なんだかずいぶん昔のことのようだ…。
(´;ω;`)

もちろん、それだけいまの生活に没頭して、毎日必死になっているせいだとは思うけれど。

ただ、名古屋の仲間とはオンライン上で連絡を取ったり、先日のライブでも吉田先生と下田先生がGo To 11のメンバーとして岡山まで来てくれたので、あまり離れているという印象がないwww

楽しみな週末になりそうだ。

2012/10/17

How can I stop her from procrastinating?

先日、ふと、目に留まったニュース。

「73歳女が売春容疑で逮捕 週に3人客取る」
http://www.nikkansports.com/m/general/news/f-gn-tp0-20121012-1031501_m.html

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神奈川県警伊勢佐木署は12日、売春防止法違反(勧誘)の疑いで、横浜市南区、韓国籍の無職朴玉子容疑者(73)を現行犯逮捕した。

逮捕容疑は12日未明、横浜市中区のラブホテル近くの歩道で、私服で取り締まりをしていた伊勢佐木署員に売春目的で声を掛け誘った疑い。

同署によると、生活保護を受け取りながら、 週に3人ほど客を取っていたという。年齢より若く見え、捜査幹部は「暗がりだったら分からなかったのではないか」と話している。(共同)
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おそらく、「いい年をして」などと揶揄する人も多いかもしれないし(たぶん、「痛いニュース」としてどこかのブログで取り上げられたであろう)、彼女を擁護するつもりもないけれど、売春って何が悪いのだろうか、とはたと考え込んでしまった。

もちろん、売春を肯定するつもりもないし「売春は歴史上、最古の商売だ」などと正当化するつもりもない。

問題は「なぜ売春をしてはいけないのか」をきちんと理屈として語ることができなければ、その行為をやめさせることができない、ということなのだ。言い換えれば、売春をしている女性に対して、それをやめさせる真っ当な方法(理由)があるのだろうか、ということである。

たとえば、売春にまつわるリスクを説く、ということも考えられる。あるいは、フェミニズムの観点から、性の商品化は女性の尊厳を損なう、という理屈を展開することもできなくはない。だが、性病に感染するとか、妊娠する可能性があるとか、レイプされたり、ひどい場合には殺されてしまうこともある、といったリスクを説いても、おそらくは無駄である。「リスクなんてわかってるけど仕方ないでしょ。これしかできないんだから」「だったらどうやって稼げばいいのよ」と言い返されるのがオチだ。

法律で禁止されているから、というのもじつは意味がない。現行法では売春行為そのものは取り締まれず、基本的には管理売春や勧誘行為を取り締まることしかできないからだ。だから、彼女が逮捕された理由も、あくまで「勧誘」が問題なのであって、売春行為そのものは問題とされていない。

少なくとも、いまのぼくには、売春をやめさせる真っ当な理屈が見当たらない。73歳という高齢で街娼として男を誘っていたこの容疑者を説得できる理由が。

2012/10/16

I'm a stepstone for them.

今日は能開予備校が休みだったので、創志学園高校の授業のあと、軽音楽部に顔を出した。

ぼくは顧問でもコーチでも何でもないけれど、同じ趣味を持って頑張っている生徒さんの役に立てれば、と思うし、こうした大人が一人ぐらいいてあげないといけないとも思うのだ。

軽音楽部じたい、できて間もないようで、大半が初心者。おまけにPA機材もなかったので、ぼくの手持ちの機材を貸して使ってもらうことにした。

本来ならば先輩がいて、バンド活動のことやら機材のセッティングやら何やら代々教えが受け継がれねばならないのだろうが、それもないわけで、もどかしくなって先日のライブにも招待し、リハーサルから見学してもらった。

といっても、ぼくが彼らに対してあれこれとやかく指示を出したりはしない。「機材は出すけど口は出さない」という、じつに 都合のいいオッサンだwww

彼らからすると「なんで俺たちにこんなにいろいろしてくれるんだろう」といぶかしげに思われるかもしれないが、ぼくはただ単に、この学校の文化部がもっと活発になってほしいと思っているだけだし、そのためにじぶんができることをしているだけだ。もしじぶんが華道や茶道の心得があれば華道部や茶道部を手伝ったことであろう。たまたまじぶんは少しギターが弾けて、少し機材を持っているから軽音楽部に顔を出しているだけだ。

創志学園高校は運動部の活動は盛んだし、全国大会レベルのアスリートもいる。文化部でも、それと同じくらい活躍できる人材を育てることが真の文武両道に繋がるのだと思う。一介の非常勤講師が口を出すのはおせっかいかもしれないけれど、あくまでも軌道に乗るまでの踏み台だと思ってもらえたら、と。

2012/10/15

A relationship between us: as an ideal type...

A relationship between us: as an ideal type...
A relationship between us: as an ideal type...
日記を書きながらうっかり寝落ちしてしまい、14日はお休み…7日も書けなかったので、まるで日曜日が定休日のようだwww

*―*―*―*

たしか中学1年の終わりごろ、ユースホステルのハンドブックに載っていた、村上春樹さんの『1973年のピンボール』の広告。それが村上春樹さんの小説を読むきっかけだったと思う。

その広告を見て「なんだかよくわからないけれど、面白そうだな」と感じ、書店で『1973年のピンボール』を買って読んだ。今思うと、恥ずかしながら、よく理解できなかったが、何か感性に引っ掛かるものがあったのだろう。

その時は、それが村上さんの「デビュー三部作」の二作目だとは知らなかったが、何かのおりに一作目の『風の歌を聴け』と三作目の『羊をめぐる冒険』があることを知り、両方とも読んだ。

そして、これもどういうわけか見事にハマってしまい(笑)、中学生から高校生の頃にかけて、村上さんの小説やエッセイを貪るように読んだ。今でもその時からの本は持っていて、ぼくの本棚の一角は、ささやかな「村上春樹コーナー」になっている。ただ、最近のものはあまり読んでいないので、機会があればゆっくり読んでみたいと思っている。

こうして村上さんのことを書こうと思ったのは、先日、たまたま目にした記事がきっかけだった。

「NEWSポストセブン|村上春樹 32年前の「最高傑作」で日中関係暗示していたとの評」

http://k.news-postseven.com/archives/20121013_148754.html?PAGE=1&SECTION=5

作家の山下柚実さんによる考察。見出しを見た瞬間に「あ、これは『中国行きのスロウ・ボート』のことだな」と思ったら、案の定そうだった(笑)。

山下さんはこのように締め括っている。

==========
そして「友よ、中国はあまりに遠い」という言葉で、この小説は幕を閉じます。

32年前に書かれた一編の短い小説。日中関係についての早すぎた暗示を、もう一度じっくりと読み返し、噛みしめるべき時が来たのかもしれません。
( http://k.news-postseven.com/archives/20121013_148754.html?PAGE=1&SECTION=6 )
==========

これを読んですぐにぼくは『中国行きのスロウ・ボート』を読みなおした。

読んでみて、ぼくはむしろこの短編小説が「日中関係についての早すぎた暗示」ではなく、「日中関係は32年前から一歩も進んでいないことの証し」だと受け止めた。そしてそれは、32年前どころか、それよりも遥か昔―いつから、と明記することはできないが―からずっと変わっていないのではないか、と思ったのだ。

『中国行きのスロウ・ボート』は、32年前が舞台ではあるけれど、これが現代を舞台だとして読んだとしてもなんら違和感なく受け止められるであろう。

その意味では『中国行きのスロウ・ボート』は、過去から連面と続く日本人と中国人の関係についての「理念型」( http://ja.m.wikipedia.org/wiki/%E7%90%86%E5%BF%B5%E5%9E%8B#section_footer )なのだ。

時代を越え、どこかにありそうで、どこにもないもの。それが理念型。そしてこれからも、この理念型としての日中関係が続いていくのかもしれない。

2012/10/13

Although I don't know why, I can't feel like doing it...

今日は夕方からパソコンに向かいっぱなしで原稿やら曲の打ち込みやら…(´Д`)

部屋の片付けもせなあかんのだが、どうにも手がつけられないw

来週の土曜日は愛知学院大学のオープンキャンパスで小論文対策講演。金曜日は広島の河合塾で19時半まで授業があるので、それが終わってから名古屋に移動。20日の予定がまだ定まらないのだが、19日に前乗りするので、とりあえず19日(金)の夜に祭りを>関係各位www

2012/10/12

To keep on fighting against discrimination...

先日ツイートしたニュース記事について。

島根県立大学の学園祭で毎年行われている「男装女装コンテスト」に対して、性同一性障害を抱える人を支援する人権団体が「性同一性障害への十分な理解がないままに行うことで差別を助長する」と申し入れた結果、そのイベントを中止することになった、という内容の記事のことだ。

このニュースを読んでまず思ったのは、この大学の学生たちにとっては「青天の霹靂」とも呼べる事態であっただろう、ということだ。ひょっとしたらいまでも、いったいなぜじぶんたちが批判されたのか、納得していないかもしれない。

ぼくは、性同一性障害に苦しむ人々をないがしろにするつもりなど毛頭ない。ぼくの知人にも同じ苦しみを持つ人がいるし、人に理解されにくい障害(本来は「障害」と呼ぶべきではないのだろうが)や病の苦しみは、ぼくじしん、喘息の発作で幼い頃からいやというほど味わっている。

おそらく、大学生の彼らも、性同一性障害の人々を傷つける意図など全く無かったであろう。それなのにいきなり「差別を助長する」と言われても、彼らにとっては「なぜ?」と疑問に思うばかりだったはずだ。言い方は悪いが「言いがかり」だと解釈されてもおかしくはないのだ。

そもそも、男装や女装を行い、それを競うことと、性同一性障害とはなにも関係がない。もし関係があるとすれば、歌舞伎や大衆演劇の女形も、宝塚も、あるいは、毎日のようにテレビに登場している女装した芸能人もすべて批判の的になるはずだ。

ニュース記事から得られる断片的な情報だけですべてをわかったつもりになってはいけないし、ひょっとしたら報じられていない大きな問題が隠されているのかもしれないが、報道から判断する限り、この団体の「勇み足」の側面が大きいのではないだろうか、と思う。

この大学のイベントによって、「具体的に」傷つけられた「個人」がいれば話は別である。特定の人物を具体的にからかい、それによってその人が心に負った傷が立証されれば、慰謝料を請求するなり、謝罪を要求するなり、という行動も妥当性がある。

だが、ただ単に「差別を助長する可能性がある」という憶測だけで学生の行動の自由を妨げたのであるから、この団体の行動は性同一性障害に苦しむ人々に対する世間の目をかえって厳しいものにさせてしまったのではないだろうか、とも思うのだ。

しかし同時に、大学側の対応にも問題があるとぼくは思う。

差別の意図などはなから無かったのであれば、それをきちんと相手に伝えたうえでイベントを開催すべきではないだろうか。そして同時に、性同一性障害への理解を深めるために、この団体に協力をあおぎ、学園祭でシンポジウムを開催するなどの方法をとることもできたはずである。「文句が出たからとりあえず中止」というのは、厳しい見方をすれば「思考停止」と同じである。「うるさいことを言われて面倒だから、とりあえず止めときゃいいや」と判断した、というように受け止められてもおかしくはないのだ。

ぼくの友人が「この団体は性の多様性を否定したことになる」とのべていた。まさにその通りだと思う。たとえば、世の中には、性同一性障害ではなく、ただ単に女装や男装をするのが趣味、という人もいる。もっと卑近な例でいえばコスプレもそうだ。男性が女性のキャラクターになりきったり、女性が男性のキャラクターになることもある。この団体はそうした趣味への無理解を露呈したことにもなりかねないのだ。

差別の問題でもっとも避けるべきであるのは「ことなかれ主義の思考停止状態」である。マスメディアなどでも、ごくわずかな抗議が来たから番組の放映を中止する、ということはよく見られるが、これこそ「ことなかれ主義の思考停止状態」の最たるものである。

その意味では、今回のイベント中止は、抗議を行った団体にとっても、また大学側にとっても、性同一性障害への理解を深める(団体側からすれば「理解を深めてもらう」となるが)絶好の機会を逃したことになる。むしろ逆に、この団体に対して「うるさいことを言う面倒でおっかない連中」という意識を植え付けてしまった恐れもある。

どんなことであれ、差別を完全になくすことは、残念ながら不可能である。だが、差別と闘い続けるためには、抗議や糾弾だけではなく、相互理解を深めることが欠かせない。そして「思考停止」を回避しながら相互理解を深めることこそ、少しずつ差別を解消していく方法なのだ、と思う。

ぼくが大学院生の時、明治学院大学の教員である加藤秀一先生に「先生は男性なのに、なぜフェミニズム研究を行っているのですか」と尋ねたことがある。当時、男性でフェミニズム研究者はあまり多くなかったのだ。

加藤先生は「ぼくは女好きだからですよ」と答えた。もちろん、この言い方は加藤先生のレトリックである。要するに、「好きな相手を守るのは当たり前だから」ということなのだ、とぼくは解釈した。

たとえばじぶんの大切な人が、何らかの差別に苦しんでいるとする。だとすれば、その人を守るためには、その人とともに差別と闘わねばならない。闘う、という言い方が大袈裟だとしても、その人がじぶんにとって大切な人であれば、その人の苦しみを理解し、少しでも和らげたいと思うはずだ。

差別と闘うということ、それは、じぶんの大切な人の苦しみを理解することから始まるのだ。

2012/10/11

I intended to have written about a problem...

今朝は創志学園高校で授業。その後、昼食→ネットカフェで明日〆切の原稿。夕方から福山に移動することになるし、明日は広島で授業なので、今日中に完成させて郵送しておかないと間に合わない。どうにか完成させて投函。

いつもの新幹線に乗って福山へ。

福山駅に着くと、すっかり暗くなっていた。先週はまだいくぶん夕焼けがかすかに見えたのだが。日に日に冬が近づいている。

夜は福山校で授業。終わってから新幹線で広島へ。


先日報道された島根県立大学のイベント中止問題(性同一性障害患者の支援団体による抗議で男装・女装コンテストが中止になった件)について書こうかと思っていたのだが、明日の授業の準備があるため、今日は断念。週末にゆっくり書きたいと思う。

2012/10/10

There's no time left...

うああああああああ。
ヽ(`Д´)ノ

時間がない…。
。゚(゚´Д`゚)゚。

1日が24時間しかないのが恨めしい…。
(´;ω;`)


というわけで、今日は手抜き日記でご容赦を…。
(´▽`*)アハハ…

And I've been working like a dog...

この土日はライブのために全く仕事に手がつけられなかったので、その皺寄せで今週はかなりキツい週になりそうだ…てか、もう既にキツい週になってる…(T^T)

あ!!( ̄□ ̄;)!!

書かなきゃならん原稿、ひとつ忘れてた…orz

有能な秘書が欲しい…。
(;´д`)

2012/10/09

As a player...

今回のライブで感じたこと。

1日たった月曜日の朝、起きてみると左腕に違和感が。握りこぶしを作ろうとすると、親指の付け根から腕に向かって痛みが走り、うまく力が入らない。腱鞘炎か筋肉痛か…。この土日はスタジオに10時間、さらにリハと本番でギターを弾いているのだから、当然ながら12時間近くギターを弾いたことになる。そりゃ痛くもなるわ。

で、ぼくらアマチュアってのは、こうやって1回のライブが終わると「あ~!終わった!」ってな感じで脱力するし、これが終わったらしばらくはギター弾きたくねえな、なんて思ったりもするけれどw、プロはこんな凄いことを毎回平然とやってのけているのだから、あらためてその凄さを思い知らされた気がする。

もちろん、ぼくの場合、予備校や塾や高校でプロの講師として仕事をしているわけだから、「毎日よく人前でしゃべれますねえ」と言われたら「それが仕事ですから」と答えるし、おそらくプロのミュージシャンも「毎日よくそんなすごいことが出来ますねえ」と言われたら「それが仕事ですから」と答えるであろうが、やはりその壁は厚く、じぶんはとうていプロのミュージシャンにはなれねえな、と痛感した。

そして、「ギターうまいですね!」と何人かの方からお褒めの言葉を頂戴した。もちろん、それはとってもうれしいのだが、「うまいですね」と言われているようでは、まだまだなのだと思う。もちろん、プロと比較することなどおこがましいが、プロのミュージシャンに向かって「ギターお上手ですね!」とは言わないはずだ(少なくともぼくにはそんなことは言えない。だって、プロなんだからうまいのは当たり前で、その上を行くから「スゴイ」のだ)。

つまり、「ギターうまいですね」という褒め言葉が、はからずも、ぼくがアマチュアであることの証明となってもいるのだ。それに、ぼく自身がじぶんのギターには全く満足していないのだから、「うまいですね!」という褒め言葉を頂戴しても、どこか素直に喜べず、「こんなんじゃまだまだ」とも思ってしまうのだ。もちろん、「うまいですね」と言って下さる方は何も悪くはない。これはあくまでも、ぼくの自負の問題なのだ。

もっとも、ギターで食っていくつもりもないし、そんなことは不可能だとわかっている。

ただ、逆に、来ていただいたお客様に失礼にならないように上達したいとは思っている。アマチュアであっても、遠方から貴重な時間とお金を使って見に来てくださっているのだから。「来なけりゃよかった」なんて思われたくはない。「アマチュアだから」なんて言い訳はしたくないのだ。

いまもまだうまく力の入らない左手を恨めしく眺めつつ、ふとそんなことを思った。


そうそう、月曜日の朝、体重計に乗ったら体重が1.5kg減っていた。

うを!こりゃすげー!
Σ(゚д゚lll)

…と思ったら、今朝には元に戻っていたwww
orz
orz
orz

2012/10/08

A report of the live: "Time Flies ~See Ya! The 10th Anniversary~"

昨夜はSee Ya!10周年記念ライブ、"Time Flies"にご来場くださり、まことにありがとうございました!また、今回は来ることが出来なかった皆様からも温かいメッセージを頂戴しましたこと、深く御礼申し上げます。

前日からの流れを簡単にまとめました。今回は携帯の電池切れやら何やらでほとんど写真を撮っていないので、文字情報だけですが…。

==========
▼10月6日(土)
・18:00-20:00 スタジオにてアンプラグドコーナーの練習。
・20:30-23:30 引き続き、スタジオにて全体練習。
→いつも練習しているスタジオで、恒例の前日練習。夜中まで練習してテンション上げたまま翌日に突入w

==========
▼10月7日(日)
・10:00-13:00 スタジオにて最終の通し練習。
→ここはいつも練習しているスタジオとは異なり、駐車場からスタジオまでが離れている。今回、ぼくはギター3本+カホン+扇風機wのフル装備で、エフェクタやもろもろの道具類を運ぶのに一苦労…。朝から開いているスタジオがここだけとはいえ、練習の前にかなり体力を消耗…orz
→で、練習終了後にその荷物をさらにライブハウスまで手分けして運び、ライブハウスの中に置かせてもらう。ライブハウスに入れるのは15時からなので、およそ2時間の空き時間中に食事をしたり、弦の張替えをしたりして過ごす。

・15:00 ライブハウス"IMAGE"入り。セッティング。
→ここで、ゲストのGo To 11の皆さんと合流。毎度のことだが、まずは楽屋に一気に荷物を運び入れ、舞台上で楽器のセッティング。そしてリハ。ちなみに、リハーサルは通例「逆リハ」といって、出演順とは逆に行う。これにより、最初に出演するバンドがリハ後にセッティングをそのままにして本番を迎えられる。

・15:30 スペシャルゲスト・The K-tlesリーダーが登場。誰のことかわからない人は、ゲーチャに尋ねてw

・17:00 See Ya!とThe K-tlesのリハが終了。引き続き、Go To 11のリハ。

・18:00 開場。

・18:30 開演。
→ぼくらは楽屋でGo To 11の演奏を聴く。

・19:10 Go To 11終演。お疲れ様でした!引き続き、2バンド目のThe K-tlesのセッティング。The K-tlesは、See Ya!の10周年を祝うためにフィンランドからやって来たバンドらしいwでもなぜかMCはすべて日本語www

〈The K-tlesセットリスト〉
 1. 食わずにいられない
 2. Eight Days A Week
 3. Twist and Shout
 4. Working

・19:55 The K-tles終演。引き続き、See Ya!のセッティング。

・20:05 See Ya!オープニングムービー。いきなり般若心経が流れて何事かと思われたであろうwそして、幕開けと同時に演奏開始。
〈See Ya!セットリスト〉
~オープニング・ムービー~
 1. On Your Mark
 2. 指環が泣いた
 3. ベンチ
 4. 青春の鼓動
 5. 天気予報の恋人
~アンプラグドコーナー~
 6. 熱い想い
 7. Reason
 8. 愛すべきばかちんたちへ
~~~~~~~~~~
 9. 夢~HANG UP THE PHONE
 10. CRIMSON
 11. モナリザの背中よりも
 12. YAH YAH YAH
 13. WINDY ROAD
~エンディング・ムービー~

・21:30 終演。
→本当は皆さんにご挨拶したかったのだが、ライブハウスの構造上、すぐに楽屋から客席に降りられず、また、撤収作業を優先しなければならなかったので、ご挨拶できなかった方々に、この場でお詫びと御礼を申し上げます。

その後、打ち上げへ。


Go To 11の皆さん、そして、The K-tlesリーダーw、本当にありがとうございました!

そして何よりも、このライブにご来場くださって10周年を一緒にお祝いしてくださった皆様、また、See Ya!を支えてくださっている皆様に、本当に、表現しきれないほどの「ありがとう」を。

またお目にかかれる日を楽しみにしています。

See Ya!

2012/10/06

Until the last moment...

Until the last moment...
Until the last moment...
先ほど練習が終わり、いまから帰宅。

今日は5時間半…(T^T)

さすがに疲れたけれど、明日も朝10時から最終練習という地獄のようなスケジュール…。
((((;゜Д゜)))

でも、来てくださるお客さんに楽しんでもらいたいし、10年間、ぼくらのバンドを支えてくださった皆さんへの感謝の気持ちを込めて演奏するためにも、最後の最後まで頑張らねば。
(  ̄▽ ̄)

では、明日のライブでお目にかかりましょう!!
♪ヽ(´▽`)/

2012/10/05

Tomorrow is another day!!

See Ya!ライブまであと2日。

明日は夜から夜中まで練習の予定w

嗚呼、どうなることやら。
(;^_^A

この土日はライブで完全に潰れてしまうので、明日の昼間にやれるだけの仕事をしておかないといけない。
(◎-◎;)

今日は朝から河合塾広島校で授業。ゆうべはホテルで出席カードへの返事を書いたりして、結局睡眠時間は4時間半。
(T^T)

これは自主的に行っているだけなのだが、毎回、本当にさまざまなコメントがあって、楽しみながら返事を書いている。その返事はネットで授業を受けている塾生だけに見られるようにしているのだが〈もちろん、プライバシーには配慮している〉、毎回たくさんの生徒さんが書いてくれるので、こちらもたくさんの返事を書いて、先週分への返事は原稿用紙で40枚ほどになったwww

この調子でいくと、この学期のの終わりまでには本が1冊書けてしまいそうだwww

いっそ、『問答集〜浪人生の呟き〜』ってタイトルで出版してみようかなw

2012/10/04

How difficult it is to live a normal life...

また悲しい事件が起きた。

42歳の母親が9歳と生後9ヶ月の二人の娘を刺殺した。

9歳の娘に「お風呂に入ろう」といって果物ナイフで刺し、悲鳴を聞いた祖母がいったんはナイフを取り上げたものの、119番通報中に再度ナイフをてにして9ヶ月の娘を刺し殺した。

数日前から様子がおかしいということで心配した祖母が家に来ていたが、事件の前日には、母親が病院に通院するかどうかを話し合ったという。

警察で「子どもを守るために刺した」と語っているようだが、本当のところはわからない。先日も日記に書いたが、真意などというものは、当人にもわからないことがあるし、少なくとも、正常な判断力を失っていたと考えれば、「子どもを守るため」という動機を本当にもっていたかどうかすらわかりはしない。

こうした事件が生じると、「心神耗弱」を理由に減刑されることがあるが、そもそも「心神耗弱」が事件の原因だと考えられる場合、それはきわめて矛盾した判断ではないのだろうか。

そして、「正常な判断力」とはいったいどういうものなのか。

今回の事件の報道を見ていると、この母親が「正常な判断力に欠けていた」という〈物語〉が構築されていく様がうかがえる。

その背後には、さまざまな〈背後期待〉が存在している。

「母親が幼い2人の娘を刺殺するのは〈異常〉な事態であり、そこには何らかの〈異常な原因〉があるに違いない」という背後期待。

「母親が『子どもを守るために』と語っている動機は、『刺殺』という手段と〈矛盾〉する」という背後期待。

また、「母親は精神病院への通院歴があった」という語りにより、なんらかの精神病を患っていたことが事件と関係あるはずだという背後期待もある。こうした事件が起きると、「容疑者は過去に精神科への通院歴があり」とよく言われるが、「容疑者は過去に耳鼻科への通院歴があり」とか「過去に眼科への通院歴があり」とは報じられない。つまり、恣意的に精神病と事件との繋がりを強調していることになる。

人を殺すことは正当化できないが、アルベール・カミュの『異邦人』のように「太陽が眩しかったから」人を殺した、という動機を「合理的」とみなすことはできないのであろうか。

「子どもを守りたかったから、殺した」という語りは、確かに異常ではあるかもしれない。だが、それを単なる「異常な動機」だと排除してしまえば、彼女の精神世界に何が起きていたのかは解明できないし、今後、同様の事件を防ぐ手がかりも失ってしまうのではないか、と思うのだ。この母親には、じぶんなりに筋の通った「物語」があったのかもしれない。もちろん、それが最悪の結末を産み出してしまったことは否定できないのだが、その「物語」を理解することができれば、ひょっとしたら悲劇が回避できたかもしれない、と思ったりもするのだ。

残された家族がこの先に経験するであろう艱難辛苦を思うと、胸が締め付けられる。

あたりまえに生きることってのは、なんと難しいことなのだろうか。

I can't run fast any longer...

(続き)おでんを作ってから、創志学園高校の体育祭を見に行った。と言っても、夕方からは能開予備校岡山校で授業があり、その前に眼科にも行きたかったので、ほんの30分ほどだったが、それでも普段教えている生徒さんが生き生きと活躍している様子を見ることができてよかった。

Dsc_2930

ぼくが着いたときは、体育コースの生徒さんによるマスゲームが始まるところだった。皆、揃いの制服を着て、華麗に行進していた。

Dsc_2929

その後、クラス対抗リレーまで見物して高校を後にした。

さすがにぼくはもう走ったりすることはできないけれど(ぼくに「走れ」と言うのは「死ね」と言っているようなものだw)、来年、もし時間があったら、仮装行列ぐらいは参加してもいいかな?と思ったりもしたwww

2012/10/03

Oh!!

気づけばこんな時間か…(´Д`)

今日は創志学園高校の体育祭があったので、授業は休み。

久しぶりに家で料理をした。今日は念願の(?)おでん。
(*´∀`*)

Dsc_2924

寸胴鍋いっぱいに作ったので数日はもちそうだ。

具は各種の練り物、こんにゃく、大根、鳥肉、茹で卵、焼き豆腐。出汁をとるついでに煮干も入れた。

味付けは少し甘めの濃いめ。ご飯のおかずになるように。
(・∀・)

まだ具材が余っているので、食べたら足さないと…。

本職は出汁を濁らせぬようにするのだろうが、こっちゃそんなことは言ってられないw

出汁は濁りまくりではあるが、美味し(じぶんで言うのもなんだがw)。この出汁をご飯にかけたり、ラーメンのスープにしても美味いのだ。
(#^.^#)

今回は、出汁が余ったら高野豆腐を炊いてみようと思う。

2012/10/02

A painful incident...

A painful incident...
夕方のニュースを見ていたら、広島県府中市の虐待事件について報じていた。

母親は無職の28歳。
殺害されたのは11歳、小学5年生の娘さん。

母親は17歳で彼女を生んだ直後に離婚し、養育困難のため、娘は5歳まで施設に預けられた。その後、一度は母親のもとに戻ったものの、8歳の時、虐待を理由に再び施設へ。10歳でまた自宅に戻ったが、昨日、母親に殺された。

最後に学校に行ったのは一昨日の運動会だったという。11年という短い生涯の最期の思い出となってしまった。周囲の子どもたちにとっても、トラウマになるのではないだろうか。

ニュースによれば、二度目に施設に入ったときは、母だけでなく祖母からも殴られていたようだ。逃げ場はない。「いい子にしてないと捨てられる」と周囲に語っていたという。

「今日はご飯を食べさせてもらってないの。歩けないから、おじちゃん、おんぶして」と言われたという年配の男性のコメントがあった。とても切なくなった。

先ほど、ネットのニュースで、この母親は娘の後頭部をゴルフクラブで数回殴打したことが報じられていた。

===========
時事ドットコム:「ゴルフクラブで殴った」=古い打撲痕も、11歳死亡広島県警
http://www.jiji.com/jc/zc?k=201210/2012100200933&g=soc

広島県府中町のアパートで小学5年堀内唯真さん(11)が母親から暴行を受け死亡した事件で、傷害致死容疑で逮捕された母親の亜里容疑者(28)が「ゴルフクラブでも殴った」と供述していることが2日、県警への取材で分かった。

唯真さんの体に古い打撲の痕があることも判明。県警は日常的に虐待が行われていた可能性もあるとみて調べている。

県警捜査1課などによると、亜里容疑者は「(唯真さんが)言うことを聞かず、カーッとして殴った」などと供述。自宅にあった練習用のゴルフクラブ(長さ約55センチ)のゴム製の重り部分で、後頭部などを数回殴ったとみられる。

また唯真さんの体には、衣服で隠れる部分に複数の古い打撲痕があった。司法解剖の結果、死因は脳挫傷と後頭部のくも膜下出血による出血性ショック死と分かった。

広島県などによると、唯真さんは2009年3月から11年3月まで、亜里容疑者らによる虐待を理由に児童養護施設に入所していた。
(2012/10/02-22:21)
==========

これはもはや傷害致死ではなく、れっきとした殺人容疑で立件されるべき事件だ。

最後の段落にある「亜里容疑者らによる」というのは、容疑者の母親のことであろう。「虐待は連鎖する」とよく言われるが、これは遺伝云々ではなく、ハビトゥス、つまり生活習慣の問題だ。要するに、親からの育てられ方が、我が子への育て方の根幹をなしてしまうということである。おそらくこの容疑者も母親から虐待されて育ったのではないだろうか。もっとも、母親と祖母が二人して子ども(祖母からすれば孫)を虐待する、という構図は、ぼくの想像の範疇をはるかに越えたものであるが。


ぼくは、いわゆる「ヤンママ」を十把一絡げに批難するつもりはないし、無職だからということで、安直に原因をそこに求めるつもりもない。

ただ、短絡的で刹那的な思考しかできない場合、往々にして感情の矛先が身近な弱き者に向かってしまうことは多々あるし、後先を考えず一時の快楽と感情に溺れて子どもをつくり、さらに仕事もしていないのであれば、いくら実の母親とはいえ、子どもを引き取るべきではない。


このニュースを見ていたとき、そばには下の息子がいた。奇しくも小学5年生、亡くなった娘さんと同じだ。

ぼくはほとんど家にいないし、子どもの世話も日常的にろくにしてやれない父親だから、偉そうなことは決して言えないが、少なくとも、二人の息子が不憫な思いをしないようにと、必死で仕事をして金を稼いでいる。非常勤講師という不安定な身分であるから、なおさら常に危機感を抱きながら仕事に臨んでいる。

ある程度の稼ぎがあり、もうすぐ42歳になろうかというぼくですら、毎日迷いながら必死なのだ。まだじぶんじしんが子どもである17歳の時に母親になり、28歳のいまでも無職というこの母親は、おそらくどうにも行き場も感情のやり場もなかったのだろう。もちろん、それが娘さんを殺したことを正当化する理由にはならないし、虐待に荷担した祖母ともども、一生かけて罪を償わねばならない。


息子は台所でなにやら料理を始めた。冷蔵庫に入っていたチキンライスを使い、オムライスを作っていた。「作ろうか?」と言うと、「じぶんでするからいいよ」と言って、立派なオムライスを完成させた。

次男と同い年で母親に殺された少女。いたたまれず、複雑な気持ちのまま、ぼくは仕事に向かった。

2012/10/01

Where is my mind?

「心はどこにあるのか」と問われたら、「頭のなかに決まってるだろ?」と言われそうだが、本当にそうなのだろうか。たとえば、ぼくが頭の中で何を考えているか、わかるだろうか。あれこれと想像はつくかもしれないが、ずばりと言い当てることはできないだろう。

だって、ぼくじしんも、いま何を考えているのかよくわかっていないのだから(笑)。

人がなにかをおこなうとき、その行為の背後にはなんらかの意図がある、と通常は考える。刑事裁判でも、犯行の「動機」に焦点が当てられる。たとえば「被告人は金銭目的で強盗を働き」とか「被告人は被害者に恨みを抱き」などなど。

だが、その動機が本当に行為者の「真意」だとはたして証明できるのか?ひょっとしたら嘘をついているのかもしれないし、あるいはそう言うように誘導されているかもしれないのだ。

そもそも、心そのものは目に見えない(見えたらエラいことになるw)。だからぼくたちは表にあらわれているもの、つまりことばや行為でその人の心を解釈しようとする。

しかし、先に述べたように、こちらが解釈したことが、その人の「真意」だとは限らない。だが、そうした疑いをいちいち抱いていては、やり取りはたちまち滞る。いちいち相手に「それは本当にあなたの真意なの?」と尋ねることはしないはずだ。

逆に、第三者から見れば、お互いが相手の「真意」を誤解していることが明白なはずなのに、なぜか事態がすんなり進展してしまうこともよくある。社会学者の宮台真司さんが「吉幾三問題」と名付けた現象がその良い例だ。

http://www.miyadai.com/texts/azuma/02.php

つまり、「心」とは

①頭のなかではなく、人々のやりとりのなかで(つまり、社会的に)可視化されるもので、
②それが承認されることで成立するもの(この場合の「承認」には「異議を唱えない」という意味での消極的なものも含む)

だと言うことができる。あるいは、「真意」を問われるような事態が生じたときに初めてその存在について議論されるものだ、とも言えるだろう。要するに、心とは社会的に構成されるものなのだ。

たとえどんなことを思っていても、ことばや行為として外に出なければ、心は存在しない(表に現れたとしても、誤解されて受け止められてしまう場合もある)。逆に、なにもしない場合であっても、他者がこちらの心を勝手に推測し、それがその人によって表明され、それをこちらが承認した場合、それが「真意」かどうかはさておき、心なるものがそこに存在してしまうこともありうるのだ。

小学校1年生のとき、ある日の休み時間に国語の教科書を大声で朗読しながら教室を歩いていた。なぜそんなことをしたのかは覚えていないが、きっと、友だちを笑わせようとしたのかもしれない。

チャイムが鳴り、席につかねばならないのにその行為を続けていたら、教室に先生が入ってきて「こら!何してるんだ!なぜ席につかないんだ!」と叱られた。

「なぜ」なのかなんて、わからない。説明しろ、と言われても説明はできない。別に、教師に反発したかったから、とか困らせたかったから、というわけでもない。

その行為の意図を説明せよ、などと言われても、結局、何を言っても後付けのもっともらしい理由(言い訳)に過ぎず、真意などどこにも見当たらない。

心について考えていて、ふと、そんなことを思い出したりもした。

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