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2012/08/31

Formal schooling as a sub-system...

制度としての学校教育は、残念ながら、国民を従順な「羊」として育成するための機関であり、決して国民を賢くさせるためのものではない。ぼくはそう考えている。もちろんこれは、学校の現場で働く人々を非難しているわけではない。あくまでも「システム」としての問題だ。

そもそも、現行の学校教育制度は明治時代に近代国家としての体裁を整えるために始められたものだ。のちに「明治維新」と呼ばれることになった一連の歴史的出来事において主導権を握った少数の人々が、じぶんたちの権力維持に都合の良いように生み出した(出発点は列強への対抗であったかもしれないが、国内の政争は結局、政治家による権力維持に他ならない)「明治政府」からの情報を国民に伝達し、政府の意のままに国民を操るためにつくったのが「メディア(新聞)」と「学校」である。

そしてその体制は、第二次大戦後もそのまま引き継がれた(最初はGHQによって、のちに日本国政府によって)。教育史の資料を見れば、戦後の学校の時間割が明治時代につくられたものとさほど変わっていないことに気づくはずだ。

だから、学校教育では、子どもに「余計な知恵」をつけさせぬように、また、自力でものを考えないようにさせることが、その「隠れたカリキュラム」なのだと言える。余計な知恵をつけて自力でものごとを考える習慣や能力を身につけられると、為政者や官僚は困るのだ。

他方、官僚としてすぐれた資質をもつ生徒は優遇される。自力でものごとを考える能力がありながらも、「空気を読む」能力に長けていて、従順な「羊」のふりをしながら学校教育をやり過ごし、官僚の座をまんまと手に入れることができる狡猾さを持ち合わせた生徒が。

もちろん、これは一面的なものの見方ではある。なかには現行のシステムに疑問を抱く為政者や官僚もいるはずだ。だが、システムの力はあまりにも強大であり、個人の思惑をはるかに越えたところにある。そして、個人の思惑を呑み込んでしまうのだ。

社会システムにとって、個人はシステムの撹乱要因となる「異物」に他ならない。だから、個人の意図が反映されているようで、じつはそうではないのだ。いったん出来上がってしまったシステムは、個人の意図の集合体以上のものであり、逆に、システム内部の人間の意図を決定づけるのである。

国家の下位システムとしての学校教育制度が、またひとつのシステムとして、その内部にある人々(教師、生徒、保護者など)のありかたも決定づけている。だから、文科省がいくら教員養成を大学院まで延長したところで、事態にはほとんど変化はないだろう。抜本的に変えようと思えば、学校教育制度というシステムそのものを解体するしかないのだ。

2012/08/30

I mean what I say.

いよいよ明日で8月も終わり。

受験生諸君にとっては、「断頭台への行進」の心境かもしれないし、おそらく、この夏にやれなかったことだらけだと悔いている人もかなりいるかもしれない。

だが、悔いたところで時間は元に戻せない。くよくようじうじと引きずっている暇があったら、ひとつでも多くの単語を覚え、ひとつでも多くの問題を時、ひとつでも多くの英文を読もう。


ぼくじしんの話をしよう。

ぼくは、高校生の頃まったく勉強しなかったといっても過言ではない。本当に遊び呆けてばかりいた。だから浪人した。当然だ。それで合格したりしちゃ、真剣に努力している人に失礼だ。

浪人したての頃、英語の偏差値は42〜45の間。基礎がまったくできていなかった。それなのに、見栄を張って某大手予備校の難関私大コースに申し込んだ。たまたま現代文が少し得意だったからなのだろうと思うが、そのコースは成績順に8クラスあったものの、ぼくは上から3番目のクラスに入った。ちなみに1クラスの人数は200人とか300人とか、そんな凄まじい時代だった。

だが、そんなクラスでは当然ながら「基礎からゆっくりと」「きめ細かい指導」などということはなく、4月のしょっぱなから難しい英文のオンパレードで、解説を聞いてなんとなくわかった気にはなっていたけれど、じつはまったくわかっていなかったw

じぶんに欠けているのは基礎力。つまりは、どんな英文でもごまかさずに正しく読む力。

そのことにようやく気がついたのは、9月に入った頃だった。その頃の偏差値は50前後。

夏休みの間も、どうやって勉強すればいいか、どこから手をつければ良いのかわからず、ただ闇雲に英文を読み、問題を解いたが、不安と焦りだけが空回りしていた。

「このままじゃいけない」と思って一念発起し、どんな英文も誤魔化さずに読もうと決意した。どれだけ時間がかかっても構わない。それがいまのじぶんの実力なのだから、と言い聞かせ、ひたすら英文を徹底的に読む練習を2ヶ月間毎日コツコツと続けた。

すると、11月の模試で、偏差値が70にまで伸びた。2ヶ月で20。じぶんでも驚いた。その頃には、どんな英文でも大抵文構造だけはつかめるようになっていた。

ただ、語彙を習得する時間が足りず、語彙力の不足だけは否めなかった。知識を定着させるにはある程度の時間がかかる。本来、1学期にすべきだったことを2学期にまわしてしまったのだから、それも仕方の無いことだ。

だけど、この「奇跡の2ヶ月」があったからこそ、いま、こうして英語を生業として生きることができるようになったのも確かだ。あの2ヶ月間こそ、じぶんの「原点」だったのだ、といまでも思っている。

この話は、講演や最初の授業などでたびたびしているが、いま、この時期だからこそ、もう一度しておきたいと思った。

センター試験まであと4ヶ月半。悩んだり、躊躇ったりしている暇はない。これからの4ヶ月半が今後の君にとっての「奇跡の4ヶ月半」になるように、死に物狂いで戦おう。

頑張ろうね。

2012/08/29

What should a would-be teacher do?

先ほどツイートした内容のまとめ。

==========
文科省の大学院重点化政策でどれだけ多くの「ノラ博士」が生まれたことか。今度は「ノラ修士」でも量産する気か?法科大学院だってうまくいっていないわけで、何でも入院させりゃ良いってもんじゃない:中教審 教員養成で修士課程履修を答申 http://t.co/2x76vyGF

修士課程を義務化するより、教員になる前に民間企業での就労体験を2〜3年義務付けた方が良いと思うのだが。たとえ修士課程で教科の専門知識を学べたとしても、そんな「頭でっかち」で現場に出たらまず挫折するだろう。社会に向かう人材を育成する教師が、まずは社会を 知らなければ。

かなり昔、新聞である元教員のコラムを読んだ。彼が保護者に「あなたの子どものことなんだから、一日ぐらい会社を休んで学校に顔を出せないのか」と言ったら、「会社勤めが一日休みをとるのがどれだけ大変かわからないのか!!」と叱られた、というエピソードがあった。

学校が社会から乖離した存在であることが様々な問題の根底にある。今朝、山陽新聞で「(いじめなどの)問題解決を警察に任せるのは『教育の敗北だ』と考える教師もいる」と書かれていたが、そもそも学校や教師が問題解決の万能特効薬だ、という思い上がりがどこかにあるのではないか。

もちろん、ぼくも非常勤ながら学校で教えてはいる。だが、学校以外の現場や、教育産業以外の仕事の経験もあるからこそ、学校を相対化して見ることができる。厄介なのは学校や教師を神聖視したり絶対視する教師(や親や社会のあり方)だろう。

まさかそうそういないとは思うが、『金八先生』や『熱中時代』、最近では『GTO』のようなドラマに感化されて「教師がじぶんの手で問題解決しなければ」と思い込んでいる教師がいるとすれば、かなり「重症」だと言わざるを得ない(笑)。

もちろん、中には聖人のような立派な教師もいるだろう。だが、残念ながらそれは少数派だし、そうした教師に教わった生徒が、みなその教師のようになれるはずもない。むしろ「綺麗事ばかり言うな」と反発されるか、「どんなに頑張っても追い付けない」と思われるのがオチかもしれない…。

2012/08/28

It looks like a grotesque monster...

ぼくは、大学受験のための英語の指導を生業としている。だが、じぶんはいったい何語を教えているのだろうかと、つねに疑問に思い続けてもいる。

日本の大学入試で用いられているのは、基本的に「米語」である。以前は「英語」であったが、センター試験導入後(1990年)からは米語にシフトしている(もっとも、それ以前にも米語は出題されていたが、もっとも明白なのは1989年までの共通一次の英語と、1990年からのセンター試験の英語の違いであろう)。


だが、この「米語」というのがいったい何であるのかが、ぼくにはわからないのだ。もちろん、一般的な意味でのAmerican Englishだということはわかっている。だが、果たしてそもそも、あの広大な国に「標準的」と言えるような「米語」なるものが存在していると言えるのであろうか、ということだ。

ぼくの友人で、ニューヨーク州ウッドストック在住の小手鞠るいさんが、以前、ある雑誌のエッセイで書いていたのだが、彼女が、イタリア系アメリカ人のご主人とハリウッド映画を見に行ったとき、映画の台詞を聞き取れるかとご主人に尋ねたところ、「よくわからなかった」という答えが返ってきたそうだ。

彼が日常的に慣れている英語は、あくまでもイタリア系アメリカ人の話す英語であって、広大なアメリカに点在する様々な英語のひとつにすぎない。ハリウッド映画で使われている英語も、いわば、その数ある英語のひとつなのだ。だから、これらを統括するような「米語」なるものはじつは存在していないのだ、というのが小手鞠さんの主張だったと思う。

日本語のことを考えてみればわかるだろう。確かに、NHKのアナウンサーが話すような「標準語」は存在しているが、ひとくちに「日本語」といっても、この狭い日本ですらさまざまな地域的日本語(方言)が存在している。じぶんがしゃべっているのが「正統な」日本語だと胸を張って言える人は果たしてどれくらいいるのだろうか。

大学入試の英文は、昔はイギリスやアメリカの作家や学者など、知識人の書いた文章が中心であった。もちろん、いまでもそうした人々の書いた英文が出題され続けてはいるが、インターネットの発達にともない、ネット上の英文が使われることが多くなってきた。ニュース記事が出題されたり、なかにはWikipediaからの出題もある。

そうなると、ひとくちに入試で出題されているのが「米語」だとは言えなくなるはずだし、そもそも「米語」じたい、広大なアメリカで話されているさまざまな地域語の共通点を抽出したような〈幻想の言語〉であるともいえる。

だからますます、じぶんが対峙している「英語」なるものがいったい何語なのかがわからなくなってくるのだ。

さながら、ギリシャ神話に登場する伝説の怪物「キマイラ(キメラ)」か、日本で言えば「鵺(ぬえ)」のような、得体の知れないグロテスクな化け物のようでもある。

そして、ぼくらはこれからも、そのグロテスクな化け物と闘い続けるのであろう。

2012/08/27

What is sociology?

ふと、社会学についてあれこれ書きたくなった。

ただ、ぼくは一応、社会学で修士号を取得してはいるが、いまはアカデミックなところから離れているので、最新の動向などはわからない。あくまでもぼくじしんが知りうる範囲での話を書きたい。


社会学という学問を定義することは難しい。「社会学とは、社会について研究する学問だ」と言ったところで、誰も納得はしないだろう。問題は、【1】そもそも「社会」とは何なのか(対象)、ということと、【2】その社会を「どのように」研究するか(方法)、ということだ。

【1】については、ひとくちに「社会」といっても、個人間のコミュニケーションのような非常にミクロなレベルから、世界全体の動きのようなマクロなレベルまで様々である。だから、対象に応じて【2】の方法も異なってくる。

ただ、どのようなレベルにおいても共通して言えるのは、社会が単なる個人の集合体以上の存在であり、社会構造が人間の行動を(ある程度)規定している、という認識ではないかと思う。

もちろん、個人を離れた社会構造なるものがどこかに実体として独立して存在しているわけではない(そんなものが存在していたら怖いよ…(;´д`))。

社会構造なるものは、手で触れることも目で見ることもできないし、法律のように明文化されているものでもない。そして、その都度、刻々と姿を変えている。

だが、個人個人のふるまいのなかに、社会的なるものは存在していると考えることはできる。そして、個人と社会は、コインの裏と表のように表裏一体となって存在し、互いに互いを作り替えている。個人が社会を作り、社会が個人を作っている。

ぼくの修士論文は、日本の知的障害者の歴史がテーマだったが、そのなかで山下清画伯の日記を使い、当時、知的障害者(ということばは用いられていなかったが)が人々からどのような扱いを受けていたのか、それを明らかにしようとした。

たとえば、彼が魚屋で奉公していたとき、食事の時間になると魚屋の主から「山下はいちばんげすな人間だから、残り物を食え」と言われた。そこには明らかな「序列」がある。もちろん、その序列は魚屋の主だけが思っていたものなのかもしれない。だが、他にそうした発言を投げ掛けられた記述があれば、そうした記述を集めることにより、ある程度の「構造」が浮かび上がってくる。

この修士論文は、いま思えば穴だらけでとても人様にお見せできるようなものではないし、じぶんじしん、こうして振り返りながら、あのとき書いたこととは異なる視点が必要だと痛感している。書いたときのじぶんを相対化している、ということなのだろう。もっとも、書き直している時間も無いのだが…。


閑話休題。


こうやって、人々の何気ない行動や発言のなかに社会構造が反映されている、ということは、少なくとも観察できる。

だが、それがはたしてその人だけの考えであるのか、それとも、本当に社会なるものがそうした構造を持っているのかは決して明白ではない。一人のふるまいや発言だけを見て、その社会構造を判断するわけにはいかないのだ(おそらく、修士論文を書いたとき、ぼくにはその観点が大きく欠落していたように思える。もっともそれは、時間の制約もあって、じゅうぶんに調べることができていなかったせいもあるが)。

だから、社会学では統計が用いられることが往々にしてある。もちろん、統計も社会の「傾向」を明らかにするだけであって、統計に反する事象の存在を無視するわけにはいかない。

たとえば、「●●について、85%の人が賛成している」という調査結果があったからといって、残りの15%の人々を無視するわけにはいかないのだ。むしろ、その15%のなかに重要な事実が隠されているかもしれない(昔はこうした少数派の人々を「逸脱」と呼んでいたが、むしろ、「逸脱」という現象こそが社会的に構築されたものであり、重要な研究テーマになることが明らかにされてきた。特に、犯罪社会学では社会から逸脱した人々こそがテーマとなってきたわけで、罪を犯した人々を単に社会から逸脱した存在だと切り捨ててしまうことはできないのだ)。

乱暴なまとめかたかもしれないが、社会学とは、目に見えない、手で触れることもできない社会構造なるものを、いかにして言語化し、可視化するかにかかわっている、ということができると思う。

統計にせよ、文献調査にせよ、参与観察(対象となる人々とともに暮らして観察すること)にせよ、社会学にかかわる人々はみな、「これこそが社会構造だ」というべきものをとらえようとしているのかもしれない。

もちろん、そこには社会学者じしんの思い込みもあるかもしれない。思い込んでいた社会構造とは異なるものがみつかって戸惑うかもしれない。そのときに、じぶんの先入観をいかに排除できるかが問題となってくる。言うなれば、鳥がみずからバード・ウオッチングをしているようなものなのだ。常に、じぶんじしんを含む社会を観察するのである。じぶんじしんを棚上げにした「神の視点」など獲得できるはずもない。

だから、社会学では、下手をすると社会学者の数だけ社会学が存在することになりかねない。


生徒さんから、「社会学を勉強すると、社会のことがわかるようになるんですか?」と尋ねられることが時おりある。


その答えは「否」だ。社会学を勉強すると、社会のことが余計にわからなくなるwww

そういう意味では、社会学は禁断の「知恵の実」なのかもしれない。

神の楽園で知恵の実を食べたアダムとイブが、裸であることに恥ずかしさを感じ、思いわずらうようになったのと同じように、社会学という実を食べることによって、それまであたりまえに思っていたものがあたりまえではなくなり、余計なことを考えるようになるw

それを面白がれる人が、社会学に向いているのだろう、と思う。

2012/08/26

He's a real anywhere man!!

昨夜は「あたらし屋」で行われた、みほりょうすけ君のライブに出掛けた。

彼は新潟出身・東京在住のシンガーソングライターで、お世辞にも売れているとは言えないが(笑)、とてもいい曲を書き、ギターとピアノで弾き語りができて、小田和正やさだまさしを彷彿とさせるハイトーンの声も良いのだが、何よりしゃべりが面白いw

特に、彼の「貧乏ツアー」の話がまた面白い。

ツアーに出ると半分ほどが野宿(!)。

良くてネットカフェ。

あとはツアーでお世話になった人の家に泊めてもらうこともある(ゆうべがそうだったw)。

「先日、公園の水道で頭を洗っていましたら、子どもが2人話しかけてきまして…」

って、「公園の水道で頭を洗っている」時点でどう見ても不審者だよw


「静岡駅の地下道で寝ていましたら、お巡りさんがやって来まして、追い出されるかと思ったら、『そんな格好で寝てたら死ぬぞ!見ろ、みんな段ボールを使ってるだろ!』と回りの皆さんを指して言われまして。」

こらこらw

そういう問題じゃないだろwww

「お巡りさんから『職業は?』って聞かれたので、『自称、歌手です』って答えたら、お巡りさんから『自称じゃなくて、歌手なんでしょ?』と突っ込まれた。」

自称ってwww


歌と、好青年のようなルックスと(いや、実際に好青年だと思うが)、しゃべる内容のギャップがありすぎて楽しいのだが、ゆうべ聞いていてふと思ったことがある(苦言モード突入)。


みほくん、もう少し自信を持てばいいと思うんだよな。人に気を使う性格だってのはよくわかるけれど、そこまで自分を卑下しなくてもいいと思うんだ。もちろん、自信を持つってのは何らかの成功体験があってこそはじめてできることだから、難しいのはわかるんだけどさ…。

「生活感を出したくない」のも理解できるけれど、もう既に会場にきたお客さんは「みほりょうすけ=貧乏ツアー」というイメージが出来上がってるから(笑)、むしろそっちを「売り」にしてもいいんじゃないかな。なにしろ、そんな経験してるシンガーソングライターはそうはいないわけでw

ただ、自ら「貧乏シンガー」を売りにするようなあざとい真似をするのではなく、ナチュラルで貧乏シンガーなのだから(失礼!)、日々の生活をそのまんまさらけ出しちゃった方が面白いと思うんだ。

テレビ番組でタレントがわざと節約した生活しているけれど、そんなのよりもずっと面白いドキュメンタリーになると思うよ。ぼくに時間と金があったら、同行してドキュメンタリービデオを作りたいくらいだw


大分失礼なことを書いたけれど、でもね、才能のある好きなシンガーだからこそ、ここまで言うんだ、そう思ってほしい。

それに、じぶんの故郷・新潟が震災で被災したから、東日本大震災のことだって、関西や九州の豪雨のことだって、彼にとっては(もちろん、ぼくらにとっても)他人事ではないし、いつも、じぶんにできることを追い求めている。その真摯な姿には頭が下がる思いだ。

昨夜のライブの様子が早速、Youtubeにアップされていたので、ぜひご覧あれ。


「みほりょうすけ【帰りたい場所作戦61】in岡山市「あたらし屋」」

https://www.youtube.com/watch?v=qMjdeIXiPkg&feature=youtube_gdata_player

みほくん、早くブレイクして、酒おごってねwww

2012/08/25

From now on...

From now on...
今日は岡山に戻り、みほりょうすけ君のライブを観に行き、いまからガナマス邸にて打ち上げ二次会www

詳細は後日…( ̄▽ ̄;)

2012/08/24

A real nowhere man...

東京滞在三日目。明日は岡山に帰る。

ただ、「帰る」といっても、東京は実家だから「帰っている」わけで、いったいぼくはどこに帰るのかわからなくなる。

ぼくは一人っ子だから、いずれは東京の実家を相続し、実家に帰ることになる。もっとも、それがいつになるかはまったくわからないし、息子の勉強との兼ね合いもあるから、しばらくは岡山を中心とした生活が続くことになるが。

昔からどちらかといえば流浪の民のような暮らしをしているから仕方がないが、じぶんの「根っこ」がどこにあるのかがわからなくなることがよくある。

どこにいても―東京の実家であっても―そこが本当にじぶんの居場所なのか、という疑問が付きまとう。

まあ、人生なんてどう転がるかわからないんだから、どっちにどう転がってもいいように(最悪の事態も想定して)備えておいて、あとは出たとこ勝負、なのだが…。
( ̄▽ ̄;)

2012/08/23

Drunk as a fish...

今日は友だちと銀座で飲み会。
^_^)/▼☆▼\(^_^)

まだ飲んでるwww

よって今宵はこれにて打ち止め…
(^-^)/

2012/08/22

Mom, what did you intend to cook????

Mom, what did you intend to cook????
Mom, what did you intend to cook????
今日は昼過ぎの新幹線で岡山を出て、東京へ。

お盆に帰省できなかったため、エア・ポケットのような隙間の休みを利用しての帰省。

帰宅すると、父が部屋の掃除をしていて、母は仕事に出掛けていた。「夕食は母さんが青椒肉絲を作る予定だ」と聞いていたが、母が帰ってから作るとなると遅くなるため、結局、ぼくが作ったwww

材料を切っていたら、母が帰ってきた。


「オイスターソース、ある?」
「ないわよー。」


エエエエエ!!
Σ(゜Д゜;≡;゜д゜)


青椒肉絲に欠かせないオイスターソースが無いことが判明www

母よ、あなたはいったい何を作るつもりだったんだwww


仕方なく、調味料は、醤油、砂糖、みりん、酒、鶏ガラスープ(粉末を湯にとかしたもの)で作った。ただし、オイスターソースの「コク」を補うために、砂糖を多目に入れ、だしの素も使った。

それなりにうまくできて、見た目も青椒肉絲っぽくなったが、食べてみるとあっさりしている。

ふむ。ちょっと物足りないかな。


調味料が余ったので、ジャガイモと豚肉を使い、もう一品。じゃがいもを千切りにし、細かく切った豚肉とあわせて炒め、余った調味料をかけまわして出来上がり。ただし、塩を少し多目に加え、ミルで挽きたての黒胡椒をたっぷりかけた。これにより、パンチのある味に仕上がり、食べ出すと止まらなくなったw

忙しくてこの頃厨房に立てなかったので、しばらくぶりの料理だった。
(・∀・)ノ

2012/08/21

A pleasant visit...

今日は名古屋から卒業生が2名、旅行のついでに岡山に立ち寄ってくれた。去年、ぼくの授業を最前列で受講していた仲の良い2人組で、青春18切符を使い、広島まで行ってきたそうだ。

2人ともアニメ好きで、うち1人は強烈なエヴァヲタなので、長船の刀剣博物館にご案内w

とても楽しんでくれたようだ。

その後、岡山城にも案内し、岡山駅まで送り届けた。

今日はたまたま授業が休みだったので、ぼくもいい骨休めになったし、卒業生の元気な顔を見られるというのは実に嬉しいことだ。

そのあとはネットカフェにこもって原稿。休憩に岡崎京子さんの『ヘルタースケルター』を読了。

この漫画が連載されたのは1995年~1996年のこと。当時としてはセンセーショナルで時代の先を行くストーリーだったと思うが、それから16年以上過ぎた今では、むしろ「あたりまえ」の話になってしまったのかもしれない。

芸能界の闇、エスカレートする美容整形、胎児の違法な横流し…

「化粧品なんてシャブみたいなもんよ
 使えば使うほどキクやつが
 必要になってくる
 どんどん強いもんが欲しくなる」(p.40)

「バーカ もうあんたらみたいな
 ザコとはつきあってらんねえんだよ!!

 そりゃ楽しかったわ
 あたしもキレイになって
 チヤホヤされるのがうれしくて
 バカなこともたくさんしたわ

 でもそんな遊びはもうおしまい
 7人の小人なんてもういらない
 欲しいのはたったひとりの王子様よ

 そう…私の人生の安泰を
 ぬくぬく保証してくれる
 ステキな王子様よ」(p.85)

だが、こうした出来事や価値観は、今の現実では芸能界だけに留まることはない。

「お金のために、キレイになって、自分の人生の保証を安泰してくれるオトコを探すために、いろいろなオトコと割り切って付き合う」という打算的(むしろ、「合理的」というべきか)な考え方は、今の若い女の子の中にも蔓延している。

同時に、そうした若い女の子を食い物にするオトコも腐るほどいる。狐と狸の化かしあい。

もちろん、こんなことは今に始まったことではない。だが、そうしたドロドロした世界への参入ハードルは驚くほど低くなっている。

『ヘルタースケルター』が連載されていた時より少し前の1993年、社会学者の宮台真司さんが朝日新聞に「ブルセラショップにパンツを売る女子高生」についての記事を書き、議論を呼んだ。

それ以前は、そうしたことにかかわるのは「不良少女」であり、良家のお嬢さんがそのようなことをすることは考えられなかった。ところが、東京のある私立進学女子校では、クラス単位でブルセラショップについての情報を共有し、表面上は「いい子」を装って(当然、親バレしないように細心の注意を払い)いそいそとパンツを売りに出かけている、という話で、その元凶は「団塊世代の親」にあるという。

団塊世代の親は学生運動にかかわった世代であり、既存の価値観を否定したものの、それに代わる新しい価値観を樹立できなかったがゆえに娘に対して倫理や道徳を説くことができず(何しろ、そうした倫理や道徳をじぶんじしんが否定してきたのだから)、その結果として、「親や学校にバレないようにうまく立ち回ればいい」という、ある意味では非常に合理的な考えが彼女たちの間に定着した、という分析である。

これに対して、社会学者の奥井智之さんが翌週の記事で「宮台は女子高生と共犯関係にある。そもそも、近代的な倫理や道徳がきちんと樹立されて行きわたっていないから問題なのだ」と批判し、それに対してさらに宮台さんが「そうした道徳や倫理を追求することができると考えることじたいが間違っている」という趣旨の反論をしたと記憶している。

考えてみれば、道徳や倫理というものは、いっけん、強固に見えるけれど、じつは非常に脆いものなのだ。なにしろ、倫理や道徳をそのまま実践することなどできやしないのだし、時代によって変化するものなのだから、どの時代にも普遍的に通用する倫理や道徳などというものはあり得ないのだ。

そのつかみようのない、霞のようなもやもやした倫理や道徳を若い世代に共有させる(あるいは、押し付ける)ことは、実のところ難しい。


ただ、今の若い子たちが『ヘルタースケルター』の主人公・りりこのように、打算的な合理性を追求した結果、絶望的な結末を迎えないことを祈るだけだ。

2012/08/20

I witnessed an accident...

ゆうべ呟いたことだが、あらためて。

塾で仕事を終えて、倉敷から岡山に戻る途中、夜中の旧2号線で信号待ちをしていた時のことだった。

この道路は、途中までは1車線なのだが、北長瀬の辺りから2車線になる。ぼくの前を走っていたのは軽四で、その前にさらに大型トラックが走っていた。2車線になってから、大型トラックは左車線に入り、ぼくは右車線に入った。その軽四も途中までは大型トラックの後を走っていたが、確か途中で車線変更し、右車線からトラックを抜いていったと思う。

北長瀬駅に通じる道路と交差する交差点にさしかかると、信号が赤になり、そこで停止した。左車線にはセダンが止まっていた。

ぼくはぼーっと信号を眺め、青に変わるのを待っていた。

その時、「ドカーン」と大きな音がして、左車線に止まっていたセダンが交差点の真ん中辺りまで吹き飛ばされた。後部は大破し、バンパーもトランクの上辺りまでねじ曲げられていた。

さきほどのトラックが後からぶつかったのだ。

まだ信号は赤。

ぼくは驚き、呆然としながらセダンの様子を見ていた。すぐに運転席から男性が降りてきて、トラックの方に歩み寄ってきた。特によろける風でもなく、足取りがしっかりしていたが、あれだけの衝撃なのだから、後遺症が出るかもしれない。

トラックからも、運転手が降りてきた。ぼくの車のすぐ左横にいたので、表情が見えたが、あまり申し訳なさそうな顔ではなく、にやけているような印象を受けた。

その二人が話す距離ぐらいに近づいたとき、信号が青になった。さすがにそのままそこで眺めているわけにもいかないし、目撃者ではあっても当事者ではないので、その場をあとにした(万が一、目撃者の証言が必要ならば証言するのはやぶさかではないが)。あれは完全にトラック側の前方不注意だ。

交差点の真ん中で停止しているセダンを横目で見ると、思った以上に破損がひどく、トランクの辺りが後部にかなりのめりこんでいた。

それにしても、もし自分があのときに左車線に入っていたら、と思うとゾッとする。あるいは、そのトラックが車線変更して右車線に来ていたかもしれない。幸い、ぼくは何ともなかったが、もしかしたら衝突の勢いでトラックがぼくの車にぶつかってきたかもしれないのだ。

そして、ぶつけられたセダンも、たまたま先頭にいたから玉突き衝突にはならなかったが、もしあれが玉突きになっていたら、あれだけの破壊力があったのだから間違いなく運転席も大破して、命にかかわる事態になっていたはずだ。

ただ、セダンの後部座席に人が乗っていたかどうかは確認していないので、怪我人が本当にいなかったのかどうかはわからないが。

この春、大学生になった人も、ぼちぼち免許を取って車に乗り始めることだと思う。この夏休みに免許を取る人も多いだろう。

車は便利ではあるけれど、走る凶器であることに変わりはない。そして、事故は、被害者になっても加害者になっても辛いものだ。

くれぐれも、安全運転を。

2012/08/19

I'm proud of being a workaholic...

今日は昼からSee Ya!の練習。2週間ぶりだったが、広島にギターを持って行ったおかげで指はだいぶスムーズに動いた。

もっとも、まだまだ練習不足で、10月7日の本番に間に合うか…。
(;´Д`)

その後、夕方からSESで授業。夏休み中はどうしても変則的になるので、今日・明日の2日間連続の授業となる。

授業が終わってから、教室に残って原稿書き。本当は17日に発刊予定だったメルマガの原稿が遅れてしまったので、なんとかして明日には出せるようにと…。
(*_ _)人ゴメンナサイ

22日〆切の某社の原稿もあるし、テキストも作らなきゃならないし、それ以降も〆切に追われている…。

「売れっ子だね」と冷やかされることもあるが、そうではなく、「貧乏暇なし」なだけだ。

基本的に仕事は断ることがない(既にスケジュールの関係で物理的に不可能なものは別。例えば、講演が入っている日に別の場所で講演の依頼があるときなど)。

理由は単純で、そこで断ったら「次」がある保証がないからだ。

ぼくのように、フリーで仕事をしている人間にとっては、それは命取りになる。それに、たくさんの仕事を抱えることでじぶんのキャパをさらに広げることにもつながる。

「仕事がストレスにならないの?」と尋ねられることもあるが、むしろ、仕事がない方がストレスになるwww

だから、「仕事でストレスは感じないけれど、仕事をする時間が足りないのがストレスになる」と答えている。

根っからのワーカホリックなのだwww

2012/08/18

Wind blowing through the window makes me feel September is coming and remember you...

今朝はホテルを引き払う支度をして、両親と次男と広島駅で待ち合わせ。その後、新幹線に乗り、ぼくと次男は岡山で下車。両親はそのまま東京に帰った。

ふだん、滅多に親孝行などできないので、この3日間は少しでも親孝行の真似事ができれば、と。まあ、喜んでもらえたようで何よりだが。

お盆を過ぎたせいか、夜風が少し涼しくなった。夏ももう終わるのかな…。この時期になると、角松敏生さんの『飴色の街』という歌を思い出す。

「窓から吹き込む九月の気配に駆け巡る記憶…」

https://www.youtube.com/watch?v=dQTLm3hnIng&feature=youtube_gdata_player

大学生の頃、初めて聴いて打ちのめされた。何と切なく繊細で、それでいて力強く、素敵な曲なのだろうかと。

あれから20年以上が経過した。

そして、今年もまた夏が往く。ぼくはあれから前向きに生きてきたのだろうか。今年もその答えが見つからぬままに。

2012/08/17

Mission Completed!!

Mission Completed!!
Mission Completed!!
Mission Completed!!
今日で河合塾広島校での夏期講習会・ぼくの授業は終了。受講生の皆様、スタッフの皆様、お疲れ様でした!


夕方からの授業だけだったが、昼間は何かと慌ただしく、あっという間の5日間だった。

今日は、両親と次男とともに呉を訪れた。

朝、広島駅で待ち合わせて、電車で呉へ。まず、大和ミュージアムを見学し、次いで海上自衛隊の本物の潜水艦を見学できる「海のくじら」へ。

大和ミュージアムは戦艦大和の10分の1のレプリカ(といっても、普通の漁船よりはるかに大きい)や、人間魚雷「回天」、零戦などの展示や、この戦争で亡くなった方々の遺品をはじめ、太平洋戦争に関する貴重な資料を見ることができた。

原爆資料館でも感じたことだが「観光」という気分で訪れるべき場所ではない、とふと思ってしまう。そもそも、大和にしても、回天にしても、零戦にしても、人を殺すための「武器」である。もちろん、戦争では仕方のないことではあるのだが、零戦の翼についている機銃や、大和の大砲・機銃を見ていると、これによって殺された人もいるし、逆に、ここで殺された人もいたのだ、という思いが頭の中をよぎった。

ここは、戦争の悲惨さを伝えるための博物館でもあるが、同時に、あの時代の人々への誇りを抱かせるための場所でもあり、原爆資料館が原爆という「絶対悪」への批判的思考を育成する場であるのとは異なって、「大和」を賛美する場でもある。複雑な思いで、大和ミュージアムをあとにした。

その後、すぐ向かいにある「鉄のくじら」へ。海上自衛隊の潜水艦が陸に上がり、その中に入って見学することができる。ここでもいろいろ考えたが、それはいずれまた。

その後、呉で食事をしてぼくだけ先に広島に帰り、授業へ。

両親や息子とこんな風に過ごせることはそう滅多にないので、その意味でも貴重な体験であった。

2012/08/16

You don't have to ask me if I am foolish...

You don't have to ask me if I am foolish...
You don't have to ask me if I am foolish...
講習会、4日目が終了。明日はいよいよ最終日だ。

今日は、東京から両親が広島に来てくれた。本当は、次男を連れて東京に行きたかったのだが(長男は受験勉強で塾があるため、長期の休みがない)、ぼくのスケジュールと親のスケジュールと次男のスケジュールがまったく噛み合わず、どうしようかと思いあぐねていたら、両親が用事があってこちらに来ることになり、それならばとついでに岡山に寄って次男を連れ、広島観光に来ることになった。

会うたびに白髪が増える両親。離れて暮らしていると、久しぶりに会うから余計にそう実感するのかもしれないが、ぼくはろくに親孝行もできていないから、そんな自分に対して情けなくも思う。せめて、宿代と帰りの新幹線の特急券代ぐらいは出して、親孝行の真似事でもするか。

11時前に両親たちと広島駅で待ち合わせ、予約した宿まで行って(ぼくが泊まっているのと同じホテルが取れなかった)、荷物を預けてからタクシーで原爆ドームへ。母は来たことがあったが、父と次男は初めて。その後、平和記念公園の中にある原爆資料館を見た。

小学5年生の次男に原爆のことを知っているか、と尋ねると、知らない、とのこと。学校ではまだ教わっていないようだ。いろいろ説明したが、あまりピンと来ない様子。それも無理はないかもしれない。

そう言えば、資料館を見ていたら、よその家族の、たぶん5歳ぐらいの男の子が「爆弾ばっかりでつまらない」と言っていたのが聞こえてきた。

そう言えば、ぼくが広島の原爆のことを初めて知ったのは、小学校に置いてあった『はだしのゲン』だったと思う。たぶん、小学校3年生か4年生の頃だった。もちろん、読んで衝撃を受けたし、その後の原爆や広島という町に対するじぶんのものの見方を決定づけることになった。

恐らく、そういう「衝撃」でもない限り、幼い子どもに「原爆は恐いもの」だと言ってもピンと来ないだろうし、歴史的背景がわからないから、「なんだかよくわからないけれど、薄暗いところで、ボロボロになった洋服や、錆びた三輪車や、白黒のフィルムを見た」という程度の認識しか持てないだろうと思う。

その後、お好み村まで歩いて食事。今日は3階の奥にある「水軍」で食べた、

食事のあとは、「世界遺産の宮島を見たい」という父の要望にこたえて、両親たちを宮島に…連れて行きたかったのだが、ぼくは夕方から授業で、その準備もあったので、八丁堀の電停まで送って、そこで両親たちとわかれた。

その後、電停のそばのLAWSONでエヴァのクリアファイルを発見。指定されたお菓子を2つ買えば、クリアファイルが1枚もらえるというので、ついつい6つも買ってしまい、クリアファイルを3枚入手www

「あんた、バカぁ?」


…そんなこと、聞くまでもないだろwww
(;´д`)


明日は朝から呉に行く予定。「大和ミュージアム」と「鉄のくじら」を見るつもりだ。もっとも、おそらくまたぼくは途中で引き返さねばならないが…。
( ̄▽ ̄;)

2012/08/15

How long will this peaceful situation last?

広島での講習会、3日目が終了。いよいよ折り返しを過ぎた。

今日の広島は曇り空。

昼前にテレビをつけると、戦没者慰霊式の中継が始まった。

正午の時報に合わせて黙祷。

神戸で空襲にあい、防空壕に逃げた時、人で一杯の防空壕の入口でみずから身を呈して部下をかばい、その防空壕で唯一の犠牲者となった祖父に。

硫黄島で犠牲となった、祖母の兄に。

そして、あの戦争で犠牲となったすべての人々に。

この広島の地は、67年前の今日、つまり、世界ではじめて原子爆弾が殺戮に使用されてからたった9日目のこの日、どんな状況で終戦の知らせを受け止めたのであろうか。

そんなことを思いながら祈った。

折しもテレビでは『私は貝になりたい』の放映中。このドラマは創作であり、実際には。二等兵で戦犯として処刑された人はいなかったそうだが、たとえそうであったとしても、あの戦争で理不尽にも人を殺し、また人に殺された「普通の人々」がいたのは事実である。


戦争遂行についての意図の有無や、戦争に至った経緯、そして戦争責任の有無はさておき、結果的にはあの戦争が昭和天皇を「シンボル」としてまつりあげて行われたものであることは(繰り返すが、それが昭和天皇の意図するところであったかどうかは、ぼくにはわからない)紛れもない事実であろう。

ぼくは右翼でも左翼でもない(とじぶんでは思っている)ノンポリだし、昭和天皇の戦争責任の有無について論じられるような客観的な証拠など何もわからないが(責任が完全に「無かった」とは言い切れないだろうが…)、こうして戦争遂行のシンボルとしてまつりあげられた父親がいて、その子どもとして、今上天皇がこうして犠牲者の慰霊式店に参列するというのは、いったいどのようなお気持ちなのだろうか、とふと思った。


あれから67年。今日の式典の参列者の7割が70歳を越えているという。高齢の参列者がすべて亡くなったとき、ぼくらを含む戦争を知らない世代が、この式典にどれだけ参列するのであろうか。

そして、あとどれだけ日本が平和でいられるのであろうか。

2012/08/14

How fast time flies...

Dsc_2136

広島2日目。

今日は西日本を中心に豪雨だったようで(午前中はホテルでカーテンを閉めて過ごしていたので気づかなかった)、地域によってはかなりの被害が出ているようだった。新幹線も在来線も大幅にダイヤが乱れて、Twitterで移動する友人・知人の様子を見ると、かなり大変だった様子だ。

練習用サイレント・ギターの弦をどうにか張り替えることができたので、10月のライブに向けての練習も少しできた。

Dsc_2126

夕方からは授業。

6時限目の授業で、たまたま隣の教室の先生がぼくの教室のマイクを間違えて持って行ったため、授業が始まってから教室に隣のクラスの授業の様子が中継されるというハプニングもあったが(笑)、無事に2日目の授業が終わった。

明日でいよいよ折り返し。同時に、8月も半分が過ぎる。

早いなあ。

2012/08/13

I feel something is missing...

今日から河合塾広島校で夏期講習会。

17:20~18:50が「長文読解総合英語」、19:10~20:40が「私大英語総合」。

今日からは広島のホテルに5連泊。よって今日はプチ引越しw

ホテルに着いたのが14時過ぎで、荷ほどきも早々に授業の準備をして校舎へ。

平常授業ではぼくは金曜日しか来ていないので、普段お目にかかることのない先生方がたくさんおられた。

授業が2コマしかないのは、体には楽だが、やはりなんだか物足りない(いつもは3コマ)w

もっとも、その分、昼間の時間を有効活用し、原稿に精を出すことができるからありがたいといえばありがたいのだがwww

授業の後、沖縄料理店の「瀬戸海人」に立ち寄って夕食。その後、ホテルに戻り、今に至る。

さて、荷物を整理して暮らしやすいようにせねば…。

2012/08/12

Twenty seven years have passed...

http://news.livedoor.com/lite/article_detail/6849229/?category=dom&type=topics_archive

日本航空、羽田発大阪行き123便が御巣鷹山山中に墜落し、520名の犠牲者が出てから今日で27年。

当時、ぼくは中学3年生だった。

ぼくの父は警視庁に勤める警察官で、その日は非番だったか、勤務が早く終わって帰宅していたかで、家にいた。父はその頃からパソコンを使い始め(当然、Windowsなんてものはまだ無い)その夜も書斎でパソコンに向かっていた。

仕事柄、非常時には呼び出しがあるのを知っていたから、ニュース速報で「日航機、消息を絶つ」という第一報が流れたとき、ぼくはすぐさま父の書斎に駆け込み、そのニュースを知らせた覚えがある。

結局、墜落したのが群馬県内だったので父が呼び出されることはなかったが、その後、飯塚訓さんの『墜落遺体』という本を読み、現場の警察官たちの壮絶な状況を知った。飯塚さんは当時、群馬県警の警察官で、この事故の検死作業の陣頭指揮をとった方だ。

ぼくはよく、授業中にこの本を生徒さんに読むように勧める。医歯薬系志望の受験生だけでなく、将来、警察や消防など、命にかかわる最前線で仕事をする可能性がある生徒さんもいるだろうし、たとえそうでなくても、ぼくたちの日常が薄いオブラートで包まれているに過ぎず、実は常に死と隣り合わせにあるのだ、ということを知ってほしいからだ。

お盆の帰省ラッシュで満員の飛行機。大阪に着いたら、親戚や家族や友人と楽しいひとときを過ごせるはずだった。そんな平和な日常の風景が、あっという間に失われたこの事故。

犠牲となった方の中には、家族に向けて必死に遺書を書き残した方もいた。

http://www.goennet.ne.jp/~hohri/n-isyo.htm

==========
河口博次さん(52)
兵庫県芦屋市。大阪商船三井船舶神戸支店長。遺体の上着の胸ポケットに入っていた手帳に7ページにわたって、219字。

マリコ 津慶 知代子
どうか仲良く がんばって
ママをたすけて下さい
パパは本当に残念だ
きっと助かるまい
原因は分らない
今五分たった
もう飛行機には乗りたくない
どうか神様 たすけて下さい
きのうみんなと 食事をしたのは
最后とは
何か機内で 爆発したような形で
煙が出て 降下しだした
どこえどうなるのか
津慶しっかりた(の)んだぞ
ママ こんな事になるとは残念だ
さようなら
子供達の事をよろしくたのむ
今六時半だ
飛行機は まわりながら
急速に降下中だ
本当に今迄は 幸せな人生だったと
感謝している
==========

上述したように、当時はまだパソコンも創成期で、インターネットなんて無い。だが、この事故については、Googleで「123便」と検索すれば大量の情報が出てくる。いまはもう削除されてしまったかもしれないが、ボイスレコーダーの音声記録と墜落までの推定経路を記録したFlashも見たことがある。

交通機関に「絶対の安全」はない。飛行機も、船も、鉄道も、自動車も、事故の存在しない交通機関はない。もちろん、それを避けるための最大限の努力はなされているし、これからもなされ続けるであろうが、ぼくたちを取り巻く「安全」が、実は本当に、本当に薄いオブラートのようなものにすぎないのだ、ということをまざまざと見せつけられた、そんな思いがする。

2012/08/11

From today's Tweets... (+α)

韓国だからどうこうではなく、ルールはルール。違反にはきちんと納得行く対処をすべき。逆に日本は挑発に乗らず冷静な対応を。:「独島はわれわれの領土」サッカー日韓戦後、選手がメッセージボードIOCが調査方針(産経新聞) - Y! ニュース http://t.co/4t9YfLpU


確か『ナニワ金融道』だったと思うが「正しいと思っている側より、じぶんが間違っているとわかっている側の方がよくゴネる」と書いてあった。理由は「正しい側はゴネる必要がないが、正しくないとわかっている側は、その分、必死に状況をひっくり返したいから」だったと思う。

どちらに正論があるか。互いに譲りはしないであろうが、相手がどこの国であれ、正しいとわかっているのであれば冷静に主張し、絶対に暴力に訴えてはならない。もし、強硬な手段に訴えたら、相手の思う壺だ(『コーブ』を撮影したシーシェパードの連中のやり口を見ればわかるはず)。

こちらが正しいと思うのであれば、悔しいと思う必要はない。世界はきちんと見ているはずだ。

2012/08/10

I have a hard time adjusting my schedule...

I have a hard time adjusting my schedule...
昼前に福山のホテルを出て岡山へ。

途中、やま幸(瀬戸大橋温泉)に大衆演劇を観るため立ち寄る。今月は講習会で岡山にいないことが多くてなかなか観に行けず、今回でようやく二回目。

本当は友達の役者さんとも飲みに行きたいのだが、お互いのスケジュールがあわなくてなかなか実現しない。

福山を出る直前に、東京に住む知人(音楽家)から電話があり、仕事のためご夫婦で岡山に来ているとのこと。聞くと、18時過ぎの新幹線で帰るという。滅多に会うことができない方たちなので、やま幸の芝居見物のあと岡山駅前で待ち合わせ、駅の喫茶店でお茶を飲みながら談笑。

慌ただしいスケジュールだったが、充実した日だった。

2012/08/09

Completed!!

福山校の夏期講習、終了!!
(*´∇`*)

受講生ならびにスタッフの皆さん、お疲れ様でした!!
(〃^ー^〃)

今回は語彙の問題がかなり多かったけれど、英語は最終的には語彙の知識が勝負の分かれ目になるので、しっかり復習して覚えよう!!
♪ヽ(´▽`)/

今度福山に来るのは8月最終週の木曜日にあるゼミ授業から。それまでにこの4日間で学んだ内容をすべて繰り返しておくようにね!
o( ̄ー ̄)○☆

2012/08/08

You drove me crazy...

You drove me crazy...
You drove me crazy...
You drove me crazy...
福山校での夏期講習、3日目が終了!!(〃^ー^〃)

今日はうっかり時間を間違えて10分早く終えてしまった…
( ̄▽ ̄;)

明日は10分、長めにする予定(; ̄ー ̄A

1学期はかなりのんびりしていた(というより、部活や行事に振り回されていた)様子の福山校の生徒さんたちも、ようやく目の色が変わってきたようだ。
o( ̄ー ̄)○☆


今日の昼はホテルの部屋の清掃を頼んで昼飯に出掛けたが、楽器店に立ち寄るとフェンダーとエヴァのコラボTシャツが…

しかも…

半額!!(゜ロ゜ノ)ノ


即買いwww


その後、書店で本もまとめ買い…荷物が増えた…
(;´д`)


明日が福山校の最終日、頑張ろう!!

2012/08/07

The public has a rather ambivalent attitude toward science.

今年の8月6日、つまり昨日は広島県の福山で過ごした。ホテルに着き、テレビをつけて荷物を広げながら見ていた。

NHK広島放送局の番組は、原爆関連のものばかりだった。

そして、当然ながら、というべきか、福島の原発事故との関連を論じたものも多かったし、実際、昨日の広島市内は反原発のデモ行進も盛んに行われたようだった。

上のツイートで述べた『ヒロシマ あくなき“未解明”との闘い』という番組では、被爆二世の人々に急性白血病の症状が出る可能性がきわめて高い、つまり、「被爆の影響が遺伝する」可能性について論じられた。これとて、福島で被爆した人々からすると切実な問題だし、今後、同様に原発事故で被曝する可能性があるぼくたちすべての人間にも他人事ではないのだ。

今すぐに「原発を即刻停止せよ」と主張することは、現実的には難しいかもしれない。それに、停止すれば安心、というものでもない。問題となる放射性物質は残ったままだ。

ただ、そもそも原発なるものを日本に作った経緯自体が胡散臭く(実戦による世界唯一の被爆国であり、「非核三原則」を唱えているにもかかわらず、結局、核の力を利用することじたい、矛盾している)、当時、原発を推進した正力松太郎をはじめ、アメリカの思惑に利用された自民党政権(無論、それによって莫大な利益を庇護を得たであろうが)や、利権に群がる地方自治体・有象無象の怪しげな輩がよってたかって国民をなだめすかし、時に恐喝し、時に金をちらつかせて作ったものである以上、そもそも初めから問題が山積みだったのだ。

確かに、科学的に原発の安全性や危険性について考えることは重要である。Stephen Hawkingが"Black Holes and Baby Universes and Other Essays"(1993)の中で次のように述べている。

"If we accept that we cannot prevent science and technology from changing our world, we can at least try to ensure that the changes they make are in the right directions. In a democratic society, this means that the public needs to have a basic understanding of science, so that it can make informed decisions and not leave them in the hands of experts. At the moment, the public has a rather ambivalent attitude toward science. It has come to expect the steady increase in the standard of living that new developments in science and technology have brought to continue, but it also distrusts science because it doesn't understand it."
(もし私たちが、科学技術が世界を変えることを止められない、ということを受け入れるとしても、私たちは少なくとも、科学技術が生み出す変化が正しい方向に確実に向かうようにさせようとすることはできる。民主主義社会において、これが意味するのは、大衆が科学についての基本的な理解を持たねばならない、ということだ。それは、大衆が学識のある決断を下し、専門家の手に決断を委ねないようにするためである。いま、大衆は、科学に対してかなり矛盾した考えを持っている。大衆は、科学技術の新たな発展がもたらす生活水準の安定した向上が続くことを期待するようになってきたが、同時に、科学のことを理解していないから、科学に対する不信感を抱いている。)

「大衆は科学を理解していないがゆえに、科学に不信感を抱く。」

これは確かにその通りだ。

だが、科学を理解すればその不信感が払拭されるわけではない。その意味で、Hawkingの考えはあまりに楽天的すぎる。

むしろ、Bertrand Russellが"Authority and the Individual"(1949)で述べた見解の方が現実的だ。

"It would not be surprising if, in the present day, a powerful anti-scientific movement were to arise as a result of the dangers to human life that are resulting from atom bombs and may result from bacteriological warfare. But whatever people may feel about these horrors, they dare not turn against the men of science so long as war is at all probable, because if one side is equipped with scientists and the other not, scientific side would almost certainly win."
(もし、現在、原子爆弾が原因の、また、細菌兵器による戦争が原因となりうる、人類の生命への脅威の結果として、力強い反科学運動が行われたとしても、驚くことはないだろう。しかし、人々がこれらの脅威について何を感じているとしても、そもそも戦争の可能性がある限り、彼らがあえて科学者の敵に回るようなことはない。というのは、もし、一方に科学者がいて、もう一方にはいないとすれば、科学者のいる側がほぼ確実に勝つであろうからだ。)

"Science, in so far as it consists of knowledge, must be regarded as having value, but in so far as it consists of technique the question whether it is to be praised or blamed depends upon the use that is made of the technique. In itself it is neutral, neither good nor bad, and any ultimate view that we may have about what gives value to this or that must come from some other source than science."
(科学は、知識から成り立つ限り、価値があるとみなされて然るべきものだ。しかし、それが技術から成り立つ限りでは、科学が賞賛されるべきか非難されるべきかという問いは、その技術の利用のされ方によって左右される。科学はそれ自体中立的であり、良くも悪くもない。そして、あれこれのことに価値を与えるものについて私たちが抱くかもしれない最終的な考えは、科学以外の原因から生じるに違いないのだ。)

科学を盲信することはできない。科学では、毎年新たな発見がなされていて、以前は正しかったことが今では間違いである、ということもある。

だが、科学や、それを活用した技術についての評価は、Russellが言うとおり、「技術の利用のされ方」によって決まるものであり、「科学以外の原因」が問題なのだ。

だから、原発批判も、原子力の技術そのものへの批判ではなく、それを推進することで利益を得てきたエスタブリッシュメントや、危険性を隠蔽し、ひたすら安全性のみを強調することで利潤を追求してきた東電をはじめとする企業の姿勢に対する批判なのだ。

「一旦、うやむやに動かしてしまえばどうにかなる。数十年後のことなんて、知ったことか」と考えるエスタブリッシュメント(そりゃそうだ、とりあえず自分が生きている間「だけ」どうにかなればいいのだから。だから、原発問題は世代間闘争なのだ)や、原発から生まれる大量の利権をむさぼる企業・暴力団・自治体の思惑は、この数十年間、まんまと成功してきた。

今回はたまたま福島での事故があったがゆえに、大きなムーブメントになってはいるが、もしあの事故が無かったら「ああ、無事だったね、よかったね」で済んでしまっていたはずだ(東海村の臨界事故で被爆した死者が出ているにもかかわらず、それ以降もなんだかんだいって原発は動き続けてきたのだから)。

昨日、原爆についての番組を見ながら、そんなことを考えていた。

そして、今朝のテレビでは何事もなかったかのように、オリンピックの熱狂が報じられていた。

ああ、日本は平和なんだ。たまたま、その平和を包む薄い薄い膜がびりっと割けただけで、ぼくたちは、じぶんを包んでいるその薄い膜が破れるなんて夢にも思っていないのだ。

2012/08/06

You'd better stay on your guard.

You'd better stay on your guard.
今日から9日まで、能開予備校福山校で夏期講習。授業じたいは18:50から21:40まで80分2コマだけだが、原稿が相変わらず山ほどあるので、今回は車で来て福山のホテルに宿泊。
(;´д`)

宿が校舎のすぐそばだし、便利は便利だが、つい油断して校舎に入るのがギリギリになってしまう。油断大敵。
( ̄▽ ̄;)

授業のあとは車で食事をする店を探しながら走り、東福山のラーメン店で、ちゃんぽん大盛と半チャーハンと餃子のセットwww
(*´∇`*)

さて、いまから宿で原稿だ!!
o( ̄ー ̄)○☆

2012/08/05

How should we act against bullying?

先ほど連投したツイートのまとめ。

==========
《いじめられている君へ》西原理恵子さん「大人は残酷な兵士にもなるけど、家に帰ったらやさしいお父さんにもなる。 愛することや大事なものを知ってるから。でも、少年兵は物事の重大さ が分からず、簡単に人を殺しちゃうんだって。」 http://t.co/IJpp39Mm


先ほどの西原理恵子さんの《いじめられている君へ》についての感想を19連ツイートします。かなり長くなりますが、ご笑覧ください。


【1】先ほどツイートした西原理恵子さんの《いじめられている君へ》。「嘘をついて学校から逃げれば良い」と書いていたが、 親としては「嘘をつかれる」より「本当のことをうちあけてもらい、学校から逃げる」方が、我が子と共闘(「逃げる」のも闘いの一つ)しやすくなると思う。

【2】ただし、それには親が冷静に状況を把握し、「逃げる」ことも正しい選択肢だと理解していなければならない。また、逃げてきた我が子を守れる精神的・経済的余裕も必要になる。少し話は違うかもしれないが、恥を忍んでぼくじしんの話をしておきたいとおもう。

【3】ぼくは小学校6年生から中学1年生の時にかけて、「塾」が大嫌いになった時期がある。そのきっかけは、母親に勧められて6年生の時に入った塾だった。母は知人に「良い塾を教えてほし い」と頼んだ。その知人は中学受験をするものだと思い込み、大手のYという塾を母に紹介した。

【4】そこは試験を受けて、合格したら会員か準会員になれるシステムで、ぼくはたまたま合格し、準会員になった。準会員には分厚いテキストが何冊も渡され、指定された範囲をじぶんで勉強して日曜日にテストを受けにいく、という仕組みだった。

【5】だが、遊びたい盛りの小学生、まして中学受験に何の興味もなかったのだから、じぶんで勉強などできるはずもなく、当然ながらテストはいつもひどい点数。それを見た母は「この子は実は勉強が出来ないのではないか」と思い込み、近所にあったIという学習塾にも通うようになった。

【6】このI学習塾は、Yのテキストに準拠した授業をする、という触れ込みで(正式な提携関係があったかどうかは知らないが)、ぼくはYの準会員だったので、自動的にI学習塾の最難関クラスに組み込まれた。だが、このI学習塾こそが、ぼくの「塾アレルギー」の元凶となった。

【7】このI学習塾では、体罰がまかり通っていた。テストが悪いと殴られ、宿題をやっていないと殴られた。そればかりか、国語のMという暴力講師がいて、なにも悪いことをしていない生徒を休み時間にからかい、足蹴にし、殴っていたのだ(もちろん、悪さをしたから殴って良いという話でもない)。

【8】このM講師はヒッピーのような外見で、ボサボサに伸びた長髪と髭、いつも下駄履きでバンダナを巻き、ラッパズボンのようなジーンズをはいていた。手には和紙を丸めた棒を持ち、それで机を叩き怒鳴り散らして生徒を威嚇し た。授業のことは記憶にない。ただ暴力的な人間という記憶しかない。

【9】Sという塾長も、Mを注意するどころか、平然と体罰を繰り返した。当時は校内暴力が横行し、学校の教師による体罰も日常茶飯事だったから、ぼくと同世代か上の世代の人々にはこうした状況は理解できるであろうが、いま同じことをすれば間違いなく2ちゃんで祭りにな る。

【10】やがてぼくは授業をサボり始めた。最初のうちはゲームセンターや本屋に行き、小遣いの範囲内で時間潰しをしていたが、やがて月謝を使い込むようになった。月謝袋に領収印が押されていないことを隠すために、親には月謝袋は見せず、お金だけを要求した。

【11】鉄道が好きだったので、時刻表で調べて、どこまで行って帰ってくれば塾が終わる頃に家に着くかを計算し、贅沢にもグリーン車に乗って鰻弁当を食べながら(苦笑)、時間潰しの旅に出た。もちろん、いつかバレるかもしれないという罪悪感に苛まれながら。

【12】サボり始めてから3ヶ月ほど経った11月のある日、学校から帰宅すると母と祖母がいつになく険しい顔で待っていた。「バレた!」とすぐにわかったw 当然こっぴどく叱られたが、本当のことは言えなかった。それは「塾で殴られるのは、じぶんが悪いせいだ」と思い込んでいたからである。

【13】バレたきっかけはもちろん、I学習塾からの連絡。「月謝が滞納されています」とのこと。休んでいる生徒の体調を気遣うわけでもなく、ただ単に金が支払われていないという理由だけ。その塾の生徒に対する認識なんて、そんな程度だったのだ。

【14】結局、親が未納分の月謝と菓子折りを持って、I学習塾にお詫びに行き、退塾した。Y塾にも当然通うことはなかった(こちらの授業料はどうなったのか知らないし、Y塾からは一度も連絡が来なかった)。それから4ヶ月後、小 学校を卒業する頃に、Y塾から一通の封筒が届いた。

【15】開封してみると、そこにはY塾の「卒業証書」が入っていた。ぼくはそれを無言で破り捨て、ゴミ箱に放り投げた。

【16】それが学習塾に対するぼくの嫌悪感の始まりだった。だから、いまこうしてじぶんが塾・予備校で仕事をしているのを不思議に思う人もいるかもしれないが、それは中学1年生の2 学期に出会った別の塾のお陰である。もっと も、それはここでは関係のない話なので、いずれどこか別のところで。

【17】先の西原さんの「嘘をつくのも一つの手段」という意見を全面的に否定はしない。だが、嘘をついて問題を先送りにすれば、傷が広がるだけだ。ぼくがI学習塾のことを親に話せず嘘をつき続けたのは、虐待を受けている子どもが「じぶんが悪いから」と思い込んでいるのと同じだった。

【18】だから「嘘をついて逃げる」のではなく「すべてを打ち明けた上で親の協力のもとに逃げる」のが理想ではないかと思う。朝日の一連の記事をすべて読んだわけではないが、《いじめられている君へ》ではなく《いじめられている可能性のある子を持つ親へ》向けたメッセージこそ必要だ。

【19】我が子がいじめに遭っている可能性がある親に向け、どのような対処法があるのか、法的なことも含めて学べるようにしなければ、と思う。いじめられている子どもに「強くなれ」「逃げろ」と伝えても、それを支える家族の協力がなければ蟻地獄からは抜け出せないのだから。
==========

以上。

2012/08/04

御礼

昨日・今日の2日間、愛知学院大学オープンキャンパスで小論文対策講演を行った。2日合わせて受講者は約600人。昨年よりやや少なかった(確か、昨年は2日で1,000人近く)が、みなさん一生懸命聴いて下さった。

受講者の皆様、ならびにスタッフの皆様、ありがとうございました!

さて、ツイッターで連投した「まとめ」をこちらにも再掲。

==========
【1】小論文とは、その名の通り、「小さな」論文。よって、大学の学術論文やレポートの書き方を参考にすべき。大学の勉強とは極論すれば論文・レポートの作成。入試小論文はその能力があるかどうかを測るものと言える。 #小論文作法

【2】小論文とは、[A]自分の意見を、[B]客観的事実に基づき、[C]論理的整合性を持って述べた文章。この3つの条件がそろわなければ小論文にはならない。たとえば、携帯電話のマニュアルには[B]と[C]はあるが、[A]はない。ゆえに携帯電話のマニュアルは小論文ではない。 #小論文作法

【3】小論文で最も大切なものは「説得力」。説得力のある小論文には、説得力のある「具体例(=持ちネタ)」が書かれている。自分の意見に説得力を持たせるために、説得力のある「持ちネタ」を集めよう。それが人とは違う小論文を書くことにつながる。 #小論文作法

【4】だから、小論文を書くためには「知識」が必要となる。与えられた課題を見て小論文が書けないのは、その課題についての知識がないから。極論すれば小論文とは一種の「暗記科目」だと言える。ただし、何をどう覚えるのかはその学部・学科により異なる。 #小論文作法

【5】「意見」のレベルでは、通常、差はつかない。だから「人と違う意見」を書こうとする必要はない。たとえば「原発の是非」であれば、通常は「賛成」か「反対」のいずれかしかないのだから、問題はそれを支える「根拠(持ちネタ)」に説得力があるか否か、となる。 #小論文作法

【6】小論文とは、「自分の意見が正しい」ということを、客観的事実を用いて「証明」するもの。国語よりもむしろ数学の証明問題に近い。だから「起承転結」は不要(「起承転結」とは本来、漢詩の文体。数学の証明問題に「起承転結」はありえない)。 #小論文作法

【7】「論理的整合性」とは「一貫性」のこと。最初から最後まで首尾一貫した内容を貫かねばならない。途中で意見が変わったり、矛盾した内容を書いたり、論理的に飛躍した文章を書いたりしてはいけない。キーワードが一貫しているかどうかにも注意。 #小論文作法

【8】「客観的事実」とは「誰もがその正しさをすぐに検証できる事実」のこと。基本的には[a]社会的・歴史的事実・[b]文献に書かれていること・[c]フィールドワークで得られた知見、の3つ。なお、個人的な体験は「でっちあげる」ことができるため、意見を支える根拠としては弱い。 #小論文作法

【9】小論文は「良い」か「悪い」かだけ。「普通」では「良い」とは言えない(差がつかないため)。自分では「凄いことを書いたぞ」と思っても、実は他の受験生も同じことを書いていることが多い。差をつけるのは、やはり「持ちネタ」の良し悪し。 #小論文作法

【10】「持ちネタ」は過去問題をもとに、[1]自分の学部・学科に関連した内容、[2]現代社会において問題となっている事柄の両方について蓄積しておく。ネット上の情報であれば、ツイッターやブログなどを活用して、自分だけの「小論文メモ」を作ると便利。 #小論文作法

【11】良い小論文は「狭く深く」。これは志望理由書も同じ。自分が学びたい内容を「具体化」することが必要。それが「自分にしか書けない答案」につながる。 #小論文作法

【12】「段落」とは、相手にわかりやすくものを伝えるためのツール。1段落の文字数に規定はないが、「バランス」が重要。800字ならば全体を5段落程度に分け、1段落160字前後で書けばバランスが取れる。1ツイート(140字)を1段落分として練習してみよう。 #小論文作法

【13】「言い訳」「前置き」など無駄な表現を省き、簡潔にわかりやすく述べる。凝った文体にする必要はないし、相手に「謎解き」を要求することもしてはならない。冒頭で「何について、どのように論じるのか」を述べ、そこから離れないように議論を展開する。 #小論文作法

【14】「日本語ができるから」「現代文ができるから」といって小論文ができるとは限らない。小論文を選択するということは、1科目多く受験すること。英語や数学といった1科目に費やすのと同等の時間と労力を費やさねばならない。決して甘くはない。 #小論文作法

【15】推薦入試とは本来「私は他の受験生よりも優れている。だから私を早く大学に入れて欲しい」というもの。自分が他の受験生よりも優れていることを「証明」するのが志望理由書であり、小論文であり、また面接でもある。 #小論文作法

【16】AO入試で求められている人材は「社交的なオタク」。自分が何の専門家になりたいのかが具体的にはっきりしていて(「法律の専門家」などという漠然としたものでは不可)、かつ、それについての知識を持っていて、適切に人に伝えられるコミュニケーション能力があるということ。 #小論文作法

【17】「社交的なオタク」とは「ゼミでリーダーシップが取れる学生」。これは学力だけでなくコミュニケーション能力の問題でもある。だから、AO入試は人により向き・不向きがある。自分が向いていると思えば挑戦する価値はあるが、向いていないと思うのであれば、通常の学科入試に向けた勉強をすべき。 #小論文作法

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ご健闘をお祈りします!

2012/08/03

Lucky enough...!?

Lucky enough...!?
Lucky enough...!?
今日は昼から愛知学院大学のオープンキャンパスで講演のため、栄のホテルから地下鉄で藤が丘へ。藤が丘駅からタクシーでキャンパスに向かった。

駅前のコンビニでおにぎりを買い、控え室で食べようとしたのだが、その時に奇妙なことがあった。

フィルムを剥がす手巻き式のおにぎりだが、普通は…

[1]真ん中のヒモ状のビニールを下に引く。
[2]左右の角からフィルムを引っ張り出して、海苔をフィルムから引き出す。
[3]海苔をご飯に巻いて食べる

というプロセスだが、[2]で違和感を感じた。フィルムがやけに分厚くて、なかなか取れないのだ。

「?」

よく見ると、フィルムの中にさらにもう一枚フィルムが巻かれている…
( ̄▽ ̄;)

明らかに製造工程でのミスだ。


と言っても、目くじらを立てるほどのことではないし、一応、製造会社に報告だけして、二枚目も剥がして食べた。

海苔ももう一枚入ってたwww

うむ。得した。
(〃^ー^〃)

2012/08/01

Plays for the public...

今日から瀬戸大橋温泉「やま幸」に大衆演劇の森川竜二劇団が登場したので、久しぶりに観劇に出かけた。

この劇団の森川竜二座長の弟・森川竜馬君と友だちで、以前、ビジネスジャンプの新人賞に応募して二位/努力賞を受賞した漫画原作も、彼に協力を仰ぎ、芝居のストーリーや大衆演劇のリアリティーについて監修してもらったことがある。

大衆演劇とは、江戸時代の「大芝居/小芝居」の区分のうち、小芝居が発達したものだとされる。ちなみに大芝居は現在の歌舞伎となった。だから、大衆演劇と歌舞伎は根っこは近いが、方向性や規模はかなり異なっている。

そして、誤解を恐れずに言えば、大衆演劇はアウトローであり、かなりやくざな「裏」世界でもある。だから、格下に見られがちである。

こんなエピソードを聞いた。

ある大衆演劇の劇団座長が居酒屋で仲間と飲んでいた時、大衆演劇から芸能界にデビューした有名な若手役者がたまたまその店に入ってきた。その若手役者からすれば、その座長は先輩にあたるので、挨拶に行ったところ、その座長は彼にこう言った。

「ダメだよ、表(芸能界)の人間が、俺みたいな裏(大衆演劇)の人間に頭なんか下げちゃ。」


実際、やくざから足を洗って大衆演劇のある劇団に入った役者もいる。たまたま銭湯で一緒になったが、彼の背中には立派な刺青が入っていた。勿論、舞台では絶対にそれを見せることはない。送り出し(芝居と舞踊ショーが終わったあと、役者が出口で客を見送ること)の時に何度か言葉を交わしたが、とても物腰の柔らかい人だった。

他にも、噂では、バカラ賭博にはまって巨額の借金をつくって夜逃げした役者もいるそうだし、学校も幼い頃から毎月転校していているから、最初の1日か2日だけ通ったらあとは行かなくなり、芝居の手伝いをしたり、子役として舞台に立ったりしている役者も多い。「最終学歴は小学校中退」と冗談めかして笑う役者もいる。

こうして書くと、大衆演劇に対してネガティブな印象を受けることが多いかもしれないが、逆に言えば、大衆演劇は「行き場のない人々のセーフティー・ネット」であるとも言えるし、家族単位で移動することが多いから、親子・家族の触れ合いが非常に濃厚だとも言える。子どもの成長をすぐ間近で見られるし、親も子どもに自分の仕事を見せることができる。

そういえば、以前、ある劇団がリストラされた中高年を積極的に募集したことがある。照明や音響など、芝居の手伝いをしながら再就職先を探してもらうためだ。いわば現代の「駆け込み寺」とも言えよう。

それに、すべての役者がみなやさぐれた生活を送っているというわけではないし、舞台に出る時は皆、「自分こそ最高の役者だ」という矜持を持っている。

以前にも書いたが、森川竜馬君の誕生日公演の時、舞台上で、彼が歌う歌のバックでギターを弾いたことがある。この時は朝からずっと舞台裏にいて、劇団員の動きを生で見ることができた。これは実に貴重な体験だった。

芝居が始まると(ぼくは芝居には出なかったが)、舞台袖で女優さんが自分の台詞を真剣な眼差しで一生懸命呟いている。いつもなら冗談のひとつでも言えるが、とても声をかけられる様子ではない。なにしろ、毎日、芝居の外題(げだい:演目のこと)が違うのだから、台詞を覚えるのも必死だ(もっとすごいところだと、毎日、昼夜で外題が変わる劇場もある。そうなると、1ヶ月に60本近い外題が必要になる)。

殺陣(たて)の稽古も見た。どのように刀を降り下ろし、どう交わすかを真剣に話し合っている。模造刀とはいえ、ひとつ間違えると大怪我に繋がる。実際、刀が当たって鼻を骨折した役者もいた。

舞踊ショーが始まると、華やかな表舞台と裏腹に、舞台裏はてんやわんやの大騒ぎである。大量の衣装を用意し、それぞれの役者が出番に向けた準備(化粧・着付け)を行う。躍り終えて舞台裏に引っ込むと、着物係が汗などの処理をして片付ける。着物だけでなく、かつらや草履、扇子、刀などの道具も必要だ。

書き出すときりがないが、役者が裏方を兼ねていることも多く、開演中は本当に息つく暇もない。


アウトロー、と先に書いたが、格式張らないぶん、出し物もかなり自由度が高い。基本的には日舞をベースにしているが、ヒップホップを取り入れたり、沖縄や韓国の曲を取り入れたりもする。衣装も個性的(ヴィジュアル系バンドに通じる衣装が多い)だし、観客を飽きさせないようサービス精神も旺盛だ。

ぼくじしんが、やくざな業界(苦笑)に身を置いているから、大衆演劇の役者さんと通じあうものもある気がする。

そんなわけで、今月はあと何回か足を運ぶことになるだろう。だが、これも実は仕事に役立つ勉強だと思っているし、一種のフィールドワークなのだろうと思う。

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