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2012/07/21

History repeats itself.

もう二十年ほど前の話だが、確か大阪か奈良で中学生数名が天皇陵に忍び込んで補導されるという事件があった。

動機は「何か大発見をしたら目立つと思ったから」。

このニュースを読んで、そのことをふと思い出した。

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■小2いじめ、泣く様子動画投稿…中3書類送検へ
(読売新聞 - 07月21日 11:47)
http://www.yomiuri.co.jp/national/news/20120721-OYT1T00402.htm

 小学2年の男児(7)をいじめて泣き出すまでの様子を動画撮影したとして、神奈川県警津久井署は、相模原市内の中学3年の男子生徒(15)を暴行と軽犯罪法違反(つきまとい行為)容疑で横浜地検相模原支部に書類送検する方針を固めた。

 25日にも書類送検する。男子生徒は「注目を集めて閲覧数を上げたかった」などと話しているという。

 同署によると、男子生徒は5月15日夕、同市緑区内の路上で、下校途中の男児に後ろから近付き、わざと体をぶつけて脅し、男児が泣く様子を別の中学3年の男子生徒(14)に撮影させて、つきまとった疑いが持たれている。動画は同日中にインターネットの動画サイト「ユーチューブ」に投稿された。同署は撮影した生徒も同法違反(同)の非行事実で家裁送致する方針。
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このところ、こうした事件がよく報道されるようになった。

「注目を集めて閲覧数を上げたかった」という動機は、古墳に忍び込んだ中学生と同じだ。非常に安直。だが、「発見したかった」という動機の方がまだかわいげがあると思う。何の罪もない子どもを巻き込んでこうした撮影をするのは卑劣で愚かだとしか言いようがない。じぶんより弱いものにしか矛先を向けられないヘタレだ(かといって、強いものに対して闘いを挑めとそそのかしているわけでもない)。

人間は、元来、他者から承認されたいという欲求を持っている。それじたいは否定しない。もちろん、ぼくだってそうだ。

問題は、それをどのような方法で行うかだ。

人から認められるような才能が無ければ、努力するしかない。努力が必ずしも報われるとは限らないが、努力しなければ一生報われることはない。


そういえば、誰かが「Facebookやmixiの〈いいね〉ボタンは、承認欲のあらわれだ」と言っていた。Youtubeの閲覧数や投票数もそうだろう。

技術が進歩し、だれでも手軽に投稿できるうえに、数値で承認がわかりやすくなった分、競争もエスカレートする。

ネットでは、誰もが情報の発信者になれる。そして、ほんの数年前には想像もできなかったようなことがいとも簡単に成し遂げられる。それにより、「オレってすげえんじゃね?」という勘違いも増える。いわば「全能感」。


だが、誰もが発信者になれるがゆえに、競争相手も多く、かえって承認されにくくなる。

そこで更なる承認を求めて、より過激な(そして安直な)方向へと向かう。


あの古墳の中学生たちも、時代が違えば、同じようなことをしていたかもしれない。

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