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2012/03/31

March

さよなら3月、また来て4月…(; ̄ー ̄A

2012/03/30

Back and forth...

福山校での春期講習会、3日目が終了。

明日の朝、広島で用事があるため、授業のあと福山を出て広島へ。荷物が多いのでけっこうしんどい((T_T))。

小分けにして宅急便で送ればよかったなあ…。今回はスーツを4着とワイシャツやら何やらを持ち歩いているので、いつもにまして荷物が多いのだ。今後、軽量化と合理化とを考えねば。

今夜は広島のホテルで原稿を書いたり、英作文の添削をしたり、楽曲の打ち込みをする予定。明日は用事を済ませてから福山に戻り、夕方から授業。その後、岡山に戻って、日曜日の友人の結婚式に向けた支度をせねば。

月曜日からは能開予備校岡山校で春期講習会。これが8日まで続いて、9日はSES新学期開講。今度は何連勤になるやらw
( ̄▽ ̄;)

それにしても、スマートフォンにしてから、mixiやFacebookやコロプラをチェックする回数が大幅に減ったなあ、と思う。Twitterのつぶやきにしてもそうだが。もっともそれは、春期講習会で忙しくてあまりじぶんに余裕がないためであるかもしれないが。

その代わり、キーボードを使ってこうして長文を打てるようになったので、その点はかなり楽になったのだが。

2012/03/29

What a surprise!!

What a surprise!!
昨夜は授業のあと、かつての教え子で、能開予備校で講師をしている宮脇君と肉祭り。久しぶりの再開で話が盛り上がり、結局、4時まで飲んでいたw

今日はメルマガの原稿などを書いたりして過ごし、夕方から授業。

そこでびっくりしたことがあった。

数年前の東大の問題で、文中にPokemonという単語が出てきた。もちろん、「ポケモン」のことだ。

「こんな単語見て『何だろう?』なんて悩んだり、辞書ひいたりしちゃダメですよ〜。載ってるわけないですからね…」と言った後、念のためにその場で電子辞書(ジーニアス大英和辞典)でPokemonと入力したところ…


あったw
(@ ̄□ ̄@;)!!

「大辞典だからだろう」と思いきや、生徒さんの持っていた中辞典にも載っていた…ORZ

ええええええええええ!!

「ドラえもん」も「ウルトラマン」も載っていないのに…

いやはや、調べてみるもんだ。己の不明を恥じたことは言うまでもない。

2012/03/28

The First Impact!!

The First Impact!!
今日から福山校で春期講習会。

昼過ぎに岡山を出て福山へ。

今日と明日は福山に泊まり、明後日は広島に泊まるため、荷物がかなり多い。

岡山を出る前に近所の電器店で「Bluetoothキーボード」を購入。使い勝手はなかなか良い。これで少しはストレスが軽減できれば良いのだがああ…。
(; ̄ー ̄A

確かに入力しやすくて、いまもそれを使って書いてはいるが、いちいちキーボードを出して…というのも結構面倒かもしれない。スマートフォンというわりに、ちっともスマートではないような気もするw

今日は英文読解についてはUNIT 1の【2】の下線部の手前まで。文法・語法についてはUNIT 1の【2】まで。明日から、徐々にペースを上げていく。

生徒さんの雰囲気もとても良くて、楽しく勉強してもらえそうで何よりだ。

新人に戻ったつもりで、新鮮な気持ちで臨みたいと思う。

2012/03/27

Under some stress...

今日はSESの春期授業だったが、その前にリースしているコピー機の入れ替えがあり、ついでに大掃除(というほどの規模でもないから、「中掃除」ぐらいか)をした。デスク周りはかなりすっきりしたが、それでも相変わらず本と書類の山w


携帯をAndroidのスマートフォンに変えて、ネットへのアクセスは格段に向上したものの、文字入力がしづらく、ストレスが溜まっている。

ガラケーのときは割と頻繁にツイートしたり、ブログへの書き込みも行ったが、どうも勝手が違っていて、あまり書く気にはならない…。

とは言え、書きたいことや書かねばならないことは相変わらず山のようにある。

こうなりゃ、Bluetoothのキーボードを買って書くしかないかw


明日から4日間(28日~31日)は能開予備校の福山校にて春期講習会(31日は午前中に広島の河合塾まで所用で出向かねばならない)。

4月1日は友人の結婚式。二次会の司会進行を頼まれて悪戦苦闘中w

4月2日~8日は能開予備校の岡山校で春期講習会(8日はその前にSee Ya!の練習w)。

そして、9日から新学期開講。

貧乏暇なし、金なしw

2012/03/26

It's good to be great!!

昨日は、母の携帯電話の機種変更に付き合うことになり、両親と3人で某電器店へ。

最初はiphoneにするつもりでいたが、母は店頭の見本をいじくっているうちにあまりのややこしさに断念w

結局、一番シンプルな高齢者向けのガラケーに。

で、ぼくもついでにスマホに変えようと思い立ったものの、やはりタッチパネルでの文字入力は苦痛以外のなにものでもなく、店員さんと相談した結果、ガラケーのキーボード(というか文字入力ボタン)のついたAQUOS PHONEにすることにした。

ボタンが普通のガラケーよりも小さいので、慣れるまでは時間がかかるが、まあ、ボタンがついていないよりはましか、と。最悪の場合、Bluetoothのキーボードを買おうとしていたのでw

その後、両親を連れて近所の回転寿司へ。ここはネタも新鮮で、いわゆる安売りの(105円均一とか…)回転寿司ではないから、美味い物が堪能できる。行くとかなり混んでいて、前に9組ほどいたが、20分ほど待っていたら席が空いた。

食事ののち、両親とわかれて、ぼくは近くのマクド●ルドへ。と言ってもまた食ったわけではなく(苦笑)、原稿があったのと、そこはパソコン用のコンセントが使えたので、充電しがてら仕事をした。

そんなわけで、スマホの使い方に四苦八苦し、さらに原稿にも四苦八苦していたら、25日の日記を書くことができなかった。月に一度のお休みだと思ってご勘弁を。


23日・土曜日の晩は、山本直純さんの没後10年のメモリアル・コンサートに行った。

その名も『山本直純没後10年 直純さんがやって来た 大音楽会』。

3部構成で、第1部「ユニークな作曲家・直純さん」は直純さんがテレビ向けに書いた曲や、直純さん作曲の童謡が中心。また、声帯模写でおなじみの四代目・江戸屋猫八さんをフィーチャーした「みみくり協奏曲」や、様々なクラシックの名曲をつなぎ合わせて1曲にした「ピアノ狂騒曲ヘンペラー」といった名曲(迷曲!?)も演奏された。

第2部は「直純さんを「おやじ」と慕ったさだまさしコーナー」と題した、さださんのステージ。直純さんはさださんの曲を数曲アレンジしており、その中から『親父の一番長い日』『空色の子守歌』『防人の詩』の3曲が披露された。『親父の一番長い日』は12分30秒の大曲。まさか、生で、しかも新日本フィルハーモニー交響楽団の演奏とともに聞けるとは思わなかったので、とても嬉しかったし、『防人の詩』もこれまで幾度となく聴いたことがあるけれど、これほど感動したのは初めてだと思う。

そして第3部「後世に伝えたい直純さんの名曲」は、直純さん作曲の「交響譚詩 シンフォニック・バラード」と合唱曲「田園・わが愛」(作詞:寺山修司)からの抜粋。

アンコールは、出演者勢揃いで「歌えバンバン」の大合唱だった。

若い人は直純さんの名前を知らないかもしれないが、直純さんの作った曲は、たぶん必ず一度は聴いているはずだ。

アンコールの『歌えバンバン』もそうだし、『一年生になったら』や『ミュージックフェア』のテーマ曲、そして『男はつらいよ』の音楽も直純さんの作曲だ。

ぼくたちの琴線に触れる曲をたくさん作ってきた直純さん。亡くなったのは2002年の6月のこと。ぼくは、通夜にも葬儀にも参列した。たまたま父が学生時代に直純さんの弟子だったので、それ以来、家族ぐるみでお付き合いさせていただいた。

実は、晩年の直純さんは、ぼくをマネージャーにしたがっていて(ご本人からも言われたし、ぼくの父も何度も「お前の息子はいつ岡山から帰ってきて俺のジャーマネになるんだ!?」と催促されたそうだ)、もし本当にそうなっていたらそれはまたそれで面白い人生を歩むことになっていたかもしれないが、残念ながらそれは実現しなかった。

ただ、実はいま、ある計画(というよりは「野望」だが…)があって、ひそかに進行中である。

うまくいくといいのだが…。

そんなわけで、この春からは予備校の移籍と、あれやこれやの原稿と、その「野望」とでものすごく忙殺されることが決定しそうだw

2012/03/24

Pleasant encounters!!

昨日は人との新しいつながりがたくさんあった。

たまたま村上啓介さんが新宿のライブハウスSACT(サクト http://www.sactsow.com/ )でライブをされると知り、現地へ。開演前にたまたま啓介さんが楽屋から客席に来たとき、ぼくを見てものすごく驚いていた(笑)。
( ̄∇ ̄)

キャパ40程のこぢんまりしたハコだが、デザインがとてもおしゃれで素敵な空間だった。

この時は、前半がシンガーソングライターの鈴木雄大さん( http://www.yudaisuzuki.com/index.html )のステージ、後半が村上啓介さんと恵美直也さん、最後は3人でのセッション。20時開演、23時終演の3時間だったが、楽しくてあっという間だった。

終わってから、SACTでプレイヤーやお客さんと飲みながら音楽談義。

その中に、シンガーソングライターの奥村慎也さん( http://www.maroon.dti.ne.jp/okumurashinya/ http://blog.m.livedoor.jp/qpqp4n8/?guid=ON )の姿もあった。奥村さんと話してみてびっくりしたのだが、なんと、奥村さんはさだまさしさんの親戚だった。奥村さんのお母様が、さださんのいとこなのだそうだ。
Σ(°□°;)

そんなこんなで気がついたら2時半を過ぎていた(笑)。啓介さんはSACTのスタッフの皆さんと熱くライブハウス談義。恵美さんは「眠くなったから帰る」とのことで、方向が一緒だったので、ぼくとタクシーで一緒に帰ることに。
(^^;)

啓介さんはまだスタッフさんとお話中だったので、一足お先に失礼し、タクシーを拾ってトランクを開け、恵美さんの荷物を入れようとしたら、たまたま恵美さんの知り合いの方から電話があり、恵美さんから「よかったら、近くに知り合いがやってる店があるんだけど行かない?」とのこと。
(°□°;)

せっかくの機会なのでご一緒させていただくことに。
( ̄∇ ̄;)

タクシーの運転手さんに丁重にお断りして、歩いてその店へ向かった。

そこは恵美さんの音楽仲間がやっているお店で、店内にはギター、ベース、パーカッション、キーボードが置かれていて、気がついたらセッションが始まっていた(笑)。

結局、このお店に4時半頃まで滞在し、タクシーで帰宅。帰りの車中でも、恵美さんと音楽や教育の話で(恵美さんはベースのインストラクターでもあるので)盛り上がった。


…というわけで昨日は、啓介さんとの再開、恵美さん、鈴木さん、奥村さん、SACTのスタッフの皆さん、恵美さんのお友達の皆さんと、多くの方々との出会いがあった。

ただ…ひとつ、気がかりなことが…。

…啓介さんは、あれから無事にお帰りになられたのであろうか…。
(・_・;)

2012/03/23

All of a sudden...

All of a sudden...
…というわけで、いきなり村上啓介さんのライブへwww

とりあえず先ほど終演し、今から飲み会www

2012/03/22

I'm no longer what I was...

I'm no longer what I was...
I'm no longer what I was...
I'm no longer what I was...
昨日から東京の実家に帰る予定だったが、岡山でやらねばならないことが多々あったので、結局、今日に延期した。
(^^;)

午後の新幹線で東京に向かい、実家へ。年に一度、年末から正月にかけて帰省しているが、いつも12月31日から1月2日までの2泊3日しかいられなかった。今回はたまたまスケジュールをまとめて空けることができたので、少し長く滞在できる。

主な目的は24日に行われる山本直純さんの没後10年コンサートだが、先日、父が「足腰が弱って…」と珍しく弱音を吐いていたので、たまには話し相手にならないと、と思って長めに滞在することにした。

実家の近くに新しくできた居酒屋で夕食。帰宅してから母が昔の写真を持ち出して来る。

ちなみに帰宅した時の母の第一声は「また太ったでしょ!!」。次いで、迷彩柄のオーバーを見て「そんな服を着て…小さい頃は品があったのに…お母さんはあんたをそんな風に育てた覚えはありませんよ」であるwもう何度となく聞いているがwww

そんなわけで、「品が良かった」頃の写真を何枚かw

生後8ヶ月と、5歳頃のもの。


うむ。確かにどことなく高貴な感じがwww

思えば遠くへ来たもんだ…。
(-.-)y-~~

2012/03/21

I wonder what I should tell you...

今日、この春から中3になる長男を連れて能開予備校に行った。

ぼくがこの春から能開予備校に出講するのも、じぶんがかかわる職場に息子を通わせれば、目が行き届くので安心だと思ったからだ(笑)。何しろ、父親の職場だからサボったりしようものならえらい目にあうことは本人も承知している。それに、スタッフの皆さんもとても親切なので、お任せしたいと思ったわけだ(本来はSESに来させれば良いのかもしれないが、何しろこの春からは週1日しか開講しないうえに、他の科目の面倒を見ることができないし、家は岡山市内なので、結局、能開セミナーが最適だろうと判断したのだ)。

最初は挨拶だけと思ったのだが、結局、クラス編成テストもその場で受けることができたので、テストを受験させた。その間、父は講師室で原稿の執筆(笑)。

息子は将来、システムエンジニアなど、コンピュータ関連の仕事に就きたい、と話している。

ただ、ぼくとしては複雑な心境だ。

もちろん、じぶんの好きな道に進めば良いとは思う。だが、たとえコンピュータ関連の技術を身につけたとしても、それは最低限必要なものに過ぎず、あとは創造性の部分での勝負になるわけで(どうやら長男はゲーム作りに携わりたいと思っているようだ)、ましてや、若いうちならともかく、定年(という概念が数十年後まで残っているかどうかも怪しいが)まで続けられるとは到底思えない。

もちろん、いまこのような心配をしても始まらないかもしれない。そもそもコンピュータ業界はこの20年間で飛躍的に進歩を遂げてきたわけで、ぼくが高校生のころにはそんな進路を考える生徒はごくまれだったはずだから、20年後にはどう変化しているのかもまったくわからないのだから。

だが、父親としては(…と胸を張って言えるほど立派な父親ではないが)非常に複雑な心境であることも確かだ。もちろん「安定を求めて公務員に…」なんて安直なことは言わない。何しろ、じぶん自身、安定などと無縁の世界にいるのだから、説得力ゼロであるw

ただ、この10年間で社会が恐ろしく劇的に変化していることは肌で感じているし、昨年の震災・津波・原発事故で、日本はもう取り返しがつかないほどの暗闇の中に包まれてしまったことは確かだと思う。特に原発に関して言えば、ぼくが死んだ後もまだ問題は解決していないであろうし、ぼくらやぼくらの上の世代が享受した快楽の「ツケ」を子どもに回してしまうことになるのだから、申し訳ない気持ちでいっぱいになる。

それに、以下のブログにあるように、IT業界も最大手ですら「人材の使い捨て」の状況であるのだから、親としては「コンピュータ関連に…」と息子が望んだとしても、安易に「そうしなさい」とは言い辛い。

==========
 本ブログの筆者が,つい最近聞いた話である。今春,東京都心に位置するミッション系大学を卒業予定のある女子学生は「サイバーエージェント」に内定をもらったというので,つぎのような会話をすることになった。「実は私の娘も同業種の○○○○○という会社に勤務していたが,人使いが目茶苦茶に荒いので,最近とうとう辞めてほかの同業種の会社に移って,似たような仕事をしている」といったら,彼女いわく「そうなんです,この業界は若くないととても身体がもたないくらい酷使するのが一般的なんです」。「定年まで勤務できるなんて,全然考えもいません」。

(中略)

「あなたの娘さんは何年勤続でした」とも聞かれたので,「6年」と答えたら「30歳代まででよく6年間も働きつづけましたね」。「私なんか新卒でも,いったい何年勤務できるか,いまから予想もしかねている」とも答えてくれた。サイバーエージェントは,大卒でもすぐに手取り30万円になる賃金を支給するが,その後の「人事考課」は非常にきびしく,若者の活力にずいぶん依存しきった事業内容である。しかも,このIT業界では退職金なしの会社も多い。ここでいきなり,似たような仕事・業務を無理やりに挙げてみれば〈デイトレレーダー〉がある。あるデイトレーダーの年収実例を紹介する。

 ☆「年齢 36歳,男性」で「年収(税込み)-780万円」。
 ☆「当人のコメント」:「過酷な仕事です」「結果だけを求められます」「それを出せるならば,稼ぎは大きいです」。
 註記)http://dekisala.com/modules/tinyd3/index.php?id=34

 36歳で年収780万円という金額がはたして,どれほどの賃金水準かといえば,一流企業のそれとしては必ずしもすごく高いとはいえない。平均的に評価すれば高めのほうではあるが,仕事・職業・業種によって多種多様に異なる賃金水準であるから,いちがいに即断できない。「過酷な仕事」であって「結果だけを求められる」からには,年齢が上がっていけば「脳細胞も身体自身もその仕事に着いていけなくなる」可能性が出てくる時期が,ほかの仕事よりもはるかに早く到来することは必然である。

http://pub.ne.jp/bbgmgt/?entry_id=4224271
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「大手企業」といえば、こんな記事もあった。

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就職人気企業225社のうち60.8%にあたる137社が、国の過労死基準を超える時間外労働を命じることができる労使協定を締結していることが、労働局に対する文書開示請求から明らかになった。開示請求したのは、「時間外労働・休日労働に関する協定届」で、労働基準法36条に基づいて労使間で結ばれることから「36(サブロク)協定」と呼ばれる。
http://www.mynewsjapan.com/reports/1385
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もちろん、こんな状況は、じつは昔からあたりまえのことで、いまに始まったことではない。

それに、自営業・自由業(つまり、ぼく自身)ならば、時間外労働なんてあたりまえ…というよりも、どこからどこまでが労働時間なのかわかりゃしないw

大手であれ中小であれ、企業の正社員であれば法的な保護はかなり手厚く受けられるのであるから(そのぶん、自由は制約されるが)、どっちもどっち、と言ったところかもしれない。

だとしたら、ぼくが息子や、そして息子と同じ世代の生徒さんたちに伝えられることは何なのか。語学などの知識ももちろん必要だが、それ以前に何よりも、「社会がどんなふうに変化しても、その変化に合わせてしなやかに生きるための適応力」ではないか。少なくともそれは、ぼく自身がこれまでもがきながらも実践してきたことにはなるであろう。何しろ、ぼくの業界も変化が激しいから、そこで生き延びるには、硬直した「過剰な適応」ではなく、柔軟に変化する「適応力」が必要である。もしぼくがこれ以上適応力がなくなって硬直してしまったら、そこでぼくはこの仕事を辞める覚悟でいる。

ちなみに息子には、宮台真司さんの『14歳からの社会学 ―これからの社会を生きる君に』を既に読ませていて(笑)、本人は「面白い」と言っていたから、今度は『宮台教授の就活原論』を読ませてみようかw

果たして「適応力」の重要性が伝わるであろうか…。

2012/03/20

Tomorrow is another day.

明日から6日間、久しぶりのまとまった休み。とはいえ、原稿もたくさんあるので、あまり休める感覚はない。

今週末は、故・山本直純さんの没後10年コンサートがサントリーホールで開かれるので、それを両親と見に行く予定。その前後数日間は東京に滞在するつもりだ(もちろん、原稿を片付けながらwww)。

さてと、とりあえず明日〆切の原稿にとりかかるか…(-_-;)。

2012/03/19

A strategy for TOEIC

この春から大学生になる皆さんへ。TOEICの勉強をする人がかなりいると思うので、いくつかお話を。

まず、TOEICの全体像を把握しよう。そのために最適なのが『TOEIC新公式問題集』シリーズ。Vol.1~Vol.4まで出ている。

『TOEICテスト新公式問題集』

TOEICは過去問題を原則として公開していないので(問題用紙を持ち帰ることもできない)、この『公式問題集』シリーズが唯一の「過去問題を使った問題集」となる。

ちなみに、これ以外の問題集は、執筆者がTOEICを受験して必死に問題を暗記し、それを元に傾向分析をおこなって作られたもの。TOEICでは試験中にメモを取ることもできないし、問題もすべて回収されるため、これは相当な労力と実力が必要とされる。

秀英予備校の関正生先生がその苦労話をブログに書いておられるので、参考まで。


閑話休題。


とにかく、最初にこの『TOEIC新公式問題集』で一度、模試を受けてみよう。本番と同様に時間をはかり、リスニング(45分)→リーディング(75分)の順に120分ぶっ通しで問題を解き、どれくらいの分量・難易度なのか、また、どんな形式なのかを知ること。そして、答え合わせをしてみよう(※ちなみにTOEICは素点ではなく偏差値法で計算されるため、仮に正解数が0でも0点にはならず、逆に全問正解しても満点(990点)にならない場合もある)。

最初は惨憺たる点数かもしれないし、分量の多さに圧倒されて時間が足りなくなるかもしれないが、それが今のじぶんの現状なのだから、それを、きちんと受け止めて、苦手な分野の対策を進めていこう。

個々の分野については機会を改めていずれ…。

2012/03/18

There's no time to lose...

There's no time to lose...
There's no time to lose...
今日は福山校にて体験授業。昨日はワインレッドのスーツだったが、今日はオレンジwww

最初は地味にデビューするつもりだったが、結局こうなったwww

福山校の生徒さんもみな熱心で、一生懸命受講してくれた。春からがますます楽しみになった。

早くテキストができないかなぁ…。
( ´∀`)


…って、原稿出したのが3月に入ってからだから、まだ少しかかるか…orz

福山校から岡山に戻って、ネットカフェで原稿作成。28日からの春期講習会のテキストがまだ…。
(-.-;)

某社の原稿も〆切が明日のものと21日のものと26日のものが…

(」゜□゜)」あわあわあわあわあわ

2012/03/17

At the beginning...

At the beginning...
今日は、9:15〜12:45が創志学園高校春期講習会最終日。その後、17:00〜19:55が能開予備校体験授業。さらにその後が飲み会(笑)と何だかせわしない一日。


体験授業は、高3・高2とも、生徒さんの雰囲気がとても良く、反応も良かったと思う。

春期講習会・新学期が楽しみだ。
(*´∀`*)

明日は福山校で体験授業。さあ、新たなステージへ(笑)。

2012/03/16

Hot spice!!(^^;)

Hot spice!!(^^;)
創志学園春期講習会も、あと一日…。
(^^;)

これ食って元気出すかw

2012/03/15

Other things being equal, the simplest explanation is best...

今日、高校の授業アンケートが返ってきた。生徒さんが授業を評価するアンケートで、いわば、「教師・講師の通知票」。予備校ではこれまで何度も経験があったが、学校では初めてだったので、とても新鮮だった。

個々の項目についての言及は避けるが、結果は想定の範囲内。悪くはないが、すべての項目において満点というわけではない。じぶんの強みも弱みも、そのまま反映されている。

ぼく自身の授業スタイルは、いたって「普通」だと思う。じぶんが英文や問題を目の前にしたときに、どのような筋道で考え、読んでいるかを説明する、ただそれけのことだ。

そして、それを生徒さんがじぶんの頭の中で再現するために必要な道具とともに提示する。あとはそれを生徒さんが反復してじぶんの中にインストールすれば良い。

ここで問題なのは、その道具をどれだけシンプルにすべきかということだ。

ぼくの場合、最初に「全体像」を示すことが重要だと考えているため、最初の説明を聞いた時点では、たいていの生徒さんは複雑だと感じるようだ。

たとえば、asという単語に出会ったとき、その文章の中での意味と用法だけを説明すれば簡単だし、時間もかからない。

だが、ぼくの場合、入試に必要なasの用法をそこですべて説明することにしている。そして、そのあとに他の文章でasが登場したら、最初に説明したときの枠組みに戻って確認するのだ。

これだと、最初の説明に時間はかかるが、全体像を何度も繰り返し振り返るから、知識の断片化を防ぐことができる。

その枠組みをどれだけシンプルにするかが、いつも悩みの種だ。すべてのことを一つの原理だけに集約する説明は、受け手としてはインパクトもあってわかりやすく感じるが、一つ間違えれば「おおざっぱ」な説明になり、かつ、「言語センスのある人はそこから派生させられるが、センスのない人はわからなくなってしまう」という欠点もある。

かといって、細かい例外など、枝葉末節まですべて網羅した説明では、受け手が消化しきれない。

このさじ加減が難しいのだ。

この仕事を始めて20年以上経過したが、年数を経て経験が蓄積されると、どうしても説明が複雑で重層的になりがちだ。

若い頃は、ナタでズバッと切ったような説明をしていたが、年々説明が細かくなり、小刀で切り絵を作るような、精密な説明になってしまうのだ。これだとかえって全体像を見失ってしまいかねない。

そんなわけで、いま、文法の解説を中心に「網羅性のあるスリム化」に挑んでいる。ある程度かたちになったらどこかにアップしたいと思う。

2012/03/14

A strategy for success...

月曜日に創志学園高校春期講習会の決起会で話した内容のまとめ。

==========
【1】現状を知り、現実と向かい合うこと。

まず、2012年用の進研模試ランキング(私大)と2002年用のランキングを見比べて、私大がこの10年間で二極化していることを示した。文系のボリュームゾーンは大幅に下がり、医歯薬系も大学数が増加したが、その分、分布範囲が広くなった。

いまは「大学全入時代」。選り好みをしなければ、一応、大学生になれることはなれる。君は、ただ単に大学生になりたいのか、それとも特定の〈難関〉大学に入りたいのか。

前者であればさほど受験勉強で苦労する必要はないかもしれないが、後者ならば、現状とどれくらいかけ離れているのかを把握した上で、目標に向けた具体的な戦略を考える必要がある。もちろん、前者であっても入試であまりにもひどい点数ならば当然不合格になる可能性はあるが。

また、単に偏差値のランキングだけで大学を選ぶのも意味がない。

大学も企業であり、学生を確保するためにサービス(授業)を充実させようと努力している。偏差値で「下位層」とされる大学は、確かに、入りやすいかもしれないが、だからといって「悪い大学」というわけではなく、大学の授業についていけるように、また、卒業後のことも考えて、とりわけ1年次の「リメディアル教育」の充実をはかっている。

たとえば、宮崎県延岡市にある九州保健福祉大学の薬学部は、偏差値ランキングでは50を切るが、薬剤師国家試験の合格率は極めて高く、2009年度には新卒合格率97.06%で日本一にもなった。

ぼくは以前、オープンキャンパスの講演会で九州保健福祉大学を訪れたことがあるが、その時に広報課の方からうかがった話だと、1・2年次に、某予備校の衛星放送講座を利用して、高校までの学習内容を徹底的に復習させて基礎学力を高めているそうだ。

また、比較的こぢんまりした大学なので、教職員が学生の面倒を手厚くみることができるという利点もある。

もちろん、すべての大学がこうだとは言い切れないが、ただ単に偏差値のランキングだけで選ぶのではなく、オープンキャンパスや入試説明会に足を運び、その大学について一つでも多くの情報を仕入れて志望校を選ぶべきだと思う。

そして、少なくとも、第一志望校の赤本(前年度分で構わない→Amazonで手に入るはず。なければ先生に相談)は過去3年分を、ゴールデンウイーク明けまでに最低3回は通して解くこと。

これにより、まず、じぶんが越えねばならないハードルの高さを知ることが大切だ。そして、そのハードルとじぶんの間にどれくらいの開きがあるのかを知ること。さらに、ただ解くだけでなく、間違えた問題をとことんやり直し、苦手分野を潰すことが重要である。


【2】大学入試は高校入試とは異なる。

高校入試は「中学の復習」だが、大学入試は「高校で学んだ内容+大学で学ぶために必要な知識・思考力」が問われる。〈難関〉とされる大学ほど後者の要素が大きくなる。

学校の授業をただ受動的に受けているだけでは絶対に間に合わない。もちろん、学校の授業すらろくに消化できていなければ、どうあがいても絶望的であるが。。

みずから調べ、積極的に新しいことを貪欲に学ぶことが必要だ。

また、大学は、大学を出た後の職業や進路にも直結するのだから、当然、大学を出た後のことを念頭に置いて進路選びをしなければならない。

ただし、大学はあくまでも研究機関なので、大学の勉強が社会に出てそのまま役立つとは限らない。それから、学部や学科の名前だけで判断すると、入ってから「思っていたのと違った」という「ミスマッチ」も起こりかねない。ここでもやはり「調べる」ことが大切だ。

なお、仮にAO・自己推薦を受験しようとするのであれば、スケジュールを半年短縮しなければならない。もうすでにじぶんのビジョンがはっきり定まっていて、それに向けての準備ができていなければ間に合わない。

人よりも早く大学に入ろうと思うのならば、じぶんが人よりも優れていることを具体的に証明しなければならないのだ。


【3】所詮、大学は通過点。その先を見据えて計画を。

大学は「専門家(の卵)」になるための場所だ。じぶんが何の専門家になりたいのかを決めねばならない。若い君たちには酷な話かもしれないが、大人になるというのは、他の可能性(選択肢)を捨てて、一つの可能性(選択肢)に賭けることである(一つに絞りきれなくても、選択肢はある程度絞り込まねばならない)。

10年後、とまでは言わないまでも、せめて、大学を卒業する時点でどんなじぶんになっていたいのかを(一つに限定しなくても良いので)決めておくこと。

将来像が具体的であればあるほど、それに対する動機づけも強固となり、また、アプローチも具体的になる。

大学は、社会に出るまでの「通過点」に過ぎない。大学入学は人生の最終目標ではないのだ。

こんな不透明な世の中で、じぶんの将来なんて何にも考えられないかもしれないが、どんな状況になろうともしなやかに適応する適応力を養おう。


【4】AO入試は甘くない。

いつも講演会で話しているが、AO入試で合格する人材(=大学が欲しい人材)とは〈社交的なオタク〉。じぶんが何を専門とするかが明確に定まっていて、かつ、それについて何らかの蓄積や実績がある上で、人の意見を聞き、じぶんの考えを的確に伝えられるコミュニケーション能力・プレゼンテーション能力を持っていることが必須だ。

これを言い換えると、「ゼミでリーダーシップがとれる学生」とも言える。

AO・自己推薦入試を受験したい人は、じぶんがその人材足りうるかをよく見極めること。

特に、【2】で述べたような将来のビジョンが何もなければ、AO(自己推薦)ではまず受からない。

また、先ほども述べたように、推薦入試とは「じぶんには他の人にはない優れたものがある。だから早くこの大学に入れて欲しい」というものであり、じぶんがいかに優れているかを〈具体的に〉証明する必要がある。

「やる気があります」だの「努力してきました」だのといった漠然とした言葉をいくら並べ立てても説得力はない。

具体的な実績と蓄積をもって証明するしかないのだ。

少し話はそれるが、Twitterでのフォロー/被フォローの関係を考えてみよう。

おもしろいツイートや役に立つツイートを定期的にしている人はフォロワーが多くなる傾向がある(いわゆる有名人もだが)。じぶんが相手をひきつけるだけの魅力がなければ、なかなかフォロワーの数は増えない。

それと同様に、大学がわざわざ早めに合格させるのは、その人に何かしら光るものがあるからだ。じぶんが大学がにとって魅力的な人材であるどうかを考えよう(ここで、過去にAOで合格した受験生の話を例に挙げた)。


【5】小論文も、甘くはない。

「日本語現代文の文章が読み書きできるから、小論文はどうにかなる」などという幻想は今すぐ捨てること。ぼくは浪人時代、現代文の偏差値が代ゼミの記述模試で最高83だったが、小論文は全く書けず、結局、国立は落ちた。

小論文は、現代文とは異なる。時間が許せば小論文とは何か、ということにも言及したかったが、今回は残念ながら割愛した。


【6】学力とは〈能力×環境×動機〉の3つの総体のことだ。

残念ながら、能力は無限ではない。勉強も身体能力の一種であり、いくら努力しても人間が100mを5秒台で走ることができないように、頭脳に関しても、能力には限界がある。

だが、君の能力は、まだ限界にまで挑戦していないはずだ。遊んでいる時間を削り、ひたすら勉強に専念しよう。「忙しい」なんて言い訳は通用しない。

「高校時代の思い出づくり」もいいが、高校も通過点の一つに過ぎないのだ。いくら楽しい高校生活を過ごしても、大学に受からなければ何の意味もない。ぼくじしんも、そうやって高校生活を無為に過ごしてしまったから、結局、浪人した。

基礎ができていないのであれば、この春休み中に基礎の復習、必要ならば中学の復習から一気にやるべきだ(薄い問題集を1冊やるだけでも違うはず)。


環境については、まず、学校をとことん利用しよう。夜8時まで自習室が使えるのに活用しないのは勿体無さすぎる。

「友だち」もじぶんにとっては環境だ。友だち同士で傷の舐め合い・馬鹿自慢をするのではなく、互いに問題を出し合ったり、教えあったりして切磋琢磨できる仲間になるべきだ。

また、ネット環境をうまく使って、学習に生かそう。たとえばTwitterで毎日寝る前に「今日、勉強した内容」をつぶやいたり、ブログをやっている人は、勉強したことをブログに書いてみよう。

こうすることで、学習「習慣」を確立することがとても重要だ。「習慣」とは「やらないと気持ちが悪いこと」だと言える。歯磨きが習慣になっているから、歯を磨かないとき持ちが悪い。これと同じように、「勉強し、その結果をツイートしないと気持ち悪い」となるようにしよう。

なお、人間は、準備に時間がかかることは習慣になりにくいと言われている。たとえば、モバゲーやグリーといった携帯ゲームや、DSやPSPのようなポータブルゲームにハマるのは、ゲームの面白さもさることながら、それが「すぐにできる」からに他ならない。Wiiでも面白いゲームはあるだろうが、ポータブルゲームに比べると準備に時間がかかるから「習慣」にはならないのだ。

だから、勉強を習慣づけるには、「すぐにできる」ようにするための段取りが必要だ。たとえば、家庭学習だったら、その日の「ノルマ」を決めて学習し、その「ノルマ」が終わったら、翌日の「ノルマ」を机の上に広げて、翌日、学校から帰ったらすぐに取りかかれるようにしておくなどの工夫をしよう。

そして、三番目の動機づけだが、動機づけは極力具体的にする事が大切だ。そのためにはまず、学びたいこと、知りたいことを探す。わからなければ、即調べる。合い言葉は「ググれカス」…じゃなくて「ググれ」(笑)。

さらに、なりたい人間(ロールモデル)を探し、そこに近づけるように努力しよう。

2012/03/13

So sleepy...(o_ _)

今日も朝から創志学園高校の春期講習会。終わった後、自宅で食事をしてから睡魔に襲われ、2時間ほど仮眠。普段、夜型のスタイルが中心なので、体に堪える…。


その後、ネットカフェに原稿(今週末の能開予備校体験授業の教材)を作りに行ったが、ネットカフェの駐車場に着いた途端に某社の編集さんから電話があり、原稿の件で相談したいとのこと。

急な話ではあったが夜遅くてもかまわないとのことなので、20時半から23時半まで打ち合わせ…。
(^^;)

2012/03/12

Feeling a little nervous...

Feeling a little nervous...
今日はちょいと落ち込むこと(と言っても、大したことではないし、既に解決済みなのでご心配なく)があったりしたので、少しリラックス中。

名古屋でのGo to elevenさんのライブレポートは後日…
m(_ _)m

2012/03/11

What we should never forget...

1.忘れてしまいたいこと、忘れてはいけないこと、忘れられないこと、忘れ去られてしまうこと。ぼくたちはこの一年間ずっと、その狭間でせめぎ合ってきた。

2.日本は過去にも幾多の大災害にみまわれた。だが、東日本大震災は、その規模のみならず「記録の多さ」という点で、過去に類を見ない。ネットの発達によって、阪神淡路大震災の時とは比べものにならないほどの膨大な記録が残ることになった。

3.ぼくじしんも、じぶんのブログでその時の状況や心境をいつでも振り返ることができる。外化された記憶。忘れてはいけないことをいつでも思い出せる。

4.また、Googleマップやストリートビューのおかげで、被災地の風景を見ることもできるようになった。以前、ブログに書いた唐桑のおばあさん( http://app.m-cocolog.jp/t/typecast/74131/69841/67439966 )の家の様子も見られた。流されてはいなかったが、その家の前に別の家が一軒、流れ着いていたのを見て愕然とした。

5.SNSやブログなどにより、ミクロなレベルでの被災情報のやりとりが可能になった。同時に、デマや不正確な情報の拡散する規模と速さも飛躍的に上昇したが、それを訂正・打ち消す情報も速く広まった。動画サイトに寄せられた震災・津波・原発関連の動画も、過去に類を見ない規模になった。

6.しかし同時に、科学技術の複雑化や生活水準の上昇により、「復興」のハードルは年々高くなり、その分、「復興」と呼べるまでには、過去よりもはるかに多くの時間を要するようになったはずだ。ましてや今回は原発事故も引き起こされ、どう考えても「完全な復興」と呼べる日が来るとは思えない。

7.阪神淡路大震災の時には、まだ「国が何とかしてくれる」という楽観的な希望があったように思える(もちろん、それは何の根拠もない「希望」に過ぎなかったが)。東日本大震災は、国が全くあてにならないということが露呈し、誰も何も信じられなくなった。

8.もちろん、国に対する不信はいまに始まったことではない。日頃から信じていれば多少間違ったことを言っても「誰にも間違いはある」で済む話のはずだ。これほどまでの不信が広がったのは、震災以前から既に政府を誰も信じていないことが表面化したに過ぎないのだ。

9.そして国への不信感を支えたのもまた、ネットである。戦時中の大本営発表が大嘘だと知っているぼくたちは、大新聞の内容よりも、草の根で広がったネット上の情報のほうが「なまの現実」だと考え、それを一つの行動指針・判断基準とした。これにより、国への不信に拍車がかかった。

10.だが、それでも国や電力会社をあてにし、それに依存して暮らさねばならぬぼくたちがいる。復興にしても国や電力会社を抜きにしては始まらない。いわば釈迦の掌の上で生殺与奪権を握られているようなものだ。この震災はそうしたぼくたちの矛盾や自己欺瞞をも大きく浮かび上がらせたことになる。

11.狭い国土に1億2千万人、世界の人口の60分の1近くが住む日本。資源も土地も限られる中、これまでは騙し騙し何とかやってきたが、きっともう限界なのだ。震災と津波を生き延びても、また、ぼくのように被災せずに済んでも、放射能汚染の暗い影がつきまとったままで、何の希望を持てと言うのか。

12.この震災を、これまでのぼくたちの自己欺瞞を総括する契機としなければならない。それが、いま生きているぼくたちの務めではないだろうか。「復興」とは「元通り」にすることではない。元通りにはならないし、元通りにするということは、同じことがまた起きる可能性があるということだ。

13.元通りを目指す復興ではなく、これまでの被害状況をふまえ、将来、為政者が「想定外」などと言い逃れができないような新たなまちづくりを目指さねばならない。それがこの震災で犠牲になった御霊への真の供養ではないか。

14.ぼくは三陸海岸沿いをフィールドワークで歩いた時、たまたま現地で『哀史 三陸大津波―歴史の教訓に学ぶ』 http://www.amazon.co.jp/gp/aw/d/4309020488/ref=mem_taf_books_a?qid=1331470296&sr=8-2 という本を手に入れて読んだので、今回の津波の規模は想定外ではなかった。むしろ「ああ、ついに起きてしまったのか」という思いがあった。

15.ぼくのような素人でも知っていたことを、原発を作った人間が知らなかったとすれば、あるいは、知っていながら手をこまねいていたとすれば、これは大罪である。

16.人間のやることに完璧はない。だが少なくとも、目先の欲に目がくらみ、じぶんの世代が助かれば良いという安易な発想で、ぼくたちの子どもの世代が不幸になるようなシステムを作ってはいけない。子どもたちが大きくなった時に「作ってくれてありがとう」と言ってもらえるようなシステム作りを目指すべきだ。

17.幸いにも、ネット上には膨大な情報が集まり、この震災の大きな「外化された記憶」を形成している。これをきちんと生かし、「震災大国日本」から「防災大国日本」へと脱皮すること、そしてその技術を世界に広めることが、これからのぼくたちの課題ではないだろうか。

2012/03/10

One after another...

One after another...
One after another...
明日のGo to 11さんのライブを見るために、今日は名古屋に前乗り。

夜は大曽根の「味鷹(みたか)」 http://loco.mobile.yahoo.co.jp/place/0996f714baa8d6ac356302a9fe93ca55cfcd8e6f/ で友だちと食事の後、千種のジョージ家 http://www.arkworld.co.jp/george/ へw

しばらくは名古屋に来る機会もなかなか無いので、ハシゴである。
(^^;)

2012/03/09

I hope you'll enjoy your new life!!

今日は創志学園高校の期末試験最終日。ぼくのテストは今日の午前中だった。

監督は専任の先生方が行ってくださるので、ぼくはテスト終了後の昼ごろ学校に行き、すぐに採点した。人数がそれほど多くないので、採点はすぐに終わり、成績処理の準備だけしてSESへ。

夕方、昨年の卒業生が顔を出してくれた。


去年の3月11日は、金曜日だった。そう、今日と同じ。

ぼくは授業の前にたいてい、行きつけのスーパー銭湯でひと風呂浴びるのだが、3月11日は震災の発生直後だったので、その銭湯の食堂でニュースに釘付けになった。ちょうど、仙台空港に津波が流れ込む場面だった。いまでもその場所に行くたびに、その映像が脳裏に浮かぶ。


その翌日の3月12日は、国公立大学の後期日程の日。

実は、今日、塾を訪ねてきてくれたその彼女は、その日、横浜国立大学の後期日程を受験するために上京していたのだ。電話をしたがつながらず、メールを送っても、返事が来ない。確か、夜10時ごろにようやく返信が届いたように記憶している。

「大丈夫です。時計を忘れたので、デパートに入ったら地震が来ました」という内容だった。

結局、翌日、横浜国立大学の入試は中止になり、彼女は昨年の春、東京の予備校で浪人生活を始めた。


そして、今年、上智大学に合格したのでその報告に来てくれたのだ。


合格おめでとう、震災のときは大変だったね、と言うと、そのときのことを話してくれた。


「地下鉄から降りて高島屋の地下に入ったとたんに地震が来ました。周りで店員さんたちが何か叫んでいたけれど、何と言っていたかはわかりません。たぶん、『しゃがんで!』って言われたんだと思ったからその場にしゃがみこんで何とか助かりました」ということだった。


とにかく、元気な顔を見て、安心した。

合格おめでとう。そして、楽しい学生生活を!

2012/03/08

My eyesight is getting dim...orz

My eyesight is getting dim...orz
SESのレギュラー授業のあと、教室に残ってテキスト作成。

目がかすむ…(-_-;)。

疲れ目なのか、老眼の始まりなのか…。
(T-T)

明日は創志学園高校の期末試験(とっくに始まってはいるが、ぼくの試験は最終日にした)。

採点と成績処理が待っている…。
(^^;)

2012/03/07

A long way to go...

読解のテキストは出し終えたが、文法のテキストがなかなか終わらない…。
(´д`)≡3

2012年の最新データも盛り込んでいるのと、書式にこだわっているのとで、作業がなかなか進まない。

ふつう、テキストを作る場合、〈原稿→写植→校正→写植修正→最終チェック〉という手順で、割り付けなどは印刷屋さんに頼むのだが、ぼくがテキストを作る際は、デザイン、フォントの種類と大きさ、行間などすべてじぶんで決めて、PDFファイル化して送るため、非常に時間がかかるのだ。

これは、じぶんなりのこだわりで、どうすれば生徒さんが使い易く、また、勉強したくなるテキストになるかを考えているためだ。もちろん、デザインまでこだわる必要はないかもしれないが、やはり見た目は重要で、学習意欲に影響すると思う。「このテキストを使いたい!!」と思わせるようなものにしなければ、と思いながら、日々、工夫を重ねている。

そんなわけで、文法のテキストはPART 1の全11 UNIT中、ようやく6つが終わった。

まだ、先は長い。

2012/03/06

The situation is far more serious than we imagine...

「原発収束作業の現場から ある運動家の報告」というブログ記事を読んだ。

http://fukushima20110311.blog.fc2.com/blog-entry-54.html

決して楽観視はしていなかったけれど、ぼくたちの想像以上に事態が深刻なのだということを痛感し、暗澹たる気持ちにならざるを得なかった。


「日本は、いまのところ、石棺という道を選んでいないので、あらゆる手立てを尽くして、冷やして、冷やして、最終的に、30年後、40年後に、核燃料を回収するという壮大な世代を超えた仕事に取りかかっているのです。」


福島から遠く離れた岡山にいると、つい忘れてしまいがちになるが、いま、ぼくらがこうしてふつうに生活している間にも、福島第一原発では、発電を維持するためではなく、ただ原子炉の冷却をし続けるため「だけ」に、放射能に汚染されながら命を削っている人たちがいる。


「放管が、全身サーベイをやると、身なりがきれいな東電社員で、そんな危険な作業をしてないはずなのに、ピューと上がるんですよ。内部被ばくで、相当高くふれているのです。おそらく直後の収束作業で内部被ばくしているのでしょう。「歩く放射性物質」になっているわけです。」


人間ひとりが浴びることのできる放射線の量は、法律で定められている( http://ja.m.wikipedia.org/wiki/%E8%A2%AB%E6%9B%9D )。だが、福島第一原発で働く人々はその許容量をはるかに越えた被曝をしている。すると、30年、40年もの間、冷却し続けるためには、被曝許容量を越えた人はどんどん交替していかねばならない。

上述したブログでインタビューに答えている作業員の大西さん(仮名)は、今後、仕事にあぶれた「プレカリアート」(新自由主義の下で、就労も生活も心境も不安定な状況にさらされている労働者の層を指す造語)がそうした仕事につかざるを得ないであろうと述べており、継続的に十分な人員を確保するには、以下の二点しかないと主張している。

[1] 原発で作業に従事する人の待遇を格段に向上し、一生面倒をみるという条件で従事してもらう。

[2] 徴兵制のように、国民すべてが必ず原発冷却作業に従事するように義務づける。

結局は、特定の人に、破格の条件と引き替えに痛みを押し付けるか、痛みをすべての人が少しずつ分かち合うか、ということだ。

もちろん、根本的な責任はすべて東電と、原発を推進してきた日本国政府にある。「安全・クリーン・低コスト」という大嘘を突き通してきたのだから、その責任はきちんと取るべきだ(東電の過去の経営陣に対して5兆円という巨額の損害賠償を請求する訴訟がなされたが、議員特権で法的に保護されている国会議員を訴えることができないのが残念でたまらない)。

だが、大西さんが言うように、東電が倒産してしまうと、原発冷却作業の維持が困難になる可能性がある。また、そもそも福島第一原発の恩恵にあずかってきた東京都民も責任の一端を負わざるを得ないはずだ(もちろんそこには、生まれてから25年間、東京都民であったぼく自身も含まれる)。

大西さんが「東京のウンコを福島に捨てたのに、『ウンコが飛び散ってきた』『ウンコが臭い』と東京が文句を言っている」という趣旨のたとえ話をしていたが、これは単なるエネルギー問題ではなく、東京対地方、東京による地方の植民地化という、日本がこれまで抱えてきた根本的な問題の一部としてとらえねばならないのだ。

冷却作業に携わるのは、福島の地元の人々、ならびにプレカリアートであるそうだ。中には技術もなく、ただ生きる糧を求めてきただけで、中間搾取され、被曝についての知識もなく、きわめて危険な作業に従事しているという人もいるという(中間搾取はすべての作業員に共通しているが)。

もうすぐ震災からまる一年。だが、復興は遅々として進まず、瓦礫もまだ手つかずで放置され、そして福島第一原発は、何の役にも立たないまま、人々の命を削り続けている(もっとも、中間搾取する業者にとってみれば、いつまでも金を生み出す「金の卵」であるに違いないが)。

日本中に原発がある以上、福島第一原発は決して他人ごとではない。

そういえば先日、青森から沖縄の子どもたちに雪をプレゼントするイベントが中止になったという報道があった。東京から沖縄に避難した主婦らが役場に抗議したのがきっかけとのことだ( 青森から沖縄に雪を運ぶイベント、放射能汚染を懸念した住民の要請で中止に - Togetter http://togetter.com/li/261299 )。

そのうちの一人は中止が決定したことを聞いてTwitterで「やったあ!ゆき、中止!!」という無邪気な発言をして非難を浴びていた。

もちろん、じぶんやじぶんの子どもへの被曝の危険は避けたい。だから、東京から逃げるのも仕方がないことだし、それは個人の自由だ。だが、東京にいたということは、じぶんも「ウンコを福島に捨てた」わけであり、そのウンコが飛び散ってきたのを身勝手に非難しているとみなされても仕方がないことだろう。


もう、日本に未来など無いのだなあ。

2012/03/05

Let them speak as they like.

1.文化人類学などで、ある文化や社会を理解するために実際にその土地を訪れて長期滞在し、人から話を聞いたり、実際にものを見たりする研究方法をフィールドワークという。フィールドワークで人から話を聞く際に注意すべき点は、「じぶんの聞きたいことを聞き出すのではない」ということだ。

2.人はついどうしても、じぶんの聞きたいことを相手から引きだそうとする。だが、相手はじぶんの道具ではないし、下手をすると誘導尋問になりかねない。まして、フィールドワークで話を聞く相手は専門家でもなんでもなく、たとえば、畑仕事をしているおばあちゃんだったりする。

3.学生はよく「調査」ということばを使いたがる。「この地域の調査に来ました」と。これは思い上がりも甚だしい話だ。「調査」という表現を使ってカッコつけているだけであり、じぶんが相手より立場が上であると表明していることにもなる。そして「調査」は「聞きたいことを聞けば済む」ものでもある。

4.立場を変えて考えればわかることだ。見ず知らずの人間がいきなりやってきて、その人の聞きたいことだけを根掘り葉掘り聞かれたら、どんな気分になるかだろうか。役所からの調査だって回答するのは面倒なのに(笑)、何の権限もない若造がいきなり勝手に質問し始めたら、素直に答えるだろうか。

5.それに、こちらの用意した質問項目そのものが役に立たないこともよくある。それは、予め用意した質問が、相手の考え方ではなく、じぶんの考え方の枠組み、つまり「偏見・先入観」に基づいているからだ。これでは異文化を理解するどころか、誤解しかねない。

6.だからフィールドワーク(特に仮説構築型)では、こちらが聞きたいことを聞くのではなく、相手に好きにしゃべってもらうべきだ。そして、一見、何の脈絡もない語りの中に、じぶんのアンテナに引っかかるものを探すのだ。そうやって、たくさんの人から話を聞いていくと、必ず何かしらのつながりが見えてくる。

7.そうやって集めた多くの語りの中から見つけたつながりこそが、書物では得られないナマの現実である。そしてそれは往々にして、じぶんがフィールドワーク前に予想していたものとはかなり異なる可能性がある。その嬉しい意外性こそ、フィールドワークの喜びなのだ。

8.ぼくがエフエムくらしきで生放送の現場リポーターとして務めていた時、このフィールドワークの考え方が役に立った。毎週、分野も立場も全く異なる人から話を聞く上に、下手をすると現場に入ってから誰に話を聞くかが決まることもあった。こちらは予備知識が無い状態である。

9.だから、予め早めに現場入りし、話を聞く人と打ち合わせをするのだが、この時には、こちらの聞きたいことよりも、相手が語りたいことを見つけることに意識を集中する。そして、本番前にはあまり根掘り葉掘り聞かないようにすることも大切だと思う。

10.打ち合わせで事細かに話してしまうと、いざ本番になったときに新鮮味が薄れてしまうのだ。だから、相手が語りたいことを大まかに把握したら、あとは本番で掘り下げていく。生放送ゆえに時間の制約があるが、たいていはこの方法でうまくいったと思う。

11.本番では、ぼくは聞き役に徹した。主役はぼくではないのだから。本番が始まったら最初の1分ほどでその日の内容を説明し、あとはなるべく「じぶん」を消して、相手から教えを請うつもりで、リスナーやスタジオのパーソナリティと一緒になって相手の語りを楽しむのだ。

12.リポーターは2年9ヶ月に渡り、ほぼ毎週務めたが、フィールドワークの方法と意識を学んでいたおかげで、とても楽しく務めることができたと思う。

2012/03/04

Never ending story...

Never ending story...
…テキスト作りが果てしなく終わらない件www


手持ちの素材を使えば楽は楽なのだが、できるだけ新しいデータを入れたいと頑張って入力しているのと、妥協はしたくないのとで、とにかく必死に入力し続けている。


昔は寿司屋さんが、新生姜の出回る時期に一年分のガリを仕込んだと聞いたことがあるが、これと同じで、ぼくにとっては今がまさに仕込みの時期であり、この出来不出来で一年間の授業の良し悪しが大きく左右されるわけだから、手も抜けないし気も抜けない。


生徒さんが…


「うわぁっ!!すっげぇテキストだ!!」
Σ( ̄□ ̄;)


…と驚く顔を頭に思い描きつつ、この太い指でちまちまと入力を続けている。

ちなみにいまは期末試験作りの真っ最中www

2012/03/03

A fulfilling life...!?

朝から夕方まで、SESで某社の編集さんと会議。

岡山に戻ってから、ネットカフェでひたすらテキスト作り。

一風呂浴びて、またこれから仕事の続き。

明日も朝からSESでひたすら缶詰め…。


嗚呼、人生は、年中無休の24時間営業也…www
(´д`)

2012/03/02

If only I had a more sound body...

ゆうべはSESのレギュラー授業のあと、教室で原稿書いたりなんやかやとやっていたら、2時半になってしまった…。
(T_T)

幸い、今日は高校の授業がなかったからいいようなものの、来週の金曜日が期末試験なので、なんとか今日中に問題を作成してメールで送らねば。
(-_-;)


新学期のテキストもまだまだ終わらない…。
orz

体験授業用の教材と、春期講習会の教材と、某社の原稿もある。新しいメルマガの原稿もある。あとは、今年から新たに書き始める別の会社の原稿も…。

神様、時間を下さい…とは言わないが、寝なくても大丈夫な頑丈な体が欲しいw

2012/03/01

無料メルマガ『英語力補完計画〜得点英単語〜』発刊のお知らせ

無料メルマガ『英語力補完計画〜得点英単語〜』発刊のお知らせ
3月下旬より、新たに無料メールマガジン『英語力補完計画〜得点英単語〜』を発刊いたします。


「単語集で単語を覚えているのになかなか点数に結びつかない」のはなぜか…?

それは、それぞれの単語のどこがどのように入試で出題されるかをわかっていないからです。

たとえば、abroadという単語があります。これは、意味だけを覚えても点数にはなりません。この単語が出題される場合、「品詞」と「発音」が問われることがほとんどだからです。

このように、どの単語のどこを覚えれば得点に結びつくのかを、毎週、1〜2個の単語を取り上げて解説します。

また、入試でよく出題されるのに独習が難しい、as、that、what、butなどのいわゆる「機能語」についても解説します。


得点に直結する単語力の強化に特化したメルマガ『英語力補完計画〜得点英単語〜』を是非、ご購読ください!

http://merumo.ne.jp/00601753.html

登録用メールアドレスは 00601753s@merumo.ne.jp です。

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