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2011/09/30

Am I a megalomania?

岡山には、日本で4番目に大きい前方後円墳である「造山古墳(つくりやまこふん)」がある。

上位3つはいずれも天皇陵なので立ち入り禁止だが、造山古墳は自由に見学できる。

古墳の上には小さな祠があって、その前には石棺がなぜか置かれている。おそらくは古墳の石室から運び出されて山頂まで持ち上げられたのであろうが、誰が何のためにそうしたのかは不明だし、そもそも、この古墳に誰が埋葬されていたのかすら全くわかっていないのだ。

この近くには、規模は小さいものの、いくつかの古墳が点在し、古墳群を形成している。しかし、それらについても誰が埋葬されていたのかはわからないままだ。

だが、これだけの規模の古墳、特に、天皇陵に匹敵する巨大な前方後円墳を築いたということは、相当強大な権力者であったはずだし、それだけこのあたりのクニが強大な力を持っていたことの現れでもある。

では、埋葬されていた人物の名前がわからないのはなぜか。

ひとつ、考えられることは、これが〈敗者〉の墓であるが故に、歴史から葬り去られたのではないか、ということだ。

では、誰に敗れたのか。

朝廷である。


あくまでも仮説(とすら呼べないお粗末な妄想)だが、仮にここに、吉備王国というクニがあったとしよう(「吉備王国」の存在じたいは、すでにこれまでさまざまな研究者により指摘されてはきたが、全貌はまだ解明されていないはずだし、「吉備王国」という呼称じたい、あとからつけたものである)。

このクニは朝鮮半島からの渡来人が伝えた鉄づくりを得意とし、強大な力を持つ軍事国家であった。

ちなみに「吉備」の枕詞は「真金(まがね)吹く」である。真金とは鉄のことで、「真金吹く」とは、鉄を鋳て吹き分ける様のことだと言われている。

また、総社市には「鬼ノ城(きのじょう)」と呼ばれる朝鮮式山城跡が残っていることから、朝鮮半島からの渡来人が力を持っていたことも否定できないはずだ。


朝廷が全国の豪族を平定し始め、その対象の一つとなったのが吉備王国だったのではないか。そして、その製鉄技術こそ、朝廷が喉から手が出るほど欲しかったものにほかならない。

造山古墳には吉備王国の国王が葬られて、吉備王国のシンボルとなっていた。しかし、朝廷が吉備王国を制圧したら、そのシンボルは邪魔なだけである。また、副葬品の中には宝物が含まれていたかもしれない。

そのために墓が掘り起こされ、遺体は抜き取られて処分され、副葬品もことごとく奪われたのではなかろうか。

ぼくはいつか、これをモデルにした物語を書いてみたいと思う。じつはもうすでにタイトルも決めてあるし、ある程度の着想もできている。しかし、それを書くにはまだまだ勉強が足りない。

はたして、いつになることやら…。

2011/09/29

It's always when I'm busy that I hit on a good idea...

It's always when I'm busy that I hit on a good idea...
今朝も、いつもの新幹線で浜松を出て岡山へ。

昨夜はてりーずてりーで食事をしてホテルに戻った。写真は「白身魚のベーコン巻き」。レモンの酸味が爽やかで、いくらでも食べられそうだった(笑)。

岡山に着いてから帰宅して荷物を置き、倉敷へ。SESの授業。

明日で9月も終わる。

10月は9日にSee Ya!ライブ、22日に愛知学院大学オープンキャンパスでの講演、翌日は従兄弟の結婚式、30日は名古屋校舎でテーマゼミ「山添の〈文法☆語彙☆語法正誤判別〜Walpurgis Night〜〉」と予定がてんこ盛り。これ以外にも土日は予定が詰まっていて、もういっぱいいっぱいの予感…。
( ̄∇ ̄;)

こんな時に限って、仕事の新しいアイディアが浮かんでくる(泣)。
(´д`)≡3

あ。
(・_・;)

原稿の〆切×2もあった…。
orz

2011/09/28

Where is my intention?

Where is my intention?
行為の「意図」はどこにあるのか?

そう問われたら、ふつうは「その人の心の中にある」と答えるはずだ。

だが、はたして本当にそう言えるのか?

たとえば、いま、ぼくのこの文章を目にしているあなたが「何の意図でこの文章を読んでいるのか?」と問われたら、即座に納得のいく返答ができるであろうか?

おそらくは無理である。せいぜい、「別に意図なんかない。ただ読みたかったからそうしているだけだ」としか答えられないであろう。

言い換えれば、意図を尋ねられるまではじぶんじしんでさえ意図を意識してはいないし、意図を尋ねられてはじめて、なんらかの「あとづけの意図」を考えることになるのだ。

あるいは「●●するつもりだった」と答えたとしても、それが本当に本物の真意であったのか、じぶんじしんでも疑わしく思うこともあるし、人から強制されてそう思いこまされることだってありうる。

また、裁判で争点となる「動機」のように、行為者が語った意図が否定されることもあるし、行為者が嘘をつく可能性だってある。

だとすると、行為の「本当の意図」なるものは、その行為の最中に、その行為者の心の中には存在しえないことになる。

しかしながら、ぼくたちはふだん、「意図」について語ることがよくあるし、行為には必ず何らかの意図があると(素朴に)思っている。

だとすると、「意図」はいったいどこにあるのか?

ひとことで言えば、行為の「意図」は、何らかの行為が行われた場において、行為者同士がお互いに目に見えるかたちでその瞬間瞬間に構築されているのだ。

だから、他者からの承認というプロセスを経て、そこで否定されない限り、意図が成立していると(暫定的に)言えることになる。

注意しなければならないのは、この場合の「承認」とは、積極的に承諾を与えるということだとは限らない、ということだ。「意図」が問題にされなければ、つまり、何らかの行為についてその意図が問われずに無意のものとしてスルーされてしまえば、それで充分なのだ。

逆に、行為の最中に意図が有意化されるのは、意図に何らかの疑義が提起され、意図を巡るやりとりがなされたときである、ということになる。

エスノメソドロジー(ethnomethodology)という何とも怪しげな響きを持った学問分野がある。これを提唱した社会学者(ということに一応なっている)ガーフィンケル(Harold Garfinkel)は、ぼくたちの行為が「見えてはいるけれど、気づかれてはいない(seen-but-unnoticed)」無数のルールに基づいていると述べたが、意図もいわば、「見えてはいるけれど、気づかれてはいない」ものなのだ。

2011/09/27

I have a backache...orz

I have a backache...orz
やはり、重力には逆らえないのか…。

今年度に入り身体の成長が著しく(爆)、それに伴い足腰への負担も急上昇しているようだ。

特に授業は立ちっぱなしで、授業中は気が張っているから何ともないが、終わった途端にどっと疲れが足腰を襲う。


昨夜は新栄で定例会だった。何度か行ったことがある韓国料理店でサムギョプサルを中心に韓国料理を堪能した。辛くて暑くてご覧の通りタオルで汗止め。
(;´Д`)

昨夜はいつものメンバーに加えて現代文のT先生も参加し、いっそう大量に食べた(笑)。「腰に負担がかからないように痩せようかと思っているんです」と話したらT先生から「それは許しません!!」と言われたが、どのみち今年度いっぱいは定例会続きで痩せられそうにないか(苦笑)。

いや、別に定例会があってもじぶんが飲み食いする量を抑えれば済む話だが。
(^^;)

ちなみに、ぼくらは基本的にすごく真面目に仕事の話をしながら飲み食いしている。仕事のことで真剣に腹を割って話せるというのはとても有り難いことだ。


さて、今宵も今から定例会。

栄に繰り出すか(爆)。

2011/09/26

Taken aback, I was at a loss for words...

昨日、ツイートした中国電力(正確にはそのグループ企業)の話について。

詳細は以下の通り。

朝の11時頃だったと思う。まだ寝起きで、テレビをつけてボケーッとしていたとき、玄関のチャイムが鳴った。家人は居なかったのでぼくがドアモニターで応答すると、「中国電力の者ですが、工事についてお話をさせていただきたいので、玄関まで出てきてきただけないでしょうか」とのこと。

外に出ると、「MEGA EGG」のポロシャツを着て白い縁の眼鏡をかけた30代後半〜40代半ばほどの男性が立っていた。

首にぶら下げた社員証を提示し、中国電力グループのMEGA EGGの社員だと名乗った(名前は失念)。MEGA EGGとは中国電力グループのプロバイダーで、光ケーブルのインターネットを専門としている企業だ。

いま住んでいる地域の北側でMEGA EGGの光ケーブル工事を行うので、北側の細い道が通れなくなることがある、という連絡であった。それは別にぼくの通勤経路とは関係がなかったのでその旨を告げると、近くの電線を指さして「あの上側のコイル状の線がMEGA EGGのケーブルで、下のコイル状の線がNTTのケーブルです。いま、お使いなのは?」と言うので、「NTTです」と答えた。

それに続けて彼は「工事でハシゴをかけたときに、NTTのケーブルにハシゴが触れて、多少通信速度が遅くなるかもしれません。昼間はネットをお使いですか?」と言うので、「昼間はぼくは不在にしていることが多いので使いませんよ」と答えた。

すると、彼はにやけながら、驚くべき発言をしたのだ。


「何か悪さでもしてるんですか?」


( ゜д゜)

(つд⊂)ゴシゴシ

(;゜д゜)

(つд⊂)ゴシゴシ
  _,._
(;゜ Д゜)ホォォーー…?!

一瞬、何を言われたのかその意味がわからなかったので、「は?」と言うと彼はすぐに「あ、お仕事ですよね」と言い直した。

ぼくの聞き間違いではない。どう考えても「何か〈悪さ〉でもしてるんですか?」という質問であった。そうでなければ、その次に「あ、お仕事ですよね」と発言する必要はないからだ。

「昼間は不在」→「何か悪さをしてる」

…っていったいどんな思考回路だ!?(ぼくの風貌を見てそう判断したというのであればなおさら失礼な話だが。)

友だちに言われたならともかく、初対面の、しかも縁もゆかりもない人間にいきなりそんなことを言われて、あまりのことに目が点になってしまった。

いったいどういう社員教育をしているのか?「相手と親しくなるためにフランクな会話を心がけよう」とでも教育しているのか?

そもそも工事の連絡ならば家を一軒ずつ回らなくても、ポストに手紙でも入れておけば済む話だ。

おそらくは、こちらがどのプロバイダーのどの回線を使っているか探りを入れろと指示されたのではないだろうか。

朝っぱらから不愉快きわまりない話であった。


ただ、さっきふと思ったのだが、大学の後輩のH君(下ネタ大好きな男www)に似ていたような気もする…まさかなあ…それならそうと名乗ったはずだし…。
(-_-;)

2011/09/25

I always have butterflies in my stomach on the stage...

I always have butterflies in my stomach on the stage...
今日はSee Ya!の練習。10月9日のライブまであと2週間。練習する機会もわずかしかない。

今回はSee Ya!単独でのライブなので曲数も多く、また、スペシャルゲストのこともあって、皆、いつもと違う緊張感に包まれている。

ぼくはといえば、まだ完全に覚え切れていないフレーズがあったりとまだまだ練習が足りない。


これを言うといつも「嘘だ〜!!」と言われるのだが、実はぼくは見事なまでのあがり性で、普段の授業も毎回緊張しているのに、慣れない音楽のステージならば、なおさら緊張し、しょっちゅう間違えるのだ。

よく、生徒さんから「試験で緊張しなくなるにはどうしたら良いですか」と尋ねられるが、そんな方法があったらこっちが教わりたいくらいだ(爆)。

まあ、逆に開き直って「緊張するのは当たり前。緊張していてもうまくできるようにひたすら練習するしかない。それが無理なら失敗して恥をかくしかない」と思うことにしている。

試験でもライブでも同じだが、必ず本番では緊張するし、その分、普段の実力が発揮できなくなる。

普段100の力があっても、本番では、せいぜい70か80くらいしか出せないものだ。

だったら、本番で緊張しながらも100の力を出すにはどうすれば良いか?

答は簡単。

普段の力を150や200にまで上げればよい。

つまり、「緊張して本番で失敗した」というのは、実力の絶対値が不足していることの証にほかならないのだ。


昨日、マキシマムザホルモンのライブDVDを観た。2007年のツアーの最終日、Zepp東京でのライブだ。たしか、メンバーの誰かが「こんなすごい会場でやれて緊張している」と話していたけれど、緊張していながらもあれだけ完成度の高いライブをこなしてしまうのは、やはり、メンバーの持つ能力の絶対値が高いからだとしか言いようがない。

緊張していながらもフレーズが自然に出てくるように、受験生ならば、緊張していながらも単語の意味がスムーズに出てくるように、普段からじぶんの能力の絶対値を高めねばならないのだ。

…と偉そうに言っても、きっとライブ本番ではミスするんだろうな(苦笑)。

2011/09/24

It's the carnival!!

It's the carnival!!
It's the carnival!!
昨夜は畏友と突発的肉祭りへ。久しぶりに「武蔵」の焼肉を堪能した。ここは旧2号沿いの古い店だが、安くて実に美味い肉が喰える。

特に絶品はロース。焼肉というよりミニステーキといった味わいだ。それなのに1,000円もしない。

塩をふったロースの表面を熱々の鉄板に押し付けて表面を焼き固める。

全ての面を満遍なく焼き固めても肉に厚みがあるから中はレアのまま。

表面はカリッとして、中はふんわりやわらかでジューシー。これに大根おろしとポン酢を絡めていただくと、さっぱりしていくらでも入ってしまう。
( ´∀`)


美味し肉を喰らい、佳き友と語る。実に男気溢れる祭りであったwww

ちなみに、メルマガでも紹介したが、carnivalという単語の語原は"carne vale"(肉よさらば)又は"carnem levare"(肉を減らす)である。

キリスト教の復活祭に先立つ四旬節の40日間は断食と苦行が続くため、四旬節の直前の3日間に肉を食べて楽しく遊ぶということからその名が付いたそうだ。

つまり、carnivalのあとはしばらく肉を断たねばならないということになる。

ふむ。


無理だ(爆)。
orz

2011/09/23

What I'm looking for is...

What I'm looking for is...
What I'm looking for is...
岡山の大安寺にあるTSUTAYAで、レジのそばに平積みになっていた本に目が止まった。


松永多佳倫『史上最速の甲子園 創部1年目の奇跡 創志学園野球部』(メディアファクトリー/2011年6月17日初版発行)


ノンフィクションライターの松永多佳倫(まつなが・たかりん)さんによるルポだった。すかさず購入して読んだ。

2010年に創部して、1年目にして2011年春の選抜に出場した時までのドキュメンタリーである。

知っている教職員の方々の名前や、顔と名前は一致しない(ぼくはこの本に登場する生徒さんの授業は受け持っていないので)が、きっと校内ですれ違っているであろう生徒さんの名前が登場し、また、ここに至るまでの苦労や裏話も赤裸々に書かれていて、非常に興味深く読むことができた。

今年の春の選抜は、奇しくも東日本大震災の直後。開催が危ぶまれたが、開幕5日前に開催が決定された。

そして、1年生の野山慎介主将が選手宣誓に選ばれた。


===引用開始===

「創部1年目1年生だけのチームということで宣誓に選ばれたのなら、これはいかん。ありがたい話だけど辞退せなあかん」

神妙な面持ちで話す長澤監督。

「違います違います、きちんと高野連の奥島会長が抽選くじを引いて、その結果、選ばれたんです!」

(同書、p.212)

===引用終了===


宣誓の内容は野山選手が書いた文を土台に修正して完成させ、その後、猛特訓が始まり、監督が野山選手に会うたびに「はい、宣誓を言え」とところ構わず繰り返させ、本番前に1000回ほど繰り返したという。

そして、本番であの感動的な選手宣誓。ぼくもテレビで見ていたが、涙が出た。


==========

宣誓。

私たちは16年前、阪神淡路大震災の年に生まれました。

今、東日本大震災で多くの尊い命が奪われ、私たちの心は悲しみでいっぱいです。

被災地ではすべての方々が一丸となり、仲間とともに頑張っておられます。

人は、仲間に支えられることで大きな困難を乗り越えることができると信じています。

私たちに今できること。

それはこの大会を精いっぱい元気を出して戦うことです。

がんばろう!日本。

生かされている命に感謝し、全身全霊で正々堂々とプレーすることを誓います。

==========


今年の夏は残念ながら出場を果たすことはできなかったが、創部からの生徒さんには、まだ来年がある。

今日は祝日で授業はなかったが、きっと練習にいそしんでいることであろう。

そして、同時に、あらためて「高校の教壇に立つ」、いや「創志学園高校の教壇に立つ」ことの意味の重さについて考えさせられたし、これからの授業へのヒントや活力をもらったような気もした。

2011/09/22

Be flexible and do your best.

結局、昨日と一昨日は授業がなく、名古屋と四日市でホテルに軟禁状態、とくに昨日は朝10時から夜の11時までホテルから外に出ることもなく過ごした。

じぶんの塾ならば自由に休講の措置をとるのだが、非常勤といえど雇われの身、決定を待つしかない。まして一つの校舎だけでなく複数の校舎が絡む問題だから、事態は尚更複雑だ。だから、昨日のように台風が直撃するとわかっていても、休講の指示があるまでは現地で待機せざるを得ないわけだ。

もちろんこれは誰にもどうにもならないことだし、システムが悪いということでもない。規模が大きい組織では、そう簡単にことが運ばないのだ。仮に台風の速度が速くなり、授業よりもずっと前に通り過ぎてしまったり、逆に台風の進度があまりにも遅すぎて停滞してしまえば、授業は行われたかもしれない(もちろん、生徒さんが安全に通塾できるのが大前提だが)。だから、ホテルで待機するというのはどんな事態になっても常に対処できるようにするために必要なことなのだ。それは決して無駄な時間などではない。


もっとも、テレビで報じられた昨夜の「帰宅難民」の様子に比べたら、ぼくなんざホテル(≒自宅www)に閉じこもってさえいればよかったのだから、まだ幸せな方だったと思う。

それに、予備校の社員の皆さんは、万が一の場合(たとえば、休講の通知が行き違いで生徒さん本人に伝わらず、生徒さんが予備校に来てしまった場合など)に備えて待機していなくてはならなかったわけで、それに比べたら、ぼくなんてずっと楽をさせてもらっているのだ。

先日も書いたが、自然災害は、じたばたしてもどうにもならない。そして、ぼくらの仕事では生徒さんへの確実な伝達と安全の確保が最優先となる。

「何を最優先にするか」と「最悪の事態の想定」をした上で、あとはどのようにでも柔軟に対処できるように準備をして、現場でその都度判断し、最善を尽くすしかないのだ。

今朝は台風一過の爽やかな秋晴れ。ホテルの周辺には、あちこちに台風の傷跡があった。

いつも乗る岡山止まりの「ひかり」はグリーン車までほぼ満席に近かった(と言っても、数の少ない喫煙車両だったからかもしれないが)。

きっと皆、昨日は帰るに帰れなかった人たちなのであろう。新大阪でどっと降りて、その先はいつものように空気を乗せて走っていたが。

ダイヤもまだ乱れていて、結局、岡山には9分遅れで到着した。

やれやれ。

2011/09/21

Play tag.

昨夜は突発的寿司祭り@丸八寿司。たまたま某氏が名古屋に来られるということで、急遽決定。
(^^;)


問題は今日の移動。


朝、7時に起きて台風の状況を見たら、まだ潮岬の南にいた。予定より遅いらしく、これなら新幹線が動いているうちに浜松に移動した方が賢明だと判断し、荷物をまとめ、朝食を済ませてからタクシーで名古屋駅へ。

「無線でひっきりなしに春日井方面に呼ばれていますが、手が一杯なのと渋滞でそちらにはなかなか行けないみたいなんですよ…」と運転手さん。

地下鉄は動いているが、中央線は始発から名古屋〜釜戸間で運転見合わせなので、春日井方面はかなり混乱しているようだった。

名古屋から「こだま」で浜松へ。車内で今朝〆切の原稿を仕上げて送信。

浜松駅には定刻の到着。駅前には名古屋と同様にテレビ局のスタッフがカメラを携えてニュース用の取材準備をしていた。

ホテルに着いたはいいが、傘が途中で壊れてしまった。荷物を置いて、壊れた傘でごまかしつつ、近くのコンビニで昼飯を調達。

それから5時間ほどロビーで外を眺めつつ、原稿を書きながら15時のチェックインを待った。

13時前に電話があり、休講が決定したとのこと。まあ、仕方があるまい。
(-_-;)

暴風雨が激しさを増した頃、一人の男性がずぶ濡れになって飛び込んできた。宿泊客かと思ったら、彼はフロントに「タクシーを呼んで下さい」と頼んでいたので、単なる通りすがりの雨宿りであった。フロントの係員さんは嫌な顔一つせずタクシー会社に電話を入れた。

ところが、暴風雨がピークを迎えていた時間帯だったので「配車の受付ができない」とのこと。

彼は憮然とした表情でロビーの椅子に腰掛けた。言葉のイントネーションとタクシーの予約のために名乗った名前からすると中国系らしい。

「おさまるまでまだ1時間以上かかると思いますよ」とぼくが言うと、彼は「でも、タクシーさっき走っていたよ」と納得できない様子だった。

ぼくは近くにあったホテルのパソコンで台風の進路予想図を出して彼に見せた。彼はそれを見て納得したようだった。台風が浜松を直撃するということを知らなかったらしい。

その後、彼はじぶんでパソコンを操りなにやら調べていた。


ぼくが外の様子を何気なく眺めていると、たまたま「空車」表示のタクシーが近くに止まった。ぼくはあわてて彼に「空車だ!!」と告げ、外に出て運転手さんに呼びかけた。すると、「了解」とのこと。

彼はどうにかそのタクシーに乗って行った。

その後は15時までロビーでだらだらとパソコンに向かって原稿を書き、チェックインした。

部屋に入って1時間ほど仕事の続きをして、昼寝(?)をした。

19時前に目覚めたら、台風はもう宇都宮にいた。

その後、部屋でニュースを見ながら仕事をして、いまはなぜか「てりーずてりー」にいるというオチ(爆)。

まあ、たまにはこんな日があってもいいか、とは思うが…、被害が拡大しないことを祈るばかりだ。

2011/09/20

It's no use making a fuss.

It's no use making a fuss.
It's no use making a fuss.
It's no use making a fuss.
名古屋は朝からバケツをひっくり返したような雨が断続的に降っている。

今朝は、今日〆切の原稿を書き上げてメールで提出し、朝食のあとホテルの部屋で少し眠り、13時半に昼食を食べに外出した。

ホテルを出た時は雨がほとんど降っていなかったのに、5分ほどコンビニで買い物をして出てみたら土砂降り。

コンビニと同じビルにある店で食事をして、その後、喫茶店で原稿を書いたり予習したりしていると、名古屋校から電話が入り「今日は高校も授業を切り上げて自宅待機の指示が出ているので、休講にします」とのこと。

まあこればかりはジタバタしても始まらない。部屋に戻り、ニュースを見ていると、あちこちで浸水との報道。

台風本体は21日の15時に名古屋のあたりを直撃しそうだ。明日は浜松に移動&夕方から授業なのだが、どうなることやら…。

愛知・岐阜・三重には竜巻注意報も出ている。

まだ被害は拡大しそうだ。

2011/09/19

Noblesse oblige.

Noblesse oblige.
今日は三連休最終日。新幹線も駅もかなり混んでいた。


岡山を出るとき、スーパーで昼飯を購入。ついでに「ヨシダのグルメソース」も購入。以前から見かけていたのだが、ふとある記事のことを思い出して手を伸ばした。

==========
欧州セレブ「我々に課税を」庶民の矛先避ける?
(9/18 21:22 読売新聞)

【パリ=三井美奈】財政赤字が深刻化する欧州各国で、大企業トップや富豪が相次いで「我々にもっと課税を」と訴えている。

緊縮財政が続く中、庶民の不満の矛先が自分たちに向くのを避ける狙いがありそうだ。

フランスでは8月下旬、「国内で最も裕福な女性」と呼ばれる化粧品会社ロレアルの大株主リリアーヌ・ベタンクールさんや石油大手トタルのクリストフ・ドマルジュリ最高経営責任者(CEO)ら16人が「国の将来が財政赤字に脅かされている今、我々は貢献の用意がある」という書簡を連名で雑誌に発表。続いて、イタリアを代表する「セレブ」で高級車フェラーリのルカ・ディ・モンテゼモロ会長が地元紙で「中産階級への(増税)要求はけしからぬ。まず金持ちに求めよ」と訴えた。ドイツでは「課税を求める富裕層」というグループが、資産家への新たな課税を求めている。
==========

なぜヨシダソースを見てこの記事を思い出したのか。

以前、ある雑誌でヨシダソース創業者の吉田潤喜さんの半生記を題材とした漫画を読んだことがある(くわしい経歴はホームページに掲載されているのでそちらを参照のこと→ http://yoshidasauce.jp/yoshidasauce/story.html )

1949年生まれの吉田さんは、19歳の時に単身で渡米し、紆余曲折を経て空手道場を開いた。1981年のクリスマスの時、門下生からのクリスマスプレゼントへのお返しとして、吉田さんのお母さんが作っていた「煮詰め」(醤油、砂糖、味醂などを煮詰めて作ったソース)を作ってプレゼントしたところ大好評となり、それを機に「グルメソース」の製造に至ったという。2005年には『Newsweek』誌日本版で「世界で最も尊敬される日本人100」の1人として選ばれた。

では、なぜ彼が「世界で最も尊敬される日本人100」に選ばれたのか。

1974年、吉田さんに長女が生まれたが、その子は「黄疸」と診断され、命が危ぶまれた。どうにか命は取り留めたものの、保険にも入っていなかったので高額の治療費を請求されるのではと心配していた。

ところがその病院は、アメリカの篤志家が建てた病院で、貧しい人々にも安心して治療を受けてもらいたいという配慮から、治療費は250ドルだけで済んだ。

この体験をきっかけに、吉田さんは「いつか成功して恩返しがしたい」と思うようになり、実際、児童の医療分野などに寄付をしたり、財団の理事になっている。

noblesse oblige(高貴なるものが義務を負う)という考え方は、階級社会であるヨーロッパから生まれたもので、アメリカでは事情が異なるかもしれないが、裕福な者が責任感を帯びて富を有意義に使い、社会を支えるという構図は、ある意味では健全だと思うし、支えられた人々の中から次に支える側にまわることができる人が出てくればそれに越したことはない(もっとも、「金持ち」が必ずしも「高貴な人」とは限らないし、逆もまた然りだから、noblesse obligeと関連づけるのは適切ではないかもしれないが)。


そんなわけで、「ヨシダソース」を見て先ほどの記事を連想してしまったわけだ。

2011/09/18

Easier said than done.

昨夜は1時半頃まで仕事関連の飲み会。若い人たちといろいろと話ができたが、「言うは易く行うは難し」である。言ったことをぼくじしんがきちんと実行せねば。

今日はいつものスタジオでSee Ya!の練習。10月9日の本番まであとわずか。スタジオに入れる回数も限られている。

バンドをやっていると、一人一人のリズム感がいかに異なるかがよくわかる。See Ya!はいま、ドラムがいないのでリズム楽器はシンセの打ち込みになるから、いわばメトロノームに合わせているようなものだ。だから、じぶんのリズムをある程度殺して打ち込みに合わせつつ、なおかつバンドとしての「うねり」を創らねばならない。

正確無比な機械のリズムに合わせながら、人間くさいグルーヴを生み出す作業。キツくもあり、楽しくもある。

そして、その中で、じぶんと他のメンバーのリズム感の違いに気づかされる。じぶんが当たり前に思っているリズムが他のメンバーからは違うと指摘されたり、逆に、他のメンバーのリズムに違和感を感じることがある。

仕事もこれと同じで、じぶんにとって当たり前にできることが、他の人にはとんでもなく難しいことだったり、逆に、他の人には当たり前のことがじぶんには(できそうに見えて)できない、ということがよくある。

特にチームで仕事をする場合、そのズレがなおさら大きくなることがある。

「これ、やっといて」と何かを相手に任せると、こちらの期待通りにはならないなんてことはざらにある。むしろ、思い通りになることのほうが珍しい。

ぼくの場合、いままでずっと一匹狼のように働いてきたし、人にものを頼むのが苦手なたちなので、きっとチームでの作業には向いていないし、リーダーとしての資質にも欠けているのではないかと思う(これは昔からそうなのだが)。

ただ、年齢的にも若い人たちからあれこれ相談を受けたり、ああしたほうがいい、こうしたほうがいいとアドバイスをする立場になっているから、いつまでも一匹狼を気取り続けるわけにはいかないようだが。

昔、日本史の伊藤賀一先生と飲みながら「ぼくら予備校講師は、兵隊で言えば傭兵のようなものだ」と話したことがある。どこの国の部隊にでも所属して、そこにいる限りは全力で闘う。契約が終わればまた別の国の部隊に所属する。それが以前に所属していた国の敵だとしても、条件さえ折り合えば構わない。

生活の保障もなく、身分不安定なその日暮らしの流浪の民。有給休暇もボーナスもない。あるのはささやかな自由と、一匹狼としての(ささやかな、つまらぬ)プライドだけだ。

ま、それが楽しいからこの仕事を続けられるのだが(苦笑)。

2011/09/17

Please, dont look for me...orz

Please, dont look for me...orz
ネットカフェでひたすら原稿。じぶんのパソコンとネットカフェのパソコン並べて資料と格闘しながら英文を書く。さすがに目が疲れた…。
(-_-;)


今日は夕方から飲み会だから、あと25分ほどで切り上げねば。

とりあえず、火曜日〆切の4本のうち、2本は終わった。あと2本!!

…が、それが済んだら26日〆切と10月半ば〆切がまだ残っていて、さらに別の原稿も…


(」゜□゜)」あわわわわ。


┏━━━━━━━━┓
┃ぼくを     ┃
┃探さないで下さい┃
┃    山添玉基┃
┗━━━━━━━━┛

ε=ε=┏( ・_・)┛

2011/09/16

We will not blame the heaven...

昨日、友人から紹介された動画。まずは観ていただきたい。

http://www.youtube.com/watch?v=OoDgQ3DQTH4&sns=em


「苦境にあっても、
 天を恨まず、
 運命に耐え、
 助け合って生きていくことが
 これからの私たちの使命です。」


気仙沼市立階上中学校の卒業式での答辞の一部だ。

動画のアップ自体は式の直後らしいが、ぼくは恥ずかしながら、昨夜、初めて観た。


ぼくたちおとなは、彼に恥じることのない生き方をしているのであろうか。国を預かる連中や、事実を隠蔽してきた東電の首脳陣は、わずか15歳の彼が発したこの言葉を真摯に受け止められるのか。


「天を恨まず、
 運命に耐え」

そして我が身を振り返り、じぶんが苦境に直面したときに、これほど清々しく、神々しい言葉を発することができるであろうか。

そう思わざるを得ない言葉であった。

2011/09/15

The cheper, the worse.

昨夜は授業のあと、某ファミレスにてビーフ100%ハンバーグで夕食。昼間に「けん」に行ってみたら閉店していて食べられなかったので、きっと体が欲していたんだと思うwww

ただ、出てきたのはどう見てもビーフ100%?とは思えぬ代物。まあ、安くて美味いハンバーグを食べようなんて期待したこちらが馬鹿なだけだ。
(-_-;)

『美味しんぼ』のキャラクター・京極さんがあるファミレスの株を買って、そのファミレスでハンバーグを食べたら「くず肉の寄せ集め」のひどい代物だったから、すぐにその株を手放した、というエピソードがあったのを思い出した。


今日は朝、浜松を出て岡山に帰った。夕方からは倉敷でSESの授業。そのあとは明日の教材の準備。

自転車操業はまだまだ続く…orz

2011/09/14

Why on earth do you educate us?

OECD(経済協力開発機構)の2008年調査結果として、日本は教育への公的な財政支出が調査された31ヶ国中最下位で、逆に私費負担が高く、さらに学校の教師は給与が安くて勤務時間が長いという現状が報じられた。

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<教育への支出>日本また最下位 08年OECD調査
(9/13 19:35 毎日新聞)

日本の08年の教育への公財政支出は、国内総生産(GDP)比3.3%で、経済協力開発機構(OECD)の比較可能な加盟31カ国中最下位だったことが、OECDが13日発表した調査結果で分かった。OECD平均の5%を下回り、前年(3.3%)に続く最下位。OECDは「どんなに教育にコストがかかっても、補って余りあるリターンが出る」と積極的な教育投資を促している。

今回の結果には、高校授業料無償化や今年度から始まった小学1年生での35人以下学級は反映していない。教育への対GDP比の公財政支出は、ノルウェーが7.3%で最高だったのをはじめ北欧諸国が高水準だった。

日本は公財政支出全体に占める教育分野の割合も9.4%で、OECD平均の12.9%を下回り、イタリアと並ぶ最下位。一方、教育支出に占める私費負担(民間からの奨学金など含む)の割合は、OECD平均(16.5%)の2倍以上の33.6%で、家計負担は21.3%だった。

小学校の09年の平均学級規模も日本は28人で、OECD平均の21.4人を上回った。大半のOECD加盟国が教員の給与などの待遇改善を進めているが、日本の小中高校の教員給与は05年を100とした場合、09年は95に低下した。

また、OECDは日本についての報告書で東日本大震災に言及し、「教育政策が日本の長期的な経済的・社会的発展に対して重大な役割を果たす。OECDとしても支援を続けていく」と表明した。【木村健二】
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日本の教育復興を支援…OECDが異例の声明
(9/13 19:18 読売新聞)

経済協力開発機構(OECD)は13日、加盟34か国の教育費などを分析した結果を発表した。

2008年の国内総生産(GDP)のうち、日本では教育に対する国や自治体などの支出が占める割合は3・3%。OECD平均の5・0%を下回り、データのある31か国中最下位だった。また、日本では、子供1人にかかる大学教育費のうち、国や自治体ではなく、家庭が負担している割合は66・7%で、OECD平均の31・1%を大きく上回った。日本では教育に対する国や自治体の支出が少ないため、家庭が多くの教育費を負担せざるを得ない実態が浮かび上がった。

また、OECDの日本に関する報告書には「東日本大震災の後、教育の復興に取り組んでいる日本を支援していく」という声明が掲載された。報告書に声明が掲載されるのは異例という。
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日本の先生、働き過ぎ? 事務作業長く OECD調査
(朝日新聞) 2011年09月14日 07時00分

 日本の先生は先進国の中で勤務時間が長いことが、経済協力開発機構(OECD)が13日に発表した調査結果から明らかになった。ただ、長いのは授業ではなく、事務作業の時間。負担が重い一方で給与は減る傾向にあり、教員の質を確保する手立てが課題になっている。

 調査によると、日本の小学校の先生の勤務時間は、2009年の時点で年間1899時間。データのある調査対象国21カ国の中で米国に次いで2番目に多かった。ただし授業に費やす時間は707時間で、OECD加盟国の平均を72時間下回っており、授業以外の事務作業などの時間が勤務時間数を押し上げていることがうかがえる。

 一方で給与をみると、05年の水準を100とした場合、平均は7ポイント上昇していたのに対し、日本は5ポイント下がっている。OECDの調査担当者は 「日本は仕事の負担は重いが、報酬は恵まれていない。優秀な人材が集まり教員の質を上げるような対策が必要」と話す。
( http://www.asahi.com/national/update/0913/TKY201109130560.html )
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ぼくは、こうした問題の根本にあるのは、教育、とりわけ公教育の目的の迷走ではないかと思っている。

日本の公教育は明治時代に始まった。これは、日本を近代国家として欧米諸国と同列に並ばせるための手段の一つであり、国家の役に立つ人材育成のためであった。この時点では、公教育の目的は非常に単純明快で、「国家に奉仕する国民を育成する」ことに集約されたと言えよう。

第二次世界大戦後は、アメリカの介入のもと、民主化と経済発展を目的とした教育に切り替わった。明治時代からのスローガンである「富国強兵/殖産興業」のうち、「強兵」の部分がすっぽり欠落した(あるいは、企業戦士としての「強兵」にシフトした)と言える。

これもある意味では非常に単純明快な目的である。

ところがここで問題が生じる。

そもそも民主主義とは、強靭な自律性を持った「個」を主体として初めて成立するものである。そして、その「個」を支える「理性」の「裏付け」が必要となる。たとえば欧米ではキリスト教の神がその裏付けにあたると言えよう。

だが、日本にはそうした「裏付け」がない。そして、裏付けなしに民主化教育を推進した結果、一方では伝統的共同体が崩壊し、我が儘にふるまう利己的・蛸壺的な個人の集合体が現れ、他方、自律性のある「個」が不在のまま「多数決」に頼るという形骸化した「ミンシュシュギ」だけが一人歩きした。

しかし、国家は「自律性のある個」の育成には向かわなかった。その代わり、統一された規格の工業製品を製造するかのように、公教育を通じて高品質で統一規格に基づいた人材を育成することに務めたのだ。それが戦後日本の経済成長に大きく貢献したことは言うまでもない。

要するに、政治的・思想的には主体性がなく、経済的に豊かになれば良いという教育を施してきたわけである。

もっと過激な言い方をすれば、政府は公教育を管理下に置くことで、政府にとって都合の良い人材の育成につとめ、国民に余計な知恵を付けさせぬように教育を施してきたわけだ。

これは経済が右肩上がりの時にはまだ受容された。なにしろ、政治やら思想やら小難しいことは考えなくても誰かがやってくれる、だから自分たちは金儲けさえしていればいい、と国民は思うわけだから。まして、日本は世界一の経済大国になり、「一億総中流」という幻想をまことしやかに信じられるほど、表層的には経済的平等が成立したのだから、国民は、政府に文句は言っても、本気で政体を変えようとは思わず、その場の雰囲気でやり過ごしてきた。

だが、経済的な豊かさ、そして「一億総中流」と呼ばれた表層的な平等が欺瞞に過ぎず、実は日本が根深い格差社会であることが露呈したいまとなっては、ましてや、東日本大震災と原発事故で未曽有の危機的状況に直面している現在の日本では、「国民に余計な知恵を付けさせない、平準化を目指す教育」ではもう対処できないのは明らかだ。

資源もない借金まみれの経済大国・日本では、これからは世界に通用する人材の育成(それは同時に、世界からもすぐれた人材が集まることを意味する)に重点を置いた教育へとシフトせざるを得なくなる。それはまた、個を重視した教育でもあり、これまでの日本の教育方針からの大きな転回を意味する。

当然ながら、教育への公的負担も大きくならざるを得ない(そもそも、教育とは金がかかるものなのだ)。これ以上、家庭の負担が増えれば、経済格差がさらに教育格差に反映されることになりかねない。

教師が事務仕事で忙しいのであれば、その負担を軽減できる事務員を公費で雇えるようにすれば良いし、それにより生まれた余力で少人数制学級を実現すれば良い。

しかしながら、何のための教育なのか、ぼくたちは何のために学ぶのか、それが明確にならない限り(それは同時に、これまでの公教育が「国家のための教育」であったことを公言し、反省することでもある)、いくら教育費を注ぎ込んでも無意味である。

いま、なすべきは、「何のための公教育か」を根底から考え直し、それに基づいて公教育の構造を根本から変えることに他ならない。このまま小手先の改革を続けても、問題は全く解決しないのだ。

2011/09/13

Deserted villages...

Deserted villages...
たまたまコンビニでみつけた本。

『封印された日本の村』(歴史ミステリー研究会編/彩図社・2010年7月)

ダム建設、過疎化、自然災害、産業構造の変化など、さまざまな理由で人が住まなくなった村やまち、集落を集めた本だ。

内容自体は既に知っているものも多く、また「廃線跡」や「廃屋ホテル」のように「廃村」と直接関係のないものや、廃村ではなく一部住民の集団移住を扱ったものもあったが、住み慣れた村やまちを出て行かざるを得なかった、という過去の事例を通じて、いま、ぼくたちが置かれている状況を考えさせられた(もっとも、本を売る側もそれを見越して仕入れたり流通させたりしているのであろうが。去年の夏に発刊した本が、まさかいま大きな意味を持つとは予測だにしていなかったはずだ)。

先日の台風12号で甚大な被害を受けた奈良県十津川村が、明治時代(1889年=明治22年8月)にも水害に見舞われて168人が亡くなり、残った村民のうち約2,600人が北海道石狩地方に集団移住して、現在の新十津川町を築いた話も載っていた。

もちろん、十津川村は廃村にはならず、村に残った約10,000人が苦労して復興につとめたが、自然災害による大規模な移住の一つの例として、ぼくらが学ぶことは多いはずだ。

今回の台風12号の被害に際しては、新十津川町から十津川村に復興支援の手が差し伸べられているという。離れてはいるが、地縁的結合がいまも生き続けている。


東日本大震災および福島第一原発事故で甚大な被害を受けた地域の中にも、このように集団移住を考えざるを得ない地域が出てくるかもしれない。そしてこれは、地震多発国で原発を稼働させている日本では、どこに住んでいても決して他人事ではない。

明治時代とは生活水準も生活様式も産業/経済構造もまったく異なる現代社会では、単に引っ越したとしても新天地での生活が成り立つ保証はない。

第一次産業が中心であれば、新天地でも同様の仕事に従事できる可能性はあるが、サラリーマンだらけの地域から移住すれば、それは即ち失業を意味する。

産業が高次化し、経済構造が複雑になるにつれて、日本は豊かにはなったものの、複雑さ故に不測の事態に対する脆さが増大したと言える。

廃村や集団移住の記事を読みながら、そんなことを考えていた。

2011/09/12

Danger past, God forgotten.

東日本大震災から半年の昨日、テレビ各局で特番が放映された。

NHKの『巨大津波 知られざる脅威2』を録画して観た。多くの人々がビデオで撮影した津波の映像と目撃者の証言を積み重ね、さらに最新の津波研究を使い、この日、何が起こっていたのかを検証した番組だ。

釜石市で被災した、体が不自由な高齢の母親と、その娘さん。港から80mの自宅にいて、警報が発令されたものの、体が不自由な母親を連れて高台までは逃げられない、と躊躇している間に津波が襲ってきた。

自宅の二階に上がったが、二階の窓にも波が迫っているのが見えたので慌てて屋上に逃げた。水はかろうじて屋根の最上部を越えることはなかったので、九死に一生を得た。


釜石市の他の女性は、車に乗っていた時に地震が来たが、外の音が聞こえず、警報が聞こえなかったという。たまたま車から降りてビルの屋上に上って助かった。

車内にいると、密閉性が高いため、外の音が聞こえにくいという。YouTubeでも、同様の証言を含む動画( http://www.youtube.com/watch?v=nBeN-FCx0p8&sns=em )があった。

ふと思ったのだが、災害情報を自動車の車内で自動的に受信できる装置をすべての車に搭載することはできないのであろうか。

携帯の緊急地震速報のように、強制的に津波警報が受信できるようなシステムは作れないのであろうか…。


100名を対象としたNHKのアンケート調査では、釜石市では地震直後に避難しなかった人が34%。その理由としては、「防波堤を越える津波は来ないと思った(30%)」「近くに高台があるので間に合うと思った(20%)」「津波の高さが低いと思った(13%)」「海岸から離れて安全と思った(13%)」だという。

釜石市には世界最大の防波堤があり、安全だと考えていた人もいたかもしれない。

だが、こう考えた人々を「過信していた」と非難することはできない。

GPS観測装置の分析結果を見た研究者自身も、今回の津波の動きは全くの予想外で、これまでの枠組みでは説明がつかず、新しい仮説を考えねばならないという。専門家ですらこの状態なのだから、素人であるぼくらが甘い判断をしても無理はないのだ。

また、日本の津波ではめったに見られない「射流」という現象が生じていたことも明らかになった。津波の先端部が高いところから落下して、破壊力が増加するという現象だ。

宮城県では、平野部で想定された範囲よりも奥地まで津波が到達した。海が見えない地域、津波への備えを全く想定していなかった地域にまで津波が押し寄せた。

つまり、初めてずくめのことであり、これまでのパラダイムでは説明がつけられないことばかりだというのだ。


残念なことに、ぼくたちは、自分が体験していないことに対する想像力が貧困である。たとえ体験したことであっても、想像できる範囲が限られていて、それを上回るものが存在することなど夢にも思わない。

科学にも限界がある。ぼくらは、本当の意味で「すべての」データを集めることができないのだから。

A・B・C・DというデータからXという結果を導けたとしても、そこにEというデータが加わったら、XにはならずYになるかもしれない。かといって、すべての事象に関するすべてのデータを集めることは、物理的に不可能である。残念ながら、不確定要素が多すぎて、新たな事象が発生するのを後追いしてデータを追加し、その都度、分析枠組みを更新するしかないのだ。


ガイア理論ではないが、地球という一つの生命体について、ぼくたちはあまりにも何も知らなさすぎる。それなのに、科学的に地震や津波が予知・予報できると素朴に思い込み、かつ、貧困な想像力に基づいて行動するしかない。今回助かった人々も「たまたま」助かったに過ぎず、助かったことに対する必然的な理由はたぶん、存在しない。

運転中、津波に襲われたら車の中に残るのが良いか、車から出て行ったほうが良いのかも、結局、ケースバイケースで、かつ、同じ行動をとっても、助かった人もいれば亡くなった人もいる。


科学的研究は無意味だ、などと言うつもりは毛頭無い。今回の地震と津波で得られたデータは、きっと、今後の地震予知・津波予測の精度向上に役立つはずだ。

だが、科学は万能ではないし、生死を分ける極限状態でそれを決めるのは結局、運に過ぎない。生き延びる確率を100%保証するものは何もない。

だが、生き延びようという強靭な意志を持ち、最後まで諦めずに考えられうる手段を講じることで、生き延びる確率はわずかでも上昇するかもしれない。今回観た番組で証言していた、生き延びた人々の共通点は、たぶん、そうしたことなのだと思う。

そして、この忌まわしい出来事を常に心に刻み、語り継いでいくこと。それが生き残ったぼくたちの責任であり、亡くなられた方々への追悼になるはずだ。


「喉元過ぎれば熱さ忘れる」では駄目なのだ。

2011/09/11

It's half a year...

結局、鉢呂大臣は辞任した。

原因となった発言が些細なことだとは思わないが、次に挙げるようなマスメディアのあり方を見ると、鉢呂大臣は国民の不満のガス抜きとマスメディアの権力性維持のためのていのいい「スケープゴート」ではなかったのか、という思いすら抱かざるを得ない。

以下、ジャーナリスト・岩上安身さんのツイートより。

===引用開始===
iwakamiyasumi
TPP締結と原発再稼働に慎重な姿勢を示した鉢呂氏を、寄ってたかって血祭りにしておきながら、「あんたね、辞めるときぐらい理由をちゃんと説明しなさい!」と辞任会見で詰め寄る記者クラブの記者。大臣を「あんた」呼ばわり。それは、暴言だろう、いくらなんでも。
09/10 21:50

iwakamiyasumi
キャリア官僚と記者クラブ記者の共通点。自らは特権的なエリートなのだという自惚れ、独善性、排他性。それだけではない。そもそも彼らの辞書に「引責辞任」の文字はない。自らは責任をとらず、他人には責任をとらせ、クビに追い込む。そして匿名性。先ほどの暴言記者、社名も氏名も名乗っていない。
09/10 22:06

iwakamiyasumi
明日の中継の予定を、これから連投するのだけれど、そこに鉢呂経産相辞任会見から帰ってきた佐々木君から報告。くだんの記者、あまりの言葉遣いの荒っぽさにフリーの田中さんが「そんな質問失礼じゃないか。敬意をもって質問しなさいよ」と注意すると、「うるせえよ」と。
09/10 23:25

iwakamiyasumi
続き。その記者、社名も氏名も名乗らなずに、乱暴な発言を繰り返したばかりか、会見の最中に、首からぶら下げた記者証をYシャツの中に隠したという。自分が誰か、名乗らないだけでなく、身分証すら隠す卑劣。
09/10 23:35
===引用終了===

さいわい、ぼくが知っている新聞記者にはこんなに傲慢な人はいないし、これはごく一部の輩であると信じたいが、マスメディアの傲慢さが露呈した一例だと言えよう。

報道の自由、知る権利の保護は大切なことだし、マスメディアの役割や必要性はじゅうぶんに評価できるが、それはマスメディアの特権性を正当化するものではないし、まして取材相手に暴言を吐く権利など、どの記者にもない。

暴言を吐いたり声を荒げれば取材対象の本音が引き出せるというのか。ただ感情的に怒鳴りつけたところで、相手は余計頑なになるか、萎縮して結局何も引き出せるはずがない。

怒鳴りつけたい気持ちはよくわかるが、それはマスメディアの仕事ではない。鉢呂大臣の言動で傷つけられた人々のすべきことだ。もし「マスメディアがその人々の代弁者だ」というつもりならば、それは思い上がりも甚だしい。

新聞記者と言えば、ぼくは父が警察官だったから、家の近所に新聞記者が張り付いて嫌な思いをしたのを思い出した。父から何か特ダネを聞き出そうとしたのであろうが、当然ながら守秘義務があり話すことはできない。

父は詐欺や汚職の捜査にあたっていて、何か大きな事件の捜査に関わっているときは帰宅前に家に電話をして「新聞記者が張っていないか」と尋ねた。そのたびにぼくらは窓からそっと外を見て、駅から自宅に続く路地の角に人影が見えるかどうか確認したものだった。

記者らしき人物がいると、父は駅から遠回りして、裏道から記者に見つからぬように帰宅した。

向こうも商売だから仕方がないとはいえ、幼心に「新聞記者は知られたくないことをこそこそ嗅ぎまわる」という悪印象を残したことは確かである。

===引用開始===
鉢呂経産相の辞任記者会見(要旨)
(9/10 23:01 読売新聞)

鉢呂経済産業相の10日夜の記者会見要旨は次の通り。

【辞任の経緯】野田首相に会い、大臣を辞任したいという申し出をして、首相から受理していただいた。(野田首相から辞任するよう説得されたことは)全くない。

【辞任理由】(東京電力福島第一原発の周辺自治体を)「死のまち」と表現したこと、8日夜の非公式の記者懇談で、国民の不信を抱かせるような言動があったととらえられたことの二つだ。私の一連の発言で国民、とりわけ福島県民の皆さんに多大の不信の念を抱かせた。

【「死のまち」発言】原発周辺の活発に生活をしている地域が一晩のうちに避難という形になった。県民を逆なでするような言葉だったと思うが、私の率直な見た形を表現させていただいた。やっぱりあの言葉は言うべき言葉ではないと思った。

【「ほら、放射能」発言】一つ一つの記憶がさだかでないが、(発言を聞いた記者が原発事故の)現地に行っていないということで、(現地の)厳しい状況を共有していただくという親しさを込めてそういうしぐさが出た。非公式の記者懇談という気楽さもあった。どういう言葉だったかというのは今の段階では分からない。
===引用終了===

ここで気になるのは、最後の「ほら、放射能発言」のくだりである。既に辞任が決定した謝罪会見で嘘をつくとは思えないので、「記憶が定かではなく、どんな発言だったか覚えていない」のは真実であろう。だが、新聞各社でこの発言の言い回しが微妙に異なって報じられているというのはどういうわけか。まさかとは思うが、発言を捏造したのではあるまいか。

鉢呂大臣(既に「元」大臣だが)が原発廃止派だから追い落とすために仕組んだ「釣り」だったのではないか、とまで勘ぐりたくなってしまう。もっとも、「(現地の)厳しい状況を共有していただくという親しさを込めてそういうしぐさが出た。非公式の記者懇談という気楽さもあった」からといって釣られて不用意な言動をしたことはマズいと思うのだが。


今日で震災から半年。昨日の時点で死者数15,781名、行方不明者もまだ4,000名以上。復旧・復興は遅々として進まず、ただでさえ景気の悪いこの御時世に、震災と原発事故による大量の失業者、農産物や海産物、酪農家などへの甚大な被害で先行きは全くの不透明、いや、むしろ、先行きは真っ暗だ。

===引用開始===
東日本大震災から6か月、死者1万5781人
(9/10 22:14 読売新聞)

東日本大震災は11日、発生から6か月となる。

警察庁などのまとめでは、死者は1万5781人、行方不明者は4086人。今も8万人以上が避難生活を続けている。DNA鑑定で身元が特定された遺体は8月末時点で93体にとどまる。自宅や所持品が津波で流され、本人のDNAを採取できないケースが多いためで、身元のわからない遺体は1000体を超える。

被災地では仮設住宅の建設が進んでいる。厚生労働省などによると、宮城、岩手、福島など7県で計4万9125戸の仮設住宅が完成し、うち84%に被災者が入居した。10月には必要とされる約5万2400戸がすべて完成する見通しだ。避難所は、東北3県で震災直後の約1800か所から126か所に減った。

一方、東北3県では約7万人が震災を理由に失業したとみられる。
===引用終了===

東浩紀さんは『思想地図β2』の巻頭言で「ぼくたちはばらばらになってしまった」、つまり「震災をきっかけに、もともとばらばらだったのが露呈してしまった」という主旨の発言をしているけれど、まさにその通りだと思う。

ばらばらになったぼくたちをつなぎとめるには、何が必要なのか。悠長な問いかもしれないが、実はそれこそが根本的な問いであり、ぼくたちがこれまで先送りにしてきた問いなのだと思う。すぐに解答はみつからないはずだし、解答なんて無いのかもしれないが、常に考え抜くことだけは忘れてはならないと思う。

2011/09/10

You had better be more careful.

人間、誰しも失敗はするし、失言することもある。

だが、残念ながら、世の中には何度となく失言しても意に介さず、反省すらできない者も往々にして存在し、さらに残念なことに、そうした人物が国家の要職についていることもままある。

フロイトにならえば、失言は、その人の抑圧された無意識下に潜む「本音」の露呈だとも言える。だからこそ、人前で話すことを生業とする者は(当然、ぼくじしんを含めて)本能の赴くままにしゃべるのではなく、一言一言を慎重に、かつ、流暢にしゃべらねばならないと思う。

もちろんこれは「本音を隠せば良い」という問題とも限らない。むしろ、失言を通じて本音が暴露されれば、その人物の判断材料にもなるし、暴露しても差し支えないような本音を持てば良いだけのことかもしれない。

また、ある発言が文脈から切り離されて一人歩きした場合、発言者の意図と異なった受け止められ方をする危険もあるから、ある発言だけをそのまま脊髄反射的に非難するのは妥当ではない。

とはいえども、この言動はあまりにも幼稚すぎるとしか言い様がないのだが。

===引用開始===
<鉢呂経産相>「放射能つけたぞ」記者に防災服をすりつける
(9/9 22:45 毎日新聞)

鉢呂吉雄経済産業相が東京電力福島第1原発の視察を終えた8日夜、東京都内で報道陣の一人に近寄って防災服をすりつける仕草をし、「放射能をつけたぞ」という趣旨の発言をした。不用意な行動と批判されるのは必至で、原発を所管する担当閣僚としての資質が問われそうだ。
===引用終了===

鉢呂大臣は、つい昨日も「死のまち」発言で問題になったばかりである。Wikipediaには以下のような記述が見られる。

===引用開始===
2011年9月8日、野田佳彦首相らと視察に訪れた福島県の東京電力福島第一原子力発電所の周辺市町村について、「市街地は人っ子一人いない、まさに死の街という形だった」と発言し批判を受け翌日撤回した。
===引用終了===

Wikipediaによれば、この鉢呂大臣はこれまでにも以下のような発言で物議を醸したようだ。

===引用開始===
2010年11月23日に起きた北朝鮮の韓国・延坪島砲撃について、「砲撃戦は民主党にとって神風だ」と発言した。

2010年11月30日、正副国対委員長会議で「野党の質問があまりにも低俗だ。答弁者は質疑者の低劣さに合わせなければ答えようがない」と発言
===引用終了===

売り言葉に買い言葉ではないが、この後者の発言にならえば「鉢呂大臣の言動はあまりにも低俗だ。国民は大臣の低劣さに合わせなければ理解のしようがない」とでも言うべきであろうか。

「死のまち」発言について言えば、そうした形容はわからなくもない。取り残されて無惨な死を迎えた動物たちや、いつ終息するともわからない放射能汚染を考えれば「死のまち」という印象を受けてもおかしくはない。

だが、そうした「死のまち」を生み出す元凶となった日本の政治・経済システムを推し進めてきたのは、ほかならぬ、自らの既得権益に汲々としているエスタブリッシュメントであり、この大臣もまた、好むと好まざるとにかかわらず、同じ穴の狢なのである(原発を推進してきたのは自民党で、鉢呂大臣は社会党から民主党へと移ったようだが、ぼくらからしてみれば、国会議員は与野党問わず皆、なあなあの馴れ合いエスタブリッシュメント集団であり、同じバケツに入った泥水だ。だから、いくらかき混ぜても、全て入れ替えぬ限り、綺麗な水にはなり得ない)。

鉢呂大臣の発言の問題点は、まだその土地に帰ることに希望を抱いている福島の人々の心を傷つけたことだけではなく、「死のまち」の犠牲に現代の日本の繁栄が依存していることを忘れたかのような、まるで「他人事」の発言である、という点にあり、しかもそれが、問題解決に向けて奔走すべき責任者の一人によってなされたことにあると思う。

もっと過激な言い方をすれば、原発による快適さに依存しているぼくらは全て加害者であり、加害者の一人で、かつ被害者救済の先陣に立つべき者が、被害者に向けて、被害者を貶める発言をしたようなものである。

ただし、先に述べたように、こうした発言はあくまでもマスメディアによって切り取られたものであり、特定の文脈から切り離されて一人歩きした可能性もある。

先ほど、Twitterで以下のようなツイートをみつけた。

===引用開始===
@568568568
記者「大臣(作業服)着替えてないんですか」⇒大臣「今福島から戻ったばかりだ、そんな暇ないよ」⇒記者「じゃ福島の放射能ついたままですか」⇒大臣やや怒って、一歩近づいて「それがどうした? 放射能つけてやろうか?」
09/10 07:50
==========

この発言にはソースが示されていない(ソースを求める書き込みに対する返信もいまのところなかった)。おそらくは、この @568568568 氏の想像上のやりとりではないだろうか。

だが、仮にこうした流れであの発言がなされたとしたら、鉢呂大臣は「ハメられた」とも言えるかもしれない(それでも脊髄反射的に不用意な応酬をすべきではなかったと思うが)。

そして、大臣の発言を推測したこのツイートに対して、以下のようなリツイートがなされた。

===引用開始===
@nauciccafe
鉢呂発言。記者の質問のほうがよっぽど問題→RT568568568 記者「大臣(作業服)着替えてないんですか」⇒大臣「今福島から戻ったばかりだ、そんな暇ないよ」⇒記者「じゃ福島の放射能ついたままですか」⇒大臣やや怒って、一歩近づいて「それがどうした? 放射能つけてやろうか?」
09/10 10:23
===引用終了===

この @nauciccafe 氏はこの後、 @568568568 氏にソースを求める書き込みをしたが、上に述べたようにまだ返事はない。

だが、この @nauciccafe 氏のリツイートがさらに拡散して、 @568568568 氏の大臣発言の推測がまるで真実のように受け止められつつある。

大臣発言の背景を探していたら、大臣発言の推測が一人歩きした場面に出くわしてしまったわけだ(笑)。


じぶんの言動がどう受け止められるかわからない以上、何かを発言する際には慎重に慎重を重ねるしかない。とくに政治家のように発言の影響力が大きな人はなおさらである。なにしろ、マスメディアは常に、失言を手ぐすね引いて待っているのだから。

Just arrived!!

Just arrived!!
Just arrived!!
Just arrived!!
ふっふっふ…。
( ̄∀ ̄)

届いた届いた…。
(o^∀^o)


新しいメガネ。


しかも…

〈EVA×JINS〉のコラボ5本組www


実はもう1ヶ月前に届いていたけれど、度を入れる必要があった。

ところが、岡山県にはJINSが無い!!
(」゜□゜)」

ちょうど、近鉄四日市駅構内にあったので、この前の月曜日に持参して、度のついたレンズに交換を依頼した。

それが届いたのだ。

うへうへうへへwww
o(`▽´)o

ついでに、他のメーカーだが「エントリープラグ型メガネケース」もネットで頼んでおいた。こちらは数日前に届いた。

残念ながら、ケースは零号機・弐号機・伍号機しか手に入らなかったが…。
(ノ△T)


ちなみに、このメガネにはご覧のクリアファイルがおまけでついてきた。勿体なくてまだ使ってないがwww

「あんた、バカぁ?…ホントにバカね…」というアスカの声が聞こえるようだwww

2011/09/09

…orz

8日の朝、浜松を出て岡山に戻った。

ホテルのチェックアウトは10時なのだが、朝、目覚めて時計を見たら…

【10:22】


ガ━━(゜Д゜;)━━ン!

あわてて飛び起きた(苦笑)。

フロントに電話を入れて、滞在時間の延長をお願いし(もちろん、延長料金を支払うわけだが)、11時過ぎまでホテルに滞在して片付けと仕事をした。

いやはや焦った。
(^^;)

実は目覚ましを9時にかけていて、モーニングコールも9時にセットしていたのだが、気づかなかったのか止めて二度寝したのか、それすらも記憶にない(爆)。いかに昨日までの緊張感が緩んだかがわかる(泣)。

木曜日は基本的に浜松→岡山に移動+夕方からSESの授業なので、木曜日の朝は、比較的ゆっくりできる。余程の用事があって早起きせざるを得ない場合を除き、体が「寝坊モード」になっているのかもしれない。

まして今週から秀英予備校の2学期レギュラー授業も始まり、昨日までの3日間は新たな体制でのスタートだったから余計に緊張していたはずだ。それが一気に緩んだのであろう。


結局、乗るつもりだった10:38発の「ひかり」をあきらめて11:38発の「ひかり」で浜松を出て、14:17に岡山駅に着いた。


岡山駅に着く寸前、旭川を渡った時にふと見ると、おそらくこの前の台風で倒されたであろう木が一本、川に浮かんでいた。

…とここまで書いて放置して、高校の教材作りに没頭していたら…

ま た や っ ち ま っ た。


0時を過ぎてしまった。


Σ(゜д゜lll)ガーン

orz
orz
orz


疲れてるんだな…orz

2011/09/07

It's no use asking why they act the way they do.

名古屋でタクシーに乗ったときのこと。

「お客さんは名古屋の方ですか?」と運転手さんに尋ねられた。

「いえ、違いますが…何か?」と聞くと「私は高知の出身なんですが、名古屋の人は交通ルールを守らないことが多いので、どうしてなんだろうかと思っていまして…」とのこと。




…つまりぼくは…


「交通ルールを守らない名古屋人」


に見えたわけだwww
(;`皿´)


…というのはうがった見方で、もちろんこの運転手さんに悪気はないし、名古屋の人がすべて交通マナーが悪いと言っているわけではない(なにしろぼくの住む岡山県ではウィンカーを出さない人間があまりにも多いため、交差点の路上に「☆合図」と書いてあるところがいくつもあるほどだから、交通マナーやルール違反については他の都道府県を非難できる筋合いはない)。
(-_-;)

だが、「名古屋走り」という言葉がWikipediaに載るほど( http://ja.m.wikipedia.org/wiki/%E5%90%8D%E5%8F%A4%E5%B1%8B%E8%B5%B0%E3%82%8A )だから、マナーやルールに違反するドライバーが多いことも確かであり、それが事故多発の一因になっている可能性は否定できない。

ここ数年、テレビや書籍で「県民性」を売りにしたものをよく見かけるようになったが、ある地域で暮らしていると、当然ながら周囲の人々の行動様式に順応するようになるはずだし、特に、その土地で生まれ育った場合はそれがアプリオリにあたりまえのものとして受け入れられ、何の疑問も持たなくなる。

「県民性」というのは単なる偏見に過ぎないかもしれないし、交通マナーやルールに違反するのは名古屋に限ったことではないが、「名古屋走り」ということばが定着し、それが名古屋独自の行動様式として受け入れられ、再生産され、あるいは時に正当化されてしまっているのであろう。

そして、名古屋で車を運転するようになった人は「これは名古屋流だから」とその行為を自明視し、何の疑問も持たなくなる。同時に、「なぜそのような行動をとるのか」と尋ねられても、おそらくはっきりした回答は得られない。

かりにぼくが名古屋人だとして、「なぜ名古屋走りを?」と尋ねられたとしても、「そんなの当たり前だ。だって、みんなそうしてるから」としか答えられないであろう。

全く無意味だ、とまでは言わないが、人の行動に「なぜ」を尋ねても無駄なのである。なにしろ、「理由」や「意図」なんて行為の最中にはまったく意識しておらず、すべて後付けの理屈に過ぎないのだから。

名古屋走りをしている最中のドライバーに「なぜそんなことをするのか」と尋ねても無駄なのである。

2011/09/06

A bad habit, once formed, is by no means easy to get rid of.

A bad habit, once formed, is by no means easy to get rid of.
A bad habit, once formed, is by no means easy to get rid of.
A bad habit, once formed, is by no means easy to get rid of.
昨夜は魚旦那にて魚祭りwww
( ´∀`)タハー

そしてなぜか、今日の昼飯も魚旦那www

ランチタイムは海鮮丼をやっていると昨日知ったからだが。
(^^;)

値段も500円〜とリーズナブルで種類も豊富。

今回は「若旦那の海鮮丼」大盛(850円)を選択。


美味し!!
(o^∀^o)

メニュー左下にある「南伊勢 方座浦漁港の大漁盛り丼(1980円)」にもいつか挑戦しなければwww


昼飯の前に、ちくさ正文館本店で本を買い込んだ。

お目当ては『思想地図β2』(contectures)だったが、書店であれこれ見ていると、ついふらふらと余分に本を買い込んでしまう悪い癖がある。これからまだ名古屋→浜松→岡山と移動しなければならないのに、荷物が増えてしまった…。
orz

食後、喫茶店で『思想地図β2』を読み始める。非常に興味深く、考えさせられる内容ばかりで、つい我が身を振り返ってしまう。

これについてはまたあらためてあれこれ書きたいと思う。

2011/09/05

Time flies!!

いよいよ今日から秀英予備校での2学期の授業が始まった。2学期のスケジュールは以下の通り。

==========
〈月曜日〉四日市校舎
18:35-19:55 高3英文読解応用
20:10-21:30 高3英文読解標準

〈火曜日〉名古屋校舎
17:00-18:20 高3センター総合英語
18:35-19:55 高3英文読解標準
20:10-21:30 高3英文読解応用

〈水曜日〉浜松校舎
17:00-18:20 高3センター総合英語
【→四日市校舎へ遠隔ライブ中継】
18:35-19:55 高3英文法・語法応用
20:10-21:30 高3英文読解応用
==========

2学期からはセンター総合英語が始まる。また、水曜日のセンター総合英語の授業は、遠隔ライブで四日市校舎に同時生中継となる。

遠隔ライブでの授業は久しぶりだ。レギュラー授業では数年前に静岡校舎から発信したのが最後になる。

2学期は、推薦入試を受ける人には直前期になり、一般・センター試験を受ける人にも最後のまとめに向かって集約させていく時期である。

つまり、この夏までに学んだことの「確認」の場に他ならない。

まだまだ不安はあるだろうが、試験は待ってはくれない。学校行事などもあろうが、高校生活をフルに楽しみつつ入試も突破したいのであれば、何かを我慢したり、より効率的な時間の使い方をして、少しでも前に進まねばならないのだ。

入試が近づくに連れて、これまでのツケがまわり、焦りも出てくるし、逃避したくなる。だが、逃げたって何も始まりはしない。

ぼくじしん、高校生の頃は勉強が嫌で嫌で逃げてばかりいた。だから、逃げても何も良いことはないということはよくわかっている。

与えられたハードルは下がってはくれない。軽やかに飛ぶ必要はない。カッコ悪くても泥臭くてもかまわないから、よじ登ってでも、越えねばならないのだ。

2011/09/04

It tastes thick and rich!!

It tastes thick and rich!!
It tastes thick and rich!!
今日は午後から所用があり、昼前に広島へ。

岡山駅に着いたら、新幹線と四国方面の在来線、山陽本線は平常運転に戻っていたが、鳥取方面の列車はまだ運転見合わせの状態で、台風の影響が続いていた。


広島に着いたら、まずはお好み焼き(笑)。

用事を済ませてから岡山へとんぼ返り。


夕方からは、三丁目劇場の近くにオープンした「こてこて」という鉄板焼き&生パスタのお店へ。

ここは、ぼくの友だちである倉敷の「かたつむり」さんが3号店として開店したお店で、今日はそのプレオープンにご招待いただいた。

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▼鉄板焼きと生パスタ「こてこて」

岡山市北区表町3丁目15−15
tel.086−238−4200

(新西大寺商店街内、3丁目劇場から商店街アーケードに入り約80メートル、右側角に鉄板焼きのこてを二つ書き込んだお店)
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9月7日にグランドオープン、11日からはランチも開始とのこと。

お近くの方は(遠くの方も)是非!!
(*^-^)b

2011/09/03

Providing is preventing.

今日は朝から暴風雨真っ只中(泣)。

岡山に台風が上陸したのは1998年10月の台風10号以来、13ぶりらしい。

岡山は昔から自然災害が少ない。降水量も少ない「晴れの国」であるが、降水量が少ない割に水不足にならないのは、県内を南北に流れる三大河川(西から、高梁川、旭川、吉井川)のおかげだと聞いたことがある。

もっとも、自然災害が少ないということは、その分、災害への危機意識が希薄であり、備えも不充分であるということになる。

また、川が多いということは水害の可能性が高いということでもあるが、「晴れの国」というスローガンが水害への想像力を奪っているのではないか、とも思ってしまう。

2004年8月に倉敷市は台風16号による高潮被害により1名が亡くなったが、それまでは高潮被害で死者が出るなどと予想もしていなかったようで、そこから慌てて防災を叫ぶようになったほどだ(ぼくはその頃、エフエムくらしきでレポーターをつとめていたが、その事故を機に防災を呼びかける自社制作のCMが流れ始めたのを覚えている)。

だが「備えあれば憂いなし」とも言い切れない。3月11日の東日本大震災では、予想を遙かに超える津波が押し寄せて甚大な被害が出たが、そもそも三陸海岸沿いは昔から何度となく津波に襲われているため、高い防災意識と、他の地域では想像できない規模の防波堤を備えていたのであり、それにもかかわらずあれだけの被害が出てしまったのは、自然の猛威が時にぼくらの想像力をはるかに凌駕する力を持っていることの現れでもある。

また、人間は基本的に楽観的な想像しかしない。悲観的な想像ばかりして(さらにそれを実行に移して)いたらふつうの社会生活が営めなくなるからだ。漫画で、極度の心配性のキャラクターが登場することがあるが、その人々を見て笑ってしまうのは、ぼくらが「そんなことがあるはずはない」と楽観的な想像力しか持っていないことの証でもある。


ぼくが住んでいる地域はもともと田圃が広がっていた地域で、そこを住宅地として開発してはいるが、まだ田圃もかなり残っている。そのため、用水路もあって、子どもたちには魚やザリガニ、亀を捕まえる恰好の遊び場になっているが、今回の台風ではその用水路の水位が道路と同じになった箇所が何ヶ所かあるのを見かけた。中には道路に水があふれ出しているところもあった。

倉敷市に住む知人の家では、家の前の道路が冠水し、もう少しで家に水が入ってくるところだったようだ。

かといって、こうした被害(の一歩手前)があっても、「どうにかしなければ」、などとぼくらが動くことはきっとないであろう。

それこそ漫画に出てくる「極度の心配性」を持ったキャラクターと同じだと思われてしまうであろうから。


いま、岡山市(のぼくがいる場所)は雨も上がり、風も止んで、虫の音が聞こえる静かな夜に戻った。

明日になればまたいつもの生活が始まるはずだ。だが、台風の進路上にある地域ではまだこれから被害があるかもしれないし、台風で被害を受けたものについて、その後片付けも待っているであろう。

今回の台風で被害に遭われた全ての方々に心からお見舞いを申し上げるとともに、亡くなられた方のご冥福をお祈りいたします。

2011/09/02

Here comes Talas!!

今日は創志学園高校の2学期初講日。


…が、台風のせいで6時限目までの授業が5時限目までで打ち切りとなった。
orz


5時限目が終わり、14:10の休み時間の開始と同時に「先生方は職員室にお集まりください」と校内放送が流れた。

職員室に行くと「5時限目で今日は授業を打ち切ります」との告知。

まあ、状況が状況だけに仕方がない。
(-"-;)

こうなると、SESの授業も今日は休講にせざるを得ない。


数年前、台風が来たときにSESの休講の連絡をしたが、その時には連絡が取れなかった生徒さんがいて、塾で待機していたら、案の定やって来た(汗)。

そこで「今日は台風だから帰ってね」と言えば良かったが、「勉強していってもいいですか」と言われて、「まあ少しなら…」と許可したところ、知らぬ間に風雨が激しくなって帰れなくなり、やむなく車で彼を家まで送り届けたことがある(泣)。


今回は無事、全員に連絡がついた。
(´д`)≡3

まあ、人数が少ないから連絡は楽だったが…。
(-_-;)


そしていま、外は暴風雨。やはり休講にして正解だった。

明日の午前中に岡山を直撃するらしい。何事もないことを祈ろう…。

2011/09/01

What's Japan!?

はじめに断っておくと、ぼくは右翼でも左翼でもない。いわゆる「ノンポリ」の中途半端な日和見主義者なのだと思う。

父も祖父も警察官だったから、どちらかというと保守的な家庭環境だった。大学生の頃はやや左傾化したこともあったが、かといって天皇制打破を唱えるというわけでもなかった。

ぼくの母校は昭和天皇が亡くなる前に「昭和天皇が亡くなっても弔意は示さない」と当時の学長が宣言し、右翼の街宣車が毎日のように抗議に訪れたという武勇伝(?)を持っており、その時の様子について岩波書店から『ドキュメント明治学院大学1989』というドキュメンタリーが出版されたほどであるから、教員も基本的には「反天皇制」の「左翼派知識人」で、中には国家神道に抵抗するために神社には絶対に入らないという教員もいたほどだ。

だが、その是非はともかく「日本人とは何か?日本とは何か?」を考える時に、天皇制(この言い方が妥当かどうかはわからないが)は欠かせない要素の一つではないか、という思いがあるのも確かだ。

このところ「ネトウヨ」「ブサヨ」といったことばが目につくようになり、右傾化した行動が目につくようになった。問題は、こうした右傾化する人々が守ろうとしている〈日本/日本人〉とはいったい何であるのかが不明確である、ということだ。

むしろ彼らが「天皇陛下万歳!!」と叫んでいればわかりやすいのだが、どうもそういうわけでもなさそうだ。

つまり、彼らが(そして、ぼくじしんが)守るべき「日本/日本人」がよくわからないのだ。

もちろん、「お前は日本人か?」と問われたら、ぼくは「そうだ」と答える。だが、「日本人とは何か?」と問われたら、ぼくにはうまく答える自信はない。

日本語が話せるからか?日本国籍があるからか?日本の文化(これもかなり曖昧だ)に従って暮らしているからか?

たしかに、これらは日本人を定義する上では欠かせぬ要素かもしれない。しかし、どれもいまひとつ右傾化する人々が守ろうとしている〈日本/日本人〉というカテゴリーを定義するには十分でないように思える。

昔、田中康夫さんのベストセラーで『なんとなく、クリスタル』という小説があったが、それになぞらえて言えば、ぼくも彼らも『なんとなく、日本人』なのではないだろうか。

だが、『なんとなく、日本人』であることが悪いとも思わない。むりやり何らかのシンボル(たとえば天皇や武士道)をかつぎあげて錦の御旗を振りかざしても、それが万人に受け入れられる「日本」なのかと問われると、そうとも言い切れないものがある(だからこそ、フジテレビへのデモは「反韓流」ではあっても「天皇陛下万歳!!」にはならなかったのではないか)。

歴史を振り返ってみても、現代にまで通用する「普遍的な日本/日本人」という在り方は見あたらないように思える。

まさか江戸時代の在り方が普遍的な日本人というわけではなかろうし、平安時代にまでさかのぼっても意味がない。かといって、戦前の日本人の在り方が普遍的な日本人だとも言い難い。

それとも、日本人を自負しているぼくじしんの知らない日本人の在り方が存在しているのであろうか?

先日、第95代首相が誕生した。

ぼくたちは、その政権をなんとなく受け入れ、そしてこれからも「なんとなく、日本人」のまま、なんとなく暮らしていくのであろう。たとえそれが諸外国から見てつかみどころのないものであっても、「なんとなく、日本人」という在り方以外に適当なものがみあたらないのだから、開き直るほかに仕方がないのだ。

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