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2011/07/10

Suspicion begets fear.

今日の岡山は真夏の日差し。晴れの国の面目躍如、といったところか。

これだけの日差しがあり「晴れの国」を標榜するのであれば、岡山県内に巨大な太陽光発電プラントを建設すれば良いのに、と思うぼくはnaiveな素人考えなのであろうか。

県南に余っている土地は腐るほどあるわけだし、特に夏場の電力供給ピーク時にはフル活躍できると思うのだが。

まして、財政難にあえぐ岡山県。建設費は巨額かもしれないが、仮に電力が自由化されたらその電力を近隣他府県に売って収益をあげることまで視野に入れて、新たな特産物を作るつもりで本気で取り組むべきではなかろうか。

また、瀬戸内沿岸は風が強い。特に春などは瀬戸大橋がしょっちゅう通行止めになるほどだ。だとしたら、沿岸部には風力発電プラントも作れるであろう。

水島や児島には空いている土地もあるし、かつては重工業が盛んであった水島臨海工業地域をエネルギー産業先進地として再編するように、知事権限で各企業に申し入れをできないものか。

強い日差しを浴びながら、そんなことを考えた。


さて、原発について。原発の賛否についての議論はどうしても感情的になりがちだから、客観的なデータを使って冷静な議論をする必要がある。

だが、そうするためにはいくつかの問題点がある。

第一に、客観的なデータの信憑性の問題である。

これまでの経緯で既にわかっていることだが、原発推進派のデータは自分たちに都合の良い部分のみを強調し、また、実際に福島第一原発の状況については正確なデータや事象を隠し続けてきたわけだから、推進派が仮にいくら正しいデータを用いても、それが素直に受け止められることは、もうない。

挙げ句の果てに、「プルトニウムは塩と同じ」などという御用学者まで現れる始末。

http://www.youtube.com/watch?v=b3eRE8YFSjs&sns=em

http://www.youtube.com/watch?v=gpVVI5xFJL4&sns=em

産官学+御用メディアが一体となっての原発推進キャンペーンは、そこから利権を得られる人々―しかも、絶大なる権力を持った人々が―いる限り、永遠に終わることはない。


だが、反対派にしても、漠然と「危ない」と感じてはいるけれど、具体的なデータについて論じられることはない。いや、これが第二の問題点なのだが、具体的なデータを持ち出して危険性を訴えたとしても、ぼくを含めて市井の人々がそれをどこまで理解できるのかが問題である。

そもそも専門家ですら手こずっている放射線。理屈をいくら並べたところで制御不能なものなのに、ぼくら素人がそれを正しく理解することは不可能である(無論、その「無知」につけこんで、御用専門家やペテン師が暗躍しているわけだが)。

アゴラブックス代表取締役の池田信夫さんは、ご自身のブログでこう指摘している。

「自分に都合のいい例ばかり出して精神論をいう前に、日本で太陽光発電は原発や火力より安いのか、あるいは何年たてば安くなるのかを具体的な数字ではっきりさせてください」( http://blog.m.livedoor.jp/ikedanobuo/c?type=more&id=1355574 )

とてもあたりまえのことだが、きちんとした数字も根拠もなくただ感情に流されているだけでは、どうあがいても原発推進派に対抗することはできないし、放射能汚染の悪夢から逃れることはできない。

推進派から何を突っ込まれても大丈夫なように、誤魔化さず誠実に客観的なデータを積み重ねること。それこそがこの悪夢を終わらせる唯一の方法なのだと思う。

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