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2011/06/30

教師&講師 模擬授業対決2011(英語)→急遽参戦決定!!

7月18日(月・祝)に大阪の弁天町市民学習センターで行われる「教師&講師 模擬授業対決2011チャリティー(英語)」に急遽参戦することになった。

このイベント、元々は「ベック式語呂合わせ」で有名な別宮孝司さんが始めた「T-1グランプリ」を母体としている(…はず(^^;))。

本当は2010年1月に開催された第1回T-1グランプリに参戦する予定で、いの一番に申込をしていたのだが、日程が変更になったために出られなくなってしまった。

その後、別宮さんが体調を崩されて継続が危ぶまれたが、関西近郊の有志が中心となって「教師&講師 模擬授業対決」というかたちで継続することになった。


今回は、お友だちの数学講師・水野健太郎さんのブログで「高校英語の指導者も参加可能になりました」との告知があり、急遽、参戦することになった。

「対決」と言っても、幼児英語から高校英語まで多様なジャンルから参加するはずなので、異種格闘技に近いものだと思う。

何よりも、今回は「チャリティー」の名目で行われるのだから、ぼくのような人間でも役に立てれば幸いである。

以下、水野さんのブログ( http://green.ap.teacup.com/reviewermizuno/1550.html )より抜粋。

==========

=====【会の主旨・内容】=====
各教科5名の教師・講師がそれぞれ20分の模擬授業を行います。

見学者(オブザーバー)には模擬授業を採点をしてもらい、相互の能力アップに資するものとします。評価の際は「生徒にとって良い授業とは何か」を念頭に置いてもらいます。

第1回にならい、模擬授業対決は午前の部として行い、そのあと審査結果を踏まえた討論会「いい授業って何だ?」を行います。討論会・懇親会では、参加者間で親睦を深めていただくことができます。

=====【記:第2回】=====
日時:11年7月18日(月・祝)

 午前の部 10:00頃〜13:00頃 「英語」部門

 午後の部 14:00頃〜17:00頃 討論会「いい授業って何だ?」

場所:弁天町市民学習センター(大阪環状線/地下中央線弁天町駅)
 → http://www.osakademanabu.com/bentencho/

参加料:
通日参加 ¥3000(午後の部+討論会)

※会場が飲食禁止であるため昼食は付きません。レストランにご案内し自由食となります。
==========

さて、これで作らねばならないレジュメが1つ増えた…(・_・;)

2011/06/29

He escaped by a hairsbreadth.

He escaped by a hairsbreadth.
名古屋を出て浜松に移動。

昨夜は携帯から日記をアップしようとして、本文とタイトルを書く前にうっかり「送信」を押してしまい、焼肉の画像だけが虚しくアップされてしまったwww

日付が変わりそうだったので、「もうこれでいいや」と半ばヤケクソwww


さて、名古屋駅で10:58発のこだまに乗り、自分の座席に座ったら、若い男性が「あの〜…ここ、●号車の××ですよね」と話しかけてきた。

「え!?俺、間違えた!?」と焦って相手の切符を見せてもらったら、彼の切符には…

「のぞみ●●号」の文字。

( ゜д゜)

(つд⊂)ゴシゴシ

(;゜д゜)

(つд⊂)ゴシゴシ
  _,._
(;゜ Д゜)ホォォーー…?!


「え!?これ、のぞみ?」と一瞬焦ったが、車内アナウンスから「この電車は名古屋を出ますと各駅に停車いたします」と流れてきた。

要するに、彼が勘違いしていたわけだ。
(´д`)≡3
ホッ


幸い、出発前だったので、彼はかろうじてそのこだまから降りることができた。

ε=ε=┏( ・_・)┛

やれやれ。
(*_*)

2011/06/28


2011/06/27

With a professional magician!!

With a professional magician!!
手品家の新作発表会のご案内を頂戴していたので、気分転換に行ってきた。

以前にも紹介したが、手品家は目の前でマジックを見せてくれるバーで、バーテンダーは皆、若手のマジシャンである。

テーブルマジックの他にステージマジックがあり、この新作発表会はステージマジックの御披露目にあたる。

実はこの日の昼に、口からトランプが出てくるマジックでお馴染みの「ふじいあきら」さんのショーがあって、終わった後もふじいさんはお店に残って新作発表会を見学されていたのだ。


新作発表会のあと、せっかくだからとふじいさんがマジックを披露して下さった。

ネタバレしてはいけないので詳しくは書かないが、「さすがはプロ!!」と思わず唸ってしまうステージだった。

決して大がかりなものではなく(多分)、その場で請われて即興的に演じた軽いマジックだと思うが、話術・立ち居振る舞い・展開の仕方など「なるほど!!これがプロの凄さなんだ!!」と思わされた。わずか数分のマジックの中にちゃんと伏線まであって、最後の最後まで驚かされた。

終わった後、写真をお願いしたら快く引き受けて下さり、ブログ掲載も快諾して下さった。

ふじいさんのキメのポーズはお馴染みの「口からトランプ」。ぼくも口から何か食べ物でも出して撮れば良かったなぁ…。
orz

2011/06/26

Should I know better at my age!?

Should I know better at my age!?
とりあえず、期末試験の原稿は完成。

やれやれ。
(´д`)≡3

近頃、気になっているのが「マキシマム ザ ホルモン」。

ガム(ストライド)のCMで見て(聴いて)、「うを〜!!かっちょえ〜!!」と思い、YouTubeで動画を検索しているうちに自分でも弾いてみたくなり(笑)、年甲斐もなく買ってしまった『バンドスコア』www

もっとも、練習できるのはだいぶ先になりそうだが(泣)。

2011/06/25

I have a lot to do.

まず、作成しなければならない原稿がわんさか目白押し(苦笑)。

創志学園の期末テスト。メルマガの原稿。講演のレジュメ(宮崎産経大・創志学園・愛知学院大)。夏期講習会で配布するプリント。某社からの依頼原稿etc...

先週のテストの添削もある…。


サガサナイデクダサイ…
ε=ε=┏( ・_・)┛

2011/06/24

As if I were in a melting pot...

何ちゅう暑さや…。

(;´д`)≡3

昨日あたりから突然暑くなった。いくら夏至を過ぎたからとはいえ、ここまで極端に暑くなるとは、実に現金な天気だ。
(-_-#)

今朝8時頃には、既に室内の温度計が28℃だった。熊谷市では39.8℃を記録したそうだ。今年は梅雨入りも早かったし、夏が前倒しになっているようだ。

高校ではネクタイ着用が義務づけられていて、ワイシャツも汗だくになる。人前に出る仕事だから汗臭くならぬように気を遣ってはいるが、この分だと今後はワイシャツの替えが必要になるかもしれないなぁ…。
(-_-;)

History repeats itself.

History repeats itself.
History repeats itself.
History repeats itself.
木曜日の朝、浜松を出て岡山に戻った。岡山駅西口のデジタルミュージアムで「第34回 岡山戦災の記録と写真展」が開かれている(6月30日まで)ので立ち寄った。

入口の前にあるテレビでは「進駐軍が見た岡山」という映像を繰り返し上映していた。当時、岡山に駐在していた進駐軍のホイットニー少佐が撮影したもので、岡山のカラー映像としては最古のものだという。

ここで上映されていたのは11分ほどにまとめられたものだが、実際には2時間半もの長いフィルムらしい。戦後の焼け野原から復興する様子が色鮮やかに描かれていた。是非完全版を見てみたい。

モノクロの写真だと、とても遠い昔の遠い地の出来事のように感じてしまうが、こうしてカラーの映像を見ていると、とても身近なことのように思えてくる。

撮影されたのは1946-1947年で、戦後半年から1年半ほどしかたっていないが、映画館ができたり、マスカット農園の風景があったりと、何だかいまとあまり変わらないではないか、と思ってしまう。

館内の展示は、写真と資料だが、見応えがあった。確か、昨年か一昨年も見に行ったので、見た覚えのある資料もあったが、中には初めて目にしたものもあり、特に『寫真週報』(戦前の内閣情報部(のち、情報局)が出版していた週刊誌。昭和13年2月〜20年7月11日付の第374・375合併号まで370冊が刊行された)の表紙の展示は印象的で、そこに書かれていた文言をついメモしてしまった。

いずれも戦争への協力を呼びかける内容だが、写真週刊誌という体裁で表紙にデカデカと書かれた文字には抗い難い迫力がある。

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『自分さへ旅行できればよい』
この根性の行列が続く限り
決戦輸送は空転する
君たちが空費した時と金と精力を増産に
君たちが乗った列車に軍需品を
頭も、ダイヤも切替へて さあ出発だ
==========
(※旧仮名遣いはそのまま。漢字の旧字体は山添が修正。)

これは、人でごった返す駅の構内の写真につけられたキャプションだが、『自分さへ旅行できればよい』が赤い太字で書かれていて、読み手に強く訴える。


そして、やはりぼくはこれを「今」と結びつけてしまうのだ。震災の苦しみにあえぐ「今」と重ね合わせてしまうのだ。

ぼくたちは、戦後民主主義教育のなかで育ち、個人の消費と快楽を優先させてもかまわない、という社会に暮らしている。だから、こうした戦前の「国家総動員」的なスローガンを批判したり、笑い飛ばしたりすることさえもが許されてきた。

それは、個人よりも社会を優先させる全体主義的発想に対してのアレルギーをもつことに等しく、国家に強力な権限を持たせまいとする意識に他ならない。

だが、そうした意識とは裏腹に、災害などの非常時には国家に頼ってしまう自分がいる。

仮に、あの震災直後に政府が強権を発動し、先ほどの表紙の文言を

==========
『自分さへ旅行できればよい』
この根性の行列が続く限り
【復興】輸送は空転する
君たちが空費した時と金と精力を増産に
君たちが乗った列車に【援助物資】を
頭も、ダイヤも切替へて さあ出発だ
==========

と書き換えて国家総動員的スローガンを掲げたとしたら、おそらくは逆らえない自分がいる。いやむしろ、そうした事態を望んですらいる自分がいることに気付かされる。同時に、エスタブリッシュメントがこうした民衆の心性を巧みに利用していた(いる)ことにも気付かされる。

今でこそ、ネットで様々な情報が手に入るから、国家の与える情報を絶対視する人の割合は少なくなったはずだが、それでもお上の言うことには逆らわずに素直に従って暮らすぼくたちなのだから、大本営発表しか拠り所のない時代には、人はいとも簡単に戦争に協力させられたのであろうことは想像に難くない。


『寫真週報』の表紙を見て、そんなことをつくづく考えさせられた。

2011/06/23

岡山の皆様へ

宮城県石巻市在住の友達から、以下のチャリティーコンサート(和太鼓オーケストラ)のご案内を頂戴しました。

残念ながらこの日ぼくは名古屋で授業があるため行くことができませんが、お近くの方でご都合がよろしければ是非足を運んでみてください!

http://www.wadaiko.info/より転載。

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M's Japan Orchestra 岡山公演決定!
◎公演タイトル/吉備システムスペシャル 東日本大震災復興支援 みちのく音楽祭 -From GROUND ZERO-
◎公演日/8/1(月)
開場/18:00 開演/18:30
◎会場(地域)/岡山市民会館大ホール(岡山県)

◎料金/S席4000円 A席3500円 B席3000円 ※全席指定
◎出演者/浅野祥、さとう宗幸、M's Japan Orchestra、他

◎プレイガイド/ぎんざや、岡山県音楽文化協会、岡山シンフォニーホールチケットセンター

◎問合せ先/3D-FACTORY.inc
==========

2011/06/22

In our regular meeting...

In our regular meeting...
昨夜は栄の「魚河岸dining Shin’s DADE」にて魚祭りの定例会(笑)。古文のK先生に毎週月曜・火曜とお付き合いいただき、「山添の巻き添え」になってもらっている(笑)。


…と言っても、単に飲み食いして無駄にダベっているわけではなく(苦笑)、美味いものを喰らいながら、仕事のこと、授業の進め方、そして最近では文法論などで盛り上がっている。

話しているうちに仕事の新しいアイディアが浮かぶこともあるし、実現の可能性は別として、法螺話のような面白いプロジェクトを思いついたりもする。


ぼくらの仕事は基本的に、授業に関しては自分で全てを構成し、一人で生徒さんと向かい合うわけだが、熱くなって喋っているとついつい客観的に自分を見ることができなくなるおそれがある。つまり「独り善がりの自己満足」になってしまう危険性があるのだ。

ぼくはたまに「自分の授業をリアルタイムで見てみたい」と言うが、そうやって、熱くなりながらも冷静に、客観的な目で自分の授業を見られる余裕を持っていたいと思う。

たぶん、K先生も同じようなことを思っているのではないかと思う。だからこそ、お互いにいつも、自分の授業に自信を持ちながらも「これではまだまだダメだ」と思い、お互いに切磋琢磨しようと思って語り合っているのだと思う。

前期授業はあと2週。K先生との前期定例会もあと4回。

もっとも、夏期講習会では名古屋と浜松で一緒のタームなので、定例会5連チャン×2の激しい毎日になりそうだがwww

2011/06/21

講演のお知らせ〈追加〉

講演のお知らせ〈追加〉
7月24日(日)に名古屋の吹上ホールで開催される『大学フェア』にて、「センター英語対策講演」を行うことが決定しました!

11:30〜12:20(50分)です。

皆様、是非ご来場下さい!!

2011/06/20

The time is approaching...

今日も朝から創志学園高校で授業。7月頭に期末試験があるので、そろそろ試験範囲を確定し、問題を作成しなければ…。

その後はいつものように名古屋経由で四日市へ。夕方から授業。今週で前期授業も10/12週。来週と再来週で前期は終わり。

そろそろ講演のレジュメも作らなきゃ…。

2011/06/19

For the first time in two months...

For the first time in two months...
前回は4月17日。


2ヶ月ぶりのダントツラーメン。

営業は17時からだが、着いたのは17:20過ぎ。既に店内は満員。前には10人程の列ができている。待つこと20分。ようやく席に着けた。

今日は、ラーメン中+肉増し+魚粉で、野菜2倍・味濃いめ・脂多め・ニンニク多め。〆て900円。

朝から何も食べていなかったが、これ一食で十分(笑)。

半分ほど普通に食べてから魚粉を投入し、味の変化を楽しむ。

美味し!!


…しかし、スープを残してしまった…orz

さて、今から洗濯と教材の準備だ!!

2011/06/18

Completed!!

Completed!!
散髪完了。

ますますヤヴァさに磨きがかかったwww
(´д`)

Fancy meeting you here!!

近所のセブンイレブンで買い物をして車に戻ると、眼鏡をかけた若い男の子が慌てて駆け寄ってきた。


「…?」
(^_^;)


と思い、車から出ると…


「山添先生ですよね!!昔、秀英で教わってました!」

( ゜д゜)

(つд⊂)ゴシゴシ

(;゜д゜)

(つд⊂)ゴシゴシ
  _,._
(;゜ Д゜)ホォォーー…?!


なんとまあ奇遇なwww(・_・;)


浜松校舎の元生徒さんで、今は岡大の4年生とのこと。

「写真撮っていいですか!?」と興奮気味に頼まれ(笑)、彼の連れの方がツーショットで撮ってくれた。

いやはや、浜松の生徒さんと岡山で再会するとは…。
(^_^;)

向こうも相当驚いた様子だった。そりゃそうだろう。僕だって立場が逆なら驚くはずだwww

でもまあ、こうした思いがけない再会ってのはなかなかあるもんじゃないし、楽しいものだ。

今日の岡山は小雨まじりのどんよりした天気だけど、何だか気持ちは晴れやかになった。

2011/06/17

Out of gratitude...

Out of gratitude...
Out of gratitude...
今日は朝から創志学園高校の授業。

毎回、少しずつ本を持参して教室に置いているのだが、先日、ふと思い立って、秀英予備校でご一緒させていただいている関正生先生の参考書をまとめ買いし、教室に置くことにした。

何しろ、高校の生徒さんとは毎週わずかな時間しか会えないし、予備校と違って英語の問題集や参考書が大量に置かれているわけではないので、高校1〜2年生の生徒さんが自力で読めて、かつ力の付く本を置きたいと考えていたところであった。

別件でたまたま関先生に連絡した際、この話をしたところ「それならばぜひ、ぼくからもプレゼントさせてください」という、とても嬉しいお申し出をいただき、有り難くご好意に甘えさせていただいた。

早速、届いたのが『世界一わかりやすい英会話の授業』『世界一わかりやすい英語の勉強法』(中経出版)の2冊。

『世界一わかりやすい英語の勉強法』は、この水曜日に出たばかりの新刊である。早速、一気に読ませていただいた(笑)。

Amazonで購入した他の4冊とあわせて、今朝、教室に持参した。「おお〜!!スゲェ!!」という生徒さんの反応(笑)。

それぞれの本について説明し、『世界一わかりやすい英語の勉強法』の中身について少し触れた。

いただいたからお世辞を言うわけでも何でもなく(笑)、英語を学ぶ上で非常に重要な、しかし、至極当然の内容がまとめられていると思う。

ここで言う「至極当然」とは、決して否定的な意味ではない。むしろ、いつもぼくが授業で話している「あたりまえのこと」と同じで、いわば、勉強法の「王道」であるということだ。

これは「楽して英語がスラスラできるようになる」といった眉唾物の話ではなく、「英語を学ぶのに必要な苦労をきちんとすること。ただし、効率的に、かつ楽しみながら」ということである。

ぼくは時折、「『楽な勉強』は存在しないが『楽しい勉強』なら存在する。苦労さえも楽しもう!!」と話している。ダイエットと同じで、楽に痩せられる方法はないが、楽しみながら痩せられる方法はあるはずだ(ぼくが言うと全く説得力ないなwww)。

『ビリーズブートキャンプ』があれだけ売れたのも、皆、そのことをわかっているからに他ならない。

いわば、この『世界一わかりやすい英語の勉強法』は、英語の勉強における『ビリーズブートキャンプ』のようなものなのだと思う。

だから、本書を読めば「これだけのことを徹底すれば、誰でも英語ができるようになるのはあたりまえだ」と思うはずだ。つまりそれが「王道」の証である。


子どもを持つ親としてぼくが思ったのは、この本は、勉強する本人や学校の教師もさることながら、親御さんに読んでもらいたい本である、ということだ。

とても優れた内容ではあるが、残念ながら、英語が苦手な生徒さんがここに書かれていることを自力で実行できるかと言えば、完璧に実行することは難しいだろうと思う。

また、教師が本書に書かれていることをもとに指導しても、生徒さんが家に帰ってサボってしまっては意味がない。

それに、本書で紹介されている道具(辞書やリスニング用のレコーダー、参考書など)は、高校生の小遣いでは限界があるから、親が余計にお金を出さざるを得ない。

学習の習慣が身につくまでは、大人がある程度、子どもの学習習慣を管理しなければならないわけで、そのためにも本書の内容を親御さんが理解する必要があると思う。

それから、帯に「丸暗記は、いらない」と書いてあるが、これは「なぜそうなのかを〈理解〉すれば、丸暗記はいらない」という意味であり、「単語や熟語を全く覚えなくても英語ができるようになる」という意味ではないことに気をつけるべきだ。

本を売るためにはある程度、刺激的なキャッチコピーが必要だが、この言葉もそう理解しておかねば、「言ってることが違う!!」と不満を抱きかねないだろう。

また、電子辞書と紙の辞書の記述に関しては「好みの問題」となってはいたが、ぼく自身は、電子辞書は「調べる」ための道具であり、「覚える」にはあまり適していない、というスタンスを取っている(携帯電話が普及してから、友だちや親戚の電話番号をめっきり覚えなくなったことを考えればわかるように、「いつでも調べられる安心感」は人の記憶力を低下させる)。

もっとも、関先生ご自身はそのこともよくお分かりだと思うし、本書に書かれているように、調べる速さと持ち運びを考えれば電子辞書が断然便利であるのは間違いない。


いま、英語を学んでいる人も、これから英語を学んでいる人も、子どもに英語を学ばせたい親御さんにもぜひ読んでもらいたいと思う。

この『世界一わかりやすい英語の勉強法』の出版記念講演会&サイン会が開催されるとのこと(2011年7月30日(土)・三省堂書店神保町本店)。お近くの方はぜひ足を運んでみてください。

▼詳細はこちら
→http://t.co/LoJ35bH


末筆ながら、関先生、本当にありがとうございました!

2011/06/16

Can I make myself understood?

この2週間で、03から始まる同じ番号での着信が6回。番号でググるとポータルサイトの会社。いつもタイミングの悪いときにばかり電話が来る。素性がわかっているからかけ直すのも馬鹿馬鹿しい。先ほど6回目にしてようやく取れたが、それも新幹線の中だった。


電話の主はやはりその会社。「学習塾専門のポータルサイトを立ち上げたので…」と切り出したので、「申し訳ありませんが、そうしたお申し出は一切お断りしております」と告げた。

すると…


「とりあえず見ていただくだけでも…お近くにパソコンはございますか?」と食い下がる。

( ゜д゜)

(つд⊂)ゴシゴシ

(;゜д゜)

(つд⊂)ゴシゴシ
  _,._
(;゜ Д゜)ホォォーー…?!


広告料収入を得たいのはわかるが、

「お 断 り し て
 お り ま す」

という日本語が理解できなかったのか?

そんな理解力の無い会社には鐚一文払うつもりもないし、岡山駅に到着する寸前でもあったので、再度「申し訳ありませんが、そうしたお申し出は全てお断りしておりますので」と繰り返したところようやく引き下がり、電話を切った。


塾の情報をネットやタウンページに載せていると、様々な業者からこうした電話がかかってきたり、DMやメールが送られてきたりする。

中でも多いのがこうしたポータルサイトへの勧誘とSEO対策だ。

先ほどの業者のポータルサイトは以前に確認した時にチェック済みだが、何の魅力もないただのリンク集である。「ポータルサイト」などという横文字でカッコつければ、どこかしらの世間知らずが引っかかるであろうという魂胆が見え隠れする気がした。

そもそも、塾向けのポータルサイトなんてとっくに飽和状態で、今更新しいポータルサイトを開設したところで、よほど魅力的なコンテンツでもない限りうまくいくわけがない。そんな甘い見通しの会社に誰が金など払うものか(怒)。

それに、仮にぼくがそのポータルサイトを見て「これはスゴい!!こんなにスゴいのは初めてだ!!」と感動すれば、とっくの昔にこちらから電話して参加を申し込んでいたはずだ(笑)。

ネットに限らずどんな仕事でも、「先駆者」というのは評価されてしかるべきだと思う。だが、既存のシステムに乗っかるだけで何も新しい物を生み出していなければ、評価には値しない。もちろん、全面的に新しいものを作るということではなく、たとえわずかでもオリジナリティがあればそれで良いのだが。

2011/06/15

Are customers the God!?

Are customers the God!?
Are customers the God!?
昨日は新栄の鉄板焼きの店で定例会。ちょっと高級感のあるお好み焼き店といった感じだが、品揃えも豊富で美味かった。何より、目の前の鉄板で焼いている作業が見えて楽しいし、出来立ての熱々の料理が楽しめる。


今日の昼は名古屋駅で、きしめんとおでん。以前にも書いたが、きしめんのぴらぴらした形状と出汁の香りが味覚を刺激する(笑)。小麦粉を練って作った麺でも、うどんや素麺とは異なる食感が病み付きになる。

さて、ユッケによる食中毒に関連してこんな記事を目にした。

==========
生食肉、ずさんな現場浮き彫り…業界も行政も
(6/15 9:13 読売新聞)

「焼肉酒家えびす」の集団食中毒事件を受けて厚生労働省が実施した全国調査で14日、生食肉に関わる業種の約半数で、衛生基準が守られていなかったことが判明し、業界のずさんな体質が浮き彫りになった。

「後々どんな人間が触るか分からず、うかつに『生食用』として出荷できない」。関東地方にある食肉処理施設関係者はそう語る。

食肉の流通は、生産農家から出された牛が、食肉処理施設で枝肉になり、さらに加工・卸売業者の手を経て部位ごとにされ、飲食店に渡る。複数の手が関われば当然、食中毒の原因菌が混入する機会も増える。

業界には「責任を負いたくない」という意識が広まった。厚労省によると、全国の食肉処理施設では、少なくとも2008年からの2年間、「生食用」牛肉の出荷はなかったという。

加工・卸売業者も「出荷する牛肉は加熱用だけ」と口をそろえる。東京都内のある卸売業者は「出荷していないのに、なんでユッケが提供されているのか不思議だった」と、人ごとのように語った。これに対し、都内の焼き肉店経営者は「生食用の肉でないことは分かっていたが、ユッケを求める客の声に応えたかった」と打ち明ける。

行政側の対応も後手に回った。1998年の「生食用食肉の衛生基準」の策定当時は、「安心して食べられる基準は必要だが、食文化も考慮しなければならない」という意見が多く、厚労省は生食の全面禁止に踏み切らなかった。その後も実態把握や、具体的な対策は講じなかった。
==========

この中で気になったのは、「都内の焼き肉店経営者は「生食用の肉でないことは分かっていたが、ユッケを求める客の声に応えたかった」と打ち明ける。」という一節。

確かに、客のニーズに応えるのは大切なことだ。だが、それを最優先するあまりに衛生基準を蔑ろにするのは、飲食店として本末転倒であるし、そんな店は客に迎合するだけで何のポリシーもないとしか言いようがない。

もっとも、店やオーナーがいくら衛生基準を満たしても、現場で問題があれば意味はない。


以前、あるホテルの朝食での出来事。バイキング形式で、メニューの一つにスライスハムがあった。乾燥防止と保温のために、トレーに湯が張ってあり、その中にハムが浸かっていた。

ぼくはたまたまその朝の最後の客だったが、ハムはまだかなり残っていた。ハムを取ろうとした時、ふと見るとトレーの中に、虫がぷかぷかと浮かんでいた。多分、蚊だったと思う。

その場にいたレストランの係員(中年の女性)に「あの…虫が入っているんですが…」と指摘すると、「あら!!すみません。じゃあ、これ取りますね」と言って彼女は…


( ゜д゜)

(つд⊂)ゴシゴシ

(;゜д゜)

(つд⊂)ゴシゴシ

  _,._
(;゜ Д゜)ホォォーー…?!

…虫の真下にあったハムと虫を一緒に取り除いただけだった。
orz

((((;゜д゜)))


呆れて物が言えなかった。


おいおい、今まで目の前で虫がぷかぷかと入浴(溺死orz)していたこの湯はそのままかい。んで、それを食え、と。
orz

そりゃあ確かに、たかが虫1匹。大騒ぎすることじゃない。これだけで食中毒になるほどのことではない。それに、どうせぼくが最後の客だ。残ったハムが勿体無いという気持ちもわかる。

だが、こちらはその朝食に、決して安くない金を払っている。つまり、プロの仕事に金を払っているのだ。「今まで蚊が溺れていましたが、これしきのことでは何ともないはずなのでお召し上がり下さい」と客に要求するのはプロ失格であり、ホテルの指導体制の問題が垣間見える。

現場の人間の判断が、そのホテル全体の判断だとみなされてしまうのだ。たとえ実際にはそうでなくとも。


僕がそのハムを食べなかったのは言うまでもない。別にハムを食べないからといって死ぬわけではないが、何とも理不尽で、朝から非常に不快になった。
(-_-#)


そう言えば、ぼくが小学生の頃、母方の祖母と一緒にレストランに入った時のことを思い出した。

確か、スパゲティミートソースを頼んだ覚えがある。

ウェイトレスがモップで床の拭き掃除をしていた。厨房から「料理が出来た」と声がかかり、彼女はその場にモップを置いて、厨房から差し出された皿を取った。それはぼくらの一組前の料理だった。

その時、祖母がこう言い放った。


「掃除してたのに、手も洗わんと料理運ぶなんて!!」

その声は、ウェイトレスにも聞こえた。


…しばらくして、僕らの料理を運んできたのは、厨房から出てきたシェフだったwww

その時は、そんなことを大きな声で言うなんて恥ずかしい、と思ったが、今にして思えば、祖母の主張はごく真っ当なものだったと思うし、そんな祖母を誇りにも思う(終戦直前に空襲で夫を亡くし、以来ずっと女手一つで四人の子どもを育ててきたのだから、それだけ気丈な祖母でもあったのだが)。

グルーポンのお節料理にしても、この前のユッケにしてもそうだが、自分や自分の大切な人の口に入れたくないものを平気で出したり、金儲けに目がくらみ、客の好みを言い訳にしてろくに衛生基準も満たせぬような品を出したりするような不誠実な店・業者には、飲食業を名乗って欲しくはない。


食べ物は、僕らの血となり、肉となるのだから。

2011/06/14

Although I didn't know why, I was dying to eat chow mein.

Although I didn't know why, I was dying to eat chow mein.
今日は名古屋校舎でレギュラー授業。今週は体験授業週間でもあるので、いつもと違う雰囲気だったが、どうにか3コマ無事終了。
(^^;)


今日の昼飯は千種から新栄に向かう途中の中華料理店で「五目焼そば定食」。何故か無性に五目あんかけ焼そばが食べたくなったので(笑)。

あんの色はご覧のように茶色くて一瞬戸惑ったが、食べてみたらなかなか美味かった。

その後、喫茶店で予習・添削・プリント作成→宿に戻ってシャワーを浴びて授業へと向かった。

そう言えば、今日の体験授業に出た生徒さんで、ぼくの単科ゼミ「Hyper-Vocabulary」の名前を「Happy-Vocabulary」と勘違いしていた人がいたそうな(笑)。

「この授業を受けたら幸せになれます」って、怪しげなセミナーみたいだな。それよりも、ぼく自身が幸せになりたいよ(笑)。

2011/06/13

I have no choice but to make a detour...

I have no choice but to make a detour...
今日も午前中に創志学園高校で授業の後、夕方から四日市校舎で授業。

岡山から四日市へはストレートに行けば、

岡山

名古屋

四日市

で済むが、いつも千種の宿に寄るために、

岡山

名古屋
↓…※
千種
↓…※
宿
↓…※
千種
↓…※
名古屋
↓←いまここ(笑)。
四日市

と移動している。つまり、※の部分だけ余計に金も時間もかかることになる。

これは、荷物がたくさんあって、それを持ったまま直接四日市まで向かうことを避けるため(何しろ階段ばかりで、持ったままだとエラい目に遭うから)だ。

それなら宅急便で送れば良い、と言われるかもしれないが、キャリーバッグだけではなく、命綱のCPAPも持ち歩いているので、キャリーバッグだけ送ってもあまり意味がないし、宿に寄ればシャワーを浴びて着替えることも出来る。

しかも、送料と余分な交通費を比べると、圧倒的に送料の方が高くつく(1回あたり800〜900円の差が出る)ので、まあ、軽い筋トレも兼ねて(笑)、宿まで往復してから四日市に向かうことにしている。

秀英予備校の前期授業も今日で9週目。今週を除けば、残すところあと3週だ。体はだいぶ慣れたが、完全に慣れた頃には前期が終わるというこの切なさ…(泣)。
orz

2011/06/12

As a gatekeeper.

As a gatekeeper.
昨夜、Twitterで、日本史講師の塚原哲也さん(http://www.ab.auone-net.jp/~tsuka21/)と、入試問題の在り方について少しお話しした。


塚原さんは、

「高校までの中等教育と大学での教育とが「隔絶」していてよいし,それが現実だと思うけれども,「断絶」していては問題だろう。もし「断絶」しているとすれば,「大学への招待状」かつ「大学からの挑戦状」と位置づけられる入試問題は,果たして大学教員に出題可能なのだろうか。」

「大学に入学したあと,高校で覚えた用語をすべて忘れてしまってもかまわない。でも,それでも残るモノ,それを養うのが大学入試問題を素材とする受験勉強であってほしいし,大学教員の方々には,そういう入試問題を作成することを期待したい。」

と書いておられたが、正に仰る通りだと思う。


残念ながら、現状は「挑戦状」どころか「招待状」ですらないものが大半ではなかろうか。

これには幾つかの原因が考えられる。

第一に、いわゆる「全入時代」の到来や学力低下のために、大学が難問を出しにくくなったこと。

第二に、入試問題が文部科学省認定の教科書の範囲内から出題せざるを得ないため、その範囲を逸脱するような内容を出しにくいこと。

第三に、入試問題を作成するのに要する手間とリスクを考えた場合、あまり冒険は出来ず、結局、高校の教科書をなぞるような「無難な」問題を作らざるを得ないこと、などである。


第一の理由については、以前から指摘されている学力低下と少子化の問題が大きく関連しているが、要するに、大学も企業である以上、「客」である学生が集まらなければ経営が成り立たず、あまり難しい問題を出すと「客」が寄りつかなくなる、という経営上の判断が影響しているのではないかと考えられる。

また、下手に難問を出して得点が極端に低くなった場合、得点調整でもしない限り、合格者の平均点や最低点が低すぎて公表できないという可能性もある。


第二の理由については、高校で教えていない内容を出題すると、高校や文科省からクレームが来る可能性があるから、とも言える。ひょっとしたら、文科省からの助成金が打ち切られる可能性まで危惧しているかもしれない。


第三の理由は、大学の教員にとって入試の作問はあくまでも大学から命じられた(余計な)業務の一つに過ぎないということだ。教員の研究室の本棚の片隅には、高校の教科書が複数置かれていることがあるが、入試の作問委員に選ばれれば、本来の業務である(好きな)研究の時間を削ってこれらの教科書全てに目を通し、教科書の範囲を把握した上で問題と解答を作らねばならない。

だが、仮に1問でも出題ミスがあれば、大学に大きな損害を与えかねない。そのリスクを引き受けるのに見合う報酬が出されているわけでもないのに。

しかも、入試日程の多様化に伴い、入試問題を複数本作成しなくてはならないし、複数の入試問題の難易度や形式を揃えねばならない。

そうなると、高校の教科書に毛が生えたような問題や、他大学の入試問題を多少焼き直して使うことでお茶を濁さざるを得ない。


つまりは、〈経営サイドからのプレッシャー〉〈高校や文科省からのプレッシャー〉〈リスク回避のプレッシャー〉の中で、大学教員は入試問題を作らざるを得ないのだ。


だが、仮にこれらのプレッシャーを無視して、大学教育につながるような、大学からのメッセージと言える問題を作れるとしたら、果たしてうまくいくであろうか。

ここで問題となるのは、大学の教育方針が、決して全ての教員のコンセンサスを得られたものとは言いきれないということである。

つまり、教員によって〈理想とする大学教育〉がバラバラであり、大学が受験生に伝えたいメッセージも教員によってまちまちである、ということだ。

もちろん、学部・学科に関係なく、何らかの最大公約数的な共通項はあるはずだ。そうした共通項を見つける調整を行うのが教養課程の仕事であるべきなのだが、教養課程が形骸化したいま、そうした共通項を見出すことは難しいし、それを入試問題に反映させることも困難である。


だが、入試問題は、大学が受験生にその教育方針を伝えるための最高のメディアであるとぼくは考えている。どんなに綺麗で豪華なパンフレットよりも、受験生は過去問題を見て費やす時間の方が長いはずだ。

だからこそ、大学は責任を持って、入試問題の中に自らの主張をあらわさねばならないと思う。

それに応じて高校の教員もその大学入試への指導方法を工夫することになるであろうし、方針がしっかりしていれば受験生も対策が立てやすい。


ぼくは仕事柄、入試問題の分析と批評をすることが多いが、そのときに問題となるのが「良問」とは何か、ということである。

実は「良問/悪問」については、コンセンサスがないと言わざるを得ない。確固たるモノサシがないのだ。「では、モノサシを作れば良い」と思う人もいるであろうが、これはもう不可能だとしか言いようがない。

難問・奇問が悪問とは限らないし、同じ問題でも出題する大学によっては良問にも悪問にもなりうる。

以前、「センター試験では正答率の高い問題を再利用すべきだ。正答率が高いのは良問だからだ」という頓珍漢な発言がなされたのを聞いたことがある。

それならば英語の試験は全て、中学1年生のレベルにすれば良い。そうすれば正答率はグンと跳ね上がる(笑)。だが、それは「良問」とは言い難いはずだ。

では、ぼく自身が考える「良問」とは何か。

それは単純で、

「出題者(大学)が大学の教育方針を反映させた問題」

である。

だから、例えば、国語の問題で全ての問題を漢字の書き取りにしたって構わない。それがその大学の教育方針であり、そこで学ぶのに不可欠な知識を反映させたものであるならば(もっとも、そんな問題は現実として作り得ないであろうし、本当に存在していたらその大学の教育方針が疑われるであろうが)。

つまりは、先に述べた教養課程の充実にきちんと取り組み、大学が学生に要求する最大公約数的な知識・思考力について徹底的に話し合った上で、それを入試に反映させるべきなのだ。

教養課程は、パソコンにたとえればOSであり、専門課程はソフトウェアにあたる。いくらソフトウェアがあってもOSがなければソフトは動かない。

僕は以前、受験英語はリベラルアーツ(教養教育)だ、と言ったが、これは英語に限った話ではない。全ての入試科目がリベラルアーツであるし、大学入試である以上、そうあるべきなのだ。


ところで、塚原先生の仰る「挑戦状」についてふと思いついたことがある。

たとえば、大学の教員が総力をあげて作成した(超)難問を事前に公表し、「これが解けたら特待生。学費全額免除、下宿題支給」という、文字通り「挑戦状」を叩きつけてみてはどうだろうか。

全ての受験生に課す必要はなく、あくまでもきわめて優秀な特待生を獲得するためであるから、別に問題はないはずだ。

数学の高度な証明問題を英語で出題し、解答を期日までに提出したらそれについての口頭試問を英語で行う。

それを新聞の一面広告に掲載すれば話題作りにもなる。


理想の入試問題はそうなかなか実現できるものではないが、少なくともぼくたち受験産業に携わる者は、いわば「門番」として入試問題の質の向上のために、目を光らせなければならないと思う。

2011/06/11

Three months have passed since...

Three months have passed since...
あの日から3ヶ月。

もう3ヶ月。

まだ3ヶ月。


岡山では、生活に特に何の支障もなく、表面上はまるで遠い国の出来事のようでもある。放射能であれこれ心配することもなければ(無論、あくまでも相対的なことであり、気にかかってはいる)、相変わらず続く余震に悩まされることもない。

だが、明らかにこのわずか3ヶ月の間に、精神的には大きな変化があったと思う。

阪神淡路大震災のあった1995年には、その直後にオウム真理教によるサリン事件もあり、「安全神話」が崩壊した。だが、今ほどネットが発達していたわけでもなく、情報の共有と伝達の速さ/程度は今とは比べものにならなかった。

しかし、その後わずか16年の間に、その速さ/程度は飛躍的に発達し、いつでも・どこでも・誰でも情報発信/受信が可能になった。そうなれば、被災地から離れていても、(擬似的にではあるが)被災地からのリアルな情報が入ってくるし、阪神淡路大震災の時よりも身近に感じられるようになったはずだ。

また、それと反比例するように、マスコミへの信頼は急降下を続け、さらに、マスコミに情報を流す政府への不信感も高まった。

さらに、今回は原発の問題がかなりのウェイトを占めており、原発に支えられている現在の経済システムへの不信感と、それでも豊かさを捨てきれずに、既存のシステムに固執しようとする勢力とが拮抗している。

原発については、政府・東電・保安院の公開した情報が全くの出鱈目であったことが後から次々と発覚し、狼少年よろしく誰からも信頼されなくなり、新たな情報も素直に受け入れることは出来なくなった。

まして、
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東京電力は11日、福島第一原子力発電所の高濃度汚染水を処理する装置で、ポンプ24台を制御するコンピュータープログラムに設定ミスがあったと発表した。

同日中に修正する予定。前日までに十数か所で微小な水漏れが見つかった配管接続部については、同様の接続部数十か所すべてに水漏れ防止剤を塗布する作業を進めている。補修は1日程度で終わる見込み。その後、浄化装置の試運転に取りかかるが、試験には数日かかるため、当初予定していた15日の本格運転開始は微妙な状況だ。
6/11 11:48 読売新聞==========
…などという体たらくでは、仮に「●月までに事態を収束させる」と発表しても誰も信じはしない。

終わりが全く見えないのだから、希望など持てはしない。

パンドラの箱に残されたのは、〈偽りの希望〉、あるいは〈希望という名の災厄〉であり、希望を持てば余計に苦しむだけなのかもしれない。

写真は、創志学園高校の事務室前に飾られているポスター。

この宣誓をした子どもたちが未来に絶望することのないような社会を築いていかねばならない。


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警察庁によると、10日現在、震災による死者は1万5405人となった。また、いまだ8095人の行方がわからないままとなっている。一方で、9万109人が避難所での生活を続けている。

がれきの撤去も進んでいない。環境省によると、仮置き場まで運ばれたがれきは宮城県で推計総量約1600万トンのうち19%、岩手県で同約500万トンのうち33%、福島県で同約290万トンのうち16%にとどまっている。

6/11 13:20 日テレNEWS24
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―合掌―

2011/06/10

◆講演のお知らせ◆

この夏に行われる、オープンキャンパスやオープンスクールでの、僕の講演予定です。いずれも無料で、どなたでも聴講できます!

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▼7月17日(日)…宮崎産業経営大学オープンキャンパス
『センター英語攻略法』
→毎年恒例となった、宮崎産業経営大学オープンキャンパスでのセンター英語対策講演!!新傾向問題への考え方も含め、〈センター英語を攻略するために必要な力〉とは何かを徹底解説します!


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▼7月23日(土)…創志学園高校オープンスクール
『英語力補完計画:〈語彙力増強作戦〉』(仮題)
→中学で学ぶ英語が高校英語とどうつながるのか?また、大学入試へとつながる勉強とは?今回は特に、語彙の知識を広げることに焦点をあてて、具体例を使いながら楽しく解説します!


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▼7月30日(土)・31日(日)…愛知学院大学オープンキャンパス
『小論文作法』
→こちらも毎年恒例の愛知学院大学オープンキャンパスでの小論文対策講演。小論文を「作文の延長」としてではなく、大学の「学術論文/レポートへの入り口」として位置付けて、「説得力のある小論文を書くために必要なこと」についてお話しします。


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各講演の時間など、詳細は後日、このブログにてお知らせします。

多数の皆様のご来場をお待ちしております!!

2011/06/09

Evolution.

Evolution.
いつものように、朝、浜松を出て岡山へ。

新幹線の車中で今週号の『モーニング』と、コンビニコミックの『蒼太の包丁』を読む。

『蒼太の包丁』は、ストーリーもさることながら、絵が好きだ。数ある料理漫画の中でも、絵(特に料理の絵)が最も綺麗なうちの一つに数えられるのではないだろうか。

その後、あれこれ原稿を書いていたら岡山に到着。今日は珍しく車内で寝ることがなかった。

本と言えば、先日Amazonで『災害ユートピア』と一緒に、西阪仰先生の『分散する身体』(勁草書房)を買った。

西阪先生は、僕が大学3年生の時の指導教官で、4年生の時は在外研修のために指導を受けられなかったが、その後もお世話になった、尊敬する恩師の一人である。

「はじめに」を読んだら、学生の頃の知的興奮が蘇ってきた。それと同時に、今も進化し続ける西阪先生の真摯な姿勢が伝わってきて、まるで「山添君、君も頑張らなきゃ」と叱咤激励されているように思えた。

まだ第一章しか読んでいないけれど、この先を読むのも楽しみだ。

2011/06/08

Much closer to me!!

Much closer to me!!
Much closer to me!!
Much closer to me!!
6月2日に浜松の「てりーずてりー」が移転した。

その場所、なんと…


秀英予備校浜松校舎のすぐ近所www


…で、早速、行ってみたwww


テリー中本さんがおられたwww

写真の奥、真ん中におられるのがテリーさん。

とても陽気な方だ。

いやはや、こんな便利な場所に出来たら…

通わねばwww

2011/06/07

It's called a directory.

It's called a directory.
千種の書店で、旺文社『2012年用 大学入試問題正解・英語(私大編)』を購入。

我々の間では「電話帳」と呼ばれているwww

喫茶店で全ページにざっと目を通し、出題されている英文をチェックした。青山学院大学でかなり昔の英文(確か、昔、小樽商科大学で出題されていた英文)が出題されていたのを発見したが、それ以外には見たことのある英文は無かった気がする(早慶上智・関関同立は既にチェックしてあり、いくつか頻出英文の存在は確認済み)。

今後、国公立編も出るので、それも含めて、夏休みまでにデータを精査しておかねば…。
(´д`)

2011/06/06

It's time for you to try it!!

今週・来週は秀英予備校の体験授業。実施期間は校舎によってまちまちだが、基本的には普段の授業に参加してもらうことになる。

当たり前だが、4月の最初から受講している人は、そうでない人に比べて、大幅に進歩している。「夏休みから始めればいいや」と呑気に構えている人は、一学期にこの授業で学ぶことを自力で学ばねばならないが、それは容易なことではないと自覚するべきだ。

もちろん、予備校や塾に通わなくても英語ができるようになる人はいる。今時は独習できる参考書や問題集も沢山ある。

だが、生の授業を受けるということは、単に参考書や問題集で学習するのとは異なり、五感をフル活用して(もっとも、味覚や嗅覚は関係ないがwww)授業の内容が頭に入ってくることを意味する。その分、脳が活性化され、頭にも入りやすくなる。

今週で秀英予備校の前期レギュラー講義も3分の2が終わる。夏ももうすぐだ。

2011/06/05

Altruism.

Altruism.
Amazonから注文していた本が届いた。そのうちの一冊が、レベッカ・ソルニット著『災害ユートピア―なぜそのとき特別な共同体が立ち上がるのか』(高月園子訳、亜紀書房、2010)。

Amazonで見かけてすぐに注文した。

〈災害〉と〈ユートピア〉とは結びつきにくい言葉だし、今の日本の現状では「不謹慎だ」との謗りを受けそうなタイトルだが、決して茶化したりしているわけではない。むしろ、今の僕たちが読むべき一冊だと思う。

災害が起こった後、町には略奪とパニックが横行し…というのはハリウッド映画の話。むしろ、市民たちはきわめて冷静に対処し、かつ、ふだんの生活では考えられないような相互扶助の精神に基づいたコミュニティ―一種のユートピア―が形成されてきた、というのが本書の主旨だ。

3.11の大震災の時、世界中が「日本人は冷静に対処していた」と驚嘆し、賞賛していたけれど、実はそれは日本に限ったことではない。この本を見れば過去の様々な大災害の中でこれまで繰り返されてきた風景だったことがわかる。

もちろん、一部には略奪やパニックなどがあったし、全ての人が利他的なふるまいをしたとは言い切れないだろう。

だが、「地震、爆撃、大嵐などの直後には緊迫した状況の中で誰もが利他的になり、自身や身内のみならず隣人や見も知らぬ人々に対してさえ、まず思いやりを示す」(同書、p.11)のも事実である。

そして筆者は、こうした利他的な状況が隠蔽されている原因として、「災害時にしばしば粗野な行動に出る、権力の座にある少数派の行動」と「メディアの思い込みと彼らの役割」を挙げている(p.20)。

ハリケーンカトリーナの直後、多くの市民が利他的な行動を示したにも関わらず、「警官や自警団員、政府高官、報道関係者を含む他の人々がニューオーリンズの住民を危険な人たちであると決めつけ」(p.9)たことで、救助が遅れたり、町からの脱出が阻まれた。

また、筆者は社会学者キャスリーン・ティアニーの言葉を引用し、「エリートパニック」という言葉を紹介している。

「彼女(キャスリーン・ティアニー)は『エリートは、自分たちの正統性に対する挑戦である社会秩序の混乱を恐れる』と主張した。彼女はそれを『エリートパニック』と呼び、パニックに陥る市民と英雄的な少数派という一般的なイメージを覆した。(中略)彼らは、自分たち以外の人々はパニックになるか、暴徒になるか、家主と店子の関係をひっくり返そうとしていると信じ、恐怖に駆られて、彼らの想像の中にのみ存在している何かを防ごうとし、行動に出る。」(p.172)
今の日本もまさにこの状況ではないか。政府を初め、東電、保安院など、「危機管理」を叫ぶものたちは、実は「エリートパニック」に陥っており、国民が非合理的な群集に過ぎないと勝手に決めつけているのだ。

原発の問題に関しては、ラトガース大学のリー・クラーク教授の発言を引用し、スリーマイル島の原発事故で「『エリートたちは住民がパニックになるのを恐れて、原子炉がどんなに危険な状態にあるかを公表しなかったのです』。人々が危険な存在であると想像したせいで、彼らは人々を大変な危険にさらしていたのだ」(p.176)と述べている。

まさに昨日の日記("Where is my intention?")に書いたのと同じ状況が、スリーマイル島でも起こっていたのだ。

この本は、昨年末に邦訳が出たばかりだが、何というタイミングの良さなのかと驚きを禁じ得ない。

昨日届いたばかりなのでまだ全てを読んだわけではない(何しろ440ページもあるので)が、これからじっくり読みたいし、多くの人に読んで欲しい本だ。

2011/06/04

Where is my intention?

行為の「意図」はどこにあるか?

行為者の「心」の中にあるのか?


いや、違う。心は誰にも見えないし、自分にすらわからない。たとえば、何気なくお茶を口に運んだとき、「私は、のどの渇きを潤す意図でこの行為を行っている」などとは考えない。

実際、あなたは今、どんな意図を持ってこの文章を読んでおられるのか?そう問われても、明確に「こういう意図で」とは答えられないはずだ。

ましてや、「意図」が論じられるのは、通常、行為が終わった後のことである。

「何故あのときお茶を口に運んだの?」と問われても、「私は、喉の渇きを潤す意図でその行為を行った」と答えるしかない。だが、その行為を行ったときにはそんなことを考えていなかったのであるから、それは本当の意図かどうかはわからない。そもそも、「本当の」意図なるものがあるかどうかすら疑わしい。


いわば、「意図」とは後付けの理屈(または屁理屈)に過ぎないのだ。だから、いくらでも「あのときはこういうつもりだった」と言うことができる。

その「意図」が、行為に参与している人々に「承認」されて初めて、「本当の」意図だと認められる。この場合の承認とは、必ずしも積極的に承認するという意味ではなく、誰も疑義を示さない、という消極的承認も含んでいる。

つまり、なにがしかの「意図」が成立するのは、心の中にではなく、他者からの承認という社会的相互行為の中に他ならないのだ。

さらに言えば、「意図」を持ち出すのは、過去の行為に対する非難とそれに対する応酬(正当化)という文脈が多い。

先ほど、「何故あのときお茶を口に運んだの?」という質問を例に挙げたが、このように相手の意図を問う行為そのものが、実は相手の行為に対する「未承認」ないしは「非難」を示すことになる。

逆に、「〜するつもりだった」という言い方も、自らの行為が非難されていることが前提となる。

言うなれば、「意図」とは後出しジャンケンのようなものだ。「グーを出して負けたが、本当はチョキを出すつもりだった」と言ったところで、それは「負け惜しみ」「言い訳」にしか聞こえない。


===引用開始===
千度以上示す核物質、3月12日に検出していた
(6/3 23:09 読売新聞)
東電福島第一原発から約6キロ離れた福島県浪江町で3月12日朝、核燃料が1000度以上の高温になったことを示す放射性物質が検出されていたことが分かった。

(中略)

事故発生から2か月以上たっての公表で、保安院の西山英彦審議官は「隠す意図はなかったが、国民に示すという発想がなかった。反省したい」と釈明した。
===引用終了===

「隠す意図はなかったが」と言われても、それは結局、後付けの理屈にすぎない。そもそも「意図」とは本来そうした性質を持つものなのだから、今更「意図」を主張されても、確たる証拠もなければ、説得力もない。

仮に、「本当のことを言えばパニックが起こる」と思っていたとしたら、それは「日本国民は冷静な行動がとれない」という彼等の不信感のあらわれにほかならない。つまり、国民が彼らに「冷静な判断の取れない愚民」扱いされているようなものだ。

まして、政府や保安院や東電が今更何を言って繕おうとも、その発言が正しい保証はどこにもないし、それを鵜呑みにはできないということを僕らはわかっている。

後出しジャンケンとその言い訳に終始している政府・東電・保安院は、もう誰からも信頼されない。

あとはただ、言い訳をせず、これまで(そして今)隠しているデータを全て公表すべきだ。だが、仮に彼らが「全て」を出したとしても、ここまで猜疑心が高まっている以上、誰一人、それが「全て」だとは思わないであろう。

そもそも、「意図」が承認されるには、「信頼」が大前提となる。はなから信頼されていない人間が「意図」を持ち出しても、承認されはしないのだ。

Burst into laughter!!

http://d.hatena.ne.jp/Arufa/20100806

吹いたwww

2011/06/03

To take care of myself...

To take care of myself...
To take care of myself...
To take care of myself...
朝から創志学園で45分×6コマ。今日から時間割が少し変わり、今までは、

高2×4→高1×2

だったのが、

高2×2→高1×2→高2×2

になった。


要するに午前中に4コマ連続だった高2の授業が分割されて、午前中に2コマ、午後に2コマとなり、間に高1の授業が入ったわけである。

受ける生徒さんには変化がない。高2の生徒さんにしてみれば、今までは4コマ連続で英語だったから、むしろ気分転換になって良いかもしれない。

もっとも、その分、校舎の上下移動が増えたが(泣)。高2は4階、高1と印刷室は2階、講師室は3階なので、10分の休みの間にあちこち動き回ることになる(泣)。

授業の時間も10分繰り下がり、ただでさえ時間割が頭に入っていないのに、余計にわからなくなった(笑)。

学校というのは実に変化と刺激に富んだ場所だと実感する。


創志学園の授業の後は倉敷へ。SESのレギュラー授業。90分×2コマ。

…ということで、本日は90分×5コマ分しゃべったことになる。

しゃべって酷使した体は、労ってやらねばならない。気管支炎もかなり楽になったもの、まだ完治したとは言えない。


体を労るには…


やはり肉である。

www

2011/06/02

Nothing has changed and will change.

浜松のホテルを出て、帰りの新幹線の車中で昨日の原稿の続きに取り組む。

新神戸の手前でどうにか完成したので、e-mobileの端末を使い、ネットに接続して送ろうとしたが、何故かつながらない。高速で走っているときにつながらないのはわかるが、駅に停車しているのにつながらないのだ。

電波は3本。他に異常はない。だが、「接続」をクリックすると「エラー619」という今まで見たことがない表示が出てしまう。何度試しても同じ。

電波の状態でも悪いのだろう、仕方がないとあきらめて、岡山に着いてから試してみた。



「エラー619」

(-_-#)

帰宅すると、e-mobileから新しい端末が届いていたので、ひょっとして、これを使えば良いのかな、と思い設定してつないでみた。

つながらない。
(-_-#)


埒があかないので、サポートセンターに電話した。


電話が混み合っていてなかなかオペレーターが出なかったが、5分ほど待っていたらようやく男性のオペレーターが出た。

事情を話すと、問題は実に呆気なく、すぐに解決した。

数日前、e-mobileから電話があり、料金プランの変更の提案と、新しい端末を送る旨の話があったので、それを了承した。

その時、先方からは「新しい端末でも今のままでもどちらでも使えます」と説明があったが、それに対して僕は「では、こちらで何かする必要は一切無いのですね」と念を押し、それに対して先方は「ありません」と回答していた。


だが、実際には、料金プランの変更に伴い、アクセスする際のユーザー名に数字を1文字加えねばならなかったのだ。

そんなことは新しく届いた端末の説明書にも書かれていない。

何のことはない、向こうの説明不足だったわけだ。

たまたま原稿が間に合ったからよかったものの、間に合わなかったらと思うとぞっとした。

もっとも、最悪の場合、データをUSBメモリに移してネットカフェから送ったり、他にも方法はあったから、まだ平静でいられたけれど…。

こちらがそんなこんなの状態の間、テレビでは内閣不信任決議案に向けた演説が行われていた。

どうして政治家のしゃべり方はあんなに攻撃的で独善的なのだろうか。予備校の授業であんなしゃべり方をしたら生徒さんは誰も聞いちゃくれないのに。きっと、政治家のしゃべり方は、人にわかってもらおうとするのではなく、とにかく人に意見を無理矢理押しつけようとしているだけなのだと思う。

民主党の山井議員は、野党に協力を求めるために壇上に頭をこすりつけて土下座の真似事をしていたが、あんなことをしてもかえって白々しく見えるだけだ。

「必死だなワラ」

としか思えない。


いや、違う。


必死だな、とすらも思えない。


勿論、本人は本当に必死だったのかもしれない。だが、政治家全てに対する不信がこれほどまでに高まっている今、彼らが何をやったところで、虚しいパフォーマンスにしか見えないのだ。せめて、その場で切腹するか焼身自殺くらいでもしなければ(もっとも、腹を切ろうが焼身自殺しようが、根本的に何かが変わるわけでもないだろうが)。


そして、白々しい演説のお遊戯会が続いた後に、不信任決議案投票。


直前になっていきなり出された菅首相の「目処がついたら退陣する」宣言と、これに呼応する鳩山一味の「裏切り」および小沢一味の「欠席」により、見事に否決された茶番劇。

単純計算でも国会には1日に1〜2億円が費やされている。

そう、この胸糞悪い茶番劇に、である。

本気で被災地を救いたければ、こんなくだらぬ茶番劇に1円たりとも無駄遣いせず、被災地のために国会予算は全て寄付します、とでもぶちあげてみればいい。もっとも、これまで散々国民を甘言で弄して政権の座についたのだから、それすらも白々しく響くはずだが。

現実問題として、被災地では地方選挙すらままならないのだから、この時期に解散総選挙は避けるべきだし、混乱が続いている中でリーダーが交替するのは対外的にもマイナスであろうから、結果として否決されたことは仕方がない。

だが、震災の復興や原発の問題解決の目処も立たない(立つかどうかすらわからない)うちに、血税を投じてこのような茶番劇を敢行したことは断じて許すべきではない。それは、与野党全ての罪である。

菅首相は「辞めても地獄、残っても地獄」という出口のない状況にいた。だからこそ、同情もいくらかは集められた。だが、「目処がついたら退陣」宣言により、その地獄をスルーしたばかりか、コウモリ型宇宙人とその一味まで味方につけたのだから、もう同情の余地は無いし、菅首相がいかに狡猾かもこれでよくわかった。

これでさらに、国会議員が信頼に足る存在と言えないという印象に拍車がかかったであろう。

2011/06/01

They're making much ado about nothing.

早いもので今日から6月。

朝、名古屋のホテルのチェックアウトを済ませてから近くの病院へ。気管支拡張剤とステロイド系の炎症を鎮める吸入薬などを処方してもらう。おかげで今はかなり楽になった。

浜松に移動し、ホテルに荷物を置いてから、チェックインの時間まで近くのネットカフェで仕事。その後、チェックインして支度してから校舎へ。いつものように3コマ。

終わってからホテルに戻り、明日〆切の原稿と格闘。まだ折り返し地点に達していないが、どうにか見通しはついている。

授業の前、宿で支度しながら国会中継を見ていた。先ほどもニュースで国会について報じられているのを見ていた。

現内閣の味方をするつもりはないけれど、被災地の復興が遅々として進まないのに、永田町では相も変わらず権力争いの空騒ぎ。つくづく情けない。被災地では地方選挙もまともに行えない状況なのに総選挙だの何だのと騒ぐ権力亡者たちのKYぶりだけが目立つ。

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