« 岡山の皆様へ | トップページ | As if I were in a melting pot... »

2011/06/24

History repeats itself.

History repeats itself.
History repeats itself.
History repeats itself.
木曜日の朝、浜松を出て岡山に戻った。岡山駅西口のデジタルミュージアムで「第34回 岡山戦災の記録と写真展」が開かれている(6月30日まで)ので立ち寄った。

入口の前にあるテレビでは「進駐軍が見た岡山」という映像を繰り返し上映していた。当時、岡山に駐在していた進駐軍のホイットニー少佐が撮影したもので、岡山のカラー映像としては最古のものだという。

ここで上映されていたのは11分ほどにまとめられたものだが、実際には2時間半もの長いフィルムらしい。戦後の焼け野原から復興する様子が色鮮やかに描かれていた。是非完全版を見てみたい。

モノクロの写真だと、とても遠い昔の遠い地の出来事のように感じてしまうが、こうしてカラーの映像を見ていると、とても身近なことのように思えてくる。

撮影されたのは1946-1947年で、戦後半年から1年半ほどしかたっていないが、映画館ができたり、マスカット農園の風景があったりと、何だかいまとあまり変わらないではないか、と思ってしまう。

館内の展示は、写真と資料だが、見応えがあった。確か、昨年か一昨年も見に行ったので、見た覚えのある資料もあったが、中には初めて目にしたものもあり、特に『寫真週報』(戦前の内閣情報部(のち、情報局)が出版していた週刊誌。昭和13年2月〜20年7月11日付の第374・375合併号まで370冊が刊行された)の表紙の展示は印象的で、そこに書かれていた文言をついメモしてしまった。

いずれも戦争への協力を呼びかける内容だが、写真週刊誌という体裁で表紙にデカデカと書かれた文字には抗い難い迫力がある。

==========
『自分さへ旅行できればよい』
この根性の行列が続く限り
決戦輸送は空転する
君たちが空費した時と金と精力を増産に
君たちが乗った列車に軍需品を
頭も、ダイヤも切替へて さあ出発だ
==========
(※旧仮名遣いはそのまま。漢字の旧字体は山添が修正。)

これは、人でごった返す駅の構内の写真につけられたキャプションだが、『自分さへ旅行できればよい』が赤い太字で書かれていて、読み手に強く訴える。


そして、やはりぼくはこれを「今」と結びつけてしまうのだ。震災の苦しみにあえぐ「今」と重ね合わせてしまうのだ。

ぼくたちは、戦後民主主義教育のなかで育ち、個人の消費と快楽を優先させてもかまわない、という社会に暮らしている。だから、こうした戦前の「国家総動員」的なスローガンを批判したり、笑い飛ばしたりすることさえもが許されてきた。

それは、個人よりも社会を優先させる全体主義的発想に対してのアレルギーをもつことに等しく、国家に強力な権限を持たせまいとする意識に他ならない。

だが、そうした意識とは裏腹に、災害などの非常時には国家に頼ってしまう自分がいる。

仮に、あの震災直後に政府が強権を発動し、先ほどの表紙の文言を

==========
『自分さへ旅行できればよい』
この根性の行列が続く限り
【復興】輸送は空転する
君たちが空費した時と金と精力を増産に
君たちが乗った列車に【援助物資】を
頭も、ダイヤも切替へて さあ出発だ
==========

と書き換えて国家総動員的スローガンを掲げたとしたら、おそらくは逆らえない自分がいる。いやむしろ、そうした事態を望んですらいる自分がいることに気付かされる。同時に、エスタブリッシュメントがこうした民衆の心性を巧みに利用していた(いる)ことにも気付かされる。

今でこそ、ネットで様々な情報が手に入るから、国家の与える情報を絶対視する人の割合は少なくなったはずだが、それでもお上の言うことには逆らわずに素直に従って暮らすぼくたちなのだから、大本営発表しか拠り所のない時代には、人はいとも簡単に戦争に協力させられたのであろうことは想像に難くない。


『寫真週報』の表紙を見て、そんなことをつくづく考えさせられた。

« 岡山の皆様へ | トップページ | As if I were in a melting pot... »

「日記・コラム・つぶやき」カテゴリの記事

コメント

コメントを書く

コメントは記事投稿者が公開するまで表示されません。

(ウェブ上には掲載しません)

« 岡山の皆様へ | トップページ | As if I were in a melting pot... »