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2011/03/31

【拡散希望】受験の終わった皆さんへ

今日で3月も終わり。いよいよ明日から新年度。

しかしながら、今回の震災では、東北地方を中心に甚大な被害が出て、被災地の生徒さんたちは勉強するのもままならない状況だと思います。

実は、昨日、このような記事を目にしました。

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<サポート情報>学習塾通じ参考書支援…30日現在
(3/30 17:43 毎日新聞)
震災で学習参考書を失った受験生の勉強を支えようと、宮城県気仙沼市の学習塾経営、後藤泰雄さんが、中学・高校生向け参考書の支援を呼びかけている。届いた数や種類に応じて、学習塾同士のネットワークを生かし気仙沼市内や近隣の塾、受験生らに贈る。求めているのは受験参考書や問題集、単語集などの学習テキスト。あて先は〒988−0063宮城県気仙沼市四反田133の2ゴトウ学習塾。電話0226・23・1310。
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そこでひとつ、この春から進学する皆さんに提案…というか、お願いです。

皆さんが使い終えた、あるいは、買ったけれど未使用の参考書や問題集を、大学で集めて、このゴトウ学習塾さんに贈ってみてはどうでしょうか(もちろん、本集めを学内で行う場合は学生課に許可を得てからですが)。

ただし、いくら使い終えたものでも、書き込みが沢山あってボロボロのものでは失礼にあたります。

できる限り美本で、かつ、新しいものを集め、学年ごと・科目ごとに分類して送れば、受け取った方もすぐに使い易いはずです。

受け取ってそれを分けたり使ったりする方々の身になって、どうすれば喜んでいただけるかを考えてみてください。

また、被災地の生徒さんへのメッセージを付けて贈っても良いと思います。

ただし、送料は各自が負担し、絶対に先方に負担させないように気を付けて下さい。

先ほど、後藤さん(正確には後藤さんの息子さん)と電話で直接お話をしました。

このことについて、ブログを立ち上げておられるので、詳しいことはこちらのブログをご覧ください。

http://blog.goo.ne.jp/cma510/

※状況が変化することもあるでしょうから、送る前に必ずこのブログを確認しましょう。

SESの塾生・OB・OGの皆さんは、SESに持参していただければ、僕がまとめて発送します。

よろしくお願い致します!

【追記】学校・塾・予備校など教育業界の皆様も、生徒さんに呼び掛けるなど、是非ご協力ください!

2011/03/30

The deadline is approaching...

3月もあとは明日だけ。だが、この震災で2011年の3月は忘れられない月になってしまった。


今日はSESの春期授業。SESの春期授業は、普通の予備校や塾の春期講習会とは異なり、「これまでの一年間の締めくくり」に該当する、2010年度の平常授業の一部である。

あとは金曜日と土曜日の2日。それが終わったら秀英予備校の浜松校舎で春期講習会だ。

昨日は、後期日程で某国立大に合格したSESの生徒さんがお母さんと一緒にお礼の挨拶に来られた。


今日は今から明後日〆切の原稿。これが終わってもまだ次がある(泣)。

2011/03/29

看板に偽り無し!!

看板に偽り無し!!
先ほど届いたばかりのこの本。


伊藤賀一 著
『世界一おもしろい日本史の授業』(中経の文庫)


そう、秀英予備校でご一緒させていただいている、伊藤賀一先生の新刊である。伊藤先生は本当に律儀な方で、わざわざ贈って下さったのだ。

つい先ほど届いたばかりなので、まだ前書きと後書きと、本編を部分的にしか見ていないが、「世界一おもしろい」の看板に偽りは無い!!

伊藤先生のお人柄、そして授業のおもしろさが余すところなく発揮され、伊藤先生が飄々と、しかしなが熱く喋っている姿が目に浮かぶ。

口語体で書かれているが、口語体で書かれた参考書にありがちな「中身の薄っぺらさ」を全く感じない。それどころか、伊藤先生がマシンガンのように喋りたおす濃密な講義内容が迫ってくる迫力に満ちている。

僕は、伊藤先生が友だちだから褒めているわけでも、贈っていただいたから褒めているわけでもない。

ホントに面白いのだ。

原稿(かなり膨大な量)の〆切を3日後に控えて、おまけにSESの春期授業の準備もせにゃならんのに、面白くて読み始めたら止まらなくなる。なんてとんでもない本を贈って下さったのか(爆)。

受験生だけでなく、大学生も社会人も是非読んで欲しい。

とにかく、読んで欲しい。一人でも多くの人に。

震災後、甚大な被害を受けた陸前高田に、東京から災害対策支援チームの一員として参加された看護士さんのブログ。

http://blog.goo.ne.jp/flower-wing/

とにかく、読んで欲しい。一人でも多くの人に読んでもらいたい。

2011/03/28

An impolite mail.

震災が起きた日の朝、僕は1通のメールで叩き起こされた。

そこにはただ素っ気なく、こんな文面しかなかった。

(※*と×は伏せ字にした。)
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おはようございます。私の政治活動ホームページは、次の通りです。………………http://***********************.com/

…**** l to…××××
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( ゜д゜)

(つд⊂)ゴシゴシ

(;゜д゜)

(つд⊂)ゴシゴシ
  _,._
(;゜ Д゜)ホォォーー…?!


この人物、僕は全く面識がない。いや、仮に面識があったとしても、「ご無沙汰しています」とか何か一言あいさつがあって然るべきではないのか。

これはSESのアドレスに届いたもの(SESへのメールは僕の携帯に転送している)であり、SESのアドレスはネット上やタウンページに公開しているので、胡散臭い広告メールやらスパムやらが届くこともしょっちゅうあるが、このようなメールが届いたのは初めてである。

書かれていたURLにアクセスしたところ、どうやら岡山県議に立候補を目論んでいる57歳の男性であると判明した。

57歳にもなって、県議に立候補しようとしている人間がこのような非常識なメールを送りつけてくるというのは呆れかえるほかにない。

せめて、

「突然のメール、失礼いたします。私は岡山県の県政を改革することを志している●●と申します。」

などと書いて送るのが筋である。

ホームページにはご立派な公約らしきものが書かれていたが、こんな非常識なメールを送りつけてくるのだから、底の浅さが知れるし、そんな非常識な人間が県政に携わるなどとは笑止千万、危険極まりないことである。

公職選挙法の関係で公示前に選挙活動をしてはいけないため、苦肉の策かもしれないが、たとえそうであっても、また、これが仮にどのような政党であっても(この男性は無所属のようだが)、このような不躾なメールを送りつけてくる人間を、僕は絶対に選ぶつもりはない。

A trauma.

スピッツのボーカル、草野マサムネさんが、一連の震災や原発事故の報道を目の当たりにして、急性ストレス傷害となり、コンサートを一部キャンセルすることになったという。

このことに対して「感受性が強いから仕方がない」と言う人もいれば、「そんな風に感じるのは心が弱すぎる。震災の報道を見てストレスがたまったから仕事を休むなんて普通は許されない」という意見もあり、賛否両論分かれている。

確かに、僕ならば「震災の報道で心を痛めたので授業を休みます」とは言えないが、だからといって、自分の感性が鈍すぎるとは思わないし、今はうまく言えないけれど、震災が発生してから僕自身の中でも何かが変わったように思う。


防衛機制(適応機制)という言葉がある。過剰なストレスがかかったときに、心を守る方法のことだ。

人は、様々な手段で、与えられたストレスから逃れようとする。たとえば、逃避(目の前の現実やストレスの原因から逃げる)、抑圧(ストレスの原因となった出来事を無意識の世界に閉じ込めて思い出さないようにする)、退行(幼児返り)、合理化(もっともらしい言い訳をつける)、昇華(スポーツや芸術などでストレスを発散する)などが挙げられる。


震災発生数日後に「避難所で無邪気にはしゃぐ子どもたちに心が救われる」という旨の報道があったように記憶しているが、それは実のところ、子どもなりの防衛機制であったのではないかと思う。あまりにも耐え難い現実に出会ったがために遊ぶことで意識をそらし、心を守ろうとしていたのではないか、と。いわばこれは、逃避、昇華、もしくは抑圧の現れと言える。

辛い現実に直面する心の強さは必要だ。だが、今回の震災は、どれほどの心の強さを持っていても耐え難いほどの圧倒的な現実であったのではないだろうか。

そんな時に、何らかのかたちで心を守る防衛機制が働くのはごく自然なことであり、人によりかたちや程度は違えど、今回の震災では、被災地の内外を問わず、かなりの数の人が何らかのストレス障害に苦しんでいるはずだ。


僕自身は、仕事を休むほどのストレス障害にはなっていないけれど、それはひょっとしたら、自分がこれまでずっと、防衛機制を働かせっぱなしにしているから、そうして心を閉ざし続け、いつもどこか醒めた目でものを見ているからなのかもしれない。ふとそんなことを考えた。

2011/03/27

A grave mistake of empiricism.

今日で名古屋校舎での春期講習会が終了した。受講生並びにスタッフの皆様、ありがとうございました!

この4日間の内容は、これから英語を学ぶ上で全ての「礎(いしずえ)」となります。何回も徹底的に復習し、わからなくなったら必ずこの4日間の内容に戻るようにして下さい。


さて、ネットで見かけたニュース記事。

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「想定超え」津波は考慮せず=原発耐震指針の委員長―被害経験なく「責任痛感」
(3/27 15:03 時事通信社)

津波被害によって深刻な状況が続く東京電力福島第1原発について、国の原子力安全委員会の耐震設計特別委員長を務める入倉孝次郎京都大名誉教授(強震動地震学)が27日までに取材に応じ、「想定超えは常にあり得るという設計思想が、津波に対しては浸透していなかった。責任を痛感している」と語った。

入倉さんは地震の揺れの専門家。2006年に改定された原発の耐震設計審査指針や、既存原発の耐震性再確認の手法を検討した。「揺れに対しては、制御棒も動作し原子炉は止まった。指針では想定される地震を大きめに考えるが、それでも上回る可能性がある。そのリスクを考慮するのが原発の設計思想」と話す。原発を造る側から「起こりえないことまで考慮してはきりがない」と反発もあったが、05年の宮城県沖地震や07年の中越沖地震で原発が想定以上の揺れに見舞われ、原発の耐震性再評価につながった。

改定指針で、津波の記述は「地震に伴う随伴事象」としてわずか1項目だけ。断層調査や建物の強度など、地震の項目が多岐にわたるのに比べると極端に少ない。

入倉さんは「地震も津波も同じ自然現象。常に想定を超える可能性がある。機器が水をかぶっても、他に回避する方法があるのが原発の設計思想のはずだ」と指摘。「今回の事態を見ると、今まで言ってきたことは何だったのかという気がする」と悔しがる。指針の中に、津波の想定を詳しく書くべきではなかったか。入倉さんは「指針はとても強いもの。書かれると事業者も規制当局も何とかしないといけなくなる。地震と違って過去に津波被害はなく、コンセンサス(合意)を得るのは難しかった」と明かした。

東日本大震災では、東北電力女川原発も激しい揺れと津波に襲われたが、無事に止まった。入倉さんは「徹底した分析があれば原発は本当は危険でないはず。責任は当然自覚しているが、どう安全を確保するかを冷静に振り返らなければならない」と語った。
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福島の原発事故について、特定の人間を責めることはできない。東電も、政府も、科学者も、メディアも、そして、原発の恩恵を受けている僕ら市民にも、全て、なにがしかの責任がある(無論、責任の比重は異なるが)。

しかしながら、楽観的な科学者ほど危険なものもないし、自然現象は過去のデータから帰納法的に判断せざるを得ないが、こと原発の設計に関しては、いくら悲観的になってもなりすぎることはない。

福島第一原発は、それまでに最大の三陸大津波ではなく、1960年のチリ津波を参考にしている。当時それに反論する科学者はいなかったのであろうか。

2011/03/26

Keeping regular hours...

この講習期間中は18:35〜21:30(昨日だけ21:50)まで授業で、それ以外はフリータイム。

とは言っても、書かねばならない原稿は腐るほどあるので(泣)、日中はホテルの部屋に引きこもり。

部屋を清掃してもらう間に食事に出て、喫茶店でまた原稿書いたり本を読んだりしてから部屋に戻り、またひたすらパソコンに向かう。

時間になったらシャワーを浴びて校舎に向かい、授業。

終わったら飲み会w

実に規則正しい不健康な生活だ(苦笑)。

2011/03/25

It has an influence on me, too.

今日は名古屋校舎での春期講習会2日目。

いつもは、

18:35-19:55 英文読解応用
20:10-21:30 英文読解標準

なのだが、今日だけは、

18:35-19:55 英文読解応用
20:30-21:50 英文読解標準

と、後半の授業が20分繰り下げとなった。

その原因は…


「輪番停電」


つまり、計画停電。

秀英予備校では、通常のライブ授業の他に「遠隔ライブ」という名前のオンライン生中継講座があり、関東地区の藤沢校舎や小田原校舎の授業を生中継で他の校舎に配信している。

今日は、輪番停電のスケジュールの都合で、この遠隔ライブ授業を20分繰り下げることとなり、それに合わせて全ての授業を20分繰り下げることになったわけだ。

考えたら、僕が幼い頃は台風や工事で停電することがよくあったわけで、その頃は停電してもさほど生活に影響はなかったように思う。せいぜい、冷蔵庫(冷凍庫)の中身をどうするかに苦慮するくらいだったはずだ。

電気に依存するテクノロジーがこうも進化しすぎてしまうと、一ヶ所で起こった事象が複雑に絡み合ってあちこちに波及してしまう。

快適な生活と引き換えに、いざという時の耐性を失ってしまった…。

2011/03/24

今日から名古屋校舎にて春期講習会。受講生並びにスタッフの皆様、よろしくお願い致します!!

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昨日から春の選抜高校野球が始まった。

開会式では、岡山の創志学園高等学校の野山慎介主将が選手宣誓を行った。

「宣誓。私たちは16年前、阪神淡路大震災の年に生まれました。今、東日本大震災で多くの尊い命が奪われ、私たちの心は悲しみでいっぱいです。被災地ではすべての方々が一丸となり、仲間とともに頑張っておられます。人は、仲間に支えられることで大きな困難を乗り越えることができると信じています。私たちに今できること。それはこの大会を精いっぱい元気を出して戦うことです。がんばろう!日本。生かされている命に感謝し、全身全霊で正々堂々とプレーすることを誓います」

残念ながら、創志学園は昨日、惜しくも2対1で北海高校に敗れてしまったが、この選手宣誓の素晴らしいスピーチは、これからもずっと語り継がれていくであろう。

この春から、僕も創志学園学校で教えることになる。もし「夏も出場」になったら、甲子園まで応援しに行ってみたいものだ。

岡山県勢としては、関西高校も春の選抜に出場している。こちらの活躍も楽しみだ。

そして、被災地から出場している高校生の皆さんも、被災地以外の高校生の皆さんにも、みんなが一丸となって、この沈滞した空気を吹き飛ばすようなプレイを見せてほしいと思う。

2011/03/23

Moving

昨日で四日市校舎での春期講習会が無事に終了した。受講生並びにスタッフの皆様ありがとうございました!!

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大衆演劇の役者さんと話していて、「いちばん辛いことは何ですか」と尋ねると、異口同音に返ってくる答えが、

「積み出しと積み込み」

である。


要するに、引っ越しのことだ。

大衆演劇では、基本的に同じ芝居小屋に1ヶ月間(2ヶ月間の場合もある)滞在して公演を行う。それが終わったら次の公演先に速やかに向かわねばならない。

つまり、毎月、引っ越しなのだ。荷物の量も半端無い。私物に加えて、着物・鬘・大道具・小道具・音響設備・照明装置など、大量の荷物を移動させねばならないのだから。

たいてい、引っ越し業者と契約を結んでいて、大型トラックをチャーターしているが、経費節減もあり、積み込みや積み出しは自分たちで行う。

月末になると、少しずつ荷造りを始めて不要なものをしまい、残り2〜3日になると、千秋楽までに必要な最低限のものだけを残して、あとは全て梱包する。

千秋楽の舞台が幕を閉じると、お客さんの送り出しをしてから楽屋に戻り、化粧を落とし、千秋楽で使った着物・鬘・道具・音響・照明を片付け、荷造りをして、みんなで全ての荷物を車に運ぶ。時には常連のお客さんも手伝うことがある。

通常、公演は昼の部と夜の部があるが、千秋楽は普通、昼の部のみ。午後4時頃から積み出しが始まり、終わるのは午後7時近く。

荷物を載せたら芝居小屋や見送りに来たお客さんに別れを告げて、次の公演先へ向かう。

次の公演先が近場の場合、前の劇団がまだ積み出しを終えていないこともある。その時は途中で時間潰しをしなければならない。

着いたらすぐに荷物を下ろして、新たな公演先への積み込みが始まる。翌日や翌々日にはもう、何事もなかったように初日を迎えるのだから…。

今朝、四日市のホテルで荷造りをしながらそんなことを思い出した。

僕も今日はささやかな引っ越し(笑)である。役者さんほどの荷物はないが、着替えやら仕事の道具一式やらをまとめて、次の地・名古屋へと…。

2011/03/22

The truth is...

「ありがとウサギ」の真実がここに…

(((((((( ;゚Д゚)))))))ガクガクブルブルガタガタブルガタガクガク


How careless of me to leave my lifeline at my home...

僕は無呼吸症候群を持っているため、CPAPという、呼吸補助器具を使わないと寝られない。

正確には、寝られなくはないのだが、寝ている間にいびきをかいて呼吸が止まるため安眠できず、寝ても疲れが取れないし、昼間に眠気が生じることもある、ということだ。昔、新幹線の運転士がこれで居眠り運転をしたと報じられたことで有名になった。

だから、泊まりがけの時は、どこに出かけるときでも必ずCPAPを持参し、装着して寝る。機械本体はソフトボールより一回り大きい位で、掃除機のようなホースがあって、その先に、鼻に装着するマスクがついている。

これを着けて寝ると、鼻から強制的に空気を送り込むため、口蓋垂(所謂「のどちんこ」)が内側からふさがれて、口から息ができなくなるため、いびきをかかなくなり、安眠できるのだ。

だから、当然、今回の四日市→名古屋の講習会ツアーにもCPAPを持参している。


…が。


電源コードを忘れた…
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岡山を出るときに寝坊して、慌てて荷造りをしたためだ。

気付いたのは、名古屋から四日市に向かう近鉄電車の車内。もうどうにもならない(泣)。

…待てよ。確か、この機械のリース会社は全国に支社があったはずだ。

そう思い出して、ググったら、幸い、三重県にも支社があった。残念ながら四日市ではなく、県庁所在地の津だったが。

念のため、機械を借りている岡山支社に問い合わせてみると…


「本日の営業は終了しました。緊急の場合、緊急コールセンターにおつなぎします。」

Σ(゜д゜lll)ガーン


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考えたらその日(19日)は土曜日。

コールセンターにつながって事情を話したら、岡山支社の担当者からすぐに電話があった。三重支社に連絡して下さるとのこと。その後間もなく、三重支社の担当者から電話がかかってきた。


ああ、助かった…と思いきや、その日は三連休の初日(泣)。

ガ━━(゜Д゜;)━━ン!


「申し訳ありません、22日にお届けにあがります」とのこと。

つまり、3泊の間はCPAPなしで過ごさねばならないのだ。だが、コードを忘れたのは僕の不注意。それに、すぐに命に関わるものでもない。

覚悟を決めて、今日までCPAPなしで過ごしたが…やはりなかなか寝付けず、起きても熟睡した感じがしない(泣)。

先ほど、三重支社の担当者から電話があり、泊まっているホテルまで届けて下さるとのこと。こちらの不注意にもかかわらず、わざわざコード1本のために津から四日市まで来て下さるのだから、申し訳ない気持ちでいっぱいだ。

フクダライフテック様、本当にありがとうございます!!
<(_ _)>

2011/03/21

【続報】政府が出荷自粛要請を指示【18:15・NHK】

ほうれん草とカキナは福島・茨城・栃木・群馬の4県について、原乳は福島について出荷自粛要請。

【速報】政府が出荷自粛要請を指示【18:05・フジTV】

福島・茨城・栃木・群馬の4県について、政府がほうれん草、生乳など出荷自粛要請を指示。

枝野官房長官「過剰な反応をしないように」

Shame on you!!

昨日は四日市校舎での春期講習会2日目。春期講習会は4日間しかないので、早くも折り返し地点を過ぎたことになる。

昨日の夕方報道された、「石巻市で80歳の女性と16歳の少年が救出された」というニュース。おばあちゃんとそのお孫さんだった。

たまたま二人で食事をしていた時に津波に遭い、家ごと流された。地震発生から10日目、実に217時間ぶりに救出された。

発見された時、お孫さんは体温が28℃まで下がっていて低体温症と診断され、治療を受けている。それでも彼は瓦礫の下で足の不自由なおばあちゃんのお世話を一生懸命して、自らも低体温でふらふらになりながら瓦礫をよじ登り、屋根を破って外に出て助けを求めていたところを警察官に発見されたとのことだ。

このお孫さんはおばあちゃん子だという。僕もおばあちゃん子だったから、このニュースを聞いて他人事とは思えなかったし、この困難な状況の中でこれだけ冷静に対処できたのだから、本当に、立派な若者だと思う。

自分が同じ立場ならば、これだけのことができたであろうか…。


たまたま知ったのだが、ベンチャー企業の社長である内山幸樹さんのブログで、ベンチャー企業の社長仲間が独自に被災地に物資を運んだ模様が報じられていた。
http://blog.livedoor.jp/koki_uchiyama/

もちろん、彼らの行動に諸手を挙げて賛成はできないし、このように個人で物資を運ぶことを推奨するつもりもない。

だが、その義侠心は決して貶められるべきものではないし、彼らが実際に現地に足を運んだことで、状況が想像以上に(そして、メディアで報じられている以上に)ひどいものである、ということは知ることができた。

避難所では人々が殺気立ち、場所によっては着ている物もまだぐちゃぐちゃであるということ。

治安が相当悪化していて、強奪団が物資補給車を襲っていたり、昼間でもガソリンを盗んでいる輩がいたり、商店はほとんどすべて襲われ、自販機やATMが破壊されている。特に夜は理性を失った輩がうろついていて非常に危険であるということ。

人々の弱みに付け込み、物資を供給した後でお金を請求して来るという、火事場泥棒同様のとんでもない輩がいるということ。

「恥を知れ!」とこの輩どもを喝破することは容易い。

だが、平常時に通用している「倫理」を持ちだして、綺麗ごとで済むものでもない。

極限状態にあって、自らが生きることを最優先にした場合、『ひかりごけ』ではないが、たとえ仲間の死肉を喰らってでも生き延びようとすることはあったのだから。
(http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%81%B2%E3%81%8B%E3%82%8A%E3%81%94%E3%81%91%E4%BA%8B%E4%BB%B6)


だが、かの16歳の少年は、祖母を助けようとして自らの生命の危機にも関わらず、立派な行動をした。


人間は、いざという時にその本性が現れる、とよく言われる。


僕も、この少年のようにありたい。そうあれるように願う。


16歳と言えば、こんなニュースもあった。
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 相模原市のコンビニエンスストアの店頭に置かれていた、東日本大地震の被災地に送る義援金の募金箱を盗んだとして、警察は県立高校に通う少女(16)を窃盗の疑いで緊急逮捕した。

 警察によると、少女は20日未明、相模原市のコンビニエンスストアの店頭に置かれていた、東日本大地震の被災地に送る現金約5000円の入った義援金の募金箱を盗んだ疑いが持たれている。

 警察の調べに対し、少女は容疑を認めていて、警察は今後、少女が募金箱を盗んだ動機についても調べる方針。
(http://news24.jp/articles/2011/03/20/07179001.html)
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読売新聞の記事によれば、

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「署員が「こういうお金を盗むとバチがあたるよ」と諭すと、「そうだね」と答えたという。」
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この少女は、どんな育てられ方をしたのだろうか。

比べてはいけないのであろうが、同じ16歳ということで、ついつい先ほどの少年と比べてしまう。

もちろん、この少女も、先ほどの少年と同じ状況になったら、必死で自分の大切な人を助けるかもしれない。いや、そうであってほしいと願うし、どうか、きちんと罰を受けたら、捨て鉢にならずに生きてほしいと思う。


震災後、時間の経過とともに、殺伐としたニュースが増えていく。

被災地以外でも「栃木県足利市のガソリンスタンド店で、給油待ちの車の列に割り込み、店員を脅してガソリンを入れさせた」として、逮捕された40歳の男もいる。(http://www.jiji.com/jc/c?g=soc_30&k=2011032000229)

千葉県松戸市でも、募金活動をしていた高校生に、男が「誰に断って商売してんだ」と因縁をつけたうえ乱暴を働き、募金で集めた1万円を奪って逃げた。(http://news.biglobe.ne.jp/domestic/0319/mai_110319_9441006658.html)

今は、救助された二人の話で持ちきりだが、これからはこのような殺伐としたニュースが増えていくのかもしれない。


そうそう、震災のどさくさにまぎれて、なぜか菅内閣の支持率が35.6%まで上昇した(http://sankei.jp.msn.com/politics/news/110320/plc11032020480028-n1.htm)。

原発への対応がこれだけ無茶苦茶なのに…。
(http://sankei.jp.msn.com/politics/news/110318/plc11031800190002-n1.htm)

もっともこれはおそらく、「眠らなかった」枝野官房長官のおかげかもしれないが。

2011/03/20

【速報】80歳女性と16歳女性、救出【17:10】

宮城県石巻市で、80歳の女性と16歳の少年が救出された。警察官が瓦礫の下から発見した。衰弱しているものの、呼びかけに答えたという。

"Astro Boy" & An Endless Relay

先ほど、テレビ朝日のニュース番組で、福島第一原発の建築に関する話が報じられていた。以下のような内容であった。

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1966年に出された福島第一原発の建設申請書では、当時、直近の津波であったチリ地震津波(1960年)を想定して、「4.2mの津波に耐えられる」と記されていた。また、福島第一原発のPRのための記録映像では、「この地は過去数百年に渡って、地震、津波などの翁自然災害などは無く…」というナレーションが流れていた。

申請書は、電力会社が現地調査を行い、原子力安全・保安院→内閣府という流れで提出・審査され、承認された。
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この報道を見て思ったこと。

この申請書が出された1966年は、自民党の佐藤栄作内閣。

時代背景としては、いざなぎ景気の真っただ中。車・エアコン・カラーテレビが「新・三種の神器」と呼ばれ、世界第二位の経済大国になった。日本の総人口が一億人を突破したのも1966年。2年前の1964年には東海道新幹線が東京―新大阪間で開通し、東京オリンピックが開催され、4年後の1970年には日本万国博覧会(大阪万博)が開催された(僕が生まれたのもこの年だ)。

米ソによる冷戦の真っただ中で、ベトナム戦争も続いていた。また、宇宙への進出も競って行われ、1969年の7月20日にはアメリカのアポロ11号が人類史上初めて月面に降り立った。

科学技術に対する信奉があったと思われる時代。

しかしそれは、科学技術に対する盲信であり、科学技術の成果を人々があまりにも楽観視し過ぎていた時代ではなかっただろうか。

そして、その楽観視が、極めて危険な原子力発電所に対する認識も甘いものとさせてしまったのではないだろうか。

1896年の明治三陸地震での津波は、本州での観測史上最高の38.2mを記録した。
(http://ja.wikipedia.org/wiki/%E6%98%8E%E6%B2%BB%E4%B8%89%E9%99%B8%E5%9C%B0%E9%9C%87)

1933年の昭和三陸地震での津波は、最大は28.7mを記録した。
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E6%98%AD%E5%92%8C%E4%B8%89%E9%99%B8%E5%9C%B0%E9%9C%87

過去に、これほど大きな津波が三陸海岸を襲っている。その事実は知られていたはずだ。

それなのに、同じ太平洋岸で起きた津波でありながら、なぜチリ地震津波を基準として選んだのか。

東京電力が自分たちにとって都合の良いデータだけを恣意的に選んだのではないかと思わざるを得ない。

確かに、電力を賄うためには火力・水力だけでは間に合わなかったのであろう。

だが、「もはや戦後ではない」(1956年・経済企画庁)と言われた10年後の1966年。日本人は「核」の恐怖を忘れ去ってしまったのではないか。


1963年から1966年にかけて、『鉄腕アトム』がアニメ化されて放映された。

アトムは原子力(後に核融合)をエネルギー源として動くロボットである。

「手塚治虫が悪い」とは言うつもりはないが、広島・長崎を地獄と化したのと同じ「核」の力で動くロボットが、地球を救うヒーローであるという描き方がなされ、それが漫画やテレビで大々的に人々の間に行き渡れば(アニメの平均視聴率は30%を超えた)、当然ながら「原子力」に対するマイナスのイメージは戦争直後よりも和らいだはずだ(ちなみに、1954年に上映された『ゴジラ』では、ゴジラが水爆実験から生み出された怪獣で、ガイガーカウンターを使ってゴジラの足跡から放射能を測定する、という場面を通じて「核」に対する不安感が描かれている)。

景気が上向きの時、拡大する電力需要に対して、後先を考えず、とにかく場当たり的な対処療法として作られたのが福島第一原発。

それを支えたのが、『鉄腕アトム』に代表される「原子力=未来の素晴らしいエネルギー源」という「科学技術への盲信」。

いわば、福島第一原発は、そのような時代背景を利用して、東京電力と自民党政権が仕掛けた〈時限爆弾〉であったのだ。


テレビのバラエティー番組で、膨らみつつある風船をリレーしながら与えられたお題に答えていく、というゲームを見たことがある。

風船をリレーする人々は、爆発することがわかっているから、とにかく自分のところで爆発しないように急いで回答し、次の回答者に風船を渡す。

風船が割れたらアウト。


福島第一原発は、まさにその風船なのだ。


あれこれ考え合わせると、僕の中ではどうもそういうイメージにしかたどり着かない。


今も福島第一原発では、放射能汚染と闘いながら、最前線で必死に冷却作業を行っている人々がいる。

彼らもまた、この〈時限爆弾〉の被害者である。


だが、これまで、平常時には何も考えることなく、僕らはその〈時限爆弾〉の恩恵を受け、それを風船リレーのようにリレーしてきた。いわば、僕らは加害者でもある。

もう、これ以上、リレーすることはできないし、すべきではない。


もうひとつ、日々伝えられる福島第一原発関連のニュースを見ていて思うことがある。


今は、とにかく冷却作業を急務としている。それは理解できる。

だが…


冷却は、いつ、「完了した」と言えるのか。


いったん「冷却が完了した」と報じられても、再び温度が上昇しないという保証はどこにもない。

そして、仮に「冷却が完了した」としても、その後、その核燃料はどのように処分するのか。

全てのニュースをチェックしたわけではないが、そのあたりのことが全く報じられていないように見受けられる。

そうした「先の見通し」を一切提示しないまま、冷却作業の様子を伝えたところで、根本的な不安が解消されるはずは無いのだ。


結局、まだ、〈時限爆弾のリレー〉は終わっていないのだ。

2011/03/19

Spring has come!!

Spring has come!!
今日から四日市校舎にて春期講習会。四日市の皆様、よろしくお願い致します。

18:35〜19:55 英文読解(応用)
20:10〜21:30 英文読解(標準)


今朝は11:30に岡山を出るつもりだったが、つい油断して寝坊してしまい、起きたら12:00(泣)。

四日市の次はすぐに名古屋なので、あわてて10日分の荷物をまとめ、岡山駅へ。

三連休初日である程度賑わってはいたが、震災の影響か、予想していたほど人は多くないようにも思えた。

2011/03/18

A week after...

A week after...
A week after...
A week after...
昨日・今日と、学校の給食がなかったので、朝5時に起きて息子の弁当を作った。寝たのは4時だけど(泣)。

写真は今日の弁当。鶏もも肉の照り煮、インゲンと西洋野菜のバター炒め、ミニトマト、ピカチュウ蒲鉾。

下の息子の弁当箱のかたちを見ていたらつい悪戯心が湧いてきて、海苔でウルトラマンの顔を書いてみた(笑)。

上の息子は鮭のそぼろを敷き詰めた。本当は何かイラストでも…と思ったが、残念ながら時間もなく、インスピレーションも湧かなかった…(泣)。


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震災から今日でまる一週間。

被災地の混乱はまだまだ続き、死者数は現時点で6,911人となり、阪神・淡路大震災を越えた。行方不明者もまだ10,316人に上る。約38万人が避難所生活を送っているが、約16,000人が依然として孤立したままだという。

更に福島第一原発は日本国内最悪の災害レベル5に認定された。


昨日、何気なくコンビニで買った不二家のネクター(僕はネクターが好きで、もし2リットルのペットボトルがあったら間違いなく買ってラッパ飲みしてしまうであろう)。ふと見ると「福島県産あかつき限定使用」の文字。

もちろんこれは震災前に収穫されて作られたものだが、これから風評被害で消えてしまう可能性もあるのではないだろうか。

もちろん、きちんと放射線の数値を計測することが義務づけられるはずだし、それをクリアしていれば問題はないはずだが、残念ながら人間はそうした理詰めの考え方と感情が食い違うことがままある。

どうか、つまらぬ風評被害に負けないで欲しい。

2011/03/17

Evacuation

地震から6日目。

まだ混乱が続き、原発も未だに冷却作業に追われている。情報が錯綜し、真実は見えず、日本中が疑心暗鬼のまま。

アメリカ政府は、原発から80km圏内の在日アメリカ人に対して避難勧告を出したと携帯の文字ニュースで読んだ。

他にも、アメリカ大使館のホームページを見ると、アジアの安全な場所に向かう国外退避用の特別便を国で手配するとのことだった。

この特別便は「運賃は後で精算」という方式らしく、また、アジアの安全な国までは送るが、それ以降の移動は自分で計画を立てること、とも書かれていた。

第一陣は17日、つまり今日出発になっていたから、おそらくは数日前に告知されていたはずだが、英語でしか書かれていないためか、日本国内ではこの便についてあまり報道されていないようだ。

当たり前と言えば当たり前だが、日本には多くの外国人がいて災害が起これば国籍を問わず被災する。そのときに母国がどれくらいきちんと対処してくれるかが問題だし、被災した外国人がその情報をきちんと手に入れることができるかどうかも重要だ。

これは当然、外国に行ったときの日本人にも当てはまる。

海外旅行や留学をしに行くときは「万が一」を考えてそうした情報の入手法を確認しておくべきだろう。

2011/03/16

「今度は僕らが支える」〜山陽新聞から〜

3月16日付けの山陽新聞に以下のような記事があった。

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 漫画「タイガーマスク」の主人公に端を発した匿名の寄付。県内でも「桃太郎」などを名乗って次々と善意が寄せられ、多くの子どもたちを勇気づけた。
 今年1月、おもちゃなどが贈られた岡山市善隣館では、東北各地を襲う津波のテレビ映像に子どもたちは息をのんだ。「自分たちにできることを」と震災発生から2日後の13日、募金箱を設置。養護施設の運営は寄付などに頼ることを知っている小中学生らが発案したもので、小遣いの一部を含め数千円が集まったという。
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優しさが優しさを生み出し、優しさのリレーが続いていく。

この子どもたちに恥ずかしくないよう、僕ら大人も頑張らなければ。

【速報】千葉東部・水戸で震度5弱の地震

0:52、銚子沖を震源として地震発生。最大震度5弱(銚子・水戸)。津波の心配はない模様。

2011/03/15

【速報】静岡で震度6強の地震

静岡の皆さん、大丈夫ですか!?無事を祈っています。

【速報】福島第一原発・枝野官房長官記者会見【11:07】

詳細な時間などは東電から。

4号炉で火災が発生。炉そのものには燃料はないが使用済み核燃料はあり、それが熱を持って爆発した。

核燃料そのものが火災になるということはない。

建屋がなくなり、水素と同時に放射性物質が外に出ている。


2号炉での爆発音は、小規模の水素爆発か?

現在、1〜3号炉とも注水が進み、冷却の効果は出ている。

10:22時点での放射線量は「マイクロシーベルト」ではなく「ミリシーベルト」。人体に影響のあるレベル。

職員800名は注水要員の50名を残し退避。

【速報】福島第一原発・菅首相記者会見【11:00】

「皆様、冷静にお聞き下さい」。

「周囲に漏洩している放射性物質の濃度が高くなっている。今後も高くなる。」

「半径20km以内は速やかに全員避難を。20km〜30kmの範囲では屋内待機を。」

「第二原発については、10km圏内からの完全退避を。」

「現在、全力を尽くしております。冷静に対応を。」

【速報・福島第一原発関連】東京電力の会見【0:30】

福島第一原発・3月14日23:30現在の状況。
1号機…現在調査中。冷却水注入中。

2号機…冷却水注入中。

3号機…現在作業停止中。

放射線…通常より上昇。


福島第二原発付近で放射線量が上昇。第一原発の影響による。


【質疑】弁が閉まって燃料が露出したということについては?

【応答】バルブが閉まって、若干、水が入りにくくなった。いま、開けている模様。開けることは可能。どのバルブが閉まったのかは本社ではわからない。圧が若干上がったのは事実。

…情報が錯綜している。

【速報・福島第一原発関連】NHKニュース【0:06】

福島第一原発2号機、23時頃、原子炉の中の圧力を逃がす蓋が閉まり、原子炉の中に冷却水を送れなくなり、再び核燃料が全て露出した模様。

2011/03/14

疑心暗鬼

疑心暗鬼
実家の母から「非常用のラジオ、ポリタンク、ヘルメット、乾電池、懐中電灯を買って送って欲しい」との連絡があり、某ホームセンターに向かったら…


軒並み品切れ…
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岡山でもこの有様…。

灯油のポリタンクも売り切れ。

とりあえず、ヘッドランプ型のライトはいくつかあったので、それを買い、あとはわずか1つだけ在庫のあったラジオを買って送ることにした。乾電池は単1・単2とも売り切れ。


食べ物はあるから心配ないとのことだったが、実家の隣の米屋さんも品切れだというので、念のため24時間スーパーで無洗米を買って送ることにした。

ついでにミネラルウォーターも買おうとしたら…


品切れ…。
orz

このスーパーでは電池も売っているが、やはり単1は品切れだった。

うーん…みんな、疑心暗鬼になっているのか、あるいは僕のように関東の親類縁者から頼まれて送っているのか…。


夕方、スーパーで「宮城県産わかめ」を購入。震災前にとれたものだろうか。美味しい幸を与えてくれる海。だが、突然、牙を剥いた海。

このわかめをとって下さった漁師の方に感謝しながら食す。

真に必要な情報とは

僕のような、被災地以外の人間にとって真に必要な情報とは何か。無論、被災した親類・友人・知人の安否情報であることは言うまでもない。

また、福島第一原発での事故のような、広域的な被害が予想される事象についての情報も必要である。

だが、メディア各社は相変わらず旧態依然とした方法での報道しか行わず、震災や津波の被害がいかに激しかったかを示す「衝撃映像」や、原発の仕組みの話ばかりを垂れ流し続けている。

そして何より、「被災者の手助けをするために、被災地以外の人に何をして欲しいか」が全くと言って良いほど報じられていない。

先ほどのNHKのニュースでは、ある避難所からの報道を行ったが、その中で「毛布、ストーブ、食糧が不足し、医薬品も特にインシュリンが不足しています」と報じていたが、見ているこちらとしては「そんなことはわかっている!!だったら、どうやって物資を集めて届けられるのか?具体的にどうすれば良いのかを報じてくれ!!」と腹立たしくなる。

無論、現段階では、被災地に個人的にものを送ることは出来ない。また、被災地への救援ボランティアについても、受け入れ体制がまだ整っていない。だが、そのことすら報じてはいないのだ。

だから、あちこちのブログやSNS、Twitterなどで「●●を送りたいけれど、どうしたら良いのか」といった書き込みや、「ボランティアに参加したいけれどどうすれば良いか」といった書き込みが数多く見出されるのだ。

古着を送っても迷惑になり、ゴミとして処理せざるを得ないのに、何を送れば良いのかといった肝心の情報が共有されていないから、中には「子どものお下がりを送りたい」と書き込んだ母親が「被災地はゴミ捨て場ではない!!」と一喝されるケースもあった。

そして、政府や各自治体も「救援物資もボランティアも、まだ受け入れ体制が整っていない」という情報や、救援物資の準備に関する情報をメディアに流し、報道を促すべきなのだ。

それなのに、メディアは「●●が不足しています」「人手が不足しています」といった危機的状況だけを垂れ流して、被災地以外の視聴者の焦燥感を煽り続けるだけ。

これを繰り返し聞かされていれば、義侠心に駆られた人々が見当違いの猪突猛進で勝手に被災地に乗り込んでかえって迷惑をかけるといった、阪神大震災の時と同じ過ちが繰り返されかねない。

今からでも遅くないので、メディア各社は、「被災地以外の人々にどうして欲しいのか」をきちんと報じて欲しい。

岡山でも…

岡山でも…
近所のセブンイレブンの掲示。

まだ店内にはたくさんの品物があり、ここに書かれている「供給の滞り」は実感できないけれど、これから徐々に打撃を受けることになるであろう。

情報が錯綜している!?

消防庁のヘリから津波が観測された、大船渡で5mの引き波観測との報道。

だが、気象庁の会見では、現在までに東北地方付近の津波と思われる海面の変化は観測されておらず、また地震活動の状況からしても津波を発生させる規模のものは発生していないとのこと。

午前11時、大船渡で5mの引き波【11:19】

高台へ移動を!!

すぐ海から離れて!!【11:14】

警報が出ていませんが、太平洋沿岸に津波が来そうです!!至急、海から離れて下さい!

10:46に八戸市沿岸全域に避難勧告。

唐桑半島の被害について

気仙沼市出身の方がまとめブログを作っておられた。

http://d.hatena.ne.jp/issey-kumagai/mobile?date=20110313§ion=1299988222

合併で気仙沼市の一部になったためか、唐桑町が独自にメディアで報じられることはなく、上のブログのコメント欄に書かれていた内容(防衛省とのやりとり)からも、唐桑町という存在に気づいていないような状況なのかもしれないと感じた。

地図と照らしてコメントを読んでいたら、どうも津波によって半島の付け根で分断された様子。

報道では、両隣の気仙沼と陸前高田は頻繁に出てくるが、多分、「気仙沼市」を報じれば、それで唐桑町も報じた気になっているのではないか?

確かに行政区域としては「気仙沼市唐桑町」だが別々の集落だと考えて取材すべきだ。唐桑町が全く報じられていないために心配している人が大勢いるのだから。

2011/03/13

「ヤシマ作戦」…ヱヴァンゲリヲン公式ブログにて認可。

「ヤシマ作戦」…ヱヴァンゲリヲン公式ブログにて認可。
「ヤシマ作戦」…ヱヴァンゲリヲン公式ブログにて認可。
「ヤシマ作戦」…ヱヴァンゲリヲン公式ブログにて認可。
誰が言い出したのかは知らないが、節電のための「ヤシマ作戦」。

そう、僕の大好きな『エヴァンゲリオン』TV版だと第6話「決戦、第3新東京市」、映画版だと『序』で使徒ラミエルを倒すために行われた作戦のことだ。

http://wikiwiki.jp/eva-shingeki/?cmd=read&page=%CD%D1%B8%EC%BD%B8%2F%A5%E4%A5%B7%A5%DE%BA%EE%C0%EF

通常の手段では倒せない敵を倒すために、日本中の電力を全て集め、そのエネルギーを使って一気に敵を倒すというものだ。

先ほど報道があったように、明日から輪番停電が始まる。原発の問題は決して「対岸の火事」ではないのだ。

この「ヤシマ作戦」についてのまとめサイトがあった。

http://yashima.me/

このサイトにも書かれているが、節電にこうした名前を付けることを不謹慎だと批判する人もいるかもしれない。だが、逆に、エヴァンゲリオンのファンやパチンコ・パチスロのファンで節電のことを知らない人に対して「ヤシマ作戦」という名前が興味を持たせることになるのではないか。そう、「タイガーマスク運動」のように。

この「ヤシマ作戦」の広がりについて、GAINAXの公式ブログでも支持する声明を出している。

http://eva2.0.b-ch.com/blog/2_0/archives/306

きっかけが何であれ、節電は悪いことではない。

今はまだ個人的に物資を送ることも、現地に赴くこともできず、テレビで日々伝えられる被害を見て歯がゆく感じている人もいるであろうが、今はじっと我慢して「ヤシマ作戦」のように身近で自分にできることをできる範囲で行いつつ、送れる支援物資の準備などをすることが大切なのだと思う。

死角

昨日の日記で、唐桑半島の話を書いたが、唐桑半島の状況についての報道は、全く入ってこない。

太平洋側に突き出た半島だから被害は甚大のはずなのだが、全国メディアではそこまで小さな集落についてはカバーできていないのであろう。

「唐桑 地震」とググったら、Yahoo!知恵袋に以下のような投稿があった。

==========
宮城県地震助けてください!
宮城県気仙沼市唐桑町舞根で孤立し、救助をまっている人がたくさんいます。
民家も津波で2件しか残らず食べる物も飲み物もない状態です。
救助要請したいのですがどこに電話しても繋がりま せん。
気仙沼市の救助は始まっていますが唐桑町のように小さい地区の状況を知らせて救助要請するにはどうすればいいのですか?お願いします!!早くみんなを助けてください!!!
瑄地震
瓈閲覧数(238)
汴あと7日
瑢2011/3/12 17:20
==========

舞根地区は、唐桑半島の付け根部分にあたり、小さな漁港がある集落だ。

先ほど、ニュースで「気仙沼市とその周辺で5800人を救助」と報じられていた。

この中に唐桑半島の方々が含まれていることを願いたい。


今度は宮城県の女川原発敷地内で放射線量が通常の400〜700倍の高さで測定されたと報じられた。もっとも、女川原発側は「これは福島の原発のものを観測したものだ」と述べていて、女川原発からは通常レベルの放射線しか測定されていないとのこと。

マグニチュード9.0に

気象庁がマグニチュード9.0に上方修正。

2011/03/12

警察官51人が行方不明

フジテレビ:宮城県警と岩手県警の警察官が1人ずつ殉職。警察官51人が行方不明。

宮城県南三陸町

フジテレビ:住民約17,800人のうち、約10,000人が消息不明。

「頑張れ!!」そう祈るしかないけれど…

福島第一原発の原子炉を冷却するモーターを載せて、C-130輸送機がたった今、小牧空港から飛び立った。

どうか、日本を救って下さい。

福島第一原発

記者会見を聞く限り現時点では何も判明していない模様。

無題

一夜明けて、被害の深刻さが一層明らかになった。

ゆうべは枕元でポータブルテレビをつけっぱなしで寝たが、夜中に何度も目が覚めて、そのたびに余震の速報を目にした。

今朝、生徒さんからメールがあり、今日、2時間繰り下げで行うはずだった横浜国立大学の入試が延期になったとのこと。わざわざ岡山から受けに行ったのに…。


気仙沼、陸前高田、陸中野田、田野畑…訪れたことのある地名が報じられ、惨状がテレビに映し出される度に、胸が痛む。

生まれて初めてのユースホステルに泊まったのは、中学一年生の春休み。松林に囲まれた陸前高田ユースホステルで、その翌日が仙台道中庵ユースホステル。三陸鉄道に乗るのが目的の旅だった。

大学二年から三年にかけて、フィールドワークの授業で三陸海岸を訪れた。

大学二年の時は久慈から気仙沼まで南下し、陸中野田のユースホステルに泊まり、野田の漁港でウニ漁の水揚げを見て、穫れたてのウニを食べさせてもらった。あの味に勝るウニを僕は食べたことがない。

確か、野田の漁港だったと思うが、高さ10m位の大きな防波堤があった。過去に何度も津波に襲われた経験からである。

宮沢賢治に因んだカンパネルラ田野畑駅で降りて、田野畑村民俗資料館まで足を運んだ記憶もある。

唐桑半島では、半島の突端にある国民宿舎に泊まった。ここには津波体験館があり、津波のメカニズムについて学んだり、疑似体験するシアターがある。大学三年の時にはこの国民宿舎に5泊して、唐桑半島・気仙沼のフィールドワークを行った。

半島をくまなく歩き、気仙沼のまちも歩いた。気仙沼はフカヒレとマグロのまち。朝、市場に行くと、マグロやサメがずらりと並んで実に壮観な風景だった。昔からの漁師町だけあって、モダンな石造りの建物や、古い木造の商店が建ち並ぶ穏やかなまちなみだった。

気仙沼ではまちのあちこちに「●●地震津波」と書かれた水位を表す看板があった。気仙沼市の唐桑半島でも「津波慰霊碑」をいくつか見かけた。

陸前高田市は市の半分が水没し、「壊滅」と報道されている。

気仙沼の穏やかな風景は、津波と猛火に襲われた。


唐桑半島の付け根の海辺にポツンと建っていた家がある。大学二年の時に、その家の前の畑で農作業をしていたおばあさんと話をして、農作業を手伝わせてもらった。僕に「孫があなたと同い年でね…」と語ってくれたそのおばあさんが、自分の祖母と重なり、思わず目頭が熱くなった。作業の後、手を洗わせてもらい、お茶をご馳走になった。

「フィールドワークとは、『聞き取り調査』ではない。その土地の人の生活に飛び込んで、同じ汗を流すことだ」と、そう悟ることができたのもそのおばあさんのおかげだと思う。

三十歳の時、たまたまフィールドワークの手伝いに駆り出されて、ほぼ十年ぶりに唐桑半島を訪ねた。あのおばあさんはどうしているだろうか、と思い、菓子折りを持って訪ねた。

「ごめんください」とその家の戸を開けると、中年の女性が訝しげに出てきた。事情を話すと、奥に声をかけてくれて、おばあさんが出てきてくれた。宿に戻る時間も迫っていたので、菓子折りを渡し、お礼を言って早々に立ち去った。あれから十年。あのお宅は無事だったのであろうか…。

唐桑半島では他にも多くの方々にお世話になった。みんな、無事でいるだろうか。


どうか、どうか、無事でいて欲しい。そして、一刻も早く復旧することを切に願うばかりである。

支援物資について

http://d.hatena.ne.jp/k_ma_calon/20110311/1299837162

を参考に。

2011/03/11

どうか、無事でいてください。

時間が経過するに連れて、被害の情報が次々と増えている。既に死者90名以上、行方不明者多数。

三陸海岸沿いでは津波で壊滅的な被害が出ている。

以前、フィールドワークで三陸海岸を訪れたときは、何度も津波の被害を受けている地域だけあって、他の地域では見ることが出来ないような巨大な堤防などの備えがある場所もあったが、予測以上の津波だったのであろうか。

地震が起きたのが14:26。

たまたまネットで地震のことを知り、東京の実家に安否確認の電話を入れたのが15:06。

その時は何とかつながったが、それ以降はつながらないままであった。

実家では父が電話に出て、家に被害は無い、との事だったが、母がフラダンスのレッスンに出かけているとのこと。

母に電話やメールをしたが、つながらず、やきもきしながらもSESの授業。

ようやく20:30に母からメールで「●●に来ていて、電車が全線ストップしているためにまだ帰れません」とのこと。とりあえず、無事が確認できてよかった。

その後、22:05に実家に電話したところ、父が出て、母は友人の家に避難していて、そこまで車で迎えに行っているとの事。ただし、渋滞がひどくていつ着くかはわからないそうだが、とりあえず二人が無事でいてくれて何よりだった。


明日、横浜国立大学の後期日程に臨む生徒さんから、先ほどメールが届いた。

「無事です。」


だが、ニュースでは被害が次々に拡大していることが報じられ、まだ帰宅できない人々も多くいる。

今も余震は続いている。津波はまだ繰り返し襲ってきている。

東京の交通機関は徐々に運転を再開し始めているようだが、完全復旧にはまだ時間がかかるであろう。


どうか、みんな、無事でいてください。

そして、亡くなられた方々に心から哀悼の意を表します。

マグニチュード8.8に修正

観測史上最大級の地震。

函館に津波到達

津波は第二波、第三波で大きくなる可能性もあるため、安全が確認されるまではくれぐれも海に近づかないようにして下さい。

ディズニーランド駐車場で

液状化現象発生。

仙台新港で高さ10mの津波

茨城県高萩市で一人死亡。

大津波警報

徳島県沿岸まで拡大。

岡山には津波注意報(到達予測19:30/0.5m)。

津波

仙台空港にまで津波が流れ込んでいる。


安否確認は災害用伝言ダイヤル171を。


マグニチュードは8.4(現在の暫定値)。


宮古では駐車場の車が何十台も一斉に流され、千葉ではコンビナートで火災が起きている。

東京では九段会館の天井が崩れ落ち、横浜駅前ではボーリング場の天井が崩れ落ちて10名が下敷きになっている。

東海道新幹線も全線不通。

後期日程

先ほどから何回か、携帯からブログに書き込みしたのだが、全く反映されていない。

明日の後期日程については、各大学でホームページに情報を掲載し始めている。ただ、岩手大学や東北大学は停電でサーバーが落ちているのか、アクセスすら出来なかった。とりあえず、神戸大学と横浜国立大学が確認できたので、転載。

==========
【神戸大学】
平成23年度一般入試(後期日程)の実施について

(平成23年3月11日17時10分現在)
今回の地震の影響により、後期日程入試は下記のとおり実施します。


3月12日(土)の後期日程試験は、予定どおり実施します。
今回の地震の影響により、受験できない可能性のある受験生は神戸大学入試課(078-803-5230)にご連絡ください。
==========

==========
【横浜国立大学】
明日(3月12日)の後期日程入試については、現在 実施できるか検討中です。

なお、実施に関しての予定は、本日(3月11日)19時頃 本学ウェブサイトに掲出します。
また、地震、津波、交通機関等の状況により19時以降も変更の可能性がありますので、随時 本学ウェブサイトをご確認ください。

また、以下の緊急情報メールシステムをご利用ください。

【緊急情報メールシステム】
① 件名:request 本文:request を入れ、urgent@ynu.ac.jp へ空メールを送信してください
② 最新情報を提供いたします
==========

被災へのお見舞いを申し上げます。

先ほど、宮城県で震度7の地震が発生し、青森県から千葉県にかけて大津波警報が発令された。

岩手県の釜石市では既に4m20cmもの津波が観測され、沿岸部では車や建物が流されるなど甚大な被害が出ているようだ。

阪神淡路大震災並みの規模だという報道もあった。

明日からは国公立大学の後期試験も始まるというのに…。

とにかく、被害が最小限に食い止められることを願うばかりである。

2011/03/10

It's my pleasure!!

見知らぬ番号からの着信。

誰かと思えば、秀英予備校の生徒さんだった。

進路が決まったので、SESの番号をみつけてわざわざ知らせて下さったそうだ。

某大学の薬学部に決まったという。

開発途上国の子どもを救うために活躍する吉岡秀人医師に憧れて、将来は自分もそうした方向に進みたいとのこと。

実に頼もしく思える。


僕に出来るのはたかだか受験英語の指導ぐらいだったが、それが彼の夢を叶えるささやかな手助けとなったのであれば、それに勝る幸せはない。

おめでとう!!

2011/03/09

メルマガ弐号機・発信準備

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2011/03/08

A hybrid...

A hybrid...
A hybrid...
A hybrid...
…と言っても、プリウスのことではなく。

ひろうす。


ひろうず、とか、飛竜頭、とも呼ばれる。

関東では、がんもどき、という。

ひろうすを作ってみたいと思い立ち、ネットでレシピを調べて材料を買い、作ってみた。

豆腐と山芋を主原料として、お好みの野菜などを混ぜて揚げるだけ。つなぎは卵と小麦粉。

野菜は筍の水煮、銀杏、人参を使い、それぞれ細かく刻んだ。あとは海老のぶつ切りも加えた。


材料を混ぜて揚げてみたが、油の温度が高かったせいか、つなぎが少なかったせいか、材料が広がってしまった。

そこで、つなぎとして、小麦粉と片栗粉を加えた。


…が。


これが間違いだった(泣)。


粉が多すぎて、いざ揚げてみたら、ひろうすというよりも、柔らかいかき揚げになってしまった…(泣)。
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ひろうすとかき揚げのあいのこ…。


「ひろ揚げ」の誕生だ(爆)。

白だしをお湯で薄めて、揚げ出しの要領で食べてみた。

うむ。意外と美味し!!



今度こそ、まともなひろうすを作りたい(泣)。


もう一枚の写真は、祖母の得意料理だった「白菜とベーコンと帆立の蒸し物」。彩りに人参の千切りをのせた。これを蒸し器にかけ、人参がしんなりしたら完成。写真にあるポン酢で食した。

美味し!!

…が。

これは二人の息子にほとんど食べられてしまい、僕が口に出来たのは残ったスープと、白菜数切れ、帆立2〜3個だけ(泣)。まあ、こうして野菜をたくさん採ってくれたらそれに越したことはないし、美味しいと食べてくれる息子たちの食べっぷりも嬉しい。


もっとも、このスープが実は一番の絶品なのだが(爆)。

2011/03/07

Out of season.

先ほど、ミヤネヤを見ていたら、九州新幹線開通の話題の中で「お中元」の話をしていた。

「ん?」と思って見ると、中孝介さんと元ちとせさんの二人のユニット名。

中孝介さんの「中」、元ちとせさんの「元」を足して「お中元」というユニット名なのだ。へぇ〜!!と思わず感心してしまった。

試しにググってみたら、何でもこのお二人は14年前からの付き合いで、奄美物産展でコラボしたのがこのユニットのきっかけだそうだ。

3月9日に九州新幹線全線開通を祝して『春の行人(はるのゆこうど)』というシングルをリリースするとのこと。鹿児島で「季節外れのお中元」という記念ライブも開くらしい。

そりゃ確かに季節外れだなwww

それにしても、このネーミング、なるほど!!と唸ってしまった。

2011/03/06

Work like a horse...

Work like a horse...
テキストの作成と提出は終わったが、某社の原稿が山のように待っている。今日はメルマガの原稿と、新学期に向けての教材準備。
(´д`)

痩せる暇も無いwww

2011/03/05

Cream cheese

Cream cheese
クリームチーズの醤油漬け。

ちょっと漬かり過ぎてしょっぱいが、酒のあてとしては美味し!!

2011/03/04

I pray your soul may rest in peace.

I pray your soul may rest in peace.
I pray your soul may rest in peace.
先ほど、圓山さん(先日は簡略した『円山さん』と表記したが、こちらが正式なものなので、今回はこれで表記する)の告別式に参列してきた。

会場に入ると、圓山さんの作った『石の島とまほら』が流れていた。岡山の犬島を題材とした歌だ。

戌ゐ亭は、岡山を題材とした曲を作って歌うという方針だったので、今思うとその縛りが足枷になっていた部分があったかもしれない。

圓山さんの歌とギターは、その人柄が見事に反映されたような、真っ直ぐで易しい音だ。決して技巧的ではなかったけれど、温かみのある音だった。

今日の告別式には、会場の外にまで参列者が溢れていた。圓山さんの人柄ゆえであろう。

告別式は神道式だったが、参列者が多かったためか、玉串奉納は親族全員が行った後、親族以外の一般の参列者は代表者のみで行われた。

最後のお別れも親族だけだったし、昨夜の通夜には行けなかったから、結局、最後までお顔を拝見することは出来なかった。ただ逆に、その分、圓山さんが亡くなったという悲しい事実に面と向かわずに済んだような気持ちにもなったことは確かだ。

式の後半では、参列者の代表の方々が『石の島とまほら』を演奏して捧げた。演奏した方に、あとから「本当は山添さんに演奏してもらえば良かったのですが…急なことだったので…」と気を遣っていただいたが、仮にそうなっていたら、きっと僕は泣いてしまって、演奏も歌も満足に出来なかったであろう。

出棺を待つロビーには、圓山さんが学生時代に作った『シルクロード』という曲が流れていた。

戌ゐ亭を結成したばかりの頃に、この曲を二人で演奏したことがある。耳を澄ませて聴いていると、その音源は圓山さんと僕が二人で演奏して録音したものだった。だから、圓山さんの主旋律に僕がハモを付けていて、それが会場にひっそりと流れていた。僕から捧げるのはこの歌だけでもう十二分だった。


霊柩車に乗せるために棺が運ばれ、僕の前を通り過ぎ、二人の息子さんがそれぞれ遺影と骨壺を持って通り過ぎたとき、「ああ、もう圓山さんと演奏することはできないんだ…」という想いが実感となって駆け巡り、涙が零れ落ちた。

今頃はもう荼毘に付され、帰宅の途についている頃であろうか。


今日聞いた話だと、膵臓癌だとわかったのは平成20年の5月だという。手術は成功し、その後、自宅で抗癌剤による治療を続けていると聞いていたが、まさかこんなに早く別れが訪れるとは思ってもみなかった。2月になってから具合が悪化し、入院していたらしい。


圓山さん、苦しかった闘病生活はもう終わったよ。天国でゆっくりと大好きなギターを弾いて楽しんでね。

あと何年後かはわからないけれど、俺もいつかはそっちに行くんだから、再会したら、また戌ゐ亭として曲を作って歌おうよ。


圓山さん、本当にありがとう。

どうか、安らかに。

2011/03/03

Is it a sin or a crime to cheat in the exam?

このところ世間を騒がせている入試問題漏洩事件で、19歳の浪人生が逮捕された。

これまでにも東京芸術大学の入試で、実技のデッサン課題を携帯で外部に送信してアドバイスを求めるという事件はあったようだが、今回は複数の大学で繰り返されているという点で悪質さが際立っているように思える。もちろん、マスコミは騒ぎすぎだと思うし、他に報道すべき事件はいくらでもあるのだが(ついでに言えば、昨日の産経新聞大阪版の夕刊では「東京の男子高校生2名が関与」という誤報を一面にデカデカと掲載していたが)。

本人は軽い気持ちだったかもしれないし、単なる愉快犯だったのかもしれない。また、「仙台市で精神科か心療内科を紹介してほしい」と書いていることで「自分は精神的に不安定だからこういうことをしている」というメッセージを出している。

しかし、仮に病んでいるのが真実だととしても、それを免罪符として利用すべきではないし、他の書き込みに異常性が見られず、予備校の授業の段階からこれほど周到に繰り返され、かつ、試験中にばれないよう計画的・慎重に行った以上、この受験生の判断力はまともであったと言わざるを得ない。


あちこちのブログのコメントを見ていると、旧態依然とした入試制度に風穴を開けた、と考えるむきもある。「そもそも現状のような知識重視の入試問題だからこのようなカンニングが生じるのだ。思考力重視の試験にすべきだ」という意見も目にした。「入るのを易しくして出るのを難しくすれば良い」という意見もあった。

だが、思考力重視の試験にしても、結局、思考力のない受験生が外部に意見を求める可能性はあるし、入るのを易しくして出るのを難しくするというのもあまりに現実離れした主張である。大学には定員があり、勝手に定員を増やしてはいけないのだから、人気のある大学に受験生が集中すれば、結局、入るのは難しいままである。ついでに言えば、出るのが難しくなれば、今度は出口で不正な手段に頼る輩が現れるはずだ。

この手口が複数の大学で通用してしまった以上、大学としては全面的にカンニング対策を見直す必要がある。

だが、それ以上に、「カンニングをしてでもその大学に入りたい」という状況にも目を向けねばならないし、我々講師は、生徒さんが大学入試を自力で打破できるような力を効率的に身につけられる方法を模索しなければならない。

入試問題を易しくしても何の解決にもなりはしない。むしろ、難しい問題に対処できるだけの力を一人一人の生徒さんが身につけ、困難を正攻法で乗り越えられるように鍛えることこそ、真の解決策ではないだろうか。

2011/03/02

戌ゐ亭

「いぬいてい」。

戌年の僕と、亥年の円山さんだから、「いぬ」と「い」。

さらに、ミュージシャンらしからぬ名前にしよう、ということで落語家のように「〜亭」として「戌亥亭」。

ただ、これだと字面が堅苦しいから、「亥」を「ゐ」に変えて「戌ゐ亭」。


2001年の2月に「NHKのど自慢」に出たのがきっかけで円山さんと知り合い、お互いにフォークギターを弾いていたので、2001年7月にフォークデュオを結成し、岡山駅西口の居酒屋「未完成」で月に一度演奏したり、ガナリーズライブや倉敷の商店街でのイベントでも演奏した。SESのある倉敷えびす通商店街のイメージソングも作って歌った。


最初は井上陽水や安全地帯などのコピーを演奏していたが、岡山を題材としたオリジナル曲を作ろうと決めて、少しではあるが、二人でアイディアを出し合って曲を書いた。


円山さんは僕より11歳上の大先輩だが、実に気さくで、几帳面で、気遣いの人でもあり、面倒見の良い人だった。いま愛用しているTAKAMINEのエレアコも円山さんからいただいたものだ。


その後、僕の家庭や仕事の事情、また、円山さんが膵臓癌を発病したこともあって、戌ゐ亭としての活動はだんだん少なくなり、2006年3月5日のガナリーズライブへの出演が、確かライブステージとしては最後の演奏となったはずだ。

その後、2008年5月16日に、NHK岡山放送局の昼のローカル番組に出演したのが、戌ゐ亭として演奏した最後となった。


戌ゐ亭は「岡山の風土・文化・歴史を唄う」というキャッチフレーズであったが、残念ながら、ちゃんとしたレコーディングを一度も行っていない。数年前、円山さんが体調を崩して無理が出来なかったため、「円山さんが元気になったらレコーディングをしたい」と思ってはいたが、僕自身が忙しかったこともあり、ついつい延ばし延ばしになっていた。おそらく、円山さんも、僕が忙しいのを知っていたから、気を遣って何も言い出さなかったのだと思う。


今日の夕方、18時半頃、見知らぬ番号から電話がかかってきた。

円山さんの息子さんからだった。

「あれ?円山さんの息子さん?何だろう…勉強の相談かな?」と思っていたが…

「父、円山洋二郎は、今日午前2時頃、膵臓癌で亡くなりました。」

え…

絶句してしまった。

だってさ、2ヶ月位前に、福山東教会でのライブの告知をしたら、その時の対バンさんと「最近は遊んでもらっています」って書き込みがあったんだぜ…。


息子さんの話だと、亡くなった後に備えてメモが遺されていて、そこに「自分が亡くなったら、●●と●●の関係者には、山添君から連絡してもらうように」って書かれていたそうだ。

最後の最後まで、几帳面な円山さん…。

まだ彼が亡くなった実感はわかないけれど…とりあえず明後日の告別式に参列して、お別れをしてこようと思う。

2011/03/01

The ultimate larmen.

The ultimate larmen.
The ultimate larmen.
「ダントツ」とは「断然トップ」を縮めて出来た略語らしい。

だとしたら、「ダントツ」を英訳すればultimate(究極の)ぐらいになるであろうか。


今日の昼は久しぶりのダントツラーメン。13:20頃着いたが、店は満員で、前に4人ほど並んでいた。もっとも、回転が速いからそんなに待たなかったが。

今日は「中(300g)・650円」「肉増し・200円」「魚粉・50円」で、野菜2倍、脂2倍、ニンニク2倍を注文。

美味し!!

しかし、昔なら軽く食えたはずなのに、今やこれすらもイッパイイッパイ(泣)。

隣では多分、野菜4倍のラーメンを食べている人がいたが、僕にはもう無理だ。
orz

肉も美味いのだが、最後は結構キツくなった。

ぼちぼち超一流の肥満児の称号も返上せざるを得ないであろう…。
(-_-;)


客足はその後も途切れることはなく、僕が食べ終えて店を出る時も数名が並んでいた。

流石はダントツである。

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