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2010/08/12

四半世紀

25年前の今日。


1985年8月12日。


当時、中学3年生だった僕は、夜のニュースを見て、父の書斎に駆け上がった。


「お父さん!日本航空の飛行機が行方不明になったって!」

父は警察官だったから、勤務先の管内で大きな災害が発生した場合、非番でもすぐに出動しなければならないことになっているのを知っていたからだ。

その後、続報が入り、父の勤務先とは全く無関係の場所だとわかったが、仮に管内だったら間違いなく父も駆り出されていたであろうし、お盆休みを返上して働くことになったであろう。

大人になってから、飯塚訓(いいづか・さとし)さんの『墜落遺体 御巣鷹山の日航機123便』(講談社プラスα文庫)を読んで、父と同じ警察官としてあの事故に携わった方々の苦労がひしひしと伝わってきた。

遺族の方々のために、一人でも多くの遺体の身元を判明させたいと不眠不休で遺体の身元確認を行い、たとえ歯の1本、指の先でも徹底的に調べた。

暑さや疲労で心身ともに疲弊しきって、精神のバランスを崩した人もいたという。

この本を読むと、520名(胎児を含めると521名)の命が一瞬にして奪われたというこの未曾有の大事故に対して、現場がどれだけ壮絶で凄惨なものであったかがわかる。

だが、それだけでなく、遺体確認の作業に携わった人々の真摯な思いがひしひしと伝わってきて、人間として本当に大切なものを教わったような気がするのだ。

大切な人を失った悲しみ。たとえ爪1本でもいいから肉親の遺体を家に連れて帰ってあげたいという遺族の思い。そして、それに応えようと心身の限界を超えて働く人々。

僕はいつもこの時期になると、あるいは、折に触れて、この本を授業中に紹介している。

たまたま今日の授業でもこの本について話をした。「是非、読んでください」と。

ニュースで「この事故が風化してしまうことが最も怖い」と報じていた。

この日記を読む若い人たちに、どうか、このような事故があったことを知って欲しいと思う。

そして、今後、このような事故が二度と起こらないことを祈り、航空会社が一層の安全に努めることを願うばかりである。

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Wikipedia「日本航空123便墜落事故」
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E6%97%A5%E6%9C%AC%E8%88%AA%E7%A9%BA123%E4%BE%BF%E5%A2%9C%E8%90%BD%E4%BA%8B%E6%95%85

日航機墜落事故 東京-大阪123便 新聞見出しに見る25年間の記録
http://www.goennet.ne.jp/~hohri/n-index.htm

日航123便 鎮魂の賦
http://hw001.gate01.com/virtua1994/index.html
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