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2009/03/14

切ない別れ

ずっと憧れていた。

いつか、君と一晩過ごせることを夢に見ていた。

でも、もうそれもかなわなくなるんだね…。

君のその美しい姿を、最後にひと目でも見ておきたかった…。

運よく君がそばを通り過ぎたとき、僕は君が愛しくて愛しくてたまらなくなって…。

君を抱きしめることが出来ないのはわかっている。

でも、君のその姿を見ていると、いてもたってもいられなくなって、君に触れたいと何度思ったことか。


嗚呼、もう君の姿を見ることは出来なくなるんだね…。

さよなら…。


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さらばブルトレ、拍手・涙で見送る人の波
2009年3月13日(金)20時31分配信 読売新聞

 ブルートレインの愛称で親しまれ、14日のダイヤ改正で姿を消すJRの寝台特急「はやぶさ」(東京-熊本)と「富士」(東京-大分)の下り最終便が13日夜、東京駅を出発した。

 両列車の廃止で、東京駅を発着するブルートレインはすべてなくなるため、最終便の乗車券が発売された先月13日は、寝台席券320枚が10秒で完売した。

 この日は、夕方から両列車が出発する10番ホームや隣接するホームなどに、カメラを手にした約3000人もの鉄道ファンが詰めかけた。

 午後6時3分、汽笛とともに両列車が出発すると、ホームは「ありがとう」「お疲れさま」などという声と拍手で包まれた。

 東京・大田区の多摩川河川敷でも午後6時18分、鉄橋を通過する両列車に向かって、約100人のファンが「ありがとうブルートレイン」と書かれた長さ約20メートルのボードを掲げ、ペンライトを振って別れを惜しんだ。

 このイベントを企画した神奈川県相模原市の大学3年、三宅諒さん(20)は「小学1年の時からのあこがれの列車。さびしいですね」と涙ながらに話した。

(http://news.nifty.com/cs/domestic/societydetail/yomiuri-20090313-00913/1.htm)
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原因は不明。でも、うれしくなる気持ちはよくわかるのが下のニュース。

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車掌サービス?ファンの仕業? 歴代ブルトレ“復活”
2009年3月3日(火)17時0分配信 夕刊フジ
 今月14日のJRダイヤ改正で姿を消すことが決まっている寝台特急「富士・はやぶさ」(東京-大分、熊本間)を一目見ようと東京駅には連日多くの鉄道ファンが集まっている。そのホーム上に突然、1970年代に廃止された寝台特急「いなば」など往年の名列車たちが“復活”、ファンを狂喜させている。名列車はなぜ蘇ったのか-。
 「富士・はやぶさ」は毎日午前9時58分、東京駅10番ホーム(寝台列車発着ホーム)に到着する。ラストランが近づくにつれて、鉄道ファンだけでなく親子連れやサラリーマン、お年寄りなど休日は400人以上、平日でも100人近くが最後の雄姿を見ようと集まっている。

 そんななか、到着した客車の行き先表示板(方向幕)の前でファンがくぎ付けになり「これ、すげぇ~」と歓声を上げる珍事が先週末に起きた。

 表示されていたのは「特急 さくら 東京」の文字。寝台特急「さくら」は東京-長崎間を結ぶ、日本を代表するブルートレインとして親しまれたが、2005年3月のダイヤ改正で廃止となっている。

 その時、別の場所からも歓声が上がった。なんと、隣の客車の方向幕は「特急 あさかぜ」(東京-下関、05年3月廃止)、その隣は「特急 みずほ」(東京-熊本、1994年12月廃止)。さらに別の客車には「特急 ゆうづる 上野」(上野-青森)と、行き先まで違う表示が-。

 そもそも、「ゆうづる」の客車は88年に廃止されたため、この表示は20年も前のもの。連日訪れているファンによると先月28日には、30年前に廃止となった「特急 いなば」(東京-米子、78年10月廃止)の方向幕も表示されていたという。

 一体なぜ、「富士・はやぶさ」の客車に名列車の表示があるのか? 「去りゆく星空の夜行列車」(扶桑社)の著者、小牟田哲彦さんは「『富士-』の客車は30年前に製造され、さまざまなブルトレに接続していたので、方向幕には歴代ブルトレの名前が入っている。また、国鉄時代には全国で統一的な車両運用を行っていたので、九州ブルトレの『富士-』に、上野発着の東北ブルトレの行き先表示があるのも不思議ではない」と語る。

 まるで“ブルトレ博覧会”の様相に、周辺のファンからは「きっと車掌がサービスでやっているんだよ」との声が聞かれた。だが、車掌が所属するJR西日本広報部は「車掌にはそうした指導はしていない。ファンの方が車内に入り、勝手に方向幕を回転させた可能性もあるが、はっきりしたことは分からない」といい、名列車が“復活”した真相は不明だ。

 小牟田さんは「イベント列車でもないのに、終着後に昔の行き先を表示するというサービスは聞いたことがない。ただ、最近の『富士-』はある意味、イベント列車のようなものですが…」と話す。運が良ければ(?)、あなたも名列車に再会できるかも。

(http://news.nifty.com/cs/item/detail/fuji-320090303206/1.htm)
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さらにこのニュース。

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ブルトレのお宝写真集、食堂車元乗務員らが出版
2009年3月12日(木)19時59分配信 読売新聞

 九州発着の寝台特急(ブルートレイン)が14日のダイヤ改正で消える。

 その姿を約40年にわたって撮影してきた福岡市の元食堂車乗務員・宇都宮照信さん(59)と福岡県太宰府市の写真家・栗原隆司さん(56)が、惜別の思いを込めて本を刊行した。2人が20年前に出会ったのもブルトレの車内。「余すところなく魅力を伝えよう」と意気投合した。

 「九州発 最後のブルートレイン」(海鳥社)はB5判、176ページ。1956年から東京-博多間で運行を始め、2005年に廃止された最初の「あさかぜ」をはじめ、各ブルトレの歴史を約350点の写真とともに、乗車の思い出や様々なエピソード、データなどをふんだんに盛り込んでいる。

 宇都宮さんは蒸気機関車にあこがれ、高校卒業後に旧国鉄の入社試験を受けたが失敗。それでも乗務の夢をあきらめ切れず、19歳で食堂車を管理する会社に就職した。69年から約20年間、食堂車内で働いた。

 69年の暮れ、当時、東京-鹿児島間を走っていた「はやぶさ」に初めて乗務。食堂車のテーブルは純白のクロスの上に銀食器が並び、まさに「走るホテル」だった。本では、宇都宮さんならではの厨房(ちゅうぼう)の業務風景も写真で紹介している。

 蒸気機関車が先導する初期の珍しい場面や、寝台に座って談笑したり車窓の景色を楽しんだりする各時代の乗客もとらえている。

 栗原さんは87年、鉄道雑誌の取材で「あさかぜ」に乗車。この時、食堂車で働いていた宇都宮さんと会い、「鉄道仲間」として親しく付き合うようになった。退職後も九州鉄道記念館(北九州市門司区)に勤務しながらシャッターを切り続けてきた宇都宮さん。「新婚旅行や就職で上京した乗客の笑顔が忘れられない」と振り返る。栗原さんは「ブルートレインの歩みを宇都宮さんと一緒に描くことができ、感無量」と話す。

 本は2800円(税抜き)。全国の主要書店で販売中。問い合わせは海鳥社(092・771・0132)へ。(高橋宏平)
(http://news.nifty.com/cs/domestic/societydetail/yomiuri-20090312-00676/1.htm)
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これを読んですぐにアマゾンで注文(爆)。

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コメント

ぼくは君を待っていたのに、今朝はとうとう逢えなかったね・・・。

こんなことなら、半日くらい休みをとって待っているんだったよ。


君が満身創痍になりながらも、1時間半遅れで最後まで走り切ったのを知ったのは、ずうっと後のことだったんだ。

みたいな・・・(笑)

> 荷物電車さん

爆弾騒ぎはあるわ、強風で遅れるわで大変な締めくくりだったようですね…。

爆弾騒ぎを引き起こした輩は厳罰に処されるべきだと思いますが、強風については…九州ブルトレ廃止の祟りかもしれません…。

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