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2007/01/30

運はつかなかったが…

(※下品な話なので、食事中の方は読まない方が良いかと思います。)

今日から2日間は、秀英予備校の浜松校舎で直前講習。今は新幹線で浜松に向かっている。

新大阪でひかりに乗り換えた。駅を出る頃、腹の具合が悪くなり、車内のトイレに駆け込んだ。

新幹線のトイレは、水を流すためのセンサーが壁についており、用が済んだら壁に手をかざせば水が流れる仕組みになっている。

「はぁ、スッキリした…さて、水を流すか…」

と思い手をかざした。

「プシュッ」


という音がしたまま、水の流れる気配がない。


「?」

少ししてから再度手をかざす。

「プシュッ…」


あわわわわ。

どうやら故障らしい。その後何度試しても反応は同じだ。

「ヤバイ!…このまま次の人が入ってきたら…」

もしも、ドアを開けて表に長蛇の列が出来ていたらどうしよう…。

「僕のじゃありません!」なんて誤魔化せないし…。

焦る。

幸か不幸か、腹を下していたため(笑)、ブツは流れていたが(爆)、問題は紙である。

そこで、手動水洗作戦に切り替えた。

幸い、新幹線トイレの個室内には手洗い用の水道がついている。

そちらの水は問題なく出るので、両手に水をためて、便器に流す。

こんなことなら、ペットボトルでも持ってくるんだった(笑)。とほほ。

幸い、数回繰り返したら流れた。


焦った…。

車掌に知らせたら、僕は洋式に入ったのだが、洋式だけでなく和式も同じ状況だったらしく、現在調整中である。

やれやれ。

2007/01/25

帰路

帰路
藤沢での直前講習が終わり、今は岡山に戻る途中。

JRのエクスプレスカードのポイントがたまったおかげで、グリーン車でのんびり帰る。

このカードは、新幹線の乗車距離に応じてポイントがたまり、600ポイントでこだま、800ポイントでひかり、1000ポイントでのぞみのグリーン車に普通車の料金で乗れる。僕は、根が「しわい」ので、この特典を利用するときはできるだけ長距離の移動の時と決めているが(笑)。

岡山に着いたら、帰宅してすぐに倉敷に向かう。

あと二時間ほど、少しだけ優雅な旅ができる。

2007/01/23

延長戦

延長戦
今日と明日は「難関私大英語テストゼミ」。〈25分テスト+55分解説〉を1セットとして、1日2セット、2日間で合計4セットになるのだが、今回の授業では解説する分量が相当多く、僕は滅多に延長しないのだが、今日は珍しく15分も延長してしまった。

好きなアーティストのライブならいくらでも延長して欲しいと思うであろうが、授業となるとそうは思わないだろうし、ましてや生徒も帰りの電車やバスの時間が気になるであろうから、そうそう延長するわけにはいかない。

かといって、説明を省くことはできない。「これぐらい知っているだろうから、省いても良いだろう」と思ったことに限って、わかっていないことがよくあるし、何より「100%徹底理解」という自分の信条に反することはしたくない。

限られた時間の中で、決められたノルマの問題をこなし、かつ、不明点を残さぬように説明し尽さねばならない。

制限時間との戦いは、何も生徒だけではない。

写真は、今日の昼前に岡山駅で撮ったもの。向こう側のホーム中央に見える、赤い帽子をかぶった小学生の一団は、どうやら社会科見学らしい。拡声器を持った駅員が説明していた。

この時期は、秋に次ぐ修学旅行シーズンらしく、新幹線は混んでいた。僕が乗ってきた新幹線も、隣の車両には修学旅行生が乗っていて、自動ドアが開く度に楽しそうな声が聞こえてきた。

思えば遠くへ来たもんだ。

今日から藤沢二連戦

あと数時間後には新幹線で東京に向かう。今日から2日間、藤沢で直前講習。昨日はSESの直前講習だった。

受験生はセンター試験の成績に一喜一憂していることであろう。

今年は国語と数学が難化したようで、凹んでいた生徒もいた。

英語は問題形式が大幅に変わり、分量が若干増えたが、難易度は比較的低かったので、落ち着いて対処した生徒は高得点をとれたようだ。

英語の設問に、広告を読ませるものがあったが、TOEICを意識したのであろう。時代の要請ということか。

とにかく、ひとまずはお疲れ様。だけど、ここで気を抜いては駄目だよ。国公立も私大もまだまだこれからなのだから、センター試験ごときで燃え尽きてしまわぬように。

仮にセンターの成績が芳しくなくても、落ち込むのはもうやめて、今から出来ることを考えよう。国公立二次試験であと何点取ればいいのか、昨年の結果から逆算して計算してみよう。そして、それを目標に必死に勉強しよう。

今日と明日の藤沢での授業は難関私大英語テストゼミだ。気合い入れていこうや!

2007/01/20

変わったねぇ。

変わったねぇ。
いま、センター試験の英語問題を見ている。第1問と第3問が大幅に変わっていたが、うろたえずに受験できたであろうか。

とりあえず、今から分析を開始する。

2007/01/19

Final Count Down

いよいよセンター試験前日となった。これまで授業で話してきたことをまとめておこう。

(1) 試験は、人間がつくったものである。同じ人間である僕らに解けないはずはない。どこかに必ずヒントがある。

(2) 「たかが」センター試験である。失敗しても命まで取られるわけではないのだから、「ダメでも二次で逆転してやる!」というつもりで、どっしり構えて落ち着いて受けよう。

(3) 「されど」センター試験である。油断や慢心は禁物。マークミスやケアレスミスをしないように、細心の注意を払おう。

(4) センター試験だからといって、特別に気負う必要はない。今まで学んできたことは伊達ではないのだから、自信を持ちなさい。

(5) 前日は興奮して眠れないかもしれないけれど、横になっているだけでも疲れはとれる。この一年間、苦労して勉強してきたことを思い出しつつ、目を閉じて体を横たえよう。

(6) 完璧な知識を持って試験を受ける人はいない。誰もが不完全な状態で受けるのだ。周りが賢く見えても、それは錯覚であり、周りも自分をそう見ているはず。難問・奇問は笑って捨てて、確実に解ける問題を解けば良い。

(7) 当日は、一番自分が愛着のある教材・やり込んだ教材を持っていこう。それを見るだけでも落ち着くはずだ。鉛筆は濃い目のものを多目に。消ゴムも沢山持っていこう。

(8) 試験開始と同時に、まず全ページを確認して、時間配分を考えること。過去問題の演習で既に時間配分は叩き込んでいるはずだが、万が一出題形式が変わっていたらその場で対処しなければならない。後半の読解問題で高得点をあげるためにも、前半で時間を浪費しないこと。

(9) どんなアクシデントがあってもうろたえないこと。何かトラブルがあったら、正直に試験監督に申し出れば良い。電車が事故で遅れたら、車掌や駅の係員に申し出て、遅延証明を出してもらえば良いし、所定の連絡先に連絡を入れれば良い。

(10) 大学受験なんて、そうそう経験できるものではないし、ましてやセンター試験は年に一度の「お祭り」のようなものである。滅多に経験できないことなのだから、楽しんで受験してほしい。

行ってらっしゃい!
|`・ω・)ノ

2007/01/15

隠れ家

岡山市中央町に「ガナリーズ」というスナックがある。

カウンターだけの小さな店で、10人も入ると一杯になる。気の良いマスターと優しいノブちゃんの二人でやっている。

月に1〜2度訪れるが、ほとんどいつも車なので、ひたすら烏龍茶を飲む。最初はグラスだったが、僕の飲む量は半端ではないので、いつの間にかジョッキに変わり、おまけに僕が行くときはお茶が足りなくなるので、ノブちゃんが慌てて買いに行くこともしばしばある。

マスターはギターの名手で、店には何本かギターがあり、僕のギターも一本置いてある。リクエストすれば、マスターが生演奏もしてくれる。

僕は大抵、仕事帰りの夜中にふらりと立ち寄り、烏龍茶を散々飲んで、ギターを弾いたり、時にはカウンターの片隅で原稿を書いたりもしている(苦笑)。

飲み代も格安で、居心地も良いし、お客さんも良い人ばかりだから、ついつい長居してしまう。

僕にとってかけがえの無い隠れ家である。こうやって書いてしまったら「隠れ家」ではなくなってしまうけれど。

2007/01/12

新規プロジェクト打ち合わせ

昨日、浜松から岡山に戻り、SESで授業。3日から休みなく働いているので、時折意識が飛ぶ(爆)。

今はSESの授業が終わって岡山に戻った。とは言え、まだまだ寝られない。これから某所で新規プロジェクトの打ち合わせだ(笑)。

原稿も山のように溜り、ホームページの更新も含めてやらねばならないことが目白押しである。さて、いっちょきばりますか!

2007/01/11

直前講習

9日・10日は、秀英予備校の浜松校舎で直前講習。テスト形式の授業で、本番さながらの緊張感を持ってテストを行い、その後解説授業を行った。

一般に、本番に弱いタイプと強いタイプの人がいる。前者は本番のプレッシャーに潰されてしまい、後者は本番で普段以上の力が出せる人である。

僕はどちらかと言えば前者だ(笑)。以前、NHKのど自慢に出たことがあるが、普段ならばもっと巧く歌えた筈なのに、全く声は出ないし、妙なビブラートがかかってとても聞けたものじゃなかった(苦笑)。この前、知人のところでそのビデオを久々に見たが、我ながら恐ろしいほど緊張していたのがひしひしと伝わってきた(爆)。

だが、おそらく、本番に強い人の方が少ないだろう。たとえプロでも、本番になると緊張するものではないだろうか。

ましてや、まだ二十歳そこそこにも満たない受験生であれば、試験で緊張しまくるのは当然で、普段ならば絶対に有り得ないようなミスをしてもおかしくはない。

だとすれば、試験ではどうすればいいのか。
受験生に向けて、授業で話したアドバイスをまとめてみた。

(1) 「緊張するのは仕方がない」と割り切ること。無理に緊張を抑えようとしても無理である。また、こうしたテストゼミで緊張に慣れることにより、緊張を日常的なものにしてしまおう。「緊張するのがあたりまえ。緊張も平常心の一部」となればしめたものである。

(2) 「緊張すると実力が出ない」と思うのであれば、たとえ緊張して不完全になっても、それだけで合格できるほどの力をつけることが必要だ。普段の力が100で、緊張すると70になるとすれば、たとえ緊張しても100になるように、普段の力を130まで高める努力をすべき。

(3) 人間が作った問題なのだから、同じ人間である僕らにも必ず解けるはずだ。満点をとる必要はない。7割とれれば受かるのだから、まずは確実に7割を目指そう。

最後まで諦めずに。全力で自分の未来を切り拓こう。

がんばろうね。

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2007/01/07

粉雪

粉雪

粉雪が舞う。

雲一つ見えない夜空から。月はこんなに明るく夜空を照らしているのに。

2007/01/05

拠り所

「またか。」

そう思わざるを得ない事件が起きてしまった。

「歯科医宅の女子短大生切断遺体事件、兄の予備校生逮捕」
http://www.yomiuri.co.jp/national/news/20070104it12.htm

少なくとも、昨年起こった奈良の事件を想起したのは僕だけではないだろう。奈良の場合は医学部、今回は歯学部志望ということで、ともに最難関の学部を目指して勉強する生徒が引き起こした事件。両方とも、親が医師であり、子どもも同じ業種に向けて勉強していた、という点も同じだし、凶刃が家族に向けられた、という点でも共通している。

「夢がない。」

そう言われて妹を殺害したというが、これはあくまでも引き金に過ぎなかったであろう。21歳というから、おそらくは3浪か。ストレスが最大に溜まっていたのであろう。パンパンに膨れ上がった風船をちょっと突いただけで一気に破裂した、ということではないだろうか。

家族は、最も愛すべき存在であると同時に、最も憎むこともできる存在である。家族とは、感情を最大に露呈することが許されている唯一の制度とも言えるからだ。仮に同じことを予備校の友人から言われたとしても、「うるせーな、馬鹿野郎!お前だって同じじゃねーか!」と言い返して終わっていたのかもしれない。家族だからこそ、起きてしまったのかもしれない。

誰が言い出したのか、「浪人」というのは言い得て妙である。おそらく、もともとは江戸時代の脱藩浪人に擬えてのことであろうが、「拠り所の無い身」という意味を表すのにこれほど適した言葉は無い。

僕自身は1年しか浪人していないが、多浪生になるとストレスやプレッシャーに押しつぶされて精神的なバランスを崩してしまうことがありうる。

医学部や歯学部は、将来、人の生命や身体を預かる人材を育成する場である。いったん医療現場に出れば、片時もミスが許されぬ緊張を強いられるのであるから、それに耐えうるだけの人格・能力を有した人間を選抜しなければならない。ゆえに、その選抜方法も難度が高いものであって然るべきであり、少子化が叫ばれ、大学入試の難易度が下がった昨今にあっても「高嶺の花」であり続けている。

だが、問題は、合格することそのものではないのだ。

将来、自分がどのような医者になりたいのか、その明確なビジョンができていないと、当面の辛い受験勉強にも、また、医師国家試験対策の勉強にも耐えることができないのだ。

「とりあえず大学に入り、それから考えれば良い」という意見もある。だが、医学部や歯学部の場合、そもそも入試そのものが極めて高度であるため、受験勉強に耐えうるだけの将来展望が無いとそれだけで潰れてしまう可能性が高いのだ。

だからこそ、僕は、自分の授業で広範な内容の話をすることにしている。目先の勉強だけでは、人は潰れてしまう。計算高くなれ。大学卒業後の自分の姿を想像し、そこから逆算して今の自分を考えろ、と発破をかけ、そのために、「こんな人もいる」、「こんな生き方もあるぞ」、とあれこれ紹介している。無論、これは、医学部や歯学部を受験する生徒だけではない。どんな道で生きるにしても、同じことなのだ。

既に雑誌『Osera』のインタビューにも掲載されたので、ここでも公表するが、実は今、医学部・歯学部・獣医学部・薬学部専門の予備校を設立する計画を仲間と立てている。勉強だけを教えるのではない。その先を見据えて、「自分はどんな医者になりたいのか」「自分はどんな医療従事者になりたいのか」を共に考える場としての予備校だ。こうした悲劇が二度と起きないようにするためにも、僕らが礎石とならねばならない。良い見本にはなれないけれど、少なくとも踏み台や反面教師程度にはなれるはずだ。

僕は、生徒たちに対して何かを「教える」なんて大層なことはできない。ただ単に、自分がこれまで様々な人から受け継いだものを「伝えて」いるだけだ。僕は、聖人君子でも何でもない。泥の中を這いずり回って、みっともない姿をさらしているだけに過ぎない。だけど、そのみっともない姿をさらしている自分とて、こうして「恥ずかしながら」生きながらえているのだ。


あきらめるな。

絶望するな。

生きろ。


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2007/01/04

怒りに任せて

昼のニュースで、岡山県の児童相談所の職員らしき人物が会見をしているのをたまたま目にして知った。

「4歳児死亡、暴行容疑で母逮捕…口の中には唐辛子」
http://www.yomiuri.co.jp/national/news/20070104i403.htm

同じ年齢の息子を持つ父親として、悲しくて悲しくてたまらない。

「昨年12月17日午前4時ごろ、翔ちゃんが冷蔵庫に入っていたものを食べたことに腹を立て、顔を殴ったり、屋外に放置したりした」とあるが、そもそも、なぜ午前4時に4歳の子どもが一人で冷蔵庫を開けて食べ物を探さねばならなかったのか。真夜中に子どもが一人で冷蔵庫を開けて飢えを癒すという風景を想像しただけで涙と怒りがこみ上げてくる。

もちろん、僕自身は人様に何か言えるような立派な親ではない。だが、こうした話を聞くと、やり場のない怒りがこみ上げてくる。まして、倉敷市四十瀬と言えば、僕もよく通る辺りだし、あの馴染みのある風景の下で、こんなに悲しい出来事が起きたのかと思うと、辛くてたまらない。

確かに、子どもが悪いことをしたら、親には叱り、躾ける責任がある。だが、たとえばこの事件の場合、夜中に子どもが冷蔵庫を開けて食べ物を勝手に食べたのが引き金だったとすれば、そんな状況を生み出したのは他ならぬ親にある。

少なくとも、仮に自分の息子が夜中に冷蔵庫を開けて食べ物を探していたならば、僕は「おなか空いてるの?ごめんね」と抱きしめて、ご飯を作ってやるぐらいのことはするであろう。それが親ってものじゃないのか?僕は間違っているのか?

「光中容疑者は翔ちゃんと長男(8)との3人家族。県子育て支援課によると、長男と翔ちゃんは2004年2月、虐待を理由に倉敷児童相談所に一時保護され、翌月には翔ちゃんだけが家庭に戻された。その後も病院や警察から計5回、翔ちゃんの虐待の通告があり、同相談所が家庭訪問や面談を繰り返していた。」
http://www.yomiuri.co.jp/national/news/20070104i403.htm

この手の事件が起こると、児童相談所がスケープゴートとして批判されるが、残念ながら、公的機関には限界があり、児童相談所も警察ではないので、最終的には親の意向を尊重せざるを得ないのが現状である。まして、特にここ数年、岡山県は福祉職を大幅に削減する傾向があるようで、おそらくは人手も足りていないのが現状であろう。

確かに、「新おかやま夢づくりプラン」の策定や「ももっこカード」導入など、県は、外見上は育児支援を積極的に行っているように振る舞ってはいる。しかしながら、本当に大切なところ、人的資源や税金を投入しなければならないところには全く力が注がれていないのが現状ではないだろうか。

岡山には、日本初の孤児院を開設した石井十次の伝統もある。現在の岡山県が石井十次を誇ろうとするのであれば、その前にまず、石井十次に恥じないような現状を築かねばならない。

もっとも、逮捕されたこの母親も、苦しんでいたのだろう。いや、苦しんでいたことを願わざるを得ない。無職で、二人の子どもを抱えて、まして悪戯盛りの4歳と8歳の子どもである。フラストレーションが溜まるばかりで、出口のない人生だったのだろう。

僕は、この母親を擁護したり、同情するつもりはない。残念ながら、人生は厳しいものであり、仕事(=お金)を手に入れようと思えば自分にそれだけのスキルがなくてはならないのだし、僕自身はそれを身につけるために苦労しているのだから、「甘えるな!スキルがなければ苦労しろ!」と喝破したい。だが、この家族を取り巻く社会構造、経済環境は決して恵まれているとは言えないであろう。

近くに頼れる親が住んでいれば、あるいは防げたのかもしれない。倉敷市や岡山県の経済・産業がもっと活発で、母親が働ける職場があれば、ひょっとしたら防げたのかもしれない。

いや、仮定の話をしても始まらない。

今はただ、翔ちゃんの冥福を祈るしかない。

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2007/01/03

初日

今日からSESの冬期授業とレギュラー授業が始まった。今日は13:50〜21:00までの英文法。

お互い、長丁場で大変だったが、少しでも身についてくれたらと思う。

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2007/01/01

来た年

年越しは実家で紅白歌合戦を見たあと、近所の神社に初詣。

毎年の恒例行事だが、今年は父と二人で参詣。一応、50〜60mほどの列が出来ていて、見知ったご近所の顔がちらほら。

新年の挨拶を交わし、御参りして、振る舞いのお神酒と汁粉を頂く。冷えた体に汁粉の温かさと甘さが染み渡る。最後に焚き火で体を温めて家路へ。

実家に入る前に、すぐ近くにある馴染みのショットバーで2杯飲み、帰宅する。これも毎年のこと。

その後は深夜番組を見ながらまた酒を飲み、床に就く。

何の変哲もない、ごく平凡な年越し。だけど、またこうして平凡な年越しが過ごせたことが何と有難いことか。

元日は家族と一日過ごす。子どもを連れて裏のグラウンドへ行き、凧上げをして遊ぶ。風が余り無くてなかなか上がらず、走り回ってばかりいた。おかげでクタクタになり、夕方からまどろんでしまった。

どうか、この一年も、つつがなく過ごせますように。ささやかであっても、幸せに生きられますように。

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