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2006/12/31

往く年

早いもので、今年もあと4時間ほどとなった。

春からの〈岡山⇔関東〉往復生活も、慣れてみればお手の物だが、多分これまでの人生で一番多く新幹線に乗り、一番長く移動した一年だった。

そして、今年はmixiを始めたり、自分としてはかなりマメにブログを更新したりで、そのおかげか、新たな仲間が沢山できただけでなく、昔の友人・知人に沢山再会できた一年でもあった。

ここ数年淀んでいた川が、少しずつ流れを変えて、徐々に流れ始めた感じだ。リハビリのような一年だった。

来年は今年以上に忙しくなりそうなので、気を引きしめて、体も引きしめて(苦笑)いかねばならない。

本当にお世話になりました。どうか、新年も宜しくお願い申し上げます。

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……


………


年賀状、書いてません。すみません。
…orz

2006/12/30

仕事納め

先程、静岡校舎の冬期講習が終わり、年内の仕事は無事終了した。今は新幹線で東京に向かう途中。

車内でアンケートを読む。みんな、一生懸命書いてくれた。いい評価が書かれていれば励みになるし、たとえ仮に批判であっても、それは真摯に受け止めるべきだし、改めるべきところは改めたいと思う。天狗になったらオシマイだ。

今の力を100とすれば、来年は、いきなり200になることはありえないけれど、110でも120でもいいから、少しずつでも前進していきたい。

年があけたら、今度は倉敷・SESで冬期授業だ。毎日、長時間に渡って限界に挑戦する(笑)。

それから、岡山の情報誌・『Osera(オセラ)』新年号に、写真入りで掲載されておりますので、是非ご笑覧下さい。

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それでは、皆様、良いお年を!

2006/12/29

民族大移動

民族大移動

先程、新幹線で静岡に向けて出発した。

午前中、ニュースで「帰省ラッシュ始まる」と報じられていたので、嫌な予感はしていたが、案の定軒並み満席で、やむなくグリーン車に乗る。中にはグリーン車も満席という便もあるから、座れただけマシか。

普段はグリーン車で隣に人が座ることなど滅多にないが、今日はほぼ満席。

隣では若いオネェチャンがマスカラを塗っている。揺れる車内で器用なものだ。

空は快晴。

一昨日の富士山

一昨日の富士山

季節外れの嵐のあと。澄みきった空。

2006/12/28

プリント

普段、あまりプリントは配布しないのだが、今日のセンター英語では語句整序作文対策のプリントを配布した。


その名も…

「ロンギヌスの槍」(-"-;)

2006/12/26

大雨

のせいかどうか知らないが、千葉方面を行き来する電車が遅れているようだ。

京浜急行もそのとばっちりをくらっているのか、8〜9分遅れている。

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Cats and Dogs

静岡駅。土砂降りの雨。広い屋根を叩く雨音。通過する列車からは湯気が出ているかの様に雨が飛び散る。疲労と喉の痛み。眠気。ささやかな宴。

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今日から静岡

浜松校舎の講習は昨日で終わり、今日から静岡校舎の冬期講習。

昨日までは2コマだったのが、今日からは3コマ(センター英語・文法H・文法T)になる。

今日の東京は雨。

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2006/12/25

アンケートのお願い

「咆哮」で記した、野依氏の発言について、以下のようなアンケートを作成しましたので、是非ご投票ください。忌憚の無い意見をお聞かせいただければ幸いです。

http://www.d-pad.co.jp/enquete/make/index.cgi?enq_name=7057


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咆哮

私は無知蒙昧な人間であるから、「有識者」という言葉の意味がよく分からなかったのだが、どうやら「有識者」とは、「高学歴で世界的な賞をいくつも受賞しているが、その割には偏見と予断に満ちた傲慢で非現実的な発言しか出来ず、冷笑と反感を買う人」という意味だったのだろうか。

2006年12月8日の「第3回 規範意識・家族・地域教育再生分科会」(第2分科会)において、「有識者」の一人として出席した座長の野依良治氏が「学習塾は出来ない子が行くためには必要だが、普通以上の子供は塾禁止にすべきだと思う」と発言した。これはYahoo!ニュースにも掲載された。

以下、その発言をそのまま引用する(出典は、http://www.kantei.go.jp/jp/singi/kyouiku/2bunka/dai3/3gijiyoushi.pdf)。

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(野依委員)
 塾をやめさせて、放課後子供プランをやらせないといけない。塾は出来ない子が行くためには必要だが、普通以上の子供は塾禁止にすべきだと思う。

(野依委員)
 公教育を再生させる代わりに塾禁止とする。それくらいのメッセージを出していいのではないか。昔できていたことが何故今できないのか。我々は塾に行かずにやってきた。大学も誰でも入れるようになっている。難しくない。塾の商業政策に乗っているのではないか。
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野依氏は、2001年にノーベル化学賞を受賞した。他にも有名な賞を数々受賞しており、文化功労者にも選ばれている(詳しくはこちらを参照)。その割には、この一連の発言は稚拙な思い付きとしか言えず、予断と偏見に満ちた老人の戯言としか思えない。いったい、この人は、教育現場の現実の何を知っていると言うのだろうか。以下、上記の発言への疑問及び私見を並べてみたい。

(1) 「放課後子どもプラン」なるものが、現状として果たしてどのくらい実現できているのか。岡山県在住の私の知人が、息子さんの放課後の居場所に困って文部科学省に問い合わせたところ、「東京でもまだ始まったばかりですから、地方ではまだまだですね」と言われたそうだ。日本中に浸透するまであと一世紀ぐらいかかるのか?そんな曖昧なプランを基にして、「塾禁止」とは片腹痛い。野依氏は「放課後子どもプラン」を主張しておられるが、その中身について全くご存じないとしか言いようが無い。これで「座長」とは笑止千万である。

(2) 「塾は出来ない子が行く」場所だそうである。だとすれば、「出来る子」に関しては、全ての公教育において、「もっともっと出来る子」にできるような素晴らしい施策をお考えなのであろう。是非、野依氏のお力で、全国の学校を、野依氏の出身校である灘高校並の優れた高校にしていただきたいものだ。

(3) 「普通以上の子供」とは何を基準にしているのか。野依氏はノーベル化学賞を受賞したぐらいであるから、きっと何か私のような凡人には計り知れないような厳密な計算方式をお考えなのだろう。是非、その基準を、私のような凡人にも理解できるようにご教授願いたいものだ。

(4) 「塾禁止」ということは、塾を開きたくても、あるいは塾講師になりたくても、その機会が制限されてしまうことになるのであるから、日本国憲法第22条で保障された「職業選択の自由」を制限することになるのではないか。(参考:日本国憲法第22条「何人も、公共の福祉に反しない限り、居住、移転及び職業選択の自由を有する。」)あるいは、「学習塾の経営は、公共の福祉に反するから職業選択の自由を制限しても良い」とお考えなのだろうか。そもそも、「ノーベル化学賞」などという私のような凡人には到底無縁の賞を受賞された方が「塾は禁止にすべきだ」とご発言されたことについて、そのご発言の与えた社会的影響の大きさをご理解なさっておられるのであろうか。「あんなに優れた偉い人が『塾禁止』と仰るのだから、塾は悪いものに違いない」と思う人々が出てきてもおかしくはないと思うのだが、そうなった時に野依氏はどう責任を取っていただけるのか?

(5) 「昔できていたことが何故今できないのか」と言う場合の「昔」とは、いつの時代のことか(因みに、日本の公教育は明治政府樹立以後のことであり、それ以前の子どもの教育は「寺子屋」が主流であった。つまり、私塾のほうが遥かに歴史が古いのである)。「我々は塾に行かずにやってきた」という発言から判断すると、野依氏の仰る「昔」とは、氏の学生時代である1950年~1955年頃のことであるのかもしれないが、そのころは現在ほど塾も無く、また、大学や高校への進学率も今日ほど高くはなかった。「金の卵」という言葉があったが、この頃は中卒で集団就職するのが当たり前の時代であった(『三丁目の夕日』の時代である)。さらに、野依氏は名門・灘高校から京都大学に進学されたほどの知性の持ち主である。つまり、「塾に行かずにやってきた」のではなく、たまたま野依氏が「塾に行く必要が無かった」だけであり、その私的かつ懐古的な見解のみに基づいて塾を批判しておられるのである。私は、年長者に対する礼を失するつもりは無い。しかしながら、「昔は良かったから、昔に戻せ」と無闇に言い張るのは、頑迷な老人の戯言としか思えず、変化や進歩を一切否定しているようにしか思えない。守るべきものは守らねばならない。良き伝統もある。しかし、それだけにしがみついて、世の中の変化に一切背を向けるのは柔軟性に欠けているとしか思えない。

(6) 「大学も誰でも入れるようになっている。難しくない。」とあるが、これについては、「全体として以前よりは入りやすくなっているようだが、二極分化が進んでおり、入りやすい大学もあれば相変わらず入りにくい大学もある」というのが現実ではないのか。もっとも、野依氏の頭脳を以ってすればいかなる大学も難しくは無いのだろうが。

(7) 「塾の商業政策に乗っているのではないか。」とあるが、仰る通り、塾は営利企業である。そのお陰で私も辛うじて日々の糧を得させて頂いている。では、私立学校は営利企業ではないのか。既に、株式会社による学校も存在している。国立大学は独立法人であり、事実上、私立大学と同列である。日本の教育の方向性を左右するような重大な会議の座長を務め、ノーベル賞を受賞されている方であるのだから、まさかそんなこともご存じないはずは無かろう。

全ての公教育が、「全ての」学生・生徒にとって本当に満足のいくかたちになった時、塾はその役目を終えるのかもしれない。しかしながら、そうした理想だけに囚われて、
「塾が悪い」「塾はいらない」「塾をなくせば良い」といった発想を、きわめて影響力のある人物が公の場で行うことがどれほど愚かなことか。

私は、今年の8月末に岡山県津山市にある中学校で先生方を前にお話をさせていただいた。その場で私は、「学校・塾・地域が一体となって、子どもを育てねばならない」と発言した。

公教育と塾が対立する、という図式は過去のものである。本当に子どものことを考えるのであれば、お互いの利点を生かし、協力し合うべきだと思うが、野依氏のような立派な方は、私のような凡人の考えに首肯しては下さらないであろう。

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2006/12/24

恒例行事

恒例行事

以上。

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Merry Christmas!

Merry Christmas!

浜松は餃子のまちとしてまち興しをしている。今日の昼は、紅虎餃子店で水餃子等を食す。

厚目の皮に包まれた熱々の水餃子が、口の中で弾ける。体が芯まで温まる。

今日の浜松は穏やかな晴天で、クリスマスイブの日曜日ということもあってか、少し浮足だったようなまちの雰囲気がある。

さて、そろそろ活動開始だな。

2006/12/22

二日目、終了

昨日から秀英予備校浜松校舎の冬期講習が始まった。

僕の授業では、どんなに面白い(と本人は思っている)ことを言っても、みんな笑わない。かといって、冷ややかかというとそうでもない。アンケートを見ると、「笑いたいけれど、周りが笑わないから笑えない」という声をよく目にする。よく見ると、みんな笑いを堪えているようなのだ。


(-"-;)


…いや…

…だからね…


笑っていいんだってば!
(-"-;)

浜松校舎の生徒はどちらかと言うとおとなしい印象があり、笑いを堪える傾向が高い。

単にみんな引いてるだけなのかもしれないけれど…。

とても寂しい…。(;_;)

2006/12/21

今日から浜松

今日から25日までの5日間は、秀英予備校浜松校舎で冬期講習。今は予備校に向かう途中。

さらに26日から30日までは静岡校舎で同じく講習。そのあとは東京の実家に帰省するので、今度岡山に戻ったらもう年が明けている。不思議な気分だ。

SESの冬期授業は新年1月3日から。パソコンの調子が悪かったので、SESのホームページを更新できず、未だに冬期授業のお知らせが掲載できていない…(-"-;)。

年が明けたら、新しいプロジェクトが本格的に始動する。今日からの講習期間中も、昼間はそのプロジェクトの準備に追われそうだ。

何人かの人にはこのプロジェクトのことを話してはいるけれど、このブログでは、正式に決まり次第発表する予定である。

楽しみと不安とが入り混じっている。

2006/12/16

なぜか神戸

なぜか神戸

なぜか神戸

倉敷を出た後、名古屋に向かったが、所用があって神戸で途中下車。折しもルミナリエの真っ最中。

ということで、ついでにルミナリエを見物。

とにかく、物凄い人だった。そう言えば、倉敷市が商店街活性化の案をネットで公募するそうだが、思い切ってルミナリエ規模のものを企画しない限り、打開策はないだろう。

ただ、東京ミレナリオの時に感じたのだが、神戸ルミナリエは震災の犠牲者に対する追悼の意を込め、復興に向けて行ったことに意義があるわけで、ミレナリオのような、単なるお祭り騒ぎには何の意味も無い。

あの震災から11年。神戸の町は、光と喧騒に包まれていた。

2006/12/15

東京だよ、おっかさん

東京だよ、おっかさん

昨日、母校のOB会館で食事をするために、東京駅からタクシーに乗った。久々に見た国会議事堂。

教育基本法改正に反対する教員組合が、盛んにシュプレヒコールを繰り広げていた。

衝動買い

昨日は藤沢校舎の最終日だった。数日前に、

「先生、今回は歌わないんですか?」

と数名の生徒さんから言われていたが、如何せんギターを岡山に置いてきたので、歌いようがない。

…で、昨日は授業前に藤沢の町を歩き回り、楽器店を発見。


…買った…。


一番安いギターを…。

ソフトケース付きで、約13800円。

多少フレット音痴ではあるが、値段の割にはまぁまぁ良く鳴る。そのうちピックアップでも付けようか。

ということで、今はギターを含む大荷物を担いで岡山に移動中。

岡山に着いたらすぐにSESに向かい、夕方から授業。

明日も昼から授業で、そのあと名古屋に移動。

12月17日に名古屋学芸大学で講演がある。

18日と19日はSESの補講。21日からは25日は浜松校舎で、26日から30日は静岡校舎でそれぞれ講習。

新年は3日からSESの冬期授業。更にその合間には、新年度に向けて計画中のプロジェクトの準備と慌ただしい。

ま、貧乏暇無し、ということだ(苦笑)。

2006/12/12

二律背反

二律背反

過去と未来。


後悔と満足。


希望と絶望。


未練と諦観。


幸福と不幸。


欲望と達観。


静寂と喧騒。


小雨混じりの東京…のち夕陽。

2006/12/10

冬の陣

冬の陣

今日から秀英予備校の冬期講習が始まる。今は東京に向かう新幹線の車中。

12月10日〜14日は藤沢校舎、21日〜25日は浜松校舎、26〜30日は静岡校舎で、それぞれ夕方から授業がある。

SESの冬期授業は、年明けの1月3日から(日本史は12/23、現代社会は12/29)。

昨日までSESで授業があり、おまけに先月末に塾のパソコンが動作不良を起こして再セットアップ&データ修復作業&インターネット接続再設定などの面倒な仕事に追われ、このところ寝不足が続いている。

東京まであと2時間とちょっとある。少し眠ろうか。

2006/12/07

ご利用は計画的に

今朝、浜松で常宿にしているホテルから電話があった。

普通、客のプライバシーを守るため、ホテルから電話というのは有り得ない。だから、たとえ忘れ物をしても客には連絡しないというのがホテル業界の常識だと聞いていたので、連絡が来るのは余程のことであろうと思い、電話に出ると…。

「お客様、昨日ご予約されていたのですが…」


「…」('_'?)


「え゛!」


このホテルには、9月にまとめて予約をしていたのだが、うっかり間違えて授業のなかった昨日も予約していたらしい。

明らかに僕のミスであり、丁重にお詫びして、キャンセル料として100%の宿泊料金を振り込んだ。


orz

三ヶ月前に仕掛けた時限爆弾が炸裂したかのようだ。

しっかりしろよ>自分

歳末大売り出し

歳末大売り出し

現在、我が塾・SESの入口は、商店街の歳末大売り出し福引抽選所となっている(笑)。

元々、うちの商店街では、空き店舗前に抽選所を設置していたが、今年は手頃な場所がなく、かつ、僕自身も12月は秀英予備校の冬期講習で半月ほど不在なので、場所を提供した次第である。それに、今年は予備校に出講している関係で、商店街活動になかなか参加できないため、せめてもの罪滅ぼしでもある。

元来、うちの塾は目立った看板も無く、事情を知らない人が見たら塾が無くなったように思われるであろうが、ちゃんと授業はしているのでご安心を(苦笑)。

12月28日まで毎日、この風景が見られる。塾が抽選所になって「大当たり〜!カランカラン」なんて縁起が良いし、何より面白い。

今年は手続きの関係で発行していないが、以前は月謝に対して福引券を配布したこともある。空くじなしなので、皆、何らかの景品を持って帰った。

福引と言えば、昔、僕の実家のある商店街では「現金掴み取り」があった。賞によって掴める硬貨や回数が異なり、穴に手を突っ込んで取るため、大人よりも小学校高学年の子どもの方がたくさん掴めたようだ。

歳末の商店街は、道行く人も慌ただしく、熱っぽい独特の雰囲気があるように思える。僕の好きな風景だ。

2006/12/04

彷徨

先週は秀英予備校のレギュラー最終講義だったので、授業のあと、ささやかながらギターを弾いて歌を贈った。

…というと格好良く聞こえるが、実は無理矢理聞かせたわけで(苦笑)、気分はジャイアン(笑)。


「ボゲ〜♪」


二十代の時は、なんだかんだ言って勢いで歌ったこともあるけれど、この歳になると照れが出る。

成長なのか、それとも退化なのかはわからないけれど、少なくともこの十数年で何かが大きく変わったのだと思う(「体重が?」という突っ込みは無しで(苦笑))。

二十代の頃は、予備校の講師になる、という目標に向かって走っていた。まがりなりにも予備校講師となり、紆余曲折あって、倉敷に塾を構えたのが5年前。

ここ数年で変化したことと言えば、滑舌が悪くなったことか。元々早口なのに、緊張して余計早口になり、おまけに頭の回転に口が追い付かない(笑)。いや、頭の回転が早いわけではないけれど、日頃から感情を抑えた生き方をしているせいか、考えていることが滑らかに口から出ない。背中も痺れるし…。

…脳の異常か?(苦笑)

僕が二十代の頃、三十代の先輩講師たちはよく「虚しい」と言っていた。実は僕もこのところそう考えることが多い。

目標が見当たらないからなのだろうか。小さな目標、というか、やらねばならないことはいくつもある。だが、「大きな物語」をつむぐことができないのだ。

「志」と言うと大袈裟かもしれないが、きっと、自分にはそうした「大きな目標」が欠落しているのであろう。

もちろん、今後展開していく事業計画はあるし、いまやらねばならないことは山積みだ。

その先の大きな目標…漠然とは見えている。だが、それが定まるまでは暫く、彷徨を続けることになるだろう。

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