ようこそ!


Ses_blog

はじめまして、岡山県倉敷市にあるSES(Super English Seminar)主宰で、秀英予備校講師/創志学園高校講師の山添 玉基です。

このブログでは、僕自身の日々のことや、授業・講演のお知らせなどを掲載します。基本的に毎日更新していますので、ブックマーク(又はお気に入りに追加)してぜひ頻繁に読んでいただけるとありがたく思います。

twitterは @yamazoe_tamaki です。

こちらからフォローしてください。(*^-^)b
↓↓↓
Twitter
119

□■□■□■□■□■
▼メルマガ▼
現在、以下の2種類の無料メルマガを発刊中!是非ご購読を!
==========
メルマガ「英語力補完計画~正誤問題攻略法~」(毎週火曜日配信)の登録はこちらから!
英語力補完計画~正誤判別問題攻略法~
空メール登録は
こちら

==========
メルマガ「語彙力補完計画~接頭辞・語根・接尾辞~」(毎週木曜日配信)の登録はこちらから!
語彙力補完計画~接頭辞・語根・接尾辞~
空メール登録は
こちら
==========

□■□■□■□■□■
▼授業▼
2011年度出講スケジュールは以下の通りです。
==========
[1] SES…木曜日・金曜日
・木曜日
 18:20-19:50 英語長文読解研究法α(1)
 19:50-21:40 英語長文読解研究法β
・金曜日
 18:20-19:50 英文法・語法問題解法研究
 20:10-21:40 英語長文読解研究法α(2)
お問い合わせはSES(086-427-1917)まで。

==========
[2] 秀英予備校
2011年度秀英予備校出講スケジュール

□直前講習会(2012年)
▼1月9日(月):秀英予備校センター直前対策・四日市校舎
▼1月10日(火):秀英予備校センター直前対策・浜松校舎
▼1月11日(水):秀英予備校センター直前対策・名古屋校舎
▼1月24日(火)-1月25日(水):直前対策テストゼミ・名古屋校舎
▼1月28日(土)-1月29日(日):直前対策テストゼミ・浜松校舎
▼1月31日(火)-2月1日(水):直前対策テストゼミ・四日市校舎

詳しくは秀英予備校各校舎までお問い合わせ下さい!
・名古屋校舎(052-745-1251)
・四日市校舎(059-359-3257)
・浜松校舎(053-459-6605)

==========
[3] 創志学園高等学校
月曜日・金曜日

==========





☆*:;;;;;;:*☆*:;;;;;;:*☆*:;;;;;:*☆*:;;;;;:*☆*:;;;;;;:*☆*:;;;;;;:*☆*:;;;;;:*☆*:;;;;;:*
※コメントに関しては、SPAM投稿防止のため、承認制とさせていただいております。投稿していただいてもすぐには反映されませんので、「不具合かな?」と勘違いして何度も投稿なさらぬよう、ご注意ください。<
★゜・。。・゜゜・。。・゜☆゜・。。・゜゜・。。・゜★゜・。。・゜゜・。。・゜☆゜・。。・゜゜・。。・゜

ありがとう0系新幹線 ブログパーツ



| | コメント (22)

2012/01/28

I can't afford it.

今日から2日間、浜松校舎で直前講習会。難関私大直前テストゼミだ。

移動中の新幹線の車内ではひたすら原稿と格闘。はひい。
(´д`)≡3


というわけで、今日の日記は手抜き(泣)。書きたいことはたくさんあるけれど、精神的な余裕がない…。
orz

| | コメント (0)

2012/01/27

What can I tell them?

今日は朝から創志学園高校で授業。帰り際に駐車場で、ふだん受け持っていない女子生徒さん数人から話しかけられた。

「せんせー、何の先生なの?」

英語だよ、と答えて少しの間、話をした。普段のぼくは一人称として「ぼく」を使っているのだが、どうやら彼女たちには違和感があったようで、「せんせー、見た目と違って優しいねーw」と言われた。
(^^;)

彼女たちは看護科の1年生とのこと。あと数年したら看護士さんになるわけだ。


ぼくはふだん、特進クラスしか受け持っていない。つまり、大学受験英語に特化した英語の授業を行うことが要求されている。

だが、進学に関係のないクラスでは、いったい何を伝えるべきであろうかと、ふと疑問に思うことがある。

これは、高校で授業をするようになる以前から思っていたことではあるが、こうして高校で授業をするようになって、そのことをより意識するようになった気がする。

進学校では「入試に関係ない科目はおろそかにされ、そうした科目の授業中に『内職』(=入試科目の勉強を隠れてすること)をする生徒がいる」と聞くことがある。

だが、進学校や進学クラス以外では、極論すればすべての科目が「関係ない」科目だとも言える。


ある意味では、「受験」という目的意識が明確な生徒さんを対象とした授業は、黙っていても生徒さんが勉強してくれるのだから(もちろん、中にはそうではない生徒さんもいるが(^^;))、授業の進行は楽なのだ。

そうした目的意識を持たない生徒さんを受け持った場合、ぼくははたして何をどう伝えるべきなのであろうか。これは特定の学校を念頭に置いた話ではなく、あくまでも一般論としての話として考えてみたい。

すぐに思いつくのが、「日常英会話」をはじめとするいわゆる「実用英語」かもしれないが、それとて日本で暮らしている以上、万人が必要なわけではない。実用性を重んじるならばむしろ、中国語や韓国語を学んだ方が役に立つかもしれない。

洋画にしても、字幕や吹き替えがあるのだからわざわざ英語だけで見る必要もない。

まして、英語が大の苦手、いや、勉強そのものが苦手で大嫌いな生徒さんも多いはずだ。場合によっては、中学英語の基礎からやり直すことに莫大な時間をかけることになる。

英検など何らかの試験を目標として、それに向けて目的意識を持たせる手もあるが、これとて万人向けとは言えない。

だとしたら、単に「英語」という枠組みの中だけで考えるのではなく、これから社会に出て仕事をするために必要な論理的思考力を養うための、いわば、論理訓練の一環としての英語教育という位置付けを徹底すべきではないだろうか。

もちろん、これはかなり難しいことではあるが、実際、社会で働く際に必要な思考力やコミュニケーション能力を身につけることが、こうした生徒さんにとってはもっとも必要なのだから、その手段としての英語教育というカリキュラムを考えて実践する必要があるだろう。

つまり、「英語を教える」のではなく「思考力を鍛える題材として英語を使う」ということだ(もっとも、それは英語で行う必然性がないことも確かだが)。

たとえば、欧米の学校の小学生や中学生向けの算数や数学、または理科や社会の教科書を副教材として使い、易しい英語で与えられた課題を解く、ということも考えられる。


ぼくはおそらくこれからも特進クラスだけを受け持つことになるはずだが、今日、駐車場で話をした生徒さんの授業を仮に受け持つことになったとしたら、きっと、そんな風に授業を組み立てるだろう、と思った。

| | コメント (0)

2012/01/26

The final lecture in Nagoya!!

The final lecture in Nagoya!!
The final lecture in Nagoya!!
The final lecture in Nagoya!!
昨日と一昨日の2日間で、名古屋校舎でのぼくの2011年度の講義は終了。


受講生、並びにスタッフの皆様、お世話になりました!!


今週末の土日には浜松校舎、来週の火曜日・水曜日には四日市校舎にて同じく直前講習会。

それで2011年度の、秀英予備校でのぼくの講義はすべて終了となる。


昨夜は最後の定例会@釜山( http://r.tabelog.com/aichi/A2301/A230104/23012287/ )。サムギョプサルやら豚足やら韓国料理をたらふく喰らい、遅くまで語らった。

今朝は名古屋から岡山に戻り、某社の編集さんと昼飯を食べながら新規の原稿の打ち合わせ。かなり急な仕事だが、新たなジャンルの仕事でもあり、楽しみだ(ただし、相当大がかりになりそうなので、あれこれやらねばならないが…)。
(^^;)

| | コメント (0)

2012/01/25

A bad taste...

大学生の時、社会言語学者の田中克彦さん( http://ja.wikipedia.org/wiki/%E7%94%B0%E4%B8%AD%E5%85%8B%E5%BD%A6 )をお招きして大学で講演をしていただいたことがある。これは、社会学部の学内学会という組織のイベントで、たまたまその時ぼくは役員をしていたので、田中さんに直接交渉して来ていただくこととなった。

そのころぼくは、ことばと差別の関係について考えていて、いわゆる「差別語」について田中さんがどのようにお考えなのかを尋ねてみたいと思っていた。

田中さんは、ことば・差別・権力・国家といった問題について多くの著作を書いておられるが、ぼくはたまたま浪人生の時に田中さんの『ことばと国家』 (岩波新書)を原典とする現代文の入試問題に出会ったのがきっかけだった。

ぼくが考えていたのは、「差別語」なるものがはたして存在するのかどうか、ということだった。「差別語」というとわかりにいかもしれないが、「放送禁止用語」に置き換えて考えるとわかりやすいかもしれない。

たとえば、「きちがい」ということばは、いわゆる放送禁止用語であり、テレビやラジオで用いることはできない。大学の図書館で放送禁止用語や差別語に関する文献を借りて読んだが、八百屋や魚屋など「~屋」で終わる商売名も基本的には放送禁止用語に入ると知って驚いたことを覚えている。

「~屋」の件については http://www.jiko.tv/housoukinshi/sabetsu3.html によると、

==========
「その多くが、特定の日に金銭の授受が行なわれる商慣習を持つ商いでなかったことから、軽蔑を込めて用いられる。転じて一般的な職業名につなげて軽蔑・自嘲を込めた用いられかたをする場合がある。」

(中略)
「小売・サービス業種を指す場合、「八百屋さん」「魚屋さん」などのように「**屋さん」とすれば問題ないとされる。(ただし、「質屋」のように、法律(質屋営業法)上の用語として定義されているものもある)くず屋、バタ屋などはメディアでは廃品回収業、さらには「再生資源回収業」なる語に言い換えられている。」
==========

※差別語/放送禁止用語については以下のページも参照のこと。
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%B7%AE%E5%88%A5%E7%94%A8%E8%AA%9E
http://detail.chiebukuro.yahoo.co.jp/qa/question_detail/q109808945
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E8%A8%80%E8%91%89%E7%8B%A9%E3%82%8A
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%9D%E3%83%AA%E3%83%86%E3%82%A3%E3%82%AB%E3%83%AB%E3%83%BB%E3%82%B3%E3%83%AC%E3%82%AF%E3%83%88%E3%83%8D%E3%82%B9

差別語や放送禁止用語は「他者を差別する意味が含まれているから使うべきではない」という見解に基づいている。確かに、誰かを傷つけるためにつくられたことばは、使うべきではないと思う。

だが、
[1] 差別語を使わなければ、差別はなくなるのか
[2] 仮に、使った本人が意図していなくても、差別だと受け止められた場合、その表現を使うべきではないのか(「ことば狩り」の問題)
といった疑問が生じる。

差別語が差別語たるゆえんは、そのことばが「指し示す」対象となる人々(この場合、個人ではなく、必ず集団である)を貶めたり傷つけたりするからである。だとすれば、ある特定のことばを「差別語/放送禁止用語」として使うことを禁じたり忌避したりした場合、そのことばはすたれていく。しかしながら、そのことばが「指し示す」人々は変わらずに存在し、その人々に対する差別は残り続ける可能性がある。また、あることばを使わなくなったとしても、それに代わる他の言葉が使われることもある。

また、いわゆる「差別語/放送禁止用語」とされていないことばだとしても、そのことばが「差別的だ」とみなされた場合、そのことばを使うことを一律に禁じたり回避したりする必要はあるのであろうか。言い方を変えれば、どんなことばでも、使い方次第では「差別的だ」と受け止められる可能性はあるわけで、それを片っ端から「差別語/放送禁止用語」と決めていったら、どんなことばも使えなくなってしまう(これが「ことば狩り」の問題につながっていく)可能性がある。

あることばを一律に「差別語」とみなすことで、かえって差別の本質が隠されてしまうのではないか、「臭いものにふた」ということばがあるが、「クレームが来るのが嫌だから、とにかく使わなきゃいいんだ」と問題を先送りにしてお茶を濁しているだけではないのか。

そんなことを考えていたので、講演の後の質疑応答で、田中さんに「いわゆる〈差別語〉とされることばがあり、〈ことば狩り〉との問題が指摘されていますが、田中先生はどうお考えですか」という趣旨の質問をぶつけてみた。


田中さんは一言、「それは、ことばを使う人のセンスの問題ですね」と答えた。


この回答に100%満足できた、というわけではない。その時はそれ以上深く突っ込んで尋ねることはしなかったけれど、「センス」が何を示しているのかも漠然としか理解できていなかった。

この回答を「厳密ではない」と批判することもできたかもしれないし、ぼく自身はいま、ことばは「意味」ではなく「用法(ルール)」がすべてである、というヴィトゲンシュタインの言語ゲーム論の立場を重視しているため、いまでもこの回答には釈然としないものがあるが、「センス」という観点は重要だと思う。

理詰めで厳密に考えても答えは出ない。むしろ、「センス(感覚・分別・良識・感性)」の問題として、その「センス」をどのように共有したり批判したりするかが重要なのではないか、ということなのだろうと解釈している(もっとも、「センス」という主観的要素にすべてを還元することが決して望ましいとも思えないのだが)。


さて、ことばの「センス」に関して言うと、どうも「お上」のつくることばには「センス」のかけらもないものが多いようだ。

==========
「GKB47宣言!」自殺対策で政府がキャッチフレーズ 「違和感ある」の声も
産経新聞 1月23日(月)16時39分配信

 自殺者数が14年連続3万人を超えるなか、政府が毎年3月に行う自殺対策強化月間のキャッチフレーズが、今年度は「あなたもGKB47宣言!」に決まった。23日に開かれた内閣府の自殺対策推進会議では、委員から「自殺対策としては違和感がある」と疑問の声が上がった。

 強化月間の今年度のテーマは「全員参加」。GKBは、「ゲートキーパーベーシック」の頭文字をつなげたもの。自殺対策では、悩んでいる人に気づいて声をかけ、必要な支援につなげる存在を「ゲートキーパー」と呼んでいる。「47」には、47都道府県を初め、国民に取り組みが広がることを示したものだが、人気アイドルグループ「AKB48」にひっかけているのは一目瞭然だ。

 ある委員は「ブームにあやかろうという意図はわからなくもないが、自殺対策は継続的に、地道に取り組むもの。キャッチフレーズは地味でも普遍性や本質を示すのが大事」と批判的。別の委員は「もっとあたたかな、現状を反映した言葉のほうが良いのではないか。似たようなキャンペーンはほかにもあり、埋没する恐れもある」と話す。

 今後、ポスターや広告などでこのフレーズが使われる予定で、内閣府の担当者は「全員参加というテーマにあわせ、広く国民に親身に訴えることができるということで決まった」と説明している。

http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20120123-00000540-san-soci
==========

ぼくはAKB48は名前ぐらいしか知らず、メンバーの顔と名前も全く一致しないが、このグループの持つ、明るく元気はつらつとした健康的なイメージを自殺対策に援用することはまずできないし、すべきではないであろう。

自殺対策推進会議(このネーミングもどうかと思うが)の提唱する「GKB47」という名前からは、「ああ、死にたい…」と思っている人のところに、AKB48のようにかわいらしい女の子たちが集まって「そんなことしちゃダメだよ!」「前向きに生きていこうよ!」と応援する、という何とも間の抜けた構図しか思い浮かばないのだ。これでは自殺志願者から「大きなお世話だ!」「お前らに何がわかる!」と一括されてオシマイであろう。

そもそも、日本には江戸時代には「切腹」という風習があり、「命で償う」「命がけ」ということばもあるくらいなのだから、自殺を「罪」ととらえることは難しい。宗教で自殺が禁じられている文化でも自殺者は出るはずだし、語弊があるかもしれないが、自殺する人は、周囲が何を言おうとも結局はみずから死を選んでしまうものだ、と思っている。

もしぼくがこのプロジェクトで何かキャッチフレーズを作れ、と言われたらどうするであろうか、と考えた。

安直かもしれないが、


「命は、最後の切り札だ。」


とするだろう。そして、その下に


「みずから命を絶つという選択を、
 肯定することは決してできません。
 しかし、何か問題を抱えて、
 どうにもならなくなった時、
 命を絶つという選択をせざるをえない、
 ということもあるのかもしれません。

 でも、本当に、あなたが抱えている問題は、
 あなたの命を引き替えにするような問題なのでしょうか。


 命は、最後の切り札です。


 その切り札を切る以前に、
 何かできることがあるかもしれません。

 じぶん一人で抱え込むよりも、
 まずは相談してください。

 電話番号 (XX) XXX-XXXX 」


といったメッセージを書くであろう。

もし、若者に人気のあるキャラクターを使って若年層にアピールをするということであれば、アイドルグループではなく、たとえば『ONE PIECE』や『スラムダンク』のように、仲間に支えられながら、闘いを通じて成長していく物語を使うであろう。

AKB48に限らず、実在のアイドルグループは、ぼくたちの日常生活の闘いからの「逃避の場」であると言える。だから、アイドルが自殺防止を呼び掛けても、一時的な現実逃避を奨励しているようにしか受け止められない可能性がある(もちろん、アイドルはアイドルで毎日、奮闘努力しているであろうし、たとえば、自殺を考えたことがあったり、実行して未遂に終わったアイドルを使ってキャンペーンを張る、ということもありうるかもしれないが…)。

現実の生活の中で、人はどう闘うべきか。それを伝えられる「物語」を使うことが、大規模な自殺防止キャンペーンとしては適切だと思う(自殺志願者の個々の理由は千差万別だから、これがすべての人に有効だとは思わないが)。


大学の時、作家・エッセイストの朴慶南(パク・キョンナム)さん( http://ja.wikipedia.org/wiki/%E6%9C%B4%E6%85%B6%E5%8D%97 )の講演を聞いたことがある。その後、彼女の著作・『命さえ忘れなきゃ』 (シリーズ生きる)を読んだ。その中の「おっちょこちょいの忘れん坊で、あちこちにいろんなものを忘れてしまうことがあるけれど、命さえわすれなけりゃ何とかなるものよ」という趣旨のメッセージ。それ以来、ぼくは何かつらいことがあるたびに「命さえ忘れなきゃ」ということばを思い浮かべるようになった。

ぼくは、じぶんの授業を受けてくださった生徒さんがみずからの命を絶つような選択をしてほしいとは思わない。だから、ぼくにできることは、ほんのささやかではあるけれど、生徒さんがこの苦しい現実の中でどう生きていけばよいのか、それについて「こんな選択肢もあるよ」ということを授業の中で伝えていくことだと思う。それに、学ぶことそのものが、じぶんの生きる道を切り開く武器にもなるのだから、その武器を身に着けてほしいと願いながら、毎日の授業に臨んでいる。

格好をつけるつもりはない。それに、ぼくは根本的にだらしない人間なので、じぶんのこの無様な姿をさらけだし、悪戦苦闘する姿を見せながら、それでも生きているんだよ、ってことが伝えられればそれに越したことはないと思っている。


| | コメント (0)

2012/01/24

How delicious!!

How delicious!!
How delicious!!
How delicious!!
今宵は「魚旦那」で魚祭り!!
( ´∀`)

マグロカルパッチョ!!

カワハギ刺身!!

マグロカマ焼き!!

美味し!!
(*^▽^*)

| | コメント (0)

2012/01/23

She is a coward...

She is a coward...
今日の昼間、岡山ではほんの一瞬だけ、霰(あられ)が降った。

うちの犬は「バラバラバラバラ!!」という音におびえていたようだが、代わりに次男が喜んでいた(笑)。この写真はその時のものではないけれど、美形のおっとりしたお嬢様だ(笑)。

| | コメント (0)

2012/01/22

How splendid!!

今日は、SESの生徒さんが出演するコンサートを見に岡山市民会館へ。

車で来たが、近隣の駐車場は軒並み満車(泣)。結局、少し離れた駐車場に止めざるを得なかったので、10分ほど遅刻してしまい、二階席から第一部を立ち見で1時間近く見た。

第一部がミュージカルで第二部が演奏、第三部がストーリー仕立ての歌とダンスなのだが、一部と二部の間に舞台装置の転換があるため、休憩が2時間半(爆)。

その間に遅い昼飯をとり、書店で買い物を済ませ、荷物を車に置きに行くついでに車を近くの駐車場に移動させようと思い、いったん駐車場から出したものの、どこも空きはなく、最終的に元の駐車場へ逆戻り(泣)。

とぼとぼ歩いて途中の駐車場を見ると「空車」の文字…(怒)。
(;`皿´)

タイミング悪すぎる…。
orz

まあ、歩いて運動になったと思えば良いか…。久しぶりに丸善で本も買えたし。

ふだんはたいていAmazonで済ませてしまうから、立ち読みしながら面白そうな本を選んで買うこともないけれど、こうして書店に来ると、ずらりと並んだ本を片っ端から買いたくなってしまう(笑)。読む暇もないのに(苦笑)。

とりあえず仕事に必要な洋書を4冊ほど購入した。


第二部からは二階席で見物。しかし、市民会館の椅子は狭い。座ったら尻が抜けなくなる(怒)。

…いや、ぼくの尻がデカすぎるのか(爆)。


肝心のコンサートだが、やはり圧巻は第三部だった。これは卒業公演も兼ねている、三年間の集大成。ぼくの生徒さんが受験勉強の合間に演出から振付まで担当して作り上げたステージだった。

それはそれはもう見事なもので、最後はぼくも感動してうるうるしてしまった。
(T_T)

終わったあと、この生徒さんと記念写真を撮ろうかと思ったが、生徒さんの顔が涙でどろどろのぐしゃぐしゃだったので、声だけかけて会場をあとにした(笑)。
(^◇^;)

素晴らしいステージをありがとう!!

| | コメント (0)

2012/01/21

I wonder whether this is true or not!?

『BLOGOS(ブロゴス)- どう思う「子供の義賊」― 震災現場で何が起こったか?』( http://m.blogos.com/article/29764/ )という記事を読んだ。

その中の一節。

==========
然し、何と言っても衝撃的だったのは「子供義賊」の話だ

それによると、避難所の子供数人が無人の気仙沼信用金庫に行き、現金数千万円を持ち出し、そのお金を全て避難所にいる老人に配ったと言うのだ。これには、警察もどうしてよいか、ただオロオロするばかり。子供いわく「義援金が集まっても現地には1円もこない。悪い事とは判っていたが、こうするしかなかった。お爺さんお婆さんは涙を流し喜んでくれた」と。
==========

最初にこの記事を読んだときは、ただ単に「悪い行いではあるけれど、その〈気持ち〉は大切なことだなあ」「この子どもたちは、いったいどんな子どもなんだろう」と思い、半ば美談のように受け止めていた。

ただ、よくよく考えると、不自然な記述もある。

第一に、これほど大きな金額ならば、事件になったり、あるいはなにがしかのかたちで報じられているはずではないか、ということと、第二に、いくら極限状況でも、盗んだものとわかっている現金を果たして素直に喜んで受けとる人ばかりであったのか、ということである。

仮にじぶんがそうした現金を渡されたとしたら、気持ちはありがたいけれど、それは子どもたちを犯罪者にして、じぶんはまんまとその現金をせしめてまうことであるわけだし、じぶん自身もその犯罪に荷担したことになるわけだから、受け取れない、と言ったかもしれない。

どうにも腑に落ちないので少し調べたところ、以下のような記事を見つけた。

==========
被災の信金で4千万円盗難 気仙沼市、震災で倒壊店舗

 22日午前9時半ごろ、宮城県気仙沼市松崎片浜の気仙沼信用金庫松岩支店で、金庫室に保管していた現金4千万円が盗まれているのを職員が見つけ、110番した。

 県警によると、同支店は東日本大震災による津波で外壁などが損壊し、金庫室まで自由に出入りできる状態だった。金庫室のドアは電子ロックが壊れてかかっていなかったが、職員らは壊れていることに気付いていなかったという。

 19日午前に職員が金庫室の現金を確認しており、3連休中に盗まれたとみられる。22日朝に支店を片付けに来た男性職員が気付いた。県警は震災に乗じた窃盗事件として調べている。

 現場はJR松岩駅から約100メートルの住宅街だった地域。気仙沼市は22日昼までに490人の死亡が確認され、多くの建物が倒壊している。
【共同通信】
( http://www.47news.jp/CN/201103/CN2011032201000698.html )
==========

これによると、気仙沼信用金庫で数千万円単位の盗難があったことは確かであったようだ。そしてこの犯人は逮捕されたということが http://ja.m.wikipedia.org/wiki/%E6%9D%B1%E6%97%A5%E6%9C%AC%E5%A4%A7%E9%9C%87%E7%81%BD%E9%96%A2%E9%80%A3%E3%81%AE%E7%8A%AF%E7%BD%AA%E3%83%BB%E5%95%8F%E9%A1%8C%E8%A1%8C%E7%82%BA に書かれていた。

「(気仙沼信用金庫・松岩支店の金庫からの盗難、約4000万円を含む)。逮捕者数は7人、合わせて40人が検挙された。」

もちろん、件の記事がこの松岩支店のことだとは限らない。だが、あまりに条件が符合しており、仮にこの松岩支店のことだとすると、結果的には逮捕されたわけで、「義賊」でもなんでもなく、単なる「盗難事件」として処理されたということになる。


たかだかこれだけの情報でその真偽を判断することは難しいが、これほどの「美談」ならば既にどこかで噂になっていてもおかしくはない。おそらく、出所不明の「デマ」のたぐいではないだろうか。


今から約40年前、ある女子高生の他愛もない冗談がきっかけで、豊川信用金庫が倒産するという噂が流れ、たちまち人々が預金をおろしに殺到し、取り付け騒ぎが起こるという事件があった。(豊川信用金庫事件: http://ja.m.wikipedia.org/wiki/%E8%B1%8A%E5%B7%9D%E4%BF%A1%E7%94%A8%E9%87%91%E5%BA%AB%E4%BA%8B%E4%BB%B6 )

これは社会学で「意図せざる結果」や「予言の自己成就」の具体例としてよく使われるものだが、噂話に尾ひれが付き、さらにいくつかの偶然も重なって、有り得ない状況が成立してしまった希有な例である。

「子ども義賊」が真実かどうかはわからないが、この話が独り歩きすれば、場合によっては「困っている人がいたら、盗んで与えても良いのだ」という価値観が広まる可能性もあるし、刑法37条にある「緊急避難」と同列に扱われる可能性もある。

また、豊川信用金庫事件のように、噂話にさらに尾ひれがついて、より不正確な情報が広まってもおかしくはない。


これを書いた記者は「インパクト重視」の記事を書いてアクセス数を稼ごうとしたのかもしれないが、本来ならば「子ども義賊」が本当なのかどうかを確認する取材をすべきではないだろうか。これほどの金額の事件ならば、おそらくすぐに判明するはずだし、警察官がいたのであれば、警察署に尋ねることもできるはずだ。

記事の内容もさることながら、書いた意図も取材の姿勢も釈然としない記事だと思う。

| | コメント (0)

2012/01/20

ガ━━━━(;゚д゚)━━━━━ン !!

はい、やらかしましたw

新年一発目の更新し忘れ…。

ヽ(`Д´)ノ ウ
.ヽ`Д´)  ワ
 (ヽ`Д)   ア
 (  ヽ`)    ァ
 (   ヽ     ァ
ヽ(   )ノ     ァ
.ヽ   )      ァ
 (ヽ  )       ァ
 (Д´ヽ)       ァ
 (`Д´ヽ        ァ
ヽ(`Д´)ノ        ン!!


〆切に追われてるので、ご勘弁を。

エライコッチャ!! ヾ(゚ロ゚*)ツ三ヾ(*゚ロ゚)ノ エライコッチャ!!

         。・ ゜。                   。゜。
       。・    ゜。               。゜   ・。
     。・        ゜。            。゜      ・。

   。・            ゜。        。゜         ・。

 。・                ゜。     。゜             ・。
 ・。                                     。・
∴                  ・(ノД`)・                 ∴

| | コメント (0)

2012/01/18

For a change...

For a change...
For a change...
センター試験の変更点を受けて、それに対応した設問作りの依頼があった。これは、毎年、ぼくが加わっている某社の問題集のためのもので、今年も読解問題を数問作ることになった。

〆切は…

1月末…
Σ(°□°;)

まず、アイディアを出さねばならないが…、煮詰まってしまったので、気分転換(というより現実逃避w)に、寸胴鍋いっぱいにビーフシチューを作ったw
(^◇^;)

オージービーフのモモ肉を1.3kg、タマネギを6個、ニンジン6本、トマト缶詰2缶、市販のデミグラスソース、赤ワイン1本(750cc)などを使い、ひたすら煮込む。


肝心なのは、たっぷりのバター。コクと甘味ととろみがつく。

このシチューを、少し柔らかめに茹でたパスタとあえて食べると、激しく美味〜し!
(*^▽^*)

| | コメント (0)

«A fundamental problem of the Center Exam...